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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第四十話 キャンプオフ参加者たち、ユージの映画の発声上映を楽しむ


 最初に映ったのは、森の窪地だった。

 一瞬で昼夜が入れ替わる早送りの定点映像の中で、森の中の窪地にうっすらと紫色の(もや)がかかっていく。

 明暗が入れ替わる中、次第に濃くなっていく靄。

 靄が濃くなるにつれて、早送りのスピードが遅くなっていく。

 そして、月明かりがくっきりと森を照らす夜。

 切れかけの照明が瞬くように、一つの建物が現れては消えてを繰り返す。

 やがて。

 森の中に一軒の家が現れた。

 消えることなく月夜に照らされて。

 紫色の靄はない。

 まるで、一軒の家を呼び込むエネルギーになったかのように。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「うーん、あっちの研究者たちが言ってた魔素が濃いせいで説を採用したのかな?」

「はあ? 土下座神! 土下座神は!」

名無しのニート@待避所:上映会楽しそうだなあ……

名無しのニート@待避所:まあほら、待避所だけはリアルタイムで見れるんだし。書き込みながら見てよーぜ

「けっきょく発声上映になってんじゃねえか! そうなると思ってたけど!」

『な、なんかウチの家がちょっと大きくなってるんだけど……』

『アメリカで作った映画で世界で公開だからね、しょうがないよサクラさん! 日本の家はちょっと小さいから!』


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 出現した家から切り替わったオープニング・タイトルが終わると、カメラは室内からの映像になった。

 ベッドに横になった一人の男が映る。

 伸びっぱなしの黒い髪、無精髭、彫りが浅い顔立ち、着古したジャージ。

 ユージである。

 いや。

 ()()()()()()()である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「おおおおお! ユージがもさい!」

「ちゃんと日本人使ったんだ。最近はイケメンだけじゃなくて若手の性格俳優も増えてきたから」

名無しのニート@待避所:ハリウッドでもユージをイケメンにできなかったよ……

「ユージはどうでもいい! コタロー! コタローは!?」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 映画の中のユージが身支度を整え、自らを奮い立たせて玄関へ。

 コタローの手助けで外に出るあたり、忠実な作りである。

 そして。

 一人と一匹は、空を飛ぶワイバーンを目にした。

 ユージは家に帰ってパソコンに向かい、掲示板を開く。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


名無しのニート@待避所:俺たち登場!

「コタローが雑種じゃなくて柴になってる!」

「まあユージ役も元よりいいしね。雰囲気はそれっぽいけど上位互換」

「コタローの……上位互換? それ犬なの? 犬神? 犬神家?」

「ワイバーンの迫力やべえ! CG金かかってる!」

「制作費が違うからなあ……さすがハリウッド!」

名無しのニート@待避所:俺の書き込み発見! 日本語掲示板にした製作班有能!

「けっきょくヒロインなしで行くのか。スタートで巻き込まれるのが一つの手だと思ったけど」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 そこからも、これまでのユージの話に忠実に映像が流れていく。

 このあたり、脚本家はほとんど手を入れなかったようだ。


 ライフラインとネットに驚きつつ、深く考えずに利用するユージ。

 ユージはコタローと一緒に、一人と一匹で森を散策して食料を確保する。

 スクリーンの中の掲示板住人と、観客の「止めろ!」という忠告を聞かずに真っ赤な茸を口にするユージ。

 謎バリアの存在を認識してゴブリンを倒すのも事実の通りだ。

 モンスターの存在に異世界なことを確信しつつ、森の探索と人里の捜索を続ける。

 悪戦苦闘しながら、一歩ずつ足を前に進めるユージ。

 面白がりながらサポートする掲示板住人の存在も、過去の通りである。

 そして。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「アリスちゃんきたーーー!!!」

「あれ? アリスちゃん初登場時よりちょっと大きい?」

「10才ちょっとか。薄汚れてるけど美幼女じゃなくて美少女だな」

「そりゃそうだろ。現実の6才じゃ演技させるのがツラい。CGはその場で映ってないわけだし」

「そこはなんとかしてくださいよ! ああっ、入浴シーンもない!」

「黙れロリ野郎!」

名無しのニート@待避所:犬と幼女と人がいない森で暮らす引きニート。完全に誘拐犯

「これ、忠実すぎて一般人にウケるのか? このままだと山場なくね?」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 ユージは、森で行き倒れていたアリスを保護する。

