第三十七話 掲示板住人たち、キャンプオフに参加するpart2
秋開催は三回目となったキャンプオフ。
今年のキャンプオフの様子は、いつもと違っていた。
キャンプオフに加えて、ユージの話の映画が世界最速で上映される。
今回はキャンプオフ兼試写会なのだ。
映画の宣伝のため、いつものキャンプオフよりさらに潤沢な予算が確保されている。
設営の日と撤収の日も含めて、清水公園を三日間貸し切りにするほどに。
いつもと同じになるわけがない。
例えば。
キャンプオフ当日の午後、フィールドアスレチックは盛り上がっていた。
「よーし、今年こそ濡れないで水上コースをクリアしてやる!」
「いやそれ無理だから。絶対濡れるように造られてるだろアレ」
「おい経験者ども、ちゃんと案内してくれ」
引きこもりやニートだからといって、インドア派ばかりではない。
アクティブなニートもいるのだ。
すでにいくつかのグループが、あるいは単独で、アスレチックに挑戦していた。
経験者の名無しのミートとインフラ屋は、後ろに何人もの参加者を引き連れているようだ。
フィールドアスレチック場の最大グループである。
「よーし、撮影始めるぞー。映りたくないヤツは別のグループに行っとけよー」
カメラを構えて声をかけるのは、検証スレの動画担当。
コテハン・カメラおっさんとともに、今回も撮影チームを率いている。
いま、カメラマンたちは公園内の各所に散っていた。
今回はカメラ一台で生中継ではなく、何台かで同時中継しているらしい。金ならあるので。
「最初は冒険コースから行くぞ! きついヤツは無理するなよ! ……は? なんだアイツら?」
「どうしたインフラ屋? ……え?」
「おおおおお、すげー! 動画担当、撮影! 撮影を!」
「任しとけ!」
「黒装束にあの動き……忍者かな?」
フィールドアスレチックのスタート地点に現れた黒尽くめの集団。
映画会社の手配で、日本とフランスから呼ばれたアクターたちである。
参加者が漏らした通り、黒い布を頭に巻き付けて口元も隠し、上下も黒い布で覆われている。
十数人の黒尽くめの集団は、驚きで止まった名無しのミートやインフラ屋の横を駆け抜けていった。
その勢いのまま冒険コース最初のアトラクション、切り株や丸太の上を走っていく。
走っていく、だけではない。
ムダに前宙を行い、側転して、バク宙する。
なんの意味もないアクションである。
そこになんの意味もないが、見ているほうは違う。
うなり声が森に響くほどの盛り上がりである。
「俺ちょっと追いかけるわ!」
「アレ撮らねえでなに撮るんだよ! 俺もあっち行く! くっそ、なんだアレ、仕込みか? 撮影班にも言っとけよ!」
「インフラ屋、ここは任せた!」
「お、おう。よし、忍者はほっといて俺らは俺らのペースで行こうか。忍者?」
「武器持ってないっぽかったし、どっちかっていうとニンジャじゃね?」
「え? ニンジャだったら裸が伝統なんじゃないの?」
残されたインフラ屋と名無しのニートとほかの参加者たちは、どうでもいいことを語り出していた。
そのまま、口々に思い思いの忍者像を語りながらアスレチックコースへ踏み出していく。
木立の奥からは歓声と拍手が聞こえていた。
先行してアスレチックを楽しんでいた参加者が、黒尽くめの集団を目にしたのだろう。
コテハン・名無しのミート、インフラ屋。
掲示板住人の中でもアクティブ派の二人は、他の参加者とアスレチックを楽しみつつ、トラブルがないか監視する役割のようだ。
パルクールでアスレチックコースを駆け抜ける、黒尽くめの集団は放置して。
コテハン・検証スレの動画担当。
今回のキャンプオフでも撮影を担当する男は、アスレチックコースに現れたエセ忍者の集団についていった。
公園をまるごと貸し切っているからこそ許されたパルクール。
撮影された動画は、ネット上を騒がせることになる。
というか、すでに生中継されているネット上は盛り上がっていた。特に海外勢がヒドい。プロデューサーの思惑は大当たりだったようだ。
とりあえず、検証スレの動画担当はこの演出を聞かされなかったことに憤慨していたが。
危うく撮影できないところだったじゃねーか! などと。
楽しそうで何よりである。
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ニンジャの登場で歓声に沸くフィールドアスレチック会場とは違う盛り上がりを見せる会場があった。
テールゲートパーティが行われている第三駐車場のほど近く、季節の花が咲き誇るフラワーガーデン。
こちらは静かな盛り上がりである。
「ああっ、コタロー! うん? コタローたち? ちっちゃくない?」
「似てる犬を連れてきたけど、コタローは雑種で同じじゃないから。どうもあっちに行ってからデカくなったみたいだし」
「ねえ、ちょっとモフっていい? 痛くしないから! 優しくするから!」
「え、なんでちょっと鼻息荒いの。おまえひょっとして……ケモナーLv.MAX?」
必ずリードで繋ぐこと、植栽の中には入れないこと。
この二つを守れば入場できる。
それを知った参加者は、コタローに似た犬を何匹も連れてきたらしい。
コテハン・圧倒的犬派である。
あと犬たちに突っ込んで撫でまわし、至福の表情を浮かべる男。
コテハン・ケモナーLv.MAXである。
犬を連れて、季節の花を見てまわる。
平和である。
もはやキャンプオフも上映会も関係ない。
撫でまわされた犬たちが平和かどうかは不明である。
その男、相当に業が深いケモナーなのだ。
「こんにちは! あ、今回は犬を連れてきたんですね!」
「事務局に確認して、エリアによってはOKだったから。……え? 異世界の人?」
「久しぶりだな、圧倒的犬派さん。ほら見てくれ、この耳! 自分がなるより女の子になってほしかったんだけど!」
