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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第十九話 ユージ、領主に医者の勧誘とエルフの住居について話をする


「ユージ、待たせてすまぬ!」


「あ、いえ、おひさしぶりですファビアン様」


 プルミエの街、領主の館。

 宿場予定地からプルミエの街に到着してから二日後。

 ユージたちは、領主の館を訪れていた。


 応接間に入ってきたのは、2m近い大柄の男。

 ユージたちが暮らす辺境を治める領主、ファビアン・パストゥール。

 入ってきて早々に平民でしかも部下であるユージに謝るあたり、貴族らしからぬ振る舞いである。


「うむ、ユージもケビン殿もひさしぶりだな! む、その二人が?」


「あなた、落ち着いてくださいませ」


 ガタガタと音を立ててイスに座った勢いのままに話しかける領主を、夫人がなだめる。

 残念なことに、今日は丘も谷も隠した服装である。

 夫である領主がいる時は、魅惑の谷間を武器にしないらしい。人死にが出るので。

 ホルターネックの前面を押し上げる物量と段差はさすがで、ユージの目がちょいちょい奪われていたようだが。物理的に首にならないことを祈るばかりである。


「む、すまぬな。先に簡単な用事を済ませてしまおう。ユージ、この後は医者のところへ行くのであろう?」


「はい、そのつもりです」


「ではこれを渡しておこう。こちらは領内での営業許可、それからこちらは儂からの紹介状だ」


「紹介状?」


「ユージさん、勧誘する医者へ、領主様からユージさんを紹介する手紙です。領主様がユージさんの身元を保証する、ということですよ」


「俺の身元を……ありがとうございますファビアン様!」


 ケビンの解説で、ユージはこの世界における『紹介状』の意味を知ったようだ。いまさらである。

 それにしても領主、元引きニートのユージの身元を保証するとは。

 ユージがこの世界に来てから真面目に活動してきた結果である。きっと。


「なに、気にすることはない。ホウジョウ村は発展が見込める地ゆえな、医者が必要であろう。辺境への定住を希望する医者が現れたのは渡りに船よ」


「はい、助かりました! 妊婦さんを荷車に乗せて街に運ぶのは大変かなーって思ってたので。あ、いえ、まだ勧誘に成功してないですけど……」


「鍛冶師と違って医者の移動には領主の強制権がないのでな。儂が命令できないのはアレだが……」


「領主様、問題ありません。木工職人を口説いた時のように、ユージさんには作戦があるようですから」


「ふうむ、気になるところだが、聞かずにおこうか。後日、結果だけ知らせてくれればよい」


「はい、わかりました!」


 領主のファビアンはユージが稀人であることを知っている。

 だが、ここでは何も聞かないことにしたようだ。

 領地にあるホウジョウ村を発展させてくれるなら、それでかまわない。

 それが領主夫妻と代官の共通のスタンスである。

 施政者たちがほとんど手を出さずに、ユージやケビン商会が村を発展させて税収も上げてくれるなら、これほどラクなことはない。

 ユージがホウジョウ村を豊かにする限り、領主夫妻は細かいことを言う気はないようだ。


「よし、これで片付いたか。さっそく試験と参ろうか!」


「あなた、お待ちください。ケビンさん、他にも用事があるのよね?」


「はい、領主夫人様。ユージさん、例の件を」


「あ、はい、そうでした。この前エルフの長老が来まして、ホウジョウ村に住居を造りたいって言われたんです。それで、王都にある外国の館のようなものを造れないかと」


「うむ? 儂らは資金を援助すればよいのか? 館となるとそれなりに……」


「家は自分たちで建てるそうなので、お金は必要ありません。家を建てる許可と……村にエルフがいつもいることになるので、もし何かあった時のためにファビアン様に報告しておいたほうがいいだろうって」


「ふむ……どう思う、レイモン?」


「ほかの村や街ならともかく、ホウジョウ村であれば問題ないでしょう。あの村への往来は許可制です。途中で関所もありますし、不審な者は近づけないかと」


「そうだな。ユージ、エルフのみなさまとユージが話し合い、その結果通りでかまわぬ」


「ありがとうございます。それで、もしエルフが襲われたりしたら、そのエルフが反撃しても……」


「む? そんな輩は返り討ちで問題あるまい? 何をためらうことがある?」


 なに言ってんだコイツ、とばかりに首を傾げる領主。

 領主のファビアンは王都で騎士を務めている。

 襲われたら殺す。治外法権もクソもない。

 ずいぶんシンプルな思考の持ち主であるらしい。


「あなた。ユージ、できれば生け捕りにして情報を探ってちょうだい。大元を潰しに行くなら事前に連絡が欲しいわね。エルフやユージたちの手に余るようなら、私たちに連絡を」


 領主夫人の言葉に目を丸くするユージ。

 当然だ。

 なにしろ領主夫人は、捜査権、村以外での逮捕権すらユージとエルフに渡そうと言うのだから。

 元いた世界とは違う、この世界のお貴族様の考えに驚くのも当然である。

 まあ驚いているのはユージだけなのだが。


「うむ。まあ事前に連絡をもらって止めるのは相手が貴族の時ぐらいだがな。その時は、さすがに証拠なしで仕返しするわけにもいかん。()()()