 アリス役の女性は赤毛の外国人の少女。

 6才だったアリスよりも大きく、10才を超えているのは演技力の問題だろう。

 あるいは続編が作れるほど売れたなら、ヒロイン候補にするつもりか。


 映画は進む。


 アリスとの交流、魔法の存在、この世界の事情。

 だが、このあたりからわずかに元のユージの話と異なってきていた。

 アリスの村を襲ったのは、盗賊ではなくモンスターな設定らしい。

 ユージに事情を話す回想シーンでは、燃える村を背景に異形の集団が闊歩していた。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「はい改変でましたー!」

「なんでだ? 別に人間が敵なのはマズいってわけじゃないだろ?」

「悪役をわかりやすくしたかったんじゃね?」

「まあアレだ、ファンタジー感が増したことは間違いない!」

名無しのニート@待避所:あ、この筋ならクライマックス見えたわ

名無しのニート@待避所:開拓は飛ばし気味に100万ペリカ!

「街は? ごめん、やっぱ街はどうでもいい。獣人! 獣人さんは!?」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 開拓に励むユージ、魔法でお手伝いするアリス、見せ場が少ないコタロー。

 開拓シーンと冬は、観客の予想通りダイジェストで進んでいった。


 そして、視点が切り替わる。

 春の森を歩く武装した男たちへ。


 男たちは森で出会うゴブリンやオークを殺しつつ、森を歩く。

 ユージが森を探索した痕跡を辿っているようだ。


 やがて武装した男たちは、一軒の家を見つける。

 ユージ、異世界の大人との初邂逅である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「不吉な作りからの遭遇! これならアリスちゃんの村を襲ったのは人間のままでよかったんじゃない?」

「ユージの家もヤバいかも!ってか。煽ってもその後が続かないだろ」

「緊張感からの肩すかしな解放はよくある手法だから。ホラー映画で」

名無しのニート@待避所:懐かしのエクトルとジョスとイレーヌ! アイツらいま何してんの?

名無しのニート@待避所:ケビン商会に就職済み。たまに護衛役で映ってるぞ


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 実際にユージと出会った冒険者三人組は若手だったが、映画ではそこそこベテランとなっていた。

 とりあえず男二人はマッチョで、弓士の女性もたくましい。

 というか勝ち気で武器持って戦うタイプのハリウッド女優というと真っ先に出てくる女性である。ゾンビとは戦っていない。この映画では。


 実際のユージは掲示板住人のアドバイスを受けつつ交渉して、往復してケビンを連れてくるよう依頼していたが、この冒険者三人組がアリスの知り合いだったという設定のようだ。

 もたつくエピソードは省いて、あっさり街に向かうことになっていた。賢明な判断である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「あれ? コイツらがアリスちゃんと知り合いって、ケビンさんリストラ?」

「さすがにねえだろ! ケビンさん主要キャラだぞ? おっさんだけど!」

「はい『深緑の風』リストラ決定!」

「リストラっていうか変更だな。あの三人組が『深緑の風』って……」

「待って! ここで街に行ったら獣人奴隷は!? 全ケモナーを敵に回す気か!」

「のんびりできないだろう。上映開始から40分経ってる」

「ユージがだらだら探索してるから! もっとハキハキしろ!」

「無理無理。むしろリアルユージのほうがひどかった。この頃のユージはマジでひどかった……」

名無しのニート@待避所:いよっし! 俺の書き込み映りました!

名無しのニート@待避所:俺も俺も! ハリウッドデビュー!


