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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第二十話 ユージ、領主とエンゾの模擬戦を見守る

 プルミエの街の領主の館、その敷地内にある訓練場。

 応接間を出たユージは、領主の先導でその場所に足を運んだ。

 そもそも使用人ではなく領主が部下と部下候補を案内するのがおかしいが、突っ込む者はいない。


「うむ、防具を持ってきておったか。いい心構えだ!」


 訓練場の真ん中で、板金鎧に身を包んだ領主が満足げに頷いている。

 エンゾとマルクが衛兵の詰め所に預けていた防具を取りに行き、別室で着替えている間に領主は鎧を装備していた。

 板金鎧の領主の前に並ぶのは、元3級冒険者でいまはホウジョウ村の防衛団長のエンゾと、防衛団員で犬人族のマルク。

 二人とも革鎧に身を包んでいる。


 ユージとケビン、コタローは中央の三人から離れて見学の構えである。

 なにしろこれは訓練ではなく、エンゾとマルクが警備隊に採用されるための試験なので。

 ユージは祈るように、ケビンは泰然と、コタローはそわそわと三人を見守っている。わたし、わたしもさんかしたいの、とでも言いたげに。


「武器も選んだようであるな!」


 エンゾとマルクは衛兵の詰め所で防具を受け取ったが、武器は預けたまま。

 真剣ではなく、刃が潰された訓練用の武器で試験に臨むらしい。

 領主は王都で騎士を務めているといえど、貴族なのだ。

 模擬戦によるケガは問題ないが、さすがに生死を賭けた死合いはNGらしい。本人にとっては残念なことに。


「ふむ。斥候であったのに、片手半剣で良いのか?」


「はい、領主様。警備隊長になるって決めてから訓練したんす」


 エンゾもマルクも、自前の黒い革鎧にマント、訓練用として借りた片手半剣、腕に固定するタイプの小さな円盾。

 まるで図ったように同じ装備である。

 唯一の違いは、エンゾは腰に短剣を差しているぐらいだろうか。

 元斥候として、慣れた武器を身につけていたいのかもしれない。


「うむ、その決断や良し。では一対一で戦闘力を見るとしよう。遠慮せずかかってくるようにな。どちらが最初でも良いぞ?」


「んじゃ俺から行きます」


 領主の言葉に、一歩前に出たのはエンゾ。

 横にいたマルクが下がる。

 現役の防衛団長として、エンゾは緊張した様子のマルクを慮ったのかもしれない。


「始まりの合図は……」


「あなた、私が受け持ちますわ。おたがい大きなケガはないよう気をつけてくださいませ」


「うむ、もちろんだ。ではエンゾ、準備はよいか?」


「はい」


 だらりと下げていた片手半剣を持ち上げて、エンゾが答える。

 もう一人の受験者であるマルクは、ユージの隣まで下がってきていた。


 エンゾと相対する領主は板金鎧に大盾を持ち、ハルバードを模したらしき長柄の金属を手にしている。

 片手でブンブンと軽く振り回すあたり、位階が上がって身体能力が上がっているのだろう。

 2m近くの大男が、扉よりちょっと小さい程度の盾を構え、長柄武器を振りまわしていた。

 エンゾの顔色は変わらないが、マルクはちょっと引き気味である。あとユージ。


「双方準備は良いかしら? では、はじめ!」


 領主夫人の声がかかる。


 が、両者とも動かない。

 エンゾは片手半剣に左手を添えて、正眼に構えたまま。

 領主は大盾を前にかざし、半身でエンゾの様子をうかがっている。


「ふむ、斥候らしからぬ戦い方だな。ではこちらから参ろう」


 じっとエンゾの様子を見ていた領主が声を出す。

 ジリジリと足を進め、そして。

 ハルバードの形をした金属を、ブンと横薙ぎに振る。

 何気ない一撃だが、武器の重さと遠心力を利用した攻撃の速度にビビる。ユージが。


 だがその横薙ぎの攻撃をエンゾは見切っていた。

 バックステップしてハルバードをかわし、やり過ごしてから前に出て間合いを潰す。

 ハルバードを振り切った領主の肩口を打ち据えようと、片手半剣を振りかぶる。


 振り切った武器は戻せない。

 大盾は、自らの右腕とハルバードがジャマになって使えそうにない。

 あれ、入るんじゃない? とユージが思った瞬間。

 領主は、武器を振り切った体勢からわずかにヒジを曲げた。


「ふんっ!」


 大柄な体と板金鎧を利用したショルダータックル。

 その迫力に、ヒッと声が漏れる。ユージの。


 相対していたエンゾは冷静に前蹴りを繰り出した。

 ダメージを与えるというより、領主の体を踏み台にして距離を取る。


「す、すげえ……」


 たった一合の交錯。

 いや、打ち合っていない分、一合以下だろうか。

 ユージは強者同士の戦いに目を見張っていた。

 その足下でコタローは細かく動いて跳ねまわっている。やるわねふたりとも、わたし、わたしもやりたいわ、とばかりに。戦闘狂である。獣なので。


「ふむ、大振りは通じぬか。では」


 ハルバードの保ち手を短くして、領主が突きを繰り出す。

 うれしそうにニヤニヤ笑いながら。戦闘狂であるらしい。貴族なのに。


 繰り出される突きを片手半剣で捌き、時に左腕の円盾でそらし。

 エンゾは防御に専念する。

 それでも焦った様子はなく、むしろ隙を探しているようだ。

 得物が違うとはいえ、元3級冒険者は伊達ではない。


「うむ、良い腕だ。だが防衛隊長を任せるとなると……」


 ボソリと呟いた領主が、左手の大盾を地面にガツンと振り下ろす。

 攻撃、ではない。

