第二十三話 ユージ、宿場予定地から別行動をとることになる
「ほう、そうか。アイツらも働いてるみてえだな」
「みたいだな、じゃないですよお義父さん。相談役に就いてほしいという手紙を無視しているそうじゃないですか」
「ああん? いいんだよ、俺がいなくてもアイツらでまわってるじゃねえか」
「はあ、まったく……ユージさん、なんとか言ってやってください」
「え? 俺ですか?」
医者の勧誘に成功したユージは、その後、街で二日過ごした後にホウジョウ村への帰路についていた。
帰路一日目の今日は、いつものごとく宿場予定地で一泊の予定である。
「だいたい王都で暮らすよりこっちのほうがおもしろいからな! コイツらも鍛えねえと!」
「ありがとうございますおやっさん!」
「ざーっす!」
「はあ……まあみんな理解はしているようですけどね……。ジゼルもこっちで、お義父さんは宿場予定地。顔を合わせづらいんですよ」
「言わせとけ言わせとけ。おう! 差し入れもらったからよ、今日の仕事はここまでにするぞ!」
「うっす! お疲れさまでした!」
「お疲れっしたー!」
「……あいかわらず体育会系なんですね」
「ユージさん! 俺は一度村に帰って、また街に戻るからな! 医者を連れてこねえと!」
「了解です、エンゾさん。二度手間ですみません」
「気にすんなユージさん! 勧誘が成功したってイヴォンヌちゃんに伝えないとな! 村に医者を迎える準備も必要だし!」
ご機嫌な様子でユージに話しかけるのは、元3級冒険者で現在はホウジョウ村の自警組織、防衛団の団長を務めるエンゾ。
勧誘に成功したことで、妊娠している妻・イヴォンヌの出産への準備も整った。
エンゾ、自身の警備隊長への採用試験合格より、そちらのほうがうれしいらしい。
「エンゾさん、私からもお礼を。私たちはこのまま王都に向けて出発する予定ですから。一度王都に行って、そのあと近くの農村へ。うまく家畜を購入できたら、ホウジョウ村へ向かうつもりです」
「そっか、エンゾさんがいなかったら、ここから先は俺とコタローだけになっちゃうところだったんですね」
季節は夏。
秋を迎える前に、ケビンは羊を買いに王都近くまで遠出するつもりらしい。
この辺境にも家畜はいるが、農村にはまとめて販売できるほどの頭数はいない。
そのためケビンは、冬の準備で家畜が潰される前に、王都近くの農村を訪ねたかったようだ。
「マルクくん、よろしくね! ケビンさん、マルクくんはともかく……その、本当にオオカミたちも連れていくんですか?」
「そうですねえ……マルクくん、いいんだね? 連れていったら宿場町や王都には入れないから、人里では私と別行動になるよ? マルクくんは片道で6回は野営することになる」
「心配ありがとうございます。でも、みんな行きたいらしくて。野営は大丈夫ですよ、オオカミたちが見張りしてくれますから、一人旅よりはラクなはずです」
プルミエの街に行っていたのは、ユージとコタロー、ケビン、エンゾのほかにもう一人。
犬人族の少年・マルクも同行していた。
警備隊への採用試験を受けるために。
無事に採用されたマルクは、この後、ケビンの家畜購入の旅に同行するつもりらしい。
マルクに懐いている五匹のオオカミたちと一緒に。
「ここまで懐いていればそうかもしれませんが……心配なのは帰路ですね。羊とオオカミが同じ道程を過ごすわけですから。オオカミたちが協力してくれるなら、羊を群れで購入しても誘導できるでしょうから、これほど心強いことはないのですが……」
「フツーに考えりゃ、帰り着く頃には羊はいなくなってるわなあ」
「そりゃそうですよね。うーん、大丈夫かなあ。どう思う、コタロー?」
ケビンとエンゾの心配も当然である。
いかに賢いとはいえ、オオカミを連れていくのだ。
オオカミたちが村で暮らしてきた実績からすれば、襲われない限り人間を襲うことはないだろう。
だが羊を購入した帰路は、とうぜん羊を連れて帰ることになる。
ケビンもエンゾもユージも、いまいち信用しきれないらしい。
少数の羊を買って馬車に乗せるか、群れで購入して羊を歩かせ、オオカミたちに誘導させるか。
ケビンはいまだに迷っているようだ。
人間たちの迷いを感じたのか、コタローは先ほどからチラチラと視線を動かしている。
一方にいるのは、マルクにじゃれつく一匹の日光狼と四匹の土狼。
もう一方にいるのはユージであった。
群れのボスとしてはどちらも心配らしい。一方は子分ではなくユージなのだが。決して子分扱いしているわけではない。決して。
「心配すんなコタロー。変なヤツはこの『血塗れゲガス』が、宿場予定地も森も通さねえからよ。ホウジョウ村は安全だ」
「ゲガスさんの言う通りだ、コタロー。俺はちょっとだけ村を離れるが、医者を連れてきたらユージさんを見ててやる。アリスちゃんもブレーズもいるし、エルフだってユージさんの味方なんだろ?」
迷うコタローに言い聞かせるように告げるゲガス、エンゾ。
