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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第四十五話 掲示板住人たち、キャンプオフでユージからのメッセージを受け取る


 三回目の開催となった秋のキャンプオフ。

 キャンプ場に集まった参加者は、特設スクリーンでユージの映画を観た。

 続けて、実際の写真と動画で作られた特別編を。


 収穫祭の映像がフェードアウトして、観客が気を緩めると。

 一度スクリーンが黒に染まって、映像が切り替わった。


 一面に映し出されたのは、スケッチブックを抱えたユージだった。

 ユージが胸の前に掲げたスケッチブックの下にはコタローの姿も見える。


 映画と特別編の最後に、ユージからのメッセージがあるようだ。


 ユージがスケッチブックをめくる。



『この映像を見ているみなさんへ』



 キャンプ場はざわめいている。

 ユージが何を言い出すのか、参加者たちはそれぞれの予想を口にしているようだ。



『いつか、ネットが繋がらなくなるかもしれない。


 謎バリアに穴が空いてて、そう気づかされました。


 だからいま、メッセージを送ることにします。


 映画が公開されたタイミングだし、ちょうどいいと思って』



 ペラペラとめくられていくスケッチブック。

 当たり前だが文字は日本語で書かれている。


「気づくのおせーよユージ。なんでネットが通じてるかわからんって言ってたじゃん!」

「まあほら、そこはユージだから」

「生ユージより生アリスちゃんか生リーゼちゃんが見たかったなあ」

「コタロー! メッセージはいいからコタローを映せ!」


 まるでいつもの掲示板のように、口々にユージに突っ込むキャンプオフ参加者たち。

 発声上映の続きのつもりか。

 だが。



『掲示板のみんなへ』



 自分たちあてのメッセージなことに気がついて、キャンプ場は静かになっていった。

 意外に律儀な男たちである。女性も。



『いままでありがとう。


 みんなのおかげで、ここまで生きてこられました。


 もしネットが繋がらなくなっても、俺はもうここで生きていける。


 ライフラインが止まっても家はあるし、お金は稼げるし、村を守る人たちもいる。


 映画を見るとあらためて、俺よく生きてたなあって思う。


 みんなのおかげです。


 本当にありがとう』



「おう! 感謝しろやユージ!」

「もう赤い茸は食べるなよー」

「ユージ、飢饉の時はドングリと虫だ!」

「思い出させるな! くっそ、どこにいやがるドングリ博士!」


 声はユージに届かない。

 それでも思い思いにスクリーンに向けて発言するのは、彼らなりの照れ隠しなのかもしれない。



『10年家に引きこもってたけど、外に出られるようになった。


 こんな俺で、厳しい世界だったけど、ここまで生きてこられた。


 みんなに支えられて』



 ユージのメッセージは続く。

 それは、10年間引きニートだった男からの、勇気を出して足を踏み出した男からの言葉。



『だから、今度はちょっとでも俺が助けになれればと思ってます。


 俺の映画が、誰かが一歩を踏み出す手助けになりますように。


 こんな俺でも、ここまでできたんだから。


 キャンプオフが、誰かが一歩を踏み出す手助けになりますように。


 できる人は、これからもキャンプオフの準備を手伝ってほしい』



「ユージ……くっ、ユージのくせに!」

「がんばってここに来てよかった。楽しかった」

「あああ! 俺も異世界行きたい!」

「……ありがとう」

「映画……手助けになるか? けっこうフィクションでかなりエンターテイメントだったよ?」

「任せとけユージ! 次は春にまた複数箇所で開催するからな!」


 キャンプオフの事務局メンバーも、ユージのメッセージを見たのは初めてだったようだ。

 ユージの思いを受けて決意を新たにしている。

 次は、修羅場なし、デスマーチなしで乗り越えてみせると。

 目の下に隈を浮かべて。



『あ、事務局は心配しないで!


 金なら出すから!