 意味不明な領主の行動に、エンゾは警戒して距離を取る。

 領主を見つめるエンゾだが、領主には変化はない。

 領主には。


 ユージがヒュッという風切り音に反応して顔を上げた時には、事態は大きく動いていた。

 飛来したのは三本の矢。

 訓練場に面した廊下から放たれ、領主とエンゾの頭上を越えてユージたちに飛んでくる。


「くっそ、こんなんありかよ!」


 ぼやきながら、エンゾは片手半剣をガッと地面に突き刺す。

 空いた左手でマントの留め具を外し。

 右足で剣の柄尻を踏んで、大きく跳躍する。

 空中に跳んだエンゾは左手で外したマントを振って、2本の矢を防いだ。

 同時にカッと音がする。

 もう1本の矢は、短剣に当たって地に落ちた。

 エンゾは、いつの間にか右手で腰の短剣を投げていたらしい。


 射たれた矢にいち早く気づいて、空中にある間に対処する。

 人間離れした技である。

 だが、着地したエンゾに武器はない。

 相対する領主は盾もハルバードも手にしている。

 勝負ありである。

 いや。


「見事! エンゾ、一対一と言われたにもかかわらず、なぜ自分に当たらぬ矢を防ぐことを優先した?」


「ああ? そんなん決まってんだろ、俺の後ろに攻撃は通さねえ! 俺はもう斥候じゃねえ。防衛団長だからな!」


 一対一だったはずなのに、突然の飛び道具による攻撃。

 エンゾ、ちょっと怒っているようだ。

 まあエンゾが防がなかったところで、ケビンもコタローも対処可能だったのだが。商人と犬とはなんなのか。


「だが、ユージもケビン殿も対応できただろう?」


「今はな。でも、村にはイヴォンヌちゃんもいるんだ! もうすぐ俺の子供も産まれる。訓練の時から一発も通す気はねえよ。じゃないと本番で対処できねえからな!」


「イヴォンヌ?」


「領主様、エンゾの妻です。身重の女性で、私たちが医者を探すきっかけになりました」


「おお、エンゾは愛妻家であるか! うむうむ。守るべき者を守らんとするその行動や良し! うむ、警備隊長として採用しよう!」


「あなた? まだ指揮能力を見ていませんよ?」


「かまわぬ! 不足であればそんなものは儂が教えてくれよう! 守る気持ちと行動と、その能力が大切なのだ! ……ゆえに、儂も鍛えているのだ。お前を守るために」


 途中から、領主の目はエンゾではなく妻を捉えていた。

 まあ、と呟いた領主夫人が、わずかに赤く染まる頬を押さえる。


「もう、あなたったら。でしたらもっとこちらに帰っていらしたら良いのに」


 すっと近づいて、いじけるように下を向いて領主に寄り添う領主夫人。あざとい。確実に自分の魅力をわかってやっている。


「う、うむ、その、すまぬ。お前には迷惑をかけてばかりだな」


「迷惑だなんて思ってませんわ。ただ、その、ちょっとさびしいんですのよ」


 領主の腕に丘を押し付けて、上目遣いで言う領主夫人。あざとすぎる。


「そうか……よし、ではこの後は二人で」


 領主夫人の肩を抱いて、歩き出す領主。チョロい。

 ラブラブである。

 だが。


「ケビンさん、俺は受かったってことでいいんだよな? この後どうすりゃいいんだ?」


 訓練場にいたのは領主夫妻だけではない。

 突然はじまったラブロマンスに固まっていたユージたちもいる。

 警備隊長に採用すると言われたエンゾ、イチャイチャする二人を見てちょっとショックを受けるユージ、どうしたものかと考えるケビン、あら、もうくんれんはおわり? わたしのばんは? と首を傾げるコタロー。

 置いてきぼりである。

 なにより。


「りょ、領主様! そ、その、ボクも隊員になりたくて! あの、ボクはどうしたら」


 もう一人の受験者であるマルクはオロオロしていた。

 採用試験が忘れ去られていそうで。


「あ! う、うむ、すまぬな! その、忘れておったわけではないのだ。少し待っていてくれるか?」


「あなた、もちろんですわ。……では、湯浴みの準備をしておきますので。訓練場の土を落とさないといけませんものね、ええ」


 艶やかな笑みを残して、領主夫人は去っていった。


「で、では始めるとしようか! なに、マルクは一対一でな! 矢はないゆえ心配はいらぬからな!」


 ごまかすように大きな声を出す領主を置いて。



 けっきょく。

 後方への攻撃を防いだエンゾに続いて、マルクも合格を言い渡されていた。

 領主に有効な攻撃は届かなかったものの、足を活かしたスピーディな攻撃が評価されたようだ。


 理由は不明だが、領主はなぜか先ほどより動きづらそうにしており、マルクのステップに翻弄されていた。

 理由は不明である。

 先ほど最愛の妻とイチャついたり湯浴みの準備をすると言われていたが、なぜ動きづらかったのかはわからない。


 ともあれ。

 ユージたちは領主夫妻と代官から医者への紹介状をもらい、村にエルフが常駐する許可をもらった。

 エンゾとマルクは、村が発展した際に作られる警備隊への入隊も認められたようだ。エンゾはさらに、隊長として。

 領主夫妻と代官に会う用事は終わった。

 あとは今回街に来た最大の目的、医者の勧誘を果たすばかりである。



次話、明日18時投稿予定です!

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[良い点] 雌犬たち [一言] 最後に雌犬が雌につっこんでたら最高だった
[良い点] エッッッってコメントをしようとしたら、すぐ下にえっちな書籍の宣伝があること
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