第四十八話 ユージの妹サクラ、冬のイベントに出席するためにドレスアップする
『ジョージ、どうかな? 変じゃない?』
リビングで待つジョージのもとに、恥じらいながら姿を見せるサクラ。
もじもじしている。もういい歳なのに。既婚でも子持ちでも女子であるらしい。
『変なんてとんでもない! かわいいよサクラ! かわいくてキレイだ! ああ、サクラと出会えたボクはなんて運がいい男なんだ!』
大げさなほどに喜んでサクラに近づき、そっと腰に手を添えるジョージ。
キツく抱きしめないあたり、サクラの身を包んでいる高そうなドレスを気にしたのだろう。
『ふふ、あの子たちはうまくやってくれたみたいね。サクラさん、似合ってるわよ』
『あの、ありがとうございます。ベイビーの分まで準備してもらっちゃって』
『サクラさん、気にしないでほしい。招待された以上は、チームとしてある程度揃えたいからね』
アメリカ、ロサンゼルスからわずかに離れて。
ユージの妹のサクラたちは、ビバリーヒルズにある一軒の家に集まっていた。
プロデューサーと脚本家、初老の夫婦の家である。
リビングのソファでくつろいでいるプロデューサーと脚本家はもう準備ができているらしい。
サクラの夫のジョージもドレスアップして、まだオムツが取れないベイビーも特製のタキシードでおめかししている。
そして。
「サクラさん、どうかな? 私、こんな高そうなドレス着たの初めてなんだけど……」
「うん、似合ってる! 私だって初めてだし、おたがいがんばろう!」
「あの、本当にいいんでしょうか。私たちまでこんな……」
リビングに続くドアからサクラに続いて現れたのは、過去の稀人・テッサ……もとい、土理威夢くんの姉と母だった。
サクラ同様に二人もドレスアップして、ヘアメイクもプロの手が入っているようだ。
『ほら、やっぱり黒髪が似合うわ。三人並ぶととてもエキゾチックね』
三人の仕上がりに、うんうんと満足げに頷く脚本家の女性。
テッサの姉が前日に訪れた際、脚本家の女性は黒髪に戻すことを勧めていた。
今日の舞台となる場所では、黒髪のほうが映えると考えてのことだ。
『お母様、正式に招待されているわけですからまったく問題ありません。みなさんには我々の業界が注目していて、保護する覚悟があると知らしめるためにも重要なのです』
テッサの母の疑問に、通訳を通して答えるプロデューサー。
今日はサクラが通訳するのではなく、日本から来た二人には専門の通訳がついていた。
『うーん、二人と違ってアタシはデカいからなあ。サクラとハナと並びたくない!』
『ええ? ボクは初めてケイトがドレスアップしたのを見たけど、すっごく似合ってると思う。その、いつもより美人に見えて、いやあのいつも美人なんだけど』
『も、もうルイス、なに言ってるの! もう!』
バッシバッシとルイスの肩を叩くケイト。
稀人・キースの子孫のケイトも、ジョージの友人のルイスもドレスアップしている。
ところでこの二人、いまだに付き合ってないらしい。
触れ合いは挨拶のハグだけである。
ユージ、ここに仲間がいたようだ。
ユージの映画のプロデューサーと脚本家の夫婦、妹のサクラと夫のジョージとその子供。
ジョージの友人で、ユージの映画のCGを手がけたルイス。
稀人・テッサの姉と母、同じく稀人・キースの子孫のケイト。
ビバリーヒルズの家に集まっていたのは、ユージの映画の関係者であった。
「華、日本はどんな感じなの? 映画の評判はよかったって聞いたけど」
「サクラ、もう大騒ぎよ! ユージさんの映画でみんな元の話を知って、私にも取材の申し込みが来ちゃうぐらい大騒ぎ!」
「ええ……?」
「今回、私が招待されたじゃない? それで会社に有給申請したんだけど、仲良い子たちは大騒ぎしちゃって。……ねえ、サインってもらえたりするかな?」
足下に置いてあったバッグから色紙を取り出すテッサの姉の華。
色紙はミーハーな同僚女子たちに託されたらしい。
「えっと、お兄ちゃんの映画に出てた人には頼めると思うけど、他は難しいんじゃないかなあ……あ、写真なら他の人もOKしてくれるかも」
「そうなんだ! じゃあ何枚か撮ってもらおうかなあ。上司とか同僚は別にいいんだけど、クライアントにしばらくお休みするって伝えたら、おもしろがられちゃって」
