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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第十五話 ユージ、エルフからホウジョウ村に住居を造りたいと提案される

「ユージさん、んじゃ早いとこ街に出発しようぜ! 早く医者を連れてこないと! イヴォンヌちゃんのために!」


「エンゾさん……ちょっと待ってください。イザベルさん、俺に用事ですか? その、置いてっちゃって大丈夫ですか?」


「あらユージさん、すっかり忘れられちゃったと思ってたわ!」


「い、いやだなあ、忘れるなんてそんな、はは」


 ユージ、バレバレである。

 ワフッと鳴いたコタローが、呆れ顔で首を振るほどに。


 ユージの家の前の小さな広場。

 ユージとコタロー、商人のケビン、元3級冒険者で防衛団長のエンゾ、防衛団員のマルクはプルミエの街に行くことが決まった。

 留守番はアリス、アリスの祖父で貴族のバスチアン、アリスの兄のシャルル。ニンゲンの住処を見学に来た二体のリザードマンと、エルフで1級冒険者のハルである。

 留守番組を取り仕切るのは、村長のブレーズ。

 バラエティ豊かな留守番組の顔ぶれに、ブレーズの苦労が思いやられる。いつものことである。


 この広場にいたのは、ほかにあと一人。

 かつてユージが保護して里に送り届けたエルフの少女・リーゼの祖母で、過去の稀人・テッサの嫁のイザベルであった。


「ええ、私はここに残るわ! それでユージさん、私の用事なんだけど……」


「なんですか?」


「この村に、エルフの住居を造ってもいいかしら?」


「え? ハルさんの別宅がありますよね?」


 イザベルの問いかけに首を傾げるユージ。

 王都を拠点に活躍している1級冒険者のハルは、ホウジョウ村に別宅を建てている。

 愛人用の家という意味の『別宅』ではなく、時々遊びに来るための自分の家という、別荘的な意味で。

 エルフの住居を造りたいと聞いて、ユージはもうあるのに何をいまさら、と思ったようだ。


「あれはハルの家じゃない! そうじゃなくて、私やほかのエルフのための住居を建てたいの」


「えっと、問題ないと思いますけど……どうですかブレーズさん?」


「村の土地はまだまだ余裕がある。その点は問題ねんだが……どう思うケビンさん?」


「そうですねえ。ユージさん、この村に入るには領主様の許可が必要になっています。領主様に相談したほうがいいと思いますよ。まあ保存食の情報のほか、エルフとの取引を重視して往来が許可制になったわけですから、交流が深まるなら細かいことは言わないと思いますが」


「そっか、そうですよね。あれ? でも、ニンゲンの村や街にいたら危ないんじゃ?」


「ユージさん、それこそ許可制になったんでしょ? ユージさんもいるし、ブレーズやエンゾ、マルクくん、ほかのみんなだってもうボクらを見慣れてる。この村だけは危険が少ないんだ! リーゼお嬢様だって平和に暮らしてたしね!」


「ハルさん……へへ、ありがとうございます」


 見目麗しく長命種のエルフ。

 長い間、美しさを保つ種族は人間に狙われてきた。

 昔の稀人たちの努力で、エルフはようやく隠れ里で平和を享受できるようになったのだ。

 エルフは隠れながら長い寿命を活かして位階を上げ、いまや王都に派遣できるほどの戦闘力を身につけていた。

 それでも。

 人間の村や街に行けば、エルフが狙われることもある。

 しかし、リーゼが保護されていた間、ホウジョウ村では何もおきなかった。

 今では秘密を守るべく人の往来は許可制になっている。

 『この村では安全』そう評価されたユージは、嬉しさに相好を崩していた。キモい。


「そういうことよユージさん! だからもし問題なければ、この村にエルフの住居を造りたいと思ったの!」


「評価してもらったのは嬉しいんですけど、その、どうしてですか?」


「え? 住居があったらいつでも遊びに来られるじゃない!」


「は?」


「あらやだ、間違えちゃったわ。住居があったら、おたがい取引がしやすくなるでしょ? それに、情報交換もしやすくなるわ」


 イザベル、先に本音を漏らしてしまったようだ。

 エルフの少女・リーゼが憧れた『レディ』の本性はこんなものらしい。

 まあリーゼもレディ観が間違っていたと気づいたようだが。


「はあ……ケビンさん、どう思います?」


「ユージさん、領主様の判断次第ですが、いいと思いますよ。許可制ですから村人や関係者以外は入れません。それに移住者は身辺調査をしていますから、怪しい人間はそうそう入り込めませんしね。ただ、もし人間やモンスターに襲われた時、撃退できるエルフだけにしたほうがいいと思いますが」


