第二十八話 ユージ、エルフ居留地の完成を見届ける
『これでよし!』
『長老、じゃあ……』
『うむ、ユージ殿。完成じゃ!』
『すごーい! アリスももっと土魔法勉強しようっと!』
暑さのピークは過ぎて、朝晩は涼しくなってきた晩夏。
ユージとアリスは家の裏手、北側を眺めていた。
領主からの許可を得て、建設をはじめてからおよそ二週間。
ユージがかつて保護したエルフの少女・リーゼの祖母イザベル、1級冒険者でエルフのハルと、そのハルが里から呼んできたエルフたち。
合計8人のエルフがはじめた建設工事は、およそ二週間で終わったらしい。
『石組みの建物が三つ。森もずいぶんキレイになりましたね!』
『ふふ、ここで暮らすんだもの、森の手入れは大事よ? ねえユリ?』
『ええイーゼ。すべて伐採したら寂しいもの。農地にするなら別だけど』
『あ、誰が暮らすか決まったんですか? イザベルさんとかユリさんですかね?』
『ユージさん、それはまだナイショ! もうすぐわかるから、楽しみにしててね!』
ユージの質問に、イタズラっぽく笑うイザベル。
エルフは長命種である。
若い女性のような仕草だが、かつての稀人・テッサの嫁だったイザベルも、当然かなりの歳である。
ユージは突っ込まない。
「いのちだいじに」ではなく、単に気づかなかっただけである。
ホウジョウ村にツッコミ役は少ない。コタローはいまだ旅の途中であった。
『気になるけど……あ、建物が三つってことは、三家族がホウジョウ村に来るってことですか?』
『ユージ殿、常駐するのは一組だけじゃ。もう一棟は作業場で、もう一棟は』
『客室ってヤツだよ! ボクは家があるから関係ないけどね! あの建物は、交代でエルフが遊びに来られるように作ったんだって!』
『はあ、そうですか……』
白い外壁に、円錐状の三角屋根。
ユージが元いた世界のイタリア・アルベロベッロのトゥルッリのような建物は、合計で三棟。
完成した建物は、上から見ると部屋が一つずつ円形になっている。
住居と遊びに来た客用の建物は、大小いくつかの円をつなげた建物となっていた。
一方で「作業場」だと示された建物は、大きな円で一部屋だけ。
その空間で、エルフは時間つぶしの手仕事でもするつもりなのだろう。
「『やったあ! じゃあ、アリスたくさん魔法を教わろうっと!』お祖父ちゃん、シャルル兄、村にはエルフさんがいつもいるようになるんだって! 魔法を教えてもらおうね!」
「よかったね、アリス。でも、ボクはそろそろ帰らなくちゃいけないんだ。次に来る時に教えてもらうよ」
「うむ。儂以上の使い手は人間にはそうそうおらんかった。エルフの方々に魔法を教わるのは有意義な時間であったのじゃが……」
「そっかあ……また会えるよね、シャルル兄、お祖父ちゃん」
「当然じゃ! アリスが王都に来ても良いし、儂らがまたお忍びで来ても良い。アリスが大きくなった姿を見せてもらわねばの」
「アリス、王都に来る時は気をつけてね。ケビンさんの言うことを聞いて、商会の人間か、開拓村の住人として来るんだよ。ボクとお祖父さまの家族だとバレないように」
「はーい!」
アリスの祖父で貴族のバスチアンと、貴族になることを決めた兄・シャルル。
シャルルの夏休みを利用して、二人は身分を隠してホウジョウ村にやってきていた。
ユージの家を囲う謎バリア、魔素でできているそれの変化がないか、シャルルの魔眼で確かめるために。
初めて謎バリアの穴の存在が発見されてから、およそ一年。
ユージが電気・ガス・水道を節約して、魔素による家の修復も行わなかったためか、穴はほとんど広がっていない。
ユージも掲示板住人たちも、これなら大丈夫そうだと胸を撫で下ろしていた。
季節は晩夏、シャルルは夏休みの終わりが近づいている。
とはいえ、二度と会えなくなるわけではない。
アリスは素直に、近づく別れを受け入れていた。
『作業場ですか。あ、こっちで何か用意しますか? 村にあるものとか作れるものだったら準備しますし、ケビンさんが帰ってきたらだいたいのものは揃いますよ?』
『ユージさん、気を遣わなくていいわよ。必要なものは自分たちで用意するから。それに、何をするかまだ決まってないもの!』
『うむ。そうじゃな、家ができたのじゃ、やはりここは家具製作じゃろうか』
『あら、いいわねそれ! 久しぶりに私も腕を振るおうかしら』
『え? イザベルさん、作れるんですか?』
『うーん、しばらくやってなかったから、多分ね! 最後に家具を作ったのは……テッサとみんなと住む家に置くものを作った時ね』
『ユージさん、ボクらには時間ならあるからね! みんないろんな趣味を持ってたりするのさ!』
『ああ、そういうことですか』
『うむ。長い時を無為に過ごすのは苦痛じゃろう。思いつくままに好きなことをはじめる者、一つの道に没頭する者もおる。儂やイザベル、ハルは多趣味なタイプじゃな!』
