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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第三十五話 ユージ、収穫祭の夜に村人と客人を広場に集める


 ユージが元いた世界の日本で、秋のキャンプオフが行われる日。


 ホウジョウ村は、収穫の日を迎えていた。

 うっすらと雲が広がる秋の日に、村人総出で農作業である。

 ちなみに総出の予定だったが、村で暮らす研究者は体力不足のため不参加。

 身重のイヴォンヌも不参加で、移住してきた医者は農作業をせずに近くで待機していた。


 農村の恒例行事である収穫と収穫祭。

 だが、今年のホウジョウ村の収穫の様子はいつもと違っていた。


『リーゼ、アリスちゃん、見てなさい。これが収穫に使う風魔法よ!』


『はあ、イザベルったら張り切っちゃって。いい? 二人とも。収穫には風魔法より土魔法のほうが役に立つのよ? ほら!』


 エルフ居留地に引っ越してきた二人のエルフが、収穫を手伝っているのだ。

 リーゼの祖母のイザベルは、風魔法で小麦を根元から切り倒していく。

 その友人のユリアーネは、土魔法を使ったらしい。畝が消えて『開拓民の救世種』が露になっていた。


『すごい、すごーい! アリスもできるかなあ』


『むう。リーゼの水魔法は育てる時に役に立つんだから!』


 はしゃぐアリスと手を繋いでいたエルフの少女・リーゼは、ぷくっと頬を膨らませていた。

 水の魔眼を持ち、水魔法が得意なリーゼは、収穫では役立たないのが悔しいらしい。

 コタローはじっとイザベルの魔法を見つめている。同じ風魔法の使い手として魔法を覚えようとしているのだろうか。犬なのに。


『はあ、レディらしい振る舞いとはなんだったのか。リーゼ、母さんみたいになっちゃいけないよ』


『お父さま?』


『ふふ、いいじゃないあなた。お義母さまが楽しそうで』


 リーゼのもう一方の手は、母親と繋いでいる。

 エルフ居留地に引っ越してきたのはユリアーネと、リーゼの一家の合計五人。

 まだ大人になっていないリーゼだが、エルフ居留地は『エルフの里の飛び地』として暮らすことが認められた。

 ただし、リーゼが行動できるのはホウジョウ村の中だけ。

 村内であっても居留地の外に出る場合は、護衛役として両親か祖母のイザベル、ユリアーネ、ハルの誰かが必ずつくことになっていた。

 だが。

 護衛がいれば、ホウジョウ村の中でアリスと一緒にいられるのだ。

 引っ越してきて以来、二人の少女はいつも一緒に過ごしていた。

 かつてリーゼを保護していた時のように。


 二人のエルフの魔法に、ホウジョウ村の住人たちはあんぐりと口を開けていた。

 次第にざわめき、やがて歓声に変わる。

 村人総出のイベントとして楽しんでいるとはいえ、収穫は重労働だ。

 二人のエルフのおかげで、かなり楽に終わりそうなことに気づいたのだろう。

 実益があればあっさり受け入れるあたり、よく訓練された村人たちである。

 だいたいユージのせいだ。


 今年の収穫のゲストは、エルフだけではない。


《おおーっ! アタシ、アタシもアレを覚えたいっ!》


《風魔法であれば可能か。ユージ殿に通訳を頼もう》


 興奮した様子でビッタンビッタンと尻尾を打ち鳴らす二体のトカゲ人間。

 リザードマンである。

 湿原からホウジョウ村の見学に来ていたリザードマンは、ニンゲンたちの収穫作業を見てから帰る予定になっていた。

 『作物を育てて食料を確保する』ことに興味があったらしい。

 ユージにとって幸いなことに。


《あ、はい。わかりました。そっか、風魔法を使えるんでしたっけ。うーん、収穫の後でいいですか? 作業だけは先に終わらせちゃいたいんで》


《うむ、ユージ殿。それにしても……ニンゲンは草を食べるのだな》


《アタシはごめんだな! あんまりおいしそうじゃないぞーっ!》


《え? ああ、いや、このまま食べるわけじゃないですから》


 湿原に暮らすリザードマンは肉食であるらしい。

 トカゲには草食の種も雑食の種もいるのだが。


 エルフ、リザードマン。

 当たり前のようにホウジョウ村で生活しているが、普通、人間の村でも街でも見かけない種族である。

 ホウジョウ村の村人たちは、順調に常識が崩れていっているらしい。


「お義父さん、ムリしないでください!」


「うるせえケビン! くっそ、きたねえぞファビアン! なら俺も本気で!」


「はは、ゲガスよ、二刀流だろうが長柄の武器には勝てまいて! 儂とハルバードの勝利だな!」


 エルフの魔法に競うように、すさまじい勢いで刈り込む二人の人間がいた。


「くっそ! お貴族様はお貴族様らしく館に引っ込んでりゃいいんだよ!」


「それでは退屈ではないか! それにそんな貴族はこの辺境ではやっていけん!」


 二本のカットラスを振り回すのは、ゲガス商会の元会頭でケビンの義父のゲガス。

 ゲガスと言葉を交わしながら収穫作業にハルバードを使っているのは、()()()()()()()であった。


 お貴族様である。

 お貴族様であるが、村人たちは平然とそのまわりで収穫作業を続けている。

 まあ前日に領主夫妻と代官が揃って来訪した時は、さすがに村人たちも驚いて畏まっていたのだが。

 面識があったユージやゲガスがあまりに普通に接するため、次第に村人たちも気にしすぎることはなくなったようだ。

 騎士でもある領主は、むしろ嬉々として収穫作業を楽しんでいる。

 ともに来ていた妻と代官は、その様子を見て頭を抱えていたが。


 ユージがこの世界に来てから7年目の秋。

 元の世界ではキャンプオフがカオスになっている頃。

 ホウジョウ村の収穫もまたカオスの様相を呈していた。

 貴族、文官、元商人、商人、元冒険者、針子、工員、職人、農民、エルフ、リザードマン。

 身分も職業も人種も越えての収穫作業である。

 もう滅茶苦茶である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 エルフの魔法のおかげであっさりと午前中で収穫を終えて、午後。

