第四十四話 ユージと村人たち、ユージの映画の『特別編』を楽しむ
ホウジョウ村のユージ家の前に造られた半円形の劇場。
魔法で造られたスクリーンに、魔法で作られた水レンズでユージの映画が映し出された。
村人や客人は、初めて見る映画に大いに盛り上がったようだ。
そして、エンドロールが終わり。
ユージがこの世界の文字に訳した、一つの単語と文章が映った。
『特別編
異世界で生き抜くユージさんとコタロー。
そして、私たちの世界からの来訪者を支えてくださったみなさん。
みなさんに、感謝と敬意を込めて』
黒い背景に白い文字が浮かび、スクリーンにはふたたび映像が流れる。
ざわめく劇場。
キャンプオフで流れたメッセージとも違う。
映画の制作スタッフは、ユージのために作った専用データのほかに、この世界で流すための特別編も編集していたらしい。マメか。
スクリーンに映し出されたのは一軒の家と、ユージとコタローであった。
この世界に来たばかりの頃、一人と一匹が撮影した写真である。
「ああっ! 本物のユージ兄とコタローだ!」
「おっ、こりゃユージさんの家じゃねえか。じゃあこのあとは……」
「俺たちも出てくる可能性が高いんだな! 期待してるぜユージさん!」
劇場に座っていた観客たちが沸く。
スクリーンに映ったのは本物のユージとコタロー。
それだけに、自分たちも映るかもしれないと期待しているようだ。ミーハーか。
ユージやコタロー、森の様子の実物を映した写真と動画。
キャンプオフで流れている映像よりも、時間が進むペースが早い。
すぐに、森で保護したアリスの写真がスクリーンに大写しになった。
「ユージ兄! アリス、アリスだよ! アリスがあそこにいる!」
「うん、そうだねアリス。あの頃と比べると大きくなったなー」
「……バスチアン様には見せられぬな。すまぬアリス殿、儂がしっかりと治めていれば……」
「あなた、過ぎたことは仕方がありません。大切なのはこれからですよ」
《ああッ! あのちっちゃいニンゲンはアタシも知ってるぞーッ!》
アリスの登場に、盛り上がる観客たち。
特別編を見ていた村人と客人の中には、ユージが撮った写真や動画を見たことがない者もいる。
驚きの声も当然である。むしろよく理解できたものだ。
ホウジョウ村の住人の思考はだいぶ柔軟になっているようだ。ユージのせいで。
アリスとの日常はそこそこに、特別編の進行は早い。
異世界で上映するにあたり、登場人物が少ない頃はどんどん先に進めていく編集スタイルらしい。
ユージが撮影した写真と動画から厳選されて、掲示板も省かれて映像が流れていく。
あっさりと三人組冒険者とケビンの登場、続けて獣人一家の登場である。
「よし! ほらお義父さん! 私、あそこまでお腹出てませんでしたからね!」
「ちっ、あっちのほうがおもしろかったのによ。まあアレじゃジゼルを嫁にいかせねえけどな」
「お父さんとお母さんだ! じゃああれがボク……?」
「はあん、マルクくんがちっちゃい……これはヤバいわ……」
「あんたの思考がヤバいわよ! ちょっと黙ってなさい!」
ホウジョウ村用の特別編は、ユージや関わった人の写真と動画を中心にしているようだ。
ユージとアリス、コタローに続いて、初めての移住者となった犬人族のマルセル、猫人族のニナ、その息子で犬人族のマルクの写真と動画が、いくつも流れていく。
ユージが街に行った後も同じだ。
街の様子はそこそこに、開拓地に帰ってきてからの写真が多い。
元冒険者『深緑の風』の四人、木工職人トマスのチーム、針子のユルシェルとヴァレリーの夫婦。
まるで人物紹介をするように、写真と動画が映っていく。
「おおおおお! 今度こそ俺だ! イヴォンヌちゃん、俺が映った!」
「はいはいエンゾ、良かったわね」
「くっ、あの頃の俺は技術不足っす! 建築作業は出さないでほしいっす!」
「懐かしいなあ。こうやってユージさんにいろいろ教わったっけ」
「ほんとねヴァレリー。ふふ、本当に流行を作り出せるなんてね」
獣人一家と第一次開拓団の9人を迎えて、14人と一匹になった開拓地の住人たち。
自分たちが画面に映ったと喜んでは、当時を懐かしんでいる。
ユージの家しかなかった開拓地に、共同住宅兼針子の作業所が完成する。
そして。
のんびり続く開拓に、大きな変化が訪れたのは4年目の秋である。
14人と一匹が暮らす開拓地にゴブリンとオークの群れが襲来する。
撃退戦は動画で流された。
続いて、ユージたちはモンスターの集落討伐戦に参加する。
その時の動画も流されていた。
数少ないアクションシーンであり、エルフの少女・リーゼとの出会いである。
