第十八話 ユージ、男だらけのパーティでプルミエの街を目指す
「ケビンさん、どうですか?」
「いまのところ問題ありません。快調ですよユージさん!」
木漏れ日が森の中に続く道を照らす。
ユージが目をこらした道の先で、夏の太陽を反射してレールがギラリと光る。
「揺れも少ないですし、馬を御す必要もない。安定して速度も出せます。これは素晴らしいですね!」
夏。
ユージたちは、プルミエの街に向かっていた。
『せっかくですので』と、木工職人のトマスが試作した荷車を走らせるケビンとともに。
ユージとケビンは、宿場予定地の途中まで敷かれたレールを試していた。
ホウジョウ村からプルミエの街を結ぶ予定の鉄道馬車、そのテストである。
「トマスさんが車輪に皮を巻いてないって言ってましたけど……どうですか?」
「ああ、ユージさん風に言うとたいやですね。レールの上を走る分にはなくても問題ありませんね。レールがない場所では揺れるでしょうが……街に行ったら用立てましょう」
ユージもケビンも、王都に行く時には馬車を利用している。
ユージが想像していたよりも揺れが少ないその馬車は、稀人・テッサが開発したサスペンションとタイヤが使われていた。
ユージが元いた世界に存在していたサスペンションとタイヤではなく、モンスター由来のものだが。
今回、ホウジョウ村に住む木工職人・トマスが作った荷車には、両方とも装着されていない。
サスペンションとタイヤの製造はこの国の産業の一つであり、製法は秘匿されている。
入手するにはプルミエの街や王都など、大きな街で購入するしかない。
ホウジョウ村で造られた荷車についていなくて当然である。
「ユージさん、アレはけっこう高いんだぜ? 俺たちが現役の時も、高い金を出して馬車を買わなくてもいいだろって話になったぐらいだ」
「はあ、そういうものですか」
「まあ俺たちの拠点がプルミエの街で、よく行くのがこの大森林だったってのもあるがな」
元3級冒険者の斥候で、いまはホウジョウ村の防衛団長を務めるエンゾの言葉だが、ユージはピンと来ていないようだ。
ユージ、いまだに金銭感覚が身に付いていないらしい。
元いた世界では働いた経験がない引きニートで、この世界に来てからはケビンの助力でお金に困ることもなかったので。
保存食と衣料品が売れるたび、ユージはケビン商会から利益の一部を受け取っていた。
村暮らしはあまりお金を使うこともないため、お金は貯まり続けている。
ユージ、気づかぬ間に金持ちであるらしい。
ケビンはきっちり報告しているので、ユージ本人に自覚がないだけである。
荷車に乗ったケビン、その横を歩くユージ。
後方を警戒しているのか、エンゾはその後ろを歩いている。斥候なのに。
エンゾが後ろにまわっているのは理由があった。
今回のメンバーには、斥候役がいるのだ。
ユージとケビンの前を歩くコタロー。
そして。
コタローと並んで歩いていた犬人族の少年・マルクが耳をそばだてる。
「ユージさん、ケビンさん、前方に異常はないみたいです。このまま進みます!」
「ふふ、マルクくんは斥候役が板についてきましたね」
「ありがとうございますケビンさん。でもボクじゃなくて、オオカミたちが優秀だから」
「マルクくん、意思疎通できるマルクくんがいてこそですよ。……コタローさんもいますけど」
チラッとコタローに目をやるケビン。
そのコタローは、わかってるじゃない、けびん、とばかりに胸を張って歩いている。チョロい女である。犬だけど。
今回、街に向かうのはユージとコタロー、ケビン、エンゾ、マルクの四人と一匹。だけではない。
去年からマルクについてまわっている日光狼と土狼、五匹のオオカミたちも同行している。
マルクは前方に散ったオオカミの遠吠えを聞き取って、異常がないと判断したらしい。
すっかりオオカミたちのリーダーである。
「ケビンさん、でもオオカミたちは街に入れませんよね?」
「ええ、ユージさん。いかに懐いているといっても、さすがにモンスターですからねえ。宿場予定地のあたりで待っていてもらおうと思っています」