テッサの姉の華は、とある企業に勤める営業マンである。いや、営業ウーマンである。
長期休暇を取るため、担当クライアントには挨拶してきたようだ。
仲が良い担当者に理由を聞かれて、休暇の理由を正直に答えたらしい。
「うん、その気持ちはわかる。私だって、知り合いが招待されたって聞いたらそうなるもん。後で絶対話を聞かせてね! って、他人事だから」
「そうよね。でも自分が行くとなると……緊張感ヤバい。これならクライアントの社長へのプレゼンとかのほうがよっぽど気楽」
「ふふ、そうね。はあ、なんでみんな普通なんだろ……」
チラリと横に目を向けるサクラ。
初老の夫婦。にこやかに談笑している。
夫のジョージ。上機嫌でベイビーをあやしている。
ルイス。いつものごとく、ノートパソコンを開いてカチャカチャやっている。
ドレスアップしているものの、四人はいつもの日常である。
緊張しているのはサクラと華と華の母、ケイト、稀人の血縁者の四人だけだ。
『さて、そろそろ時間かな』
『そうね、あなた。他のメンバーの準備もできてるのかしら?』
『ああ、あちらもOKだそうだ』
時計に目をやって、初老の夫婦が立ち上がる。
『ルイスくん、ユージさんの様子は?』
『ネットは繋がってるよ! 着替えも終わって、あっちも準備できたみたい。いまのところ問題はなさそうだけど、ユージさんはすごく緊張して手がブルブルしてる!』
『ちょっと! ルイスくんはなんでそんなに余裕なの?』
『んんー、ボクは出席したことがあるからね! その時はこんなに有名な映画じゃなかったけど。サクラさん、そんなに緊張することないよ』
『くっ、その余裕がなんか悔しい!』
『サクラさん、そんなに緊張することはない。さて。ではみなさん、出発しようか』
リビングにいたメンバーを見渡して、出発することを告げるプロデューサー。
緊張した様子の四人も、いつもと変わらないジョージとルイスも立ち上がる。ジョージはベイビーを抱き上げて。
『サクラさん、リラックスリラックス。まずはホテルで合流するだけだから』
『そう言われてもですね……それにホテルで合流って。その、お兄ちゃんのお話の映画に出てた、俳優さんたちと合流するわけで』
「ふう、いよいよかあ……」
ユージの妹・サクラは何度か映画の撮影現場を見に行ったが、それは撮影している時に近くから覗いただけ。
プロデューサーの紹介で挨拶もしたが、その時はわずかな時間だったのだ。
今回は挨拶どころではない。
『大丈夫、大丈夫。合流した後のほうが大変よ? みんなが見守る中、レッドカーペットを歩くんだから』
『ちょ、思い出させないでください!』
イタズラっぽい眼差しでサクラに語りかける脚本家の女性。
サクラもケイトも、通訳を聞いたテッサの家族も顔面蒼白である。
『おまえ、その辺にしておきなさい。大丈夫だサクラさん、注目を浴びるのは俳優たちだけだから。私たちはその横をスッと通り過ぎればいい』
『本当ですか? 大丈夫ですよね? 私、質問されたりしませんよね?』
『どうかしらねえ。映画もそうだけど、ユージさんのお話自体も注目されてるから』
『ちょっと! じゃあダメじゃないですか! ううっ、どうしよう……』
出発前から大騒ぎである。
だが、それも当然だろう。
ユージの話が映画になって、ユージの元の話に関わる者たちとして、稀人の関係者はドキュメント番組でインタビューを受けている。
詳しい者たちには顔を知られているうえに、ただの一般人なのだ。
緊張して動揺して当然である。
なにしろ、行き先が行き先なので。
『ほらほらサクラさんもみなさんも、覚悟を決めて。とっても名誉なことなんだから!』
『そうだな、それは間違いない』
『ホテルでみんなと合流して……行きましょう! 2月の最後の日曜に、ドルビ○シアターへ!』
年甲斐もなく右手を上げて宣言する脚本家の女性。
引きつった顔で追従するサクラたち。
一行は家の前で待つ車に乗り込んでいった。
季節は冬。
ビバリーヒルズの邸宅から車に乗り込んで、サクラたちはロサンゼルスへ向かう。
毎年2月の最終日曜日、もしくは3月の第一日曜日にハリウッドで行われる、冬の一大イベントに参加するために。
次話、明日18時投稿予定です!