「あらためて見るとアリスちゃんの魔法はすげえなあ……」
「危なげない蹂躙戦じゃねえか。ケビン、よくやった」
『ああっ、リーゼだ! アリスちゃん、本物のリーゼが映ったわ!』
「エンゾ、すごいのね。ふふ、惚れ直しちゃった」
「おおおおおお! ありがとうユージさん! イ、イヴォンヌちゃん、寒くないか? そろそろ家に帰らねえか?」
「二人っきりになろうとするのがヘタクソすぎだろエンゾ……」
映画よりも地味な戦闘シーンだったが、ホウジョウ村の村人と客人は先ほどの映画以上に盛り上がっていた。
派手なアクションより、知人の活躍の方がテンションが上がるらしい。
いつもの日常ではなく、戦闘に臨む元冒険者たち。
ヒーロー扱いである。
エンゾ、デレデレである。
ワイバーン戦、王都への旅、エルフの里への旅。
知人が、隣人が、友人が活躍するたびに反応する観客。
さらに、自分の初登場シーンには歓喜の声が上がる。
一人と一匹だけでこの世界にやってきたユージとコタロー。
いま、家の前の劇場に座る観客は50人を超えている。
一軒の家しかなかった場所には共同住宅や作業所、村人の家が並んでいる。
ユージがこの世界に来てから6年半の出来事よりも、ユージのまわりの人物と開拓地の発展にスポットを当てた特別編の作り。
先ほどまで行っていた収穫祭の様子が流れる頃には、観客は食い入るようにスクリーンを見つめていた。
ユージだけではなく、最初にやってきたマルセルやマルクも、第一次開拓団だったブレーズたち『深緑の風』も。
当時を思い出して、ちょっとしんみりしているようだ。
やがて。
特別編が終わる。
ユージは終了を告げるように、外に向かって明かりとなる光魔法を放った。
「みなさん、お疲れさまです! 今日の収穫祭はこれでおしまいでーす!」
「おう、お疲れユージさん! えいが? ってヤツはおもしろかったぞ!」
『ユージ殿、もう一回! もう一回見せてほしいのじゃが!』
「さあイヴォンヌちゃん、家に帰ろう。寒くないか?」
「ふふ、ありがとうエンゾ。そんなにくっつかなくても大丈夫よ?」
《アタシも出てきたぞーッ! 里のみんなに自慢してやるんだッ!》
《我もいたな。里のみなに告げても理解してもらえまい》
「マルクくん……がんばったんだね。えらいえらい」
「その、ボク、子供じゃないので、頭を撫でられても……えへへ」
「ユージ兄! アリスまた映画みたい!」
「リーゼ、リーゼも!」
「リーゼ、水魔法ありがとう。でも映画はまた今度ね。ほら、二人はこのパソコンでも見られるから」
「ええーっ!? ユージ兄、いま見ちゃダメ? せっかくリーゼがいたのに!」
「リーゼ、もう遅いわよ。今日はそろそろ寝ましょう。映画はまた今度ね」
「むう……お祖母さま! じゃあ、今日はアリスちゃんと一緒に寝てもいい?」
「そうねえ……ユージさん、私も泊まってもいいかしら?」
「あ、はい。じゃあ布団出しますね」
「ありがとうユージさん」
「やったあ! リーゼちゃん、ひさしぶりだね!」
映画が終わって、劇場にいた村人も部屋にいたアリスやリーゼたちも動き出す。
ユージはイザベルの協力もあって、アリスとリーゼのもう一回コールを逃れたようだ。
二人の少女は手を繋いで、元のサクラの部屋に向かう。
護衛兼保護者のイザベルは、二人の後をついていった。
部屋に残されたのは、ユージとコタローだけである。
「さてっと」
チラリと窓の外に目を向けて、村人たちが帰路についたことを確認したユージ。
領主夫妻と代官は、村長のブレーズとケビンが共同住宅に案内するようだ。
ちなみに共同住宅の住人たちは、貴族が宿泊するため追い出されている。いや、むしろ進んで宿泊場所を提供している。さすがに同じ建物に泊まる気はないらしい。当然である。
村人たちに問題がなさそうなことを確認して、ユージはガサゴソと荷物を漁り、動かしていたパソコンデスクを元の位置に戻す。
そして。
コタローを抱えて、パソコンに向き合った。
ヒザにコタローを乗せたままパソコンを操作するユージ。
ブラウザが立ち上がり、IDとPASSを入力すると、キャンプオフの生中継が映る。
同時に、キャンプオフ会場に用意されたスクリーンにはユージの姿が映っていた。
準備していたスケッチブックを胸の高さに掲げるユージ。
コタローの顔が隠れる。
迷惑そうにスケッチブックの下を潜るコタロー。
ユージは、自分を映すカメラを見つめて一つ息を吐いて。
スケッチブックをめくった。
キャンプオフの参加者へ、メッセージを送るために。
次話、明日18時投稿予定です!