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 そこからはめまぐるしい展開だった。

 ユージはアリスとコタローを連れて、冒険者三人組とともに街を目指す。

 モンスターを撃退しながら到着した街で領主夫妻と会って開拓民となり、アリスの知己だった商人ケビンと再会し、冒険者ギルドで冒険者になる。

 初めて映る街の遠景はもちろん、一つ一つのシーンの作り込みに、観客は感嘆の声を漏らしていた。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


名無しのニート@待避所:領主夫人役の女優さんの名前を教えてください! IV出てませんか?

名無しのニート@待避所:気持ちはわかるけどハリウッド女優だから。写真集もIVもないから。まあ過去作で脱いでるけど

名無しのニート@待避所:神よ! 我らにタイトルをお教えください!

「獣人さんんんん! 道行く獣人さんをもっと映して! アップで!」

「ギルドマスターが渋すぎる! コタローとのバトルがすげえ!」

「犬だけどな。実物より太ったケビンさんェ……」

「アリスちゃんの魔法もそれっぽいもんなあ。ハリウッドすげえ!」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 元となったユージの話の流れとは違って、アリスの村はモンスターに襲われた。

 村の位置はプルミエの街とユージの家の間という設定らしい。

 冒険者ギルドでは討伐依頼が出ており、ユージとアリスは復讐と安全確保のために討伐に参加するようだ。

 モンスターの集落の討伐戦である。


 動機と時期が微妙に違うが、実際にユージたちが参加したことに違いはない。

 ユージの家を発見して、街まで案内した冒険者三人組も参加するらしい。

 アリスの存在と過去、冒険者たち、アリスの村と街の位置、すべてこのモンスターの集落討伐戦に集約するように話が作られている。

 ここをクライマックスにするつもりなのだろう。

 ユージは冒険者三人組を連れて一度家に帰り、その後、集落討伐戦の待ち合わせ場所で合流する流れとなっていた。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「んんー、話がだいぶスッキリした?」

「だな。あの冒険者三人組も、アリスと同じ村出身ってことになったみたいだし」

「獣人さん……犬人族のマルセルとマルクと猫人族のニナ…………」

「元気出せって。冒険者に獣人いたろ? 超ワイルド系だったけど」

名無しのニート@待避所:おいいいい! ユージが夜の店に行った話が省略されてるじゃん! ハリウッドのクオリティで異世界の夜の店とかめっちゃ楽しみにしてたのに!

名無しのニート@待避所:下着! 下着の話は! サクラちゃんの下着は!?

名無しのニート@待避所:保存食も衣料品の開発もない。お金の話が一切なしか」

名無しのニート@待避所:やっぱ2時間にまとめるの無理でしょ! ドラマシリーズで! 海外ドラマでおなしゃす!


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 アリスとコタローと家に帰ったユージは、ネットと掲示板を利用する。

 異世界の街を報告して、画像と動画をアップするのは変わらないらしい。

 護衛役として一緒に帰った冒険者三人組を家の中に案内するのが大きな違いだろうか。

 現代文明へのリアクションを見せることで、異世界との違いを見せたかったのかもしれない。

 コメディしつつ準備パートである。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「さすがフィクション! コイツらに襲われるとか考えねえのな!」

「この程度のご都合は付きものだろ。スルー推奨」

名無しのニート@待避所:俺たちのアドバイス内容……完全にテロリストやんけ!

名無しのニート@待避所:物知りなニートさん! 爆発物の作り方はネットに書き込んじゃダメですよ!

名無しのニート@待避所:ユージにアドバイスする。うん、たしかに事実通りなんだけど……

名無しのニート@待避所:全員、クールなニート並のサムライになってます。日本人KOEEEEEE!


