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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第二十六話 ユージ、ホウジョウ村に山羊人族の医者を迎える


「ユージさん! ブレーズ! 医者を連れてきたぞ! イヴォンヌちゃん、イヴォンヌちゃんはどこだ!」


「落ち着けエンゾ。医者の案内はこっちでやっておくから、家に迎えに行くといい」


「あんがとよブレーズ!」


 慌てた様子で村に駆け込んできたエンゾだが、急病人でも怪我人でもない。

 ユージと共に街から帰ってきて、エンゾは一泊しただけでプルミエの街へと戻っていった。

 移住を決意した医者を連れてくるために。

 妊娠中の妻を捜して大騒ぎするあたり、無事に医者を連れてくることができたらしい。


 元3級冒険者の斥候・エンゾが村に駆け込んだ勢いのまま、自宅にダッシュしてしばらく。

 馬に荷車を引かせたケビン商会の従業員が村の広場にたどり着いた。

 一緒に、立派な角とあご髭を生やした二足歩行する山羊も。


「エンゾさん、すげえテンション高い……あ、おひさしぶりです。ようこそホウジョウ村へ」


「これからお世話になります、ユージ殿。はは、妊娠中の妻がいる男性はああいった方もおりますよ。獣人はもっと忙しないかもしれません」


「そうですか。妊娠って大変なんですねえ」


 ハイテンションなエンゾにちょっと引き気味のユージ。

 家族愛が強い獣人の場合は珍しいものでもないらしい。

 エンゾは人間だが。

 ユージ、いまいちエンゾの気持ちがわからないようだ。何しろ恋人もいないので。童貞ではない。いちおう。


「うわあ! おヒゲすごい! お祖父ちゃんとはちょっと違う形だね!」


「そうじゃなアリス。ふむ、山羊人族の医者か……」


「お祖父さま、お知り合いですか?」


「いや、気のせいじゃよシャルル。儂は王都の魔法ギルドを引退した、しがない魔法使いじゃからな」


「……俺は何も聞こえない。しがない魔法使いがあんな魔法使えるわけねえ、とか考えない。……先生、まだ建築途中でアレなんだが、ひとまず診療所に案内しよう。悪いがイヴォンヌちゃんの様子だけは見てやってくれねえか」


「もちろんです。道中ずっとその話でしたから」


 初めて見た山羊人族に目を見張るアリス、手入れされた口ひげを撫でつつ考えにふけるアリスの祖父・バスチアン。

 アリスの兄のシャルルは祖父に心当たりがあるのかと尋ねるが、バスチアンは村に滞在する際の設定を口にするのみ。

 元3級冒険者で村長のブレーズは、もはやバレバレのバスチアンの嘘をスルーして、山羊人族の医者に声をかけていた。

 まずは診療所に連れていくつもりのようだ。


 無医村だったホウジョウ村に、医者が移住してくる。

 村人たちは作業の手を止めて、山羊人族の医者を歓迎するのだった。

 どうやら頭が黒ヤギで二足歩行な見た目であっても、この世界では悪魔的な扱いはされないらしい。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「母子ともに順調ですね。ただ、油断しないよう今の生活を続けてください。出産は秋ごろでしょう。それにしても、この腹帯は補助具として優れていますねえ」


「ありがとう先生! いよっし、出産に向けていろいろ準備しないとな! とりあえず体力つく食べ物か?」


「ほら、大丈夫だって言ったじゃない。エンゾったら心配性なんだから。先生、ありがとうございました。腹帯は今度新品をお持ちします」


 ホウジョウ村の診療所はまだ完成していない。

 木工職人のトマスとその弟子たち、元冒険者たちが総出で作業した結果、外装は完成している。

 だが、内装はこれから。

 診療所として営業するため、トマスは医者の希望を聞いてから取りかかるつもりのようだ。

 いまはひとまずイスとテーブルを運び入れて、山羊人族が持ち込んだ診療道具を使っていた。

 そもそも山羊人族の医者は、荷車に積んできた荷物をほどいてもいない。


「うし、満足したかエンゾ? 先生、内装なんかはそこにいるトマスに希望を伝えてくれ。費用は気にしなくていいからよ。それと、荷物はどこに運ぶ? この村にゃ元冒険者も多い。力仕事は遠慮しないで頼んでほしい」


