閑話21-50 とあるニート、キャンプオフに参加してみるpart1
副題の「21-50」は、この閑話が第二十一章 終了後という意味です。
ご注意ください。
朝、一階へ下りる。
朝というか10時過ぎだけど。
俺のいつもの日常。
誰もいない家で、優雅なブランチ。
「んんー、何もねえな。なんか作るか」
皿に卵と砂糖を入れてかき混ぜる。
牛乳を加えてまた混ぜて、一枚を四つ切りにした食パンを浸す。
食パンが卵液を吸収してる間にフライパンを火にかけて、とりあえず一服。
吸い終わったところでフライパンにバターを投入してパンを焼く。
「おし、できた。時間短縮バージョンのフレンチトースト」
コーヒーとフレンチトースト。
今日も優雅なブランチだ。
俺だって簡単な料理ぐらいできる。ニートだけど。
「うむ、うまい。金があればお店出すんだけどなー。スイーツ御用達のカフェを」
口にしながら、金があってもそんなことしないのはわかってる。
どう考えても俺には無理じゃんね。
「ん? なんだコレ? 母ちゃんが置いたのか?」
リビングのソファに座りつつ、皿を持ってフレンチトーストを食ってた俺の目にとまったのは、テーブルの上にあった一枚の紙。
「キャンプオフ? ……ああ、ユージってヤツのアレか」
この前の秋に公開された映画の元になった話。
引きニートが家ごと異世界に行ったとかいう、ウソくさい話からはじまったキャンプだ。
映画が公開されてからワイドショーもネットもユージの話ばっかりだったんで覚えてる。
「よくこんなん信じる気になるな。本当なら俺を異世界に連れてけっつーの」
俺だって映画は見たし、その話の元ネタは一通り読んだ。
まあよくできた作り話じゃない?
ハリウッドレベルのヤツらが集まればCGでなんだってできるだろうし。自分たちで『この動画はホンモノだ!』とか言ってたって、なあ。
よく信じるヤツらがいるもんだ。
「で、キャンプオフか。BBQ、服屋、靴屋、美容院、上映会……リア充かよ。は? アニメ○トも出店すんの?」
ユージとかいうヤツの話は別にして。
単純にキャンプオフには惹かれる。
バーベキューも気になるし、何より服が買えて髪も切ってくれるらしい。無言で。
「マジか。美容院は話するのがめんどくさいからなー。『何してらっしゃるんですか』とか聞くんじゃねえって。コッチはニートだっつーの」
大学を卒業して働いてた会社を辞めて、気づけばニートになって二年。
失業保険も切れて、貯金を切り崩す生活。
まあ貯金がなくなるまで何もする気はないんだけど。働きたくねえ。
「参加費無料でカット料金も安い。行ってみるかなー。イマイチなら帰ってくりゃいいだろ。わりと近いんだし」
ニートだからって引きこもってるわけじゃない。
用もないのにふらふら街に出たり、アキバでラノベやらマンガやらゲームやら漁ることもある。
実家が東京な俺は恵まれてるんだろう。足立区だけど。……べ、別に足立区ぜんぶが治安悪いわけじゃないんだからね! 何回自転車盗まれたかわからないけど! はあ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「下りはあんまり乗らないけど……近いな新越谷。それでバス乗り場は、っと」
キャンプオフの開催日は曜日関係なく4月12日らしい。
ユージが異世界に行ったとかいう日。
まあ俺も曜日なんて関係ないし問題ない。ニートだからな!
むしろ土日はどこも混むから、平日でありがたいぐらいだ。
キャンプオフの開催地の一つ、清水公園には新越谷駅から無料送迎バスが出てるらしい。
俺の実家から新越谷まで各駅でも15分。
そもそも近くなけりゃ行かねえって。
「清水公園行きバスの最後尾はこちらです! キャンプオフ参加者の方はこちらをご利用ください!」
プラカード片手に大声を張り上げる男が見える。
ちょうどバスが来たところなのか、行列はバスに飲み込まれていく。
「あ、俺も乗ります」
一声かけてバスに乗り込んだ。
車内は静かだ。
みんなスマホをイジってるとか陰キャか。俺もだけど。
ああ、こんな感じなら気楽かもな。
そんなことを考えながらスマホを見つめる。
キャンプオフに行くと決めてから登録した、ユージの掲示板を。
掲示板には現地の様子の中継スレが立っていた。
運営はずいぶん芸が細かいらしい。
ぼーっとスマホを眺めているうちに、バスは目的地へ着いたようだ。
清水公園とやらに。
人の流れに乗って、駐車場からキャンプ場へ向かう。
秋のキャンプオフでは公園まるごと貸し切ったらしいが、今回はキャンプ・バーベキュー場だけが貸し切りらしい。
渡された清水公園のパンフレットを見る限り、えらい広さだけど。
コレまるごと貸し切ったとかすごすぎだろ。
「すげえなおい。みんなヒマ人かよ。ニートかよ」
あ、俺もニートだったわ。
キャンプ場ではもうバーベキューがはじまっていた。
パッと見た限り、参加者はもう100人は超えてそうだ。ガヤガヤと騒がしい。
コイツら全員ユージが異世界に行ったって信じてるのか。俺にとっちゃそのほうが信じられないんだけど。
ちょっと気後れしつつ、周囲に目を向ける。
「服屋と美容院はあっちか。バーベキューは……まあ後でな、後で」
なんか盛り上がってて参加しづらいわけじゃない。