というかこの二人、コタローが人語を解するのは当然というように話しかけている。まあ今更である。犬とは。
「そっか、俺と離れるのが不安だったのか。大丈夫だよコタロー、ケビンさんは俺より強いし、マルクくんもオオカミたちもいるんだから」
かがみ込んでコタローの頭を撫でて言い聞かせるユージ。
カプリとその手を甘噛みされる。そっちじゃないわよゆーじ、わたしのほうをしんぱいしてどうするの、とでも言いたいのだろう。当然である。
「ユージさん……」
「ま、まあいい機会だろ。コタロー、何かあってもユージさんを補佐するヤツらはいるんだ。たまに羽を伸ばしてきてもいいんじゃねえか?」
小さく首を振るケビン、コタローに話しかけるゲガス。
どちらもコタローと同じ意見らしい。
お前が心配されてんだよ、とユージに告げないのは優しさだろうか。
落ち着きなくウロウロして、ゲシゲシと土を掘り、しばらく悩んだ後に。
コタローが、キッとユージを見つめてワン! と鳴く。
ゆーじ、わたしがいなくてもしっかりするのよ、と。
コタローは、五匹のオオカミたちに近づいていった。
「ケビンさんたちについていくのかな? コタロー、気をつけるんだぞ! オオカミたちの世話は任せたから!」
深く頷いて、コタローの決断を受け止めるユージ。
お前が気をつけるんだよ、とばかりに、ユージは人間とコタローとオオカミに半目で見つめられるのであった。
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「はあ……みんなは今ごろプルミエの街かなあ」
「ユージさん、街に入るのは馬車を取りに行って専属護衛の二人と合流するケビンさんだけだって言ってたろ?」
「あ、そうでしたね。じゃあコタローは街の近くで待機か」
「マルクとオオカミたちと一緒にな。ほれ、しゃんとしろって。ユージさんに何かあったら大変なんだからよ」
「そうですね、うん、よし!」
宿場予定地を出たユージは、鉄道馬車用に敷かれたレールの横を歩いていた。
時おりため息を吐いては、別行動となったコタローを心配しているようだ。
ユージがこの世界に来てから7年目。
コタローと離ればなれで過ごすのは初めてのことである。
「あ! そういえばこっちは二人ですけど……危なくありませんか?」
「いまさらかよ! ユージさん、心配すんな。何しろ俺は元3級冒険者で防衛団長で、村が発展したら警備隊長だからな! モンスターが出てきたって返り討ちよ! まあこの辺のモンスターは俺とマルクとオオカミたちで狩り尽くしたけどな」
「え?」
「イヴォンヌちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかねえから! それにほれ、もし何か出たところでユージさんだって5級の冒険者だろ?」
「あ、そうでした。5級は中級。もう一人前なんでしたっけ」
「おいおい、頼むぜユージさん」
モンスターが生息する世界の森を、二人だけで歩く。
今のユージは、それが問題にならないほどの実力を付けているらしい。
まあおっさん二人だけ、という問題はあるが。
そもそも今回の街行きは男だけのパーティであった。コタローは雌犬だが、ただの雌犬なので。
「アリスはなんて言うかなあ……」
「しばらく会えなくてちょっと寂しがるぐらいじゃねえか? コタローの戦闘力は知ってるんだからよ」
ユージの飼い犬だったはずのコタローは風魔法を使いこなし、オオカミたちを従える群れのボスである。
ケビンもエンゾもマルクもゲガスも、別行動で心配していたのはコタローではなくユージのほうだ。
戦闘力ではなく、うかつな行動的な意味で。
別行動が許されたのは、あとは村に帰って普段通りに生活するだけだからだろう。
ユージの信用たるや。
「もうすぐ村だ。ユージさん、どう思うかはアリスちゃんに会って直接確かめりゃいいだろ! ほれ、気になるんなら走って帰るぞ!」
「あ、エンゾさん! ……よし!」
森の中の道を走り出す二人の男たち。
エンゾは、コタローと別れてからずっと、うだうだ言っているユージにイラついたのかもしれない。
いや違う。
「よーし、ユージさんをうまく乗せられたぜ! 待ってろイヴォンヌちゃん!」
単に、一刻も早く妻と再会したかっただけのようだ。
およそ一週間の出張は、エンゾにとっては長かったらしい。
上がった身体能力にモノを言わせて、森を走ること一時間。
ユージとエンゾは、視界にホウジョウ村の入り口を捉える。
「あー! ユージ兄だ! お帰りなさい、ユージ兄!」
「はあ、エンゾったら……ぜったい走ってきたわね。お帰り、エンゾ」
ブンブンと手を振って跳ねる少女と、控えめに手を振る大きなお腹を抱えた女性が待つ、村の入り口を。
二人の横には、護衛役らしき元5級冒険者たちの姿もあった。
もはや人間兵器のアリスに護衛が必要かどうかはともかくとして。
「ただいま、アリス!」
「イヴォンヌちゃん、帰ってきたぜ! 医者の勧誘も成功だ!」
次話、明日18時投稿予定です!