「ブレーズ殿、何から何までありがとうございます」


「いいんだって先生! イヴォンヌちゃんを診てくれれば、先生はそれだけでな! あとはぜんぶ俺たちがやるから!」


「エンゾ……病人や怪我人が出たら診てもらうから。イヴォンヌちゃんだけじゃねえから」


「わかってるわかってる!」


「はあ、もう、エンゾったら。先生、よろしくお願いします」


「はい、もちろんですよ。……いい村ですねえ」


 村長のブレーズ、防衛団長のエンゾ、妊娠中のイヴォンヌと言葉を交わして。

 診療所の入り口からは、妊娠中のイヴォンヌが気になるのか、ユージやアリス、木工職人のトマス、村人たちが覗き込んでいる。

 医者は目を細めて微笑みを浮かべ、平和な村の様子を見つめていた。

 隣国で、戦地で、国境の診療所で。

 数奇な運命を辿ってきた医者は、安息の地を見つけたらしい。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ここが共同浴場の男風呂です。普段は二日に一回、薪でお湯を沸かすんですけど……」


《む、ユージ殿。そのニンゲンは? ニンゲン?》


「あっ、ユージさん! 一段落したからお風呂いただいてるよー。いやあ、昼の露天風呂はいいね!」


『ほう、山羊の獣人は初めて見たわい。うむ、()()()()()を作ることにしてよかったのう。この村には新たな発見ばかりじゃ。早く完成させねばな』


「ユ、ユージ殿、これは……?」


「家を建てるためにエルフのみなさんが来ていて、いまは魔法でお風呂を沸かしてくれてるんです」


「魔法で……ああいえ、そういうことではなくてですね。……エルフ? それに、奥にいるのはリザードマン? モンスターではなく?」


「そうなるよなあ。先生、深く考えないほうがいい。慣れだ、慣れ」


 医者を案内していたユージとブレーズ。

 缶詰生産工場や針子の工房、臨時で開くケビン商会ホウジョウ村支店、農地や広場などを案内した後、ユージたちは共同浴場を訪れていた。

 風呂には入らない。

 いまは単に、場所の紹介だけである。


 目を見開いて固まる医者の肩を、ブレーズがポンポンと叩く。動揺をなだめるように。

 浴槽のフチに寝そべって、尻尾をパシャパシャとお湯につける大人のリザードマン。

 のんびりと浴槽につかっているのは、1級冒険者でエルフのハルと、建設のため里から出張してきたエルフの長老。

 どちらも初めて見る種族。

 山羊人族の医者が固まるのも当然である。


「とりあえず、ユージさんがいりゃ言葉は通じるから。ああ、エルフは何人か俺たちの言葉がわかる人もいるな。もし先生が診療する時にはユージさんかその人たちに手伝ってもらうからよ」


「は? エルフやリザードマンを? 診療する? ひょっとして、あのオオカミたちも?」


「そうか、その人が医者だね! ウチの里の医者と薬師がニンゲンの医療に興味津々だったよ!」


「あ、エルフの医者もいるんですね。ってそりゃそうか。情報交換とかできるといいかもしれませんねえ」


 ユージ、暢気か。

 ツッコミはない。コタローが不在なので。


「ユージさんはこの村担当の文官だ。領主様の信頼も厚い。そもそも開拓団長としてこの村を作った人で、缶詰も服飾もユージさんとケビン商会の共同開発だ。信じられるか? この村、まだできて5年も経ってないんだぜ?」