 ホウジョウ村は、いつもより早く収穫祭に突入していた。

 エルフチームの演奏もあって、広場はすでにお祭り騒ぎである。


 広場の中央は、ダンスをするスペースになっていた。

 先ほどまではハルの剣舞で、いまはアリスとリーゼとコタロー、二体のリザードマンの謎コラボによる謎ダンスが披露されている。

 護衛役としてリーゼの近くで踊るハルとのレベル差がひどい。

 おっさんたちに囲まれて座るユージと、踊り出した夫婦とカップルとのギャップもひどい。

 元5級冒険者のうちの一人は、初期に移住してきた針子三人のうちの一人を射止めたらしい。

 犬人族の少年・マルクは、誘いを受けて針子の一人と踊っている。

 新カップル誕生か、あるいは祭りのノリか。


「なんと! これは失礼いたしました!」


「あら、そんなに畏まらないでいいのよ? 私はただのエルフなんだから。ニンゲンの貴族が下に出ちゃいけないんじゃない?」


「とんでもありません! 初代国王の父・テッサ様の奥様方……伝説に詠われる『風神姫』とお会いできて光栄です!」


「ふふ、懐かしい名前。そう、まだニンゲンの間で話が残っているのね」


「ええ、ええ! 独立時にこの国の王都を攻められた際、テッサ様とその奥様方、子供たちがその力で退けたと!」


 ユージの隣にいた領主は、エルフと言葉を交わしていた。

 この国で、いや、知られている限り初めて、ユージはエルフの里と交流を持って取引ができるようになった。

 それどころかユージが文官として担当するホウジョウ村には、エルフ居留地ができてエルフが常駐する。

 領主は事前にユージに相談して、この収穫と収穫祭のタイミングで挨拶に来たらしい。

 対応していたエルフの代表者は、リーゼの祖母のイザベル。

 稀人・テッサの嫁だったエルフである。


「あれ? ケビンさん、領主様はどうしてこんな感じなんですか?」


「ユージさん……テッサ様の奥様と子孫は、この国の王家となりました。『六宗家』のうち獣神だけはテッサ様の仲間だったそうですが、五家はテッサ様の子孫です。イザベルさんとその子供たちは、この国においてそれに匹敵する血筋だ、ということですよ」


「あ、なるほど」


「と言いますか、イザベルさんはその頃から生きているわけで……。どう考えるかはわかりませんが、最低でも侯爵家、おそらく王家に準じる扱いとなるでしょう。生母ではありませんが、『初代国王の母』になるわけですから」


「……はい?」


 伝説の存在に会って子供のように目を輝かせる領主の横で、ユージとケビンはひそひそ声で言葉を交わしていた。

 この世界にテッサが残した残念な足跡のせいでユージは忘れがちだが、本来テッサは『初代国王の父』として敬われてきた存在である。

 とうぜん、その妻だったイザベルも。

 実際、イザベルの素姓を知った領主は、かいがいしく世話を焼きはじめている。

 初めてホウジョウ村に来た領主夫人も、規則にうるさい代官もその姿に何も言わない。

 まあ貴族らしいしきたりを気にしない領主は、単に伝説に詠われる存在に会えたことで舞い上がっているだけかもしれないが。


「ニンゲンの世は本当に面倒ね。だから、私のことは気にしなくていいわよ? ただ……ユージさんにもこの村にもエルフにも、迷惑をかけないように」


「はっ! かしこまりました!」


「お願いするわね。さて……ユージさん! そろそろ、いい時間じゃないかしら?」


「あ、はい、もうすぐ陽が落ちる時間ですね。じゃあ移動しましょうか!」


「ふふ、絶好の天気。これもユージさんの運かしら?」


 秋空を見上げるユージとイザベル。

 薄曇りだった空は、次第に雲の厚さを増していた。

 曇天である。

 普通、絶好の天気とは言わない。普通であれば。


「みなさーん! もうすぐ夕方なんで、移動しますよ! ウチの前の広場に集まってくださーい!」


 騒がしい広場全体に聞こえるように、大きな声を張り上げるユージ。

 事前に聞かされていたのか、村人たちは木の杯を手にぞろぞろと移動を開始する。

 領主夫妻も代官も、エルフもリザードマンも村人たちも。

 ユージさん、今度は何をするつもりなんだろうな、などと言いながら。



 そして。

 ユージの家の前に、村人たちとゲストが集まって思い思いに腰を下ろしていた。

 ユージの家の前の、半円形の劇場に。


 陽が落ちた秋の夜、星一つ見えない曇天。

 明かりはユージが放った光魔法だけ。


 ユージとアリス、コタロー、リーゼ、リーゼの祖母のイザベル。

 四人と一匹は、ユージの家の中に向かうのだった。

 元いた世界の、キャンプオフ当日の夜に。



次話、明日18時投稿予定です。

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