「え? その、コタローもマルクくんもいないんだし、危なくないですか?」
「大丈夫でしょう。彼らは森が住処ですし、宿場予定地には『血塗れゲガス』がいますから。オオカミたちにはコタローさんとマルクくんから伝えてもらって、無理そうなら村に帰っていてもらうことにします」
ケビンの言葉を聞いて、コタローがウォンッ! と吠える。まかせておきなさい、だいじょうぶよ、とでも言うかのように。
ホウジョウ村を出発してから一日目。
宿場予定地までの途中でレールはなくなったが、道は続いている。
ガタゴトと揺れ出した荷車を、位階が上がってさらにゴツさを増した馬が引いて。
ユージたちは、宿場予定地にたどり着くのだった。
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「早かったじゃねえかケビン」
「ええ、お義父さん。もう少し村でゆっくりするつもりだったんですが……」
「早いとこ医者を連れてこねえとな! イヴォンヌちゃんのために!」
「と、こういうわけでして」
「くく、まあ気持ちはわかる。俺もジゼルが産まれ――」
「あ、お義父さん、割符です。確認してください」
午後遅く、何事もなく宿場予定地に到着したユージたち。
今日はここに一泊して明日出発。プルミエの街には明日のうちに到着する予定である。
エンゾはムリをしてでも駆け抜けて今日中に到着したかったようだが、そうはいかない。
いくら道がつながっているとはいえ、ここから先はレールがなくむき出しの土の道。
高速で馬を走らせると、荷車が保たない可能性も高い。
ケビンはなんとか説得に成功したようだ。
「そっか、ここでチェックするんでしたね。これ、俺の分の割符です」
「おう、知った顔だからって見逃すわけにはいかねえ。ケビン、ユージさん、エンゾ、マルクも確認した。通行を許可する。まあゆっくり泊まっていけ」
「はい! あれ、ゲガスさん、みなさんはどこへ?」
「ああ、この時間は畑仕事だな」
ホウジョウ村とプルミエの街を繋ぐ宿場予定地。
ケビンの義父で元ゲガス商会の会頭『血塗れゲガス』が仕切るこの地は、二人の男と五人の犯罪奴隷が伐り拓いたものである。
宿場予定地は、ひとまず建物の建設が終わっていた。
利用者たちが泊まる宿と馬屋、住居が二棟、物置が一つ。
宿といっても大部屋に雑魚寝する山小屋程度のものだが、それでも森の中で野営するより遥かにマシである。
森を伐り拓いてスペースを確保し、最低限の建物も建てた。
いまゲガスと7人の男たちは、畑作りに精を出しているらしい。
この宿場予定地は、プルミエの街と王都を結ぶ宿場町とは違う。
森の中の道を利用する者は数少なく、そもそも通行は許可制なのだ。
収益が見込めない分、自分たちの食料はできるだけ自給自足できるようにという考えであった。
「ま、一人は街方面の道を見張ってるがよ。なんせここは『隠れ関所』だからな」
「その、いままで割符なしで来た人はいたんですか? まだ夏で、許可制になってから時間も経ってませんし……いませんよね?」
「ああ、いまんとこいねえな。残念なことに」
ユージの質問に、唇の端をクイッと持ち上げて答えるゲガス。
傷だらけの禿頭の凶悪な人相にちょっと引くユージ。
ゲガス、何事もないことが不満のようだ。とても元商人には見えない。
「ユージさん、ここで捕まる者が出たら、ホウジョウ村にも知らせが行きますよ。そうですよねお義父さん?」
「そりゃあな。捕まえたヤツはプルミエの街に引き渡すが、ホウジョウ村にも使いを走らせる。取りこぼしを出すつもりはねえがよ、注意喚起ってヤツだ」
「あ、そんな感じになってるんですね」
ユージ、暢気か。
ホウジョウ村の文官担当であるクセに。
「ユージさん、俺に連絡が来ることになってる。防衛団長は俺だからな! まあ俺が不在の間に何かあったら、マルクとブレーズ、ユージさんに連絡が行く。いまはブレーズ一人で対応する感じだな」
