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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第三十六話 掲示板住人たち、キャンプオフに参加するpart1


 ユージがいる世界で、秋の収穫が行われていた日。

 ユージが元いた世界では、キャンプオフの当日を迎えていた。

 さわやかな秋晴れの日に、掲示板住人たちが続々と会場に向かっているようだ。


 秋開催は三回目となったキャンプオフ。

 今年のキャンプオフの様子は、いつもと違っていた。


 これまでネットを騒がせて、ドキュメント番組が放送されてからは世界を騒がせていたユージのお話。

 そのお話がハリウッドで映画化されて、全世界でどこよりも早く上映されるのだ。

 いつもと違っていて当然である。

 そもそも映画の宣伝のため、いつものキャンプオフと違って予算も潤沢に確保されている。

 いつもと同じになるわけがない。



 例えば。

 送迎バスの出発場所となる新越谷駅では、バス待ちの行列ができていた。


「清水公園行きバスの最後尾はこちらです! 本日は貸し切りとなってます! 清水公園、一般の方のご利用はご遠慮ください!」


 最後尾の目印となるプラカードを持って、大声を張り上げる一人の男。

 名無しのトニーである。

 これまでのキャンプオフよりはるかに参加人数が増えるため、事務局はバス乗り場にもスタッフを置いたようだ。

 トニーのほかに、この日のために雇ったバイトの姿も見える。

 送迎用の大型バスは8時半から10分おきに発着することになっていた。

 にもかかわらず、バスは毎回満員に近い。

 午前中だけでどれだけの参加者をキャンプオフ会場に送り込んだことか。


「トニー! 俺、ちょっとほかのロータリー見てまわってくる!」


「ああ、頼む! 地元民がいてくれてホント助かる!」


 名無しのトニーに声をかける一人の男。

 コテハン・湖の街らしい、である。

 バスの乗り場となった新越谷駅が地元の男は、自ら案内スタッフを買って出ていた。

 なにしろこの駅、大都会の駅でもないのにそこそこ複雑なのだ。

 東武線新越谷駅、JR武蔵野線南越谷駅。

 一度改札の外に出ないといけない、二つの名前を持った乗換駅なのである。せめて名前は統一しろ。


「使ったことないとわかりにくいからねー。ロータリー、三つもあるし……」


 バス乗り場の場所を示したプラカードとプリントされた地図を持って、トニーから離れる『湖の街らしい』。

 さまよえる仔羊を導くため、集合場所ではないロータリーに向かったようだ。

 二つの名前がある、というか建物も含めてまったく別の駅が二つあるこの場所には、ロータリーが三つある。

 キャンプオフ会場行きのバスが出るのは、北東にあるロータリーだけ。

 新越谷駅西口のロータリーと、新越谷駅東口 兼 南越谷駅南口のロータリーは外れだ。

 大都会の乗換駅じゃないんだしわかるだろうと油断した者を絡め取る、初見殺しの罠なのだ。

 そうはいってもこの駅の利便性は高い。

 事務局側は、案内スタッフを準備すればいいだろうとけっきょくこの駅を選んだのだった。


 コテハン・名無しのトニー、湖の街らしい。

 二人はしばらく、大型送迎バスの乗り場を案内する役目を果たすようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 新越谷駅から送迎バスに揺られること40分ほど。

 千葉県野田市にある清水公園。

 送迎バスを降りると、そこは駐車場だった。

 いや。

 駐車場、なはずだった。


 駐車場の端には、いくつかのキッチンカーと食料品の売り場が並んでいる。

 駐車場だった場所は、バスの降車場と早めに到着した十数台の車を残して、バーベキュー会場と化していた。

 テールゲートパーティである。

 午前中にもかかわらず、すでに焼き台からはもうもうと煙が上がっている。

 バスを降りた参加者は、あんぐりと口を開けていた。

 テールゲートパーティ。

 日本では見ない光景である。


「おお、意外とイケる!」


「だろ? わざわざこのためにタレを持ってきたから!」


「ウチはソラチ派なんだけど……」


「うん、思ったよりクセがない。これがジンギスカンかー」


 本格的なバーベキューは、もちろんキャンプ・バーベキュー場で開催される。

 ここはいわば前座だ。

 前座なはずだが、もう盛り上がっている面々もいた。

 特に、内地の人には嗅ぎ慣れない匂いを発する一つのグループが。


 コテハン・試される大地の民1&2の二人である。


 バーベキュー、しかもラム肉もあると聞いて、わざわざ北海道からタレを持ち込んだらしい。

 ベルのタレである。

 車を運転してきた試される大地の民2はベル派のようだ。どうでもいい。


「アレだろ? お前ら花見って言ってジンギスカン焼くんだろ? 桜を見ないで」


「うっせえ、寒い時期に芋しか煮ないヤツらに言われたくない」


「はあ? 芋煮なめてんの?」


 もはやキャンプオフもユージの映画の上映会も関係なくなっている。

 地方ネタとは、げにおそろしいものである。


 バスから降りたキャンプオフ参加者たちは、ほとんどの人がテールゲートパーティを素通りしていった。

 到着していきなりバーベキューに参加するのはハードルが高い。

 それでも。

 着いた途端に目にした『祭り』の雰囲気に、顔をほころばせる者は多い。

 その点ではテールゲートパーティは成功なのだろう。


 コテハン・試される大地の民1&2。

 二人は北海道スタイルのバーベキューで、会場到着時のお祭り気分を感じさせているようだ。

 ちなみにスタッフではなく、ただ単に肉を焼いて食べ、ベルのたれを振る舞っているだけである。

 BBQ好きはアメリカ人だけではないらしい。

 さすが花見も海水浴もジンギスカンとともにある人々である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あの子、ここ3年家から出たことがなかったんです。それが急に行きたいって。私、心配で心配で……」