 領主の言葉を聞いて、同席していたケビンと元3級冒険者の斥候・エンゾの目が光る。


「まあそんなことにはなるまい。レイモン、闇雲に往来の許可を出さぬようにな」


「心得ております」


「その、では、ホウジョウ村にエルフの住居を造ります。もしエルフが襲われたら反撃してもいいってことで」


「うむ、当然だ。任せたぞユージ。ん? エルフは魔法にも剣や弓にも長けていると聞く。常駐するのであれば、エルフと剣を交え――」


「あなた。お仕事はたくさんありますからね?」


 そういえば領主は以前、ホウジョウ村に飛来するワイバーンにもテンションが上がっていた。

 騎士でもある領主は戦闘狂であるらしい。

 領主夫人に止められるのも、以前と同じである。


「……よし! 今度こそ用件は終わりであるな! ではそこの二人!」


「領主様、私はホウジョウ村の防衛団長を務めるエンゾと申します。元はこの街を拠点にしていた3級冒険者で『深緑の風』の斥候をしていました。いつか作られるホウジョウ村の警備隊、その隊長として立候補いたします」


 ユージの横に座っていたエンゾが、スッと立ち上がって自己紹介する。

 いつもの様子ではなく、きちんと畏まって。

 エンゾはTPOに合わせて態度を変えられるらしい。

 ユージ、ちょっと裏切られたような表情であった。エンゾを自分と同じ側だと認識していたらしい。

 エンゾは元々、依頼主からの信頼が必要な上位冒険者で、いまや妻帯者なのだ。ユージと同じ側なわけがない。元引きニートの人物評よ。


「ボクはホウジョウ村の防衛団員で、犬人族のマルクです! ボクはその警備隊の隊員に立候補します!」


「うむ、おぬしらが警備隊への立候補だな。よし、さっそく訓練場で――」


「あなた。二人とも、戦闘力は後ほど見せてもらいます。それで、村人だった二人はどんなことができるのかしら? ああ、今はそんなに畏まった言葉遣いじゃなくてもかまわないわ」


「ではまず俺から。元3級冒険者だ、たいていのモンスターに後れは取らない。それに村人には俺以外のパーティメンバーの三人もいる。もし強力な敵があらわれた場合、街から派遣される警備隊長より俺のほうがうまく連携を取れるだろう。アリスちゃんの魔法も、知らないヤツからしたら想像できないだろうしな」


 領主夫人の要請で、さっそく自己PRするエンゾ。

 自身の戦闘力、緊急時の村人との連携、アリスの魔法の把握。

 ウリはそんなところであるらしい。


「そういえば今日はアリスちゃんがいないのね。アリスちゃんの魔法はそんなにすごいのかしら?」


「ふむ、それは間違いないであろうな」


 アリスの魔法と聞いて領主夫人は疑問を顔に浮かべていたが、領主はさもありなんとばかりに頷いている。

 領主はバスチアンとは古くからの知り合いで、いまはシャルルの武術の家庭教師をしている。

 二人と同じ血筋で、二人が『天才だ』と褒めまくるアリスの魔法。

 領主は、そのあたりの情報を聞いているようだ。ただの脳筋ではない。


「それで、マルクくんだったかしら? あなたは?」


 領主夫人の流し目に、ボッと顔を赤くするマルク。

 15才になったばかりの少年には刺激が強い。まあ赤くするといっても、毛で見えないのだが。犬人族なので。


「はい、ボクは犬人族で、目も耳も鼻もいいみたいです。それに、村にいるオオカミたちの遠吠えを聞き取れます。いつも森に見まわりに出てもらっていますから、少なくとも半日前には敵の接近を見つけられます!」


「……聞き間違いかしら。村にいる、オオカミ?」


「領主夫人様、聞き間違いではありません。ホウジョウ村は、日光狼と土狼あわせて20匹を飼っております。人間には害をなさず、村の周辺の森を見まわっています」


「なんと! それはおもしろい! そんなことがあり得るのか!」


 領主も領主夫人も代官も、驚きに目を見張っていた。

 足下にいたコタローがスッとユージのヒザの上に乗って、ワンッ! と声を張り上げる。

 自己PRである。

 そうよ、わたしのこぶんたちなの! とでも言っているのだろう。


「その話が本当であれば、なるほど早期発見に役立つだろうて。儂がいる騎士団にもその方法を教えてほしいぐらいだ」


「あなた」


「はは、冗談よ。うむ、二人ともそれぞれに長所があるようだな。真偽のほどはいずれ確かめるとして……ではその戦闘力を見せてもらおう! 訓練場に行くぞ! ついて参れ!」


 今度こそ止められないだろう、とノリノリで宣言する領主。戦闘狂である。領主で、貴族なのに。

 はあっとため息を吐いて、困った人でごめんなさい、とばかりにユージたちに視線を送る領主夫人。

 色気のある人妻の流し目に、ユージとマルクは動揺している。

 ケビンとエンゾ、二人の妻帯者はなんとか抵抗できたようだ。あとコタロー。メスなので。


 席を立った領主に続いて、領主夫人と代官が立ち上がる。

 ついて参れ、と言われたユージたちも。

 一行は、領主の屋敷にある訓練場へと向かうのだった。

 エンゾとマルクの試験は、まだ続くようだ。



次話、明日18時投稿予定です!

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