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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 17

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閑話 アリスの兄のシャルル、卒業パーティで婚約破棄事件に遭遇するpart1


「フレデリーク! お前との婚約を破棄する!」


 上級学校の卒業パーティ。

 貴族にとってデビュッタントの舞台となるそこに、公爵家嫡男・アランの声が響く。

 名指しされた伯爵家令嬢・フレデリークは蒼白な顔で口元を押さえていた。


「アラン様、なぜ……」


「なぜだと! 私が知らないとでも思っているのか! アンナ、ここへ!」


 静まり返ったパーティ会場の扉が開く。

 そこから、男爵家令嬢のアンナがしずしずと入ってきた。

 上級学校の二年生で、卒業パーティの裏方にまわっているはずなのに。


「身分差をかさにきた暴言! 取り巻きとともに疎外する! 合同遠足でモンスターに襲われた際に見捨てたこと! 身に覚えがないとは言わせない!」


 言い募るアランの腕をとって寄り添うアンナ。

 音楽は止まり、会場の目は三人に集まっている。


「それは、ワタクシが伯爵家令嬢であり――」


「言い訳など聞きたくない! そもそも上級学校は身分など関係ないのだ!」


 震える声で反論しようとしたフレデリークの言葉を遮るアラン。

 アランの左右にいる侯爵家の息子・ベルナールも、王都の神殿の大神官の息子・エリクも頷いている。


「そして! 私は、アンナと婚約したことをここに発表する!」


 アランはパーティ会場をぐるりと見渡して宣言する。

 会場に拍手が響いた。

 ベルナールと、エリクの二人からだけ。


「そんな……アラン、考え直してくださいませ。公爵家の後嗣と男爵家の娘が結婚するなど」


「この期に及んでも身分を口にするか! 見損なったぞ! 話はここまでだ! 楽隊、音楽を!」


 デビュッタントの会場にいる、一番上の立場の者からの指示である。

 この状況で、楽隊が楽器を奏でる。プロである。


 婚約破棄を言い渡されたフレデリークは、アランたちから離れてテラスへ小走りで去っていった。

 はらはらと、涙をこぼしながら。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「シャルル様、準備できました。ご用意いただきありがとうございます」


「うーん、ジェラルドに敬語を使われるのは慣れないね」


「本日が卒業パーティ。今後はずっとこうですよ、シャルル様」


「まあ、ね。それより本当によかったの? 国家警察は人気がある組織じゃないし、ジェラルドの成績ならどこだって行けたはずだけど。僕の後援じゃなくて、他の人が良かったんじゃない?」


「シャルル様、国家警察に入るのは私の望みです。不当な捜査も理不尽な刑罰もなくしたい。力及ばずとも、不幸な平民に警告できるかもしれませんから」


「……そっか、うん。一緒にがんばろう」


「ありがたいお言葉です。さあシャルル様、お時間です。王宮に向かいましょう」


「うん」


 上級学校の敷地内では身分は関係ない。

 『この門をくぐる者、一切の身分を捨てよ』と書かれている通り。

 だが逆に、卒業すれば、あるいは門の外に出れば厳然たる身分差は存在する。

 王宮で行われる卒業パーティでも。


 上級学校に通う平民は、卒業までに身の振り方を決めるのが暗黙の了解になっていた。

 卒業後の所属組織を決めて同じ就職先で固まる者。例えば国軍に入ることを希望すれば、先行して制服が貸与される。

 同級生や伝手のある貴族の庇護下に入る者。ただの平民が貴族付きの文官等になる立身出世である。この場合は庇護する側の貴族からパーティ用の衣装を贈られる。

 どこにも属さずに卒業パーティに出る平民もいる。大商人の娘や豪農の息子がそれだ。高価な衣装をなんとか自前で揃えてパーティ参加である。


 ともあれ。

 今日、上級学校の卒業パーティが行われる。

 卒業生のうち、貴族にとってはデビュッタントで、平民にとっては自分の立場を明確にするための。

 ちなみにシャルルもジェラルドも、ホウジョウ村で仕立てた服だった。

 最終調整は王都の針子が行なって、見慣れぬデザインに針子が大騒ぎだったが。




「フレデリーク! お前との婚約を破棄する!」


 パーティ会場にそぐわない声量の、そぐわない内容の声が響く。

 ダンスを終えて喉を潤していたシャルルと、半歩後ろに控えるジェラルドが目を合わせる。

 なに言い出してんだアイツ、とばかりに。


 続く会話を聞きながら、シャルルとジェラルドはそっと上をうかがった。


 パーティ会場をぐるっと囲む二階の回廊。

 いまそこには、デビュッタントを迎えた若者を品定めするように貴族が並んでいた。

 卒業生の親も、それ以外の貴族も、それどころか王族さえ。


 卒業パーティの準備、運営、警備は上級学校の在校生によって行われる。

 調理や給仕、音楽などは大人の仕事だが、指示を出すのは在校生だ。

 卒業パーティは、卒業生の振る舞いと在校生の仕事っぷりがチェックされるイベントなのである。


「シャルル様、貴族の間では問題ないのでしょうか。平民の場合、両家の親が認めた婚約を本人同士が破棄することなど……」


「ジェラルド、問題ないと思う? 平民よりも貴族のほうがメンツを大事にすることはわかってるだろ? ほら、アランとベルナールの家族は真っ青だよ。公爵と侯爵、表情が読めない貴族なのに。『賢神』の顔色が変わるのなんて初めて見たなあ」