「なるほど、それはご心配でしょう。お母さまですか? こちらへどうぞ……この話、三回目だけど」


 清水公園の駐車場は一つではない。

 バスの降車場&テールゲートパーティの場所となった第三駐車場。

 第一、第四、第五は自家用車を停めるスペースとなっている。

 そして、第二駐車場。


 一人の男が、ぎゅっと手を組んだ年配の女性を第二駐車場に案内してくる。

 年配の女性は、どうやらキャンプオフに参加する引きこもりの保護者であるらしい。歳から考えると母親なのだろう。

 笑顔で案内する男。

 ボソリと呟かれた声は、年配の女性には聞こえなかったようだ。


「お母さま。こちらが保護者の待機スペースとなっております。ここにいらっしゃる方は、ほとんどお母さまと同じ状況ですよ」


「まあ、そうですか、みなさまも同じ……」


 第二駐車場には、いくつものプレハブが用意されていた。

 大きな工事現場の現場事務所に使われるアレである。


 折り畳みできる細長い会議用テーブル、折り畳みできるイス。

 プレハブも含めすべてレンタルである。あまり金をかける気はなかったのかもしれない。

 それでも、保護者が待機できる場所があるという事実が重要なのだ。

 案内されて来た年配の女性は、同じ境遇のおじさまやおばさまを見てほっとしている。


 コテハン・元敏腕営業マン。

 事務局スタッフの彼の役割は、ニートや引きこもりを連れてきた保護者を確保して、この待機スペースに案内することらしい。

 営業スマイルを顔に張り付けて、話を半分以上聞き流しながら。


「あちらのテレビには、ネット上で公開されているキャンプオフの様子が流れます。ひょっとしたらお子さんも映るかもしれません。またお茶とお水、軽食はあちらに用意しております。しっかりお食事されたいということであれば、外に出るしかないのですが……」


「いえ! 私はここで待ってます!」


 すでにプレハブの中にいたおじさまやおばさまたちは、食い入るようにテレビを見つめていた。

 テレビに映る、キャンプオフの生中継を。

 楽しむ参加者を、ぎこちない笑顔を、勇気を振り絞って出店エリアに向かう背中を。

 保護者たちの握りしめた手は、不安のためか、足を踏み出したニートや引きこもりへの祈りか。


 コテハン・元敏腕営業マン。

 キャンプオフ当日の彼の役目は、参加者に心配してついてきた保護者を引きはがして、待機スペースに送り届けることらしい。

 鍛え上げた営業スマイルと、繰り返される長い話を聞き流す営業スキルの出番である。

 他の事務局スタッフと違って忙しくはないが、精神的には一番消耗する仕事かもしれない。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 プレハブが置かれているのは第二駐車場だけではない。


 広大な清水公園の一角、春には桜が咲き誇る広場。

 そこにも木々を避けていくつかのプレハブが置かれていた。

 近くの遊歩道に停まった電源車からプレハブにコードが伸びている。


 春と秋、いずれのキャンプオフでも恒例となったスペース。

 キャンプオフに参加したものの、やっぱりキツイとなった時の待避所である。

 wi-fiも電源も繋がり、各種スマホの充電コードも用意された待避所である。

 さすがに貸出用のパソコンはない。

 数台しか。


 参加者が多いためか、午前中にもかかわらず待避所には何人もが入室していた。

 持ち込んだスマホやタブレット、ノートパソコンを手に座り込んでいる。

 こちらは保護者の待機スペースと違って、一人分のスペースごとに衝立てで仕切られている。

 まるでマンガ喫茶であった。


「キャンプオフ到着! もういろいろ盛り上がってるよ@待避所っと」


 他に漏れないようにボソリと呟く男。

 まあ似たような人たちが並んでいて、時々独り言も聞こえてくるのだが。


 ユージの話を知ってキャンプオフにやってきた人すべてが楽しめるわけではない。

 勇気を出して参加したものの、人の数や空気に馴染めない者もいるのだ。

 中には、掲示板の常連やコテハンも。


「すぐ待避所かよ、ってまあね。うん、突っ込まれると思ってた」


 コテハン・ニートなユニコーン。

 どうやらこの男、軽いネット弁慶であるらしい。

 女性の処女性以外には絡まないあたり、まだマシなほうである。

 女性に対して過剰に夢を見ているのだろう。


「うるせえ、俺以外にもけっこういるぞっと」


 自前のノートパソコンでキャンプオフの中継を眺めつつ、掲示板に書き込む。

 この男のキャンプオフ参加スタイルである。

 それでも。

 男が書き込んだ、キャンプオフに行ったけど待避所に直行するスタイル。

 それが許されるならと、やっぱり行くことを決めた掲示板住人もいるようだ。


 ユージの映画が公開されるのは、世界最速でこのキャンプオフ会場である。

 大型スクリーンは清水公園のキャンプ場に用意されている。

 ただし。

 待避所だけは、用意されたモニターに映るようになっていた。

 やっぱりムリだったとしても、がんばって参加した人に見てもらえるように、というユージのたっての希望である。



 ホウジョウ村で収穫作業が行われている頃。

 ユージが元いた世界では、キャンプオフがスタートしていた。

 事務局も参加者もアメリカ組も保護者たちも、それぞれの感情を抱えながら。



次話、明日18時投稿予定です!


……なんと、作者はこの一話でキャンプオフの様子を書ききって、

映画スタートまでいくつもりでした。

ムリに決まってんじゃんね。

ということで、あと数話キャンプオフの様子が続きます!

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