「……早く帰ってあげましょう」
ユージ、ようやくブレーズの仕事量に気づいたようだ。
ユージたちが不在の間、村長のブレーズは本来の仕事に加えて、村に残した客人・エルフとリザードマンの相手、防衛団長代理をこなしている。
今回はユージだけではなく、専任の防衛団の二人もいない。
残されたブレーズは面倒を一手に引き受けているのだ。苦労人である。
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「ほれケビン、持ってけ」
「お義父さん、これは?」
「王都近くの農村、そこの牧場への紹介状だ。羊を買うんだろ?」
「……ありがとうございます。はあ、ゲガス会頭にはまだ勝てませんか」
「元、な。俺が何十年行商やってたと思ってんだ」
「あれ? ケビンさんは農村に行商に行ってたんですよね?」
「ユージさん、ケビンさんが行商してたのはプルミエの街の周辺だ。この辺で家畜を飼ってる農家はそういねえよ。あっても売りに出せるほど飼ってねえ。ここは辺境、モンスターがはびこる大森林だからな」
「なるほど、それで王都のほうに」
「ユージさん、ボクも街の冒険者ギルドで聞いたことがあります。その、家畜を飼っても、ゴブリンやオーク、それに……土狼なんかに食われるんだって。よく駆除の依頼が出るけど、駆け出しはちゃんと何が出るか確認してから受けるようにって」
「え? コイツらが?」
言い出したマルクも、聞いたユージも。
マルクの近くで丸くなるオオカミたちに目を向ける。
リーダーの日光狼は、首をもたげてヴォフッ! と鳴いていた。誇らしげに。さすが獣である。
「羊を飼って大丈夫ですかね……コイツらに食われるんじゃ」
「ユージさん、物は試しです。少数を飼ってみて、問題がなければまた買いに行くことにしましょう」
「はあ、そうですか……大丈夫かな、コタロー?」
オオカミ型モンスターの日光狼と土狼は羊を食う。当然である。オオカミなので。
ユージ、いまさら不安に思ったのだろう。
問いかけられたコタローは、クイッと首をひねってワンッ! と吠えていた。だいじょうぶだとおもうけど、ほんのうなのよね、とばかりに。ちょっと自信なさげである。
「ああ、お義父さん。このオオカミたちですが、しばらくここに置いてもらってもいいですか? さすがに街には入れませんから」
「ああ、問題ねえよ。だがもし俺たちに手を出すようなら……殺っちまっていいんだろ?」
ギロリとオオカミたちを睨む『血塗れゲガス』。
のんびり丸まっていたオオカミたちがバッと飛び退く。
身の危険を感じたらしい。
「俺たちを襲うなんて……ねえよなあ? 誰が強者かわかってる、賢いオオカミたちだもんなあ?」
ニンマリと笑って問いかけるゲガス。笑っているが、目がギラついている。
やれるもんならやってみろ、とばかりに。
オオカミたちの尻尾が、しゅるんと脚の間に巻き込まれる。あとマルクの尻尾も。『血塗れゲガス』の眼光にビビったらしい。
「これで安心ですね。ではユージさん、街で用事を片付けてしまいましょう。まずは領主様との面会、それから医者の勧誘です。それが終わったら私は一度ここに戻って、その後は王都に羊を買いに行こうかと。……ユージさん? ユージさん?」
「あっ、はい。なんですかケビンさん?」
「……いえ、なんでもありません」
オオカミたちの近くに座っていたユージ、ゲガスの眼光にビビったらしい。
時おりゲガスに訓練をつけてもらっているようだが、海賊顔の本気の殺意には耐えられなかったようだ。
チビってはいない。たぶん。
ユージがこの世界に来てから7年目の夏。
元いた世界は大騒ぎだが、ユージはあいかわらずである。
ゲガスの眼光にビビるあたり、記憶にないほどひさしぶりの『アリスと別行動』のため、むしろ心が緩んでいるのかもしれない。
ユージ、ケビン、エンゾ、マルク。
男だらけの街行きで、羽目を外さないか心配なところである。コタローは止める言葉を持たない。犬なので。
次話、明日18時投稿予定です!