 呆れたように遠い目をして呟くシャルル。

 その言葉を聞いたジェラルドも真っ青になっている。

 今年の卒業生の中で、ジェラルドは座学でトップだった。貴族も含め、『賢神』の孫さえおさえて。

 まあそこまで頭がまわらなくても、マズイ状況なのは理解できるだろう。


 二階の回廊で、公爵家と侯爵家の関係者、それにお呼ばれされていた大神官は顔色を変えるどころか頭を抱えていた。

 だが、卒業パーティ中の一階に声をかけることは許されない。

 一人前になったことを見届けるのがこの卒業パーティの趣旨であり、だからこそデビュッタントなのだ。

 二階から声をかけることは、本人にとっても親にとっても、その家にとっても恥なのである。

 もっとも、卒業生とスタッフ以外がパーティ会場に入るのは何よりも『恥知らず』なのだが。


「はあ。まさか卒業パーティでこんなことするなんてなあ。僕も読みが甘かった」


「シャルル様?」


「ジェラルド、この紙をドニとお祖父さまに渡してほしい。ジェラルドはその後ドニに同行してコトを済ませて、至急この場に戻ってくるように」


 懐から取り出した羊皮紙にさっとペンを走らせるシャルル。

 受け取ったジェラルドは首を傾げている。その指示と、書かれた内容に。


「シャルル様?」


「行け! 時間は僕が稼ぐ! 大至急だ!」


「はっ」


 普段は笑顔を浮かべて、平民にも貴族にも人当たりがいいシャルル。

 いま、その表情は変わっていた。

 強い眼差しと、燃えるような赤い髪と。

 後は継がないと公言しているものの、侯爵家の男子にふさわしい迫力である。


 ジェラルドは静かに素早く動き出し、シャルルもまた足を進める。

 フレデリークが消えた、テラスへと。



「フレデリーク。外はまだ寒い。風邪を引いてしまうよ?」


「……シャルル様」


 パーティ会場の窓側からはテラスに繋がっている。

 いま、そこにいるのは先ほど婚約破棄を言い渡されたフレデリークだけだった。

 いや、気まずそうに身じろぎする下級生の警備担当はいるのだが。


「貴族たる者、いかなる時も動揺してはならぬ。胸を張って毅然と対処せよ!」


「シャルル様?」


「お祖父さまの言葉だよ。僕は体が弱くて、貴族として学びはじめたのが遅かったんだ。だからなのかな、いつもそう言われて怒られてた」


「まあ。『赤熱卿』らしいお言葉ですわね」


 顔を上げてクスッと微笑むフレデリーク。

 すでに涙の跡はない。


 ちなみにシャルルが貴族として学びはじめるのが遅かったのは病弱だったからではない。

 妹のアリスと兄のバジル、駆け落ちした両親とともに村で過ごし、ただの村人として育ってきたためだ。

 祖父であるバスチアンに保護されて貴族を目指すことを決めて以来の設定である。


「フレデリーク。賢い貴女ならわかっているのでしょう? テラスに出たのは、ショックで泣くためではないはずだ」


「……ええ、気分を切り替えるためですわ。シャルル様の本質はコチラでしたのね。学校ではただの優男だと思ってましたわ。意外に苛烈な方ですのね」


「どうかな、どちらも僕だと思う。それに……僕よりも、普段と勝負の時の差がヒドい人もいるんだよ?」


「ふふ、そうですの、そんな方が。いつかお会いしたいものですわ。それに、ワタクシにはシャルル様はコチラのほうが好ましく思えます」


 おどけたように言うシャルル。ユージのことか。言ったところで怒りに目覚めることはなさそうだが。

 だが、フレデリークの気分を切り替える役には立ったようだ。


「……はあ、まったくもう。アランがこの程度だと思いませんでしたわ。シャルル様、覚悟は決めました。エスコートしてくださいませんか?」


「ええ、喜んで。では参りましょうか、レディ」


 差し出したシャルルの腕を取るフレデリーク。


 婚約破棄で涙して、大人しく引き下がる女性の目ではない。

 フレデリークの目には、強い光が宿っていた。

 胸を張って毅然と、確かな足取りでパーティ会場に戻っていく。


 ペイバックタイムである。



次話、明日18時投稿予定です!


……書いてみたかっただけじゃないですよ?

これまでのシャルルくんの閑話の伏線的なアレをこのシリーズで回収するんです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 間違えてたらすいません 他の作品のときに考慮してほしいのですが 出産のときに破水って本来レアケースです おそらく出産=破水って思ってないかなと感じてしまいました
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