第二十四話 ユージ、エンゾと一緒に出張の成果を報告する
「お帰りなさい、ユージ兄!」
村の入り口にたどり着いたユージにヒシッとしがみつくアリス。
11才になっても行動は幼いままである。
村で一番年下の少女は、まだ末っ子気分が抜けないようだ。
「お帰り、エンゾ」
抱きしめ合うユージとアリスの横では、元3級冒険者のエンゾとイヴォンヌがそっと寄り添っている。
エンゾ、大きくなった妻のお腹を気づかってソフトなハグらしい。気遣いできる男なのだ。ユージと違って。
「ただいま、アリス! なんか抱きつかれたのも久しぶりだなー。さびしかったのかな?」
「ううん! ユージ兄の家でお祖父ちゃんとシャルル兄と一緒だし、さびしくなかった!」
そう言いながら、ユージの胸にぐりぐりと頭をこすりつけるアリス。
さびしかったらしい。
口では否定しているが、体は正直である。エロい意味はない。
「イヴォンヌちゃん、帰ってきたぜ! 医者の勧誘も成功だ!」
「そう、じゃあ安心ね。ふふ、ユージさんのこともエンゾのことも信じてたわ」
そっとエンゾの頬に手をやるイヴォンヌ。
ムダに色っぽい触れ合いである。エロい意味はない。妊娠中なので。
「あれ? ユージ兄、コタローは?」
「ああ……アリス、落ち着いて聞いてほしいんだ。コタローは、ケビンさんと一緒に王都のほうに出かけたよ。帰ってくるのは一ヶ月ぐらい先かなあ……」
「そっか! じゃあ今度はユージ兄とアリスでお留守番だね!」
相談も挨拶もせずにコタローが旅に出たことで、アリスはさびしがるかもしれない。
そんなユージの不安は取り越し苦労だったらしい。
アリスはあっさりとコタローの不在を受け入れていた。
「え? アリス、軽くない? コタローのこと心配じゃないの?」
「ええー? コタローは強いし賢いし、大丈夫だよ? ケビンおじさんも一緒でしょ?」
首を傾げて、なぜユージが心配しているのかわからないといった様子のアリス。
少女はコタローに全幅の信頼を置いているようだ。
ユージが街に行く時は、ケビンと一緒でも心配していたのだが。
犬のコタローが別行動するより、元引きニートのユージが別行動するほうが心配であるらしい。ユージ。
「よっし、じゃあブレーズたちに報告すっか! 医者の受け入れ準備もはじめなきゃな! ほれ、行くぞユージさん!」
いつまでも村の入り口にいてもしょうがない。
門番役の元5級冒険者にこの場を任せ、ユージたちはホウジョウ村の中心部に足を進めるのだった。
村に、医者が移住してくる。
朗報を知らせに。
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「ってことで俺は村で一泊したら、街に戻って医者を連れてくるからよ。準備よろしくな、ブレーズ!」
「ああ、任しとけ! みんな、この村に医者が来るってよ!」
ホウジョウ村の中心にある大きな広場。
そこには、今回の街行きの結果を聞くために村人たちが集まっていた。
医者の移住が決まったと聞いて、集まっていた村人が歓声をあげる。
「ケビンさんに開拓村勤務って聞いた時はどうしようかと思ったけど……故郷よりスゴいわね!」
「ケビン商会の臨時店舗ができた時も言ってなかった? 賛成だけど!」
「お店があって医者がいるなんて! これアレじゃない? もう街って言ってもいいんじゃない?」
「それは言い過ぎ! 医者かあ、これでいつでも妊娠できるわね!」
「え? 相手は?」
「おう、鍛冶仕事はケガがつきものだからな。医者がいるに越したことはねえ」
「俺たちよりも工員のほうがうっかりしてるしなあ」
「ありがたいっすね!」
辺境の中心地・プルミエの街には学校があるが、通わせる余裕がある家庭は少ない。
結果、知識が必要な職業に就く人の数は増えない。
医者や薬師はほとんどが『家業』となっていた。
もちろん弟子を取ることはあるが、何しろ一から教えなければならないのだ。
それこそ文字の読み書きや四則演算からのスタートである。弟子を取るハードルは高い。
こうした事情から、辺境は医者の数が少なく、プルミエの街はともかく宿場町や周辺の農村は無医村が当たり前だった。
そこへきて、開拓村だったこのホウジョウ村に『医者が移住する』という知らせである。
盛り上がらないわけがない。
村長のブレーズが、喜んで準備を引き受けるのも当然である。
この男、苦労性なのではなく単に苦労が好きなタイプなのかもしれない。信じがたいことだが、世の中にはそうした人間も存在するのだ。
「それと! まだ先の話だが、俺は警備隊長として、マルクは隊員として、領主様から認められた!」
続けてのエンゾの言葉に、再び盛り上がる村人たち。
この村が発展した暁には、いまの自警組織としての防衛団ではなく、公に警備隊が作られる。
警備隊長に立候補したエンゾ、隊員に立候補したマルク。
合否によっては、警備隊に顔なじみがいるかどうかが決まる。
今回の歓声は祝福と安堵の声だったのだろう。