「5年経ってない……? この規模で? しかも無償で診療所を建てるほど余裕がある? ユージ殿はすさまじい功績なんですね……」


「ああ、それは間違いない。あとはちょっと変わってるのと、顔が広いってのは確かだな。まあそのうち慣れる、というか早いとこ慣れてくれ」


「……はい。何より、ユージ殿には医学書の間違いや抜け漏れを教えてもらうことになってますから」


「ああ、先生はそんな感じか。んじゃユージさんと直接話すことも多そうだな。……がんばってくれ」


 村長のブレーズは、再び医者の肩を叩く。

 ちょっと遠い目で、どこか諦めたような雰囲気で。ユージ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「えっと、いちおう案内しておきますね。まだルールを決めてないんですけど、立ち入り禁止エリアも作ったほうがいいかなーって思ってるんです」


「なんと美しい……」


「こりゃすげえ。昨日までの景色とも変わってる。エルフの魔法はすさまじいな」


「あー! リーゼちゃんのお祖母ちゃんだ! おーい!」


《うーん、泥が足りないっ! 水も少ないぞーっ!》


《エルフやニンゲンにはこれで良いのだろう。我は理解したぞ》


 共同浴場の男風呂から離れたユージたちは、アリスや子供のリザードマンと合流した。

 そのまま、一行はユージの家の裏手へ。

 移住した医者の目の前に広がるのは、エルフが手入れした森と小川。

 そして。


「森は心地よく……それに、あの家。あのような形は初めて見ましたが、とても美しいですね」


「ハルさん、完成するの早くありません? 昨日は土台とちょっとぐらいしかありませんでしたよね?」


「ありがとう医者の獣人さん! ユージさん、だからこの建て方なんだ! 時間がかからないし、飽きたら部屋を足したり場所を変えたりできるからね!」


「はあ、そういうものですか……」


 小川のほとりにある、円錐形の屋根を持つ小さな白い家。

 白い石を積み上げて、漆喰で仕上げた壁は白い。

 エルフの里で見かけた家々と違ってまだ植物が絡んでいないのは、建てたばかりだからだろう。

 緑の森に白い壁はよく映えた。

 初めて見た医者の目を奪うほどに。


「もう一軒建てて、あとはいくつか部屋を足していくつもりよ。ユージさん、どうかしら?」


「あ、イザベルさん。はい、その、自分たちが使いやすいようにしてください。それにしても……診療所もこの感じで建てたら早かったですかね」


「うーん、難しいんじゃないかしら? ほら、土魔法も使ってるから」


「ユージ兄、アリスできるようになったよ! 石を離して小さくしたり、小さい石同士をくっつけたりするの!」


「そ、そう……すごいねアリス……」


 アリス、人間兵器で人間重機で人間建機である。

 どうやら石の切り出しと、石を繋げて壁にする土魔法を覚えたらしい。


「こんなにすごい村で……私が医者……」


「おう、頼むぜ先生! いまんとこ病人も怪我人もいないんだ、イヴォンヌちゃんの出産をよろしくな!」


「エンゾ殿……そうですね、私は私ができることをやるだけです。村人の診療と治療、それに医学書の修正も。それが私の使メエーですから!」


「使メエー? ああ、使命か。先生も一筋縄じゃいかねえ人間か……」


 フンフンと頭を上下させて、角を揺らす山羊人族の医者。

 アリスはうわー! と歓声を上げている。山羊っぽい行動がお気に召したらしい。

 ブレーズは、そんな新住人を見て頭を抱えていた。村長としてがんばってほしいところである。



 ユージがこの世界に来てから7年目の夏。

 これまで無医村だったホウジョウ村は、医者の移住を受け入れるのだった。

 見慣れない山羊人族であっても、快く。

 むしろ山羊人族の医者が、オオカミ型モンスターやエルフやリザードマンがうろつく状況を受け入れるほうが大変であるようだ。

 夏の暑さも盛りを過ぎた頃。

 ユージの仕事は、ちょっと落ち着いたようだ。

 今年のユージの仕事は、後は羊の飼育に挑戦し、初の大仕事となる秋の収穫と徴税額を算出するぐらいである。

 この世界では。



次話、明日18時投稿予定です!

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