「ペットと違って、貸し切りだから園内どこでもコスプレOKなんです! せっかくだから、ここで写真を撮ってもらおうと思って!」
犬と戯れる参加者のもとに現れたのは、中世風の衣装に身を包んだ男女。
その後ろにも、ぞろぞろと現代日本では見ない格好の集団を引き連れている。
コテハン・趣味はコスプレ、エルフスキー。
この日のために、衣装を準備してきたようだ。
なにしろ今回のキャンプオフは、広大な清水公園をまるごと貸し切り。
ペットは一部入れないところもあるが、閉めていない場所ならコスプレは全面OKとなっていた。
「あ、だったらコタローに似た犬も一緒に写る? 写真なら角度によってはリード隠せるし」
「やったあ、お願いします!」
「了解。大人しく止まっててくれそうなのはコイツかなー。それにしても……こう、集団だとすごいな。本当に日本かって疑ってしまう」
「庭園も広いからなあ。本当は手入れされた木立の中のほうがエルフの里っぽいんだけど。ほら、キャンプ場とかアスレチックのほうに行くと違和感あるのが写り込んじゃうから」
「ああ、なるほど。おいケモナー、いい加減放せ」
「もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「うわあ……」
カメラアングルをちょっと工夫するだけで、写るのは人物と花と自然だけ。
貸し切りで、しかも参加者はユージの話を知っているいわば関係者だけで、撮影にも協力的。
フラワーガーデンは、コスプレ&撮影会場と化していた。あと犬との交流会場。
キャンプオフらしからぬ平和な光景である。
だが、コスプレしている人がいたのは、ここだけではなかった。
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「これ! これ! 私が描いたんですよ!」
「ああ、どうりで……禍々しい感じ全開だもんなあ……」
「モンスターっていうか、古き神々が出てきそうな……」
「ほ、ほら、怯えてないで行くぞ! ダンジョン探索に!」
清水公園の園内でも、キャンプ場やアスレチック、フラワーガーデンからやや離れた場所。
そこに、三人の男と一人の女性の姿があった。
薄汚れた麻のチュニック、フェイクレザーのパンツ、手には木製の盾。
冒険者、あるいは農民がモンスター退治に出るような格好である。
見た目だけは。
清水公園にある立体迷路。
そこは、事務局とスタッフたちの手によってダンジョン風の迷路になっていた。
入り口では、希望によって簡単なコスプレもできる。
このグループは全員着替えることにしたようだ。
ちなみに迷路の入り口に設置された扉には、コテハン・画伯が原案を描いた絵がペイントされていた。
見る者に不安を呼び起こす絵である。初めての適材適所である。
「中にはモンスターがうごめいております。くれぐれもお気をつけください。それと、攻撃は必ず手にした武器のみでお願いします。それでは冒険者のみなさま! 依頼の達成を期待しております!」
立体迷路の入り口には、衣装貸出場所と更衣室の他に受付がある。
利用手続きや衣装の貸出に加えて、グループを組みたい参加者へ斡旋を行なっていた。
受付も受付嬢も、冒険者ギルド風になっているようだ。
ちなみに、武器はスポーツチャンバラ用のエアーソフト剣限定である。
見た目が浮いてしまうが、それだけはしょうがない。
とはいえ本気で叩かれるとけっこうな痛さなのだが。
立体迷路の出口にはスポーツチャンバラ協会の入会受付が用意されている。エアーソフト剣を提供する代わりに、「楽しかったでしょ?」と勧誘しようとしているのだ。周到である。
「よし行くぞ! 前衛は任せた!」
「おまえはやんねえのかよ! 言い出しっぺだろ!」
「ははっ、現役の自宅警備員を舐めないでほしい」
「引きこもりかよ! 働け!」
会話の内容はともかく、参加者はテンションがハイであるようだ。
まだ陽は高く、屋根がない立体迷路にはさんさんと陽が注いでいる。
明るいため、壁に貼られた布と描かれた絵はわかりやすい。
だが。
そんなことは関係なく、立体迷路は盛り上がるのだった。
「くっそ! ゴブリンよりゾンビよりリザードマンのほうがリアルってどいうことだよ!」
「私、知ってます! 中身は爬虫類バンザイさんです!」
「気合い入りすぎだろ! 好きだからってコスプレしたいもんか?」
「待て! リザードマンさんもちょっと待って! カメラマン来たからそれっぽいポーズ決めよう!」
コテハン・爬虫類バンザイ。
コスプレ製作班との合作により、リザードマンにコスプレして立体迷路に登場するモンスター役をやっているらしい。
日頃から爬虫類に接しているためか、表面と質感がやたらリアルであった。
コテハン・カメラおっさん。
リアルなリザードマンと冒険者風コスプレをした参加者たちのために、迷路の一画で撮影に励んでいるようだ。
「よし、一人はリザードマンにやられて、逆襲してる感じにしよう」
「あ、じゃあ私はやられた人に寄り添う役で!」
「俺が倒れた役やるわ。リザードマンさんはこう、凶悪な感じでお願いします」
「はーい、準備いいですかー? 撮りますよー?」
立体迷路では、だいぶ頭が悪いノリが展開されているようだ。
禍々しいのはダンジョン入り口の扉の絵だけであった。
本格的にバーベキューがはじまるのは夕方。
ユージの話の映画は、バーベキューの後、夜に上映される。
三回目となった秋のキャンプオフ。
午前中から午後にかけては、参加者が思い思いに楽しんでいるようだ。
現役の引きこもりもニートも元ニートたちも学生もただの社会人も、ここには似た者同士しかいないのだから。
次話、明日18時投稿予定です!
…次でキャンプオフの様子は終わって、その次で映画までいける!はず!