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 大筋は変わらない。

 大筋は変わらないものの、ここからは事実とは大きく異なっていた。

 ユージが一度家に帰ってきたのは、武装のためらしい。


 掲示板とネットの知識で武器を作っていくユージ。

 ホームア○ーンやホラー系の映画に代表されるような、ちょっと昔のハリウッド映画のノリである。

 スクリーンの中の掲示板住人同様、観客とリアルな掲示板も盛り上がっていた。


 そして。

 いよいよユージたちが出撃する。

 ユージの家にあった、四輪駆動車で。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「それはズルい!」

「元々軽自動車だっただろ! しかも放置しすぎて動かなかったヤツ!」

「異世界に行ってから1年って話の流れだから、まあギリギリ許容範囲じゃない?」

名無しのニート@待避所:世界のTOYOT○な移動砲台が完成!」

名無しのニート@待避所:ユージが運転でアリスちゃんが助手席、冒険者三人組が同乗。完全に蹂躙戦


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 合流場所に現れた車に驚く異世界の冒険者たち。

 異世界+現代なファンタジー映画では、現代の何かに驚くのは定番といえば定番である。


 集まった冒険者たちとギルドマスターの作戦会議、ブリーフィングを経て。

 討伐戦がはじまる。


 わかりやすい悪役を印象づけるためか、醜悪に描かれたモンスターの集団。

 奮闘する冒険者たち、日用品を武器にして戦うユージ。

 時おりアリスが魔法を撃ち、パイプ爆弾を放り込む。

 四輪駆動車でモンスターの集落を駆け抜けるユージたちだけ、機動力と攻撃力が段違いであった。


 ボス役として描かれたモンスターは、事実通りのオークの上位個体。だったが、映画の中ではとりあえずでかかった。

 実際は2メートル級の身長だったが、映画では4メートル級だろう。

 でかいは強いである。


 ギルドマスターや冒険者三人組、ユージ、アリス、コタローの奮闘で、ボスを倒す。

 そして。

 ボスを倒して車から降りたユージたちは、遅れて集落にやってきたオークとゴブリンの群れに襲われ、撃退する。

 実際よりも誇張されていたり車が存在していたりするが、基本は事実通りである。

 つまり。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「おおおおおお! リーゼちゃん! リーゼちゃん救出!」

「エッルッフ! エッルッフ!」

「待て待て待て! 残り時間どれだけある!?」

「あああああ! リーゼちゃん登場で終わりかよ!」

「続編! はやく続編ください!」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 後続のモンスターを倒して、エルフの少女を救出するところも事実通りであった。

 観客は阿鼻叫喚である。

 なにしろ気を失っている少女の顔が映り、顔がアップになっていき、耳が尖って『エルフである』ことを示唆して映画が終わったので。

 どう考えても続編がある終わり方である。

 スクリーンに、エンドロールが流れていく。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「いろいろ変わってたけど……いいエンターテイメントだった」

「ユージがイケメンじゃなくて大丈夫なん? ちょっとかっこよかったの最後だけだよ?」

「力技も多いけど話の筋はスッキリしてた。思ったより事実通りだし!」

「獣人……獣人さん……」

名無しのニート@待避所:恋愛要素が足りない! あと濡れ場!

名無しのニート@待避所:お色気担当が領主夫人だけってのもなあ……

名無しのニート@待避所:アリスちゃんを大人にすればよかったのに!

「俺の書き込みが映ったし、まあよしとしよう」

「初期ののんびり開拓とか金策がおもしろかったのに……これ、ユージの話じゃなくてよくね?」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 エンドロールが流れる中、上映会場となったキャンプ場では、口々に感想が述べられていく。

 期せずして発声上映となったキャンプオフ。

 ユージの話の映画化だったが、大筋は変わらなかったものの細かな変更点は多い。

 参加者たちの感想は様々である。



 エンドロールが流れていく。

 スタッフの名前がずらずらと。

 キャンプオフ参加者たちのおしゃべりは止まらない。


 そして、エンドロールが終わり。


 一つの文章が映った。



『特別編

 異世界で生き抜くユージさんとコタロー。

 ここまでアドバイスしてきた掲示板のみなさん。

 みなさんに、敬意を込めて』



 …………映画が終わり、映画がはじまった。


次話、明日18時投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] よく分かった異世界にヒロインがない……とってもつまらない……
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