俺は美容院と服屋に行きたかっただけ。
うん、入りづらいわけじゃないんだ。
そう言い聞かせてバンガローエリアに向かう。
出店ブースができているのはそっちらしいから。
「はーい、美容院の受付はこちらでーす! 希望を紙に書いて渡してね! わからないところは空欄でいいからー」
木立の間の道を歩いているとそんな声が聞こえてきた。
目を向ける。
「……なんだあのチャラいおっさん。大丈夫かおい。無言で切ってくれるんじゃねえのか」
思わず立ち止まる。
が、俺はまた歩き出した。
受付のカウンターで記入してるヤツも、外にイスを並べて切られてるヤツも、みんな無言だったから。
聞こえるのは、ここらへんで流れてる音楽だけ。
マジで無言で切ってくれるらしい。
カウンターに置かれた紙を手に取って、用意されていたペンで書いていく。
髪型。完全にお任せ。
髪色。面倒だし染めるのはなしで。
シャンプー。切った後に洗ってもらわないとスッキリしないだろ。
コミュニケーション。完全無言に丸をする。
場所。外でもコテージ内でもOK。
担当。男でも女でも問題なし。無言なら気にならないし。俺はそこまで人ニガテじゃねえから。
受付に紙を差し出して、その場で料金を支払う。
料金は2000円。
1000円カットと比べりゃ高い。
無言でやってもらいたくて来たんだし、まあいいだろ。普通の美容院より安いし。
案内されたのは、コテージの前に並べられたイスだった。
まわりで切られてる客も切ってる美容師も無言。
コテージの外が、無言を希望したヤツらのスペースなのかもしれない。
「今日は私が担当します。よろしくお願いしますねー。それで、長さはこれぐらいでいいですか? あ、頷くだけでいいですよー。はい、じゃあ切ってきますね。ここから無言でいきますから、気になることがあったら軽く手をあげてください」
歯医者か。
心の中でツッコミつつ頷く。
若そうなお姉ちゃんの美容師なのに、ためらいなくジャキッとハサミを入れた。
俺はスマホに目を落とす。
明らかに変にされなきゃどうでもいいから。
「はい、カット終了です。こんな感じでどうですかー?」
美容師が両手で抱えた鏡を見る。
とりあえず頷く。
いや、おかしくなさそうってことしかわかんねえし。
「じゃあシャンプーしますね。あちらへどうぞ」
言われて示されたほうを見て固まる。
……炊事場じゃんね。
あれ外で野菜とか切ったりする炊事場じゃんね。
「バンガロー、水場がないんですよ。シャワーハウスもあるんで、ご自分で洗う形でもよければご案内しますけど……」
マジか。
それで美容院より安かったのか。
ただまあ、イスやらシャワー用の器具やらは用意されているようだ。
シャンプーされてるツワモノを見る限り、蛇口から出てくる水で丸洗いってわけじゃないらしい。
炊事場でやるのは、給水より排水のほうの問題だったのかもしれない。
すっきりしないよりはいいだろと、案内されるまま俺もイスに座る。
ぐっと背もたれに体重をかけて上を向くと、頭が流し台の上あたりに届く。
「はい、じゃあ行きます。熱かったら手をあげてくださいねー」
歯医者かよ。
ってかお湯は準備してるのかよ。
あ、フツーにお湯だわ。そんで洗うのはプロの手つきだわ。流し台で洗われるとか野菜気分だけど。
流し台で頭洗うとか昭和の貧乏学生か。
髪を洗い終えると、お姉ちゃんは排水溝からカポッと何か取り出した。
ああそっか、切った髪ごと流したら髪詰まりそうだもんね。
意外にちゃんとしてんだなーと思いつつ、調理場を後にする。
奇妙なシャンプー体験を終えて、イスに戻ってブローされて。
セットしますか? という質問に頷いて、されるがままワックスでセットされて。
「こんな感じです。ご自分でセットされる時は、ワックスを全体につけて根元から握る感じで。それだけで印象変わりますよー」
そう言いながら、また鏡で見せられる。
おお。
あれ、こんな場所で切ってるのにコイツひょっとして上手いのか?
そんなことを思いつつ頷く俺。
それを見た美容師も満足げに頷く。
「こちら、お客様のカルテです。これを持っていけばどこの店でもだいたい同じような感じに切ってもらえますよ。それと、私が働いている美容院のパンフと私の名刺もお渡ししますねー」
カルテが入った封筒とパンフ、名刺を受け取る。
「あ、北千住なんだ。めっちゃ近い」
「そうですか! キャンプオフは半年に一回だそうですから、もし良かったらお店のほうに来てくださいねー。2ヶ月は保つと思うんですけど、半年はキツイですから。カルテを持ってきていただければ、お店でも無言でやりますよ!」
「あ、はい」
おお、いきなりテンション高くなった。
美容師も指名とるのに大変なのか?
お店でも無言でやってもらえるならアリかなーなどとぼんやり考えつつ、美容院スペースを後にする。
いや別に美容師さんがかわいくて行く気になってるわけじゃないから! 無言が楽だっただけだから!
ブンブンと手を振って見送られて、ちょっと気まずい。
髪は切った、まだ腹は減ってない。
とりあえず、服屋を見に行くか。
アニメイ○も見たいし!
俺はまた、ふらふらとコテージエリアを歩き出す。
ユージの話なんて、すっかりどうでもよくなりつつ。
次話、明日18時投稿予定です!
……一人称ムズイ。