『長老、好奇心旺盛って言ってほしいな! じゃないとニンゲンの街に行くお役目を希望しないって!』
『そうよ、長老。この中だと、ユリだけが没頭するタイプかしら? 森の管理と編み物に』
『イーゼ、私もそこまでじゃないわよ? あの変人たちと一緒にしないでちょうだい!』
『あの……』
『ああ、すまぬユージ殿。ということで、作業場を何に使うかはその時によるのじゃ。必要なものはこちらで用意するゆえ、心配はいらぬよ』
『わかりました。それにしても、みなさんほんとに多趣味なんですね』
『うむ。時間を持て余すのはもったいないからの! 最近はやりたいことが多すぎて時間が足らぬほどじゃ!』
『そう、ユージさんのおかげでね!』
『え? 俺?』
『そうよユージさん。ニンゲンとの取引、蚕の増産。蚕が増えたから、糸を紡ぐのも染めるのも織るのもいろいろ試しはじめてるわ。ユージさんが取引に持ち込んだ服をきっかけに、みんな新しい服の形も考え出した。リザードマンの文字を研究しはじめた子もいるわね』
『イーゼ、それだけじゃないわよ。テッサやキースが遺したものを補完するためにユージさんへの質問をまとめたり、別の世界の情報を整理したり。ユージさん、エルフの里はいつになく活気づいてるわ』
『はあ、そうですか……』
『ユージ殿には感謝しておる。長い時間を飽きぬよう、儂らエルフは小さな変化を楽しむように心掛けておった。それが、久方ぶりの稀人の出現と大きな変化じゃ』
『みんな楽しんでるわ。それに、この場所! ニンゲンと安全に触れ合える場所なんて、新しい発見だらけじゃない!』
『その、喜んでもらえて何よりです。変な人間が入り込まないようにがんばります!』
ユージ、エルフ居住地の完成で、思った以上にエルフたちが喜んでいることに気づいたらしい。
喜ぶエルフに安全を提供できるように、ホウジョウ村担当の文官として決意を新たにしていた。
自警組織としての防衛団はあるが、入村を認める割符のチェックの最終的な責任はユージにあるのだ。
だが。
村人はすでに変人だらけである。そもそもトップがユージだ。
ユージの決意は、不審な人間が入り込まないように、という意味だろう。
……エルフに危害を加える人間が入り込まないように、という意味だろう。
村にはすでにブツブツ独り言を呟いて、奇行を繰り返す不審人物がいるので。ユージ。
『ユージさん、あんまり心配してないわ。村人はみんな顔見知りになったし、ここに来るまでにゲガスもいるんでしょう?』
『あ、はい。宿場予定地にはゲガスさんがいます。そっか、元々ゲガスさんが人間とエルフを繋ぐお役目だったから』
『ええ、信頼してるわ。そうね、少なくとも……世代が変わるまでは、楽しめると思ってる』
リーゼの祖母、イザベルはにこやかに告げる。
顔は笑っているが、声はわずかに弱く。
それは、長命種ゆえの寂しさなのだろう。
『うむ。儂らとしては、いつまでもこうであってほしいと願うだけじゃな』
イザベルの肩をポンと叩く長老。
『……がんばります。せっかく村が発展してきたんですから』
『ユージ殿、あまり気負わぬようにな。……さて。では頼まれていた広場の改修工事をはじめるかの!』
『アリスちゃん、教えた土魔法を見せてもらおうかな』
『はーい! アリス、がんばる!』
『頼んじゃってすみません。よろしくお願いします!』
沈んだ空気を振り払うように大きな声で宣言するエルフの長老。
その言葉をきっかけに、エルフとユージたちは別の場所に向かうのだった。
ユージの家をぐるっとまわって、家の南側、門の前へ。
ユージの家の前にある小さな広場。
どうやらそこが、次の工事現場らしい。
村の中心に大きな広場ができたいま、ユージは昔からあったこのスペースを改修するつもりのようだ。
ユージがこの世界に来てから、7年目の夏が終わる。
ホウジョウ村は、ユージの感覚ではゆっくりと、この世界の感覚では異常なほどのスピードで発展しているようだ。
いかに身体能力が高い者が多いといっても、機械も重機もない。
魔法が存在するといっても、アリスほどの魔法の使い手は平民にはいないし、エルフはこの世界でも最高クラスの魔法の使い手である。
通常、これほど魔法の使い手が開拓地に集まることはないのだ。
ホウジョウ村の発展のスピードは、ほかの開拓村と比べるべくもなかった。
ユージが気づかないだけで、この世界では驚くほどのスピードで周囲の環境が変化しているのだ。
もっとも、ユージが気づかないだけで、元の世界でも驚くほどのスピードでユージの周囲の環境が変化しているのだが。
ユージがこの世界に来てから、7年目の夏が終わる。
間もなく秋。
収穫の時期が近づいていた。
次話、明日18時投稿予定です!