じゃっかん一名、マルクの制服姿を妄想してヨダレを垂らす女性がいたようだが。マルク、旅に同行したのは正解だったのかもしれない。貞操の危機的な意味で。
「話は以上だ! 缶詰生産工場と針子の工房はいつも通りの仕事を、それ以外はトマスさんの指示に従うように! 診療所を建てるぞ!」
村長・ブレーズの呼びかけに、おおっ! と威勢のいい声が返る。
その場にいたユージも、アリスも。
だが。
「ああ、ユージさんは参加しなくていいからな! アリスちゃんは手伝ってくれるとありがたいんだけどよ」
「はーい! アリスお手伝いする!」
「え? その、俺は? なんでですか?」
「ユージさん……バスチアンさんとシャルルくん、リザードマンたち、エルフたちの面倒を見てやってくれ」
「あ……」
不在の間、ブレーズに押し付けていた仕事。
ユージを慕って集まってきた人間たちの世話が、ユージの仕事であるようだ。
当然である。
通訳なので。
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「えっと、こっちにいるって聞いたけど……?」
広場を出たユージとアリスは、家で待っていたバスチアンとシャルルに合流した。
アリスはすぐに、バスチアンとシャルルを連れて診療所の建設予定地に向かっていった。
土魔法を建設に役立てるためである。
バスチアンとシャルルは、アリスよりも繊細に火魔法を扱うことができる。
それを知っているため、アリスは二人を建設予定地に連れていったようだ。
火魔法のコントロールに優れた二人は、名人であったのだ。
湿気取りと乾燥の。
魔法のムダ遣いである。
三人と別れたユージは、村の共同浴場に向かっていた。
まだ午後早いこの時間、共同浴場を使っている村人はいない。
村人は、いない。
《ああーっ! おもしろいニンゲンだ! 帰ってきたのかーっ!》
《む、ユージ殿》
《あの……何してるんですか二人とも……うん? 二人? 二体?》
《ここはずいぶん心地よくてな》
《温かいのも冷たいのも気持ちいいんだぞーっ!》
共同浴場の浴槽のフチには、二体のトカゲが転がっていた。
いや、トカゲではない。
ニンゲンの生活を見るために、知己であるユージの村を訪れていた二体のリザードマンである。
二足歩行できるのだが、いまは二体とも腹這いに寝そべって尻尾を浴槽に垂らしている。
くつろいでいるのだろう。
《……その、馴染んでいるようで何よりです。俺がいない間、問題ありませんでしたか?》
《うむ、食事も寝場所も、言葉は通じないなりに良くしてもらった。感謝していたと伝えてほしい》
《楽しかったぞーっ! ここのニンゲンがウチの里に来る時は、アタシが歓迎してやるっ!》
《あ、ありがとう。でもさすがにみんなが行くことはないんじゃないかなあ……》
言葉が通じない人間とリザードマンの交流。
ユージが作った辞書のおかげで、不在の間も上手くいっていたようだ。
まあそれも、変わった出来事に慣れたホウジョウ村の住人ならではだったのかもしれない。
エルフの少女の保護にはじまり、収穫祭に領主自らやってくる、頻繁なエルフの来訪、モンスターのはずのオオカミが村を出入りする、どんどん増える移住者、ユージの突飛な発想と行動と発明。
変わった出来事に慣れなければ、ホウジョウ村では暮らしていけないらしい。
人間とも獣人とも姿形が違うリザードマンも、あっさり受け入れられたようだ。
《ええっと、俺はこの後、エルフのみなさんの様子を見に行くんですけど……どうします?》
《む、では我らも行こう。ユージ殿がいれば、エルフとも簡単に意思疎通できるゆえな》
《よーしっ、次はエルフだーっ!》
最後にばしゃばしゃと尻尾で浴槽をかき混ぜてから立ち上がる二体のリザードマン。
ちなみに、尻尾はたがいに洗い合ってから浴槽に入れている。
辞書を片手に入浴マナーを教え込んだのはブレーズである。苦労性である。
《じゃあ服を着るまで待ってま……着ないんでしたね。こっちです》
装飾品を身につけているが、リザードマンたちは全裸である。
大人のリザードマンは男、子供のリザードマンは女。
ユージ、全裸を前にして平静であった。
相手は二足歩行するトカゲなので。女というかメスなので。
ユージは変態ではない。ただの巨乳至上主義者である。
ユージがこの世界に来てから7年目の夏。
プルミエの街への出張を終えたユージたちは、歓声でその成果を讃えられていた。
医者がいない村に、医者が移住する。
妊娠中の妻がいるエンゾだけでなく、住人たちは大喜びである。
手が空いた、というか無理やり手を空けて、村人たちは診療所の建設に取りかかるのだった。
一種のお祭り騒ぎである。
お祭り騒ぎから取り残されて、村に帰ったユージは、さっそくユージにしかできない仕事をはじめるのだった。
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次話、明日18時投稿予定です!