 俺、けっこうお金持ちらしいから!』



「しんみりした俺の気持ちを返せユージィ!」

「くたばれブルジョア野郎!」

「俺も言ってみたいわ。金なら出すから」

名無しのニート@待避所:はい成金発言でましたー

名無しのニート@待避所:この映画でいくらユージに入ったんだろうな


 キャンプ場からブーイングが巻き起こる。

 泣き笑いを浮かべながら。

 ユージ、ハリウッド映画の原案と研究者への情報提供&協力で、けっこうなお金を得ているらしい。

 異世界での使い道は限られているのだが。


 ユージのメッセージは続く。



『このメッセージを見たみなさんへ』



 キャンプ場はまた静かになっていた。

 キャンプ場だけではない。

 清水公園に設けられた待避所も、保護者の待機スペースも。



『一つだけ、お願いがあります。


 家から外に出ることは、俺にとって大きな一歩でした。


 当たり前のことで、みんなやってる普通のこと。


 それでも、俺にとっては、大きな一歩でした』



 それは、引きニートだったユージの本音。

 10年間、家の敷地から出なかった。

 両親が亡くなって、なぜか家ごと異世界に行って。

 そうしてやっと外に出られるようになった男の言葉。



『たいしたことない行動でも、俺たちにとっては大きな一歩です。


 手伝ってくれなくて、見守ってくれなくていいんです。


 もし俺の話や映画やキャンプオフがきっかけで、それか別の何かがきっかけでも、一歩踏み出してくれる人を見かけたら。


 どうか、笑わないでください。


 当たり前のことで、ささいなことでも、俺たちにとっては大きな一歩なんです。


 俺と、たぶん同じように踏み出した人たちからの、お願いです』



 キャンプ場は無言だった。

 ここに集まっている人々には、少なからず覚えがあるようだ。


 学校に行く、働く、外に出る、人と話す、夜に眠る。

 いわゆる日常生活。

 できて当たり前の日常生活を送れない。

 やっと踏み出した一歩も他人にとっては当たり前のことで、それがどれだけ苦しいか。


 キャンプオフに集まった参加者は、ただ無言でユージのメッセージを見つめていた。

 所々で涙が落ちて、所々でそれを慰めるように肩を叩きながら。


 キャンプ場は、すすり泣く音だけが響いていた。



『最後に。


 掲示板のみんな、キャンプオフの開催を手伝ってくれたみなさん。


 本当にありがとう。


 ……まあこんなこと言ってるけど、まだネットに繋がるしまた掲示板に書き込むけどね!


 繋がらなくなるその時まで!


 それじゃあまた!


 ユージ』



「軽すぎだろおい! 最後きっちり締めろや!」

「暢気かよユージ!」

「さすが空気読めないことに定評があるユージさん」

「せっかくウルッときてたのになんだそれユージィ!」

名無しのニート@待避所:くっそwww

名無しのニート@待避所:ユージはやっぱりユージでした!


 スクリーンに向かって叫ぶ参加者たち。

 ユージにその声は聞こえない。

 自分への言葉を聞くことなく、ユージはスケッチブックを閉じて笑顔で手を振っている。

 続けてヒザの上にいるコタローの前脚を取って、ほら、コタローもサヨナラして、と言わんばかりに肉球を見せつけて左右に振っている。

 はあ、もう、まったくゆーじは、とでも言いたげなコタローの表情に気づかぬまま。



 プツリと映像が途切れ、上映にあわせて暗くなっていた照明に明かりが戻る。

 これで上映会は終わりらしい。

 キャンプ場に参加者たちのざわめきが戻っていった。



 上映会が終わっても、キャンプオフは終わらない。

 何しろ「キャンプ」オフである。

 このあと繰り返し上映されるユージの映画を見ようとする者、気を取り直してBBQに向かう者、掲示板を覗こうとノートパソコンを広げる者、何人かで連れ立ってテントやコテージに向かう者たち。


 キャンプオフの参加者は、思い思いに余韻を楽しむことにしたようだ。


 三回目となった秋のキャンプオフ。

 こうして、夜は更けていくのだった。



ちょっと短めでしたが、伸ばしても意味がない回なので。


次話、明日18時投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
えぇはなしやぁ。  こんな話が書ける作者の方を心から尊敬します。
[一言] > 手伝ってくれなくて、見守ってくれなくていいんです。 > どうか、笑わないでください。 ここで涙腺崩壊だわ・・・・。ゆーじぃ
[良い点] なくわーこんなの。なくわー [一言] みんないきろ
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