「もちろんよ! 住居を造ったって、ここはニンゲンの村ですもの。ニンゲンでもモンスターでも襲われたら反撃するし、撃退できなかったらエルフの自己責任よ!」


「いやあ、この地を任された文官としては、そんな人間は入れないように気をつけたいですけどね。うーん、じゃあ問題ないのかな?」


「ユージ殿。王都には、外国の使者が住む館がいくつか存在しておる。それと同じようなものと考えればいいじゃろう。アヤツへの説明は、それで充分理解できるじゃろうて」


「ああ、大使館ってヤツですね!」


 ユージ、ようやく思いついたらしい。

 交流や交渉の窓口となることを考えれば、あながち間違いではないだろう。

 それにしてもバスチアン、領主をアヤツ呼ばわりである。明らかに平民の言ではない。偽装下手か。


「大使館かあ……なんかいろいろルールがあったはずで……あとでみんなに聞いてみるか」


「ユージさん、調べたら私にも聞かせてください。領主様への提案は同席しますから」


「わかりましたケビンさん」


「ふうむ、儂も同席すれば話は早いのじゃが……アリスもシャルルも、リーゼ殿とハル殿には世話になっておるしのう……」


「お祖父さま、ボクらはお忍びですから。この場所にはいないんです」


「ユージさん、お願いね! ふふ、上手くいけばいつでも遊びに来られるわね!」


「ボクはもう別宅があるから、気が向いた時に来てるけどね!」


 イザベル、取引や交流を名目にしているが、けっきょくエルフがいつでも遊びに来られるようにしたかっただけらしい。

 まあいまでもふらふら遊びに来ているのだが。

 だが、正式に住居を建てるという決断は、ホウジョウ村への往来が許可制になっているからこそだろう。

 許可を得た人間しか往来できず、エルフがうろうろしていても驚かない人里などホウジョウ村ぐらいである。

 というかホウジョウ村の村人は、もはやオオカミ型モンスターにもリザードマンにも驚かないようだが。

 だいぶ麻痺している。

 だいたいユージのせいである。


「イザベルさん、もし領主様から許可が出た場合、今後の取引はそこで行いますか? でしたら、私たちが持ち込む商品も増やせるでしょう」


「そうね、そこでもいいし、これまで通りエルフの里でもいいわ! あ、でもここでやったほうがいろいろお願いできるかしらね。ほら、この村に針子がいるでしょう? 布は持ち出しで、デザインと縫製をしてもらうこともできるわけで」


「あ、できそうですね! エルフの里の場所は秘密ですから連れていけませんけど、村に住居があるならユルシェルとかヴァレリーも話せますし!」


「ユージさん。その話、針子たちにはまだ黙っておいてください。大騒ぎするでしょうから」


「……たしかに。あ、掲示板もヤバいかも」


 ユージの頬を冷たい汗が伝う。

 なにしろエルフである。

 しかも、いまやユージの話は世界中に拡散している。

 掲示板に報告すれば、すぐにこの情報が伝播するだろう。

 毎日のように写真と動画を求められること請け合いである。


「稀人のユージさんの知識も針子に伝わってるのよね? テッサが言ってたあんな服やこんな服も……楽しみね!」


「あれ、すごくイヤな予感がする」


 稀人のユージがいる場所で、針子と直接打ち合わせできる。

 エルフの里で暮らした稀人・テッサが残した知識の数々も、ここなら形になるかもしれない。

 うろ覚えだったテッサと違い、ここにはユージがいるので。

 そのユージは、イザベルからあんな服やこんな服と聞いて冷や汗を流していた。これまでテッサは微妙な知識も残してきているので。

 まあ現代風のブラジャーと制服風ブレザーが広がりはじめたのだ。いまさらである。


「じゃあユージさんが街に行っている間に、居残りじゃなくて里に帰って機織りを手伝おうかしら」


「え? でもアレですよね? 糸の生産に限界があるんじゃ」


「ユージさん、それがねえ……ほら、ユージさんからいろいろ教わったでしょ? 糸が大量にとれるようになって、紡ぐのと機織りが大変なのよ」


 エルフの里は、絹を生産している。

 以前、ユージは取引の材料として養蚕技術をレクチャーしていた。

 生産量が増えれば、取引で入手できる絹の量が増えると考えてのことである。

 ちなみに、掲示板住人たちは『どうせ需要を超すことはなく、エルフの戦略物資としての価値が落ちることもないだろう』とも考えていた。


「糸を紡ぐのと、機織りですか? うーんと、元いた世界で何か重要な発明があったような……」


「あら、何かあるなら教えてほしいわね。テッサが言うような『機械』は造れないかもしれないけど……手先の器用なエルフも多いのよ?」


「ちょっと調べておきます」


「ユージさん、その技術が綿や羊毛にも使えないか調べておいてくれませんか?」


「あ、はい、そうですね。針子が仕立てる布はほとんど綿か動物の毛ですもんね。うーん、なんだったかなあ……」


 ブツブツ呟くユージに、イザベルとケビンはあわよくば、とリクエストを出していた。


 だが、二人は知らない。

 ユージが元いた世界では、紡績と織機の技術革新が産業革命の一因となったことを。

 ユージ、失言である。

 というかユージ、なんとなくしか覚えていないのか。中学生レベルの世界史であり、お隣の県にはかの有名な製糸場があったのに。


「羊毛から糸を紡ぐのが簡単になるなら、村で羊を育てるのもいいかもしれませんね。うん? すでに針子がいて、コタローさんの言うことを聞くオオカミがいて、オオカミとおおまかに意思疎通できる犬人族のマルクくんがいて……ふむ」


「あの、ケビンさん?」


「機織りが簡単になるなら、もっと増やして……そうね、大量に増やしても布を里から出さなければいいんだもの。そうよ、持ち出して服に仕立ててもらうだけにして……うん」


「あの、イザベルさん?」


 ユージ以上に乗り気になった二人に、ユージはちょっと引き気味であった。

 一人は商売の観点から、一人はファッションの観点からだが。



 ユージがこの世界に来てから7年目の夏。

 ホウジョウ村は、すでに針子を一箇所に集めて生産する工場制手工業マニュファクチュアを実行している。

 ここに来てユージは、紡績と織機に手を出すらしい。

 まあきっと、どこまで教えるかは掲示板住人あたりからストップがかかることだろう。たぶん、きっと。

 さすがに蒸気機関には手を出させないはずだ。

 なにしろユージのまわりには、鍛冶師も木工職人も、素材を入手できそうなケビンも手先が器用なエルフもいる。

 できてしまう可能性が高いのだ。

 ユージが安定した生活を送れているいま、この世界にまだない技術をどこまで良しとするか。

 掲示板住人をはじめとするブレーンたちの良識が試されているのかもしれない。

 あとユージの。



次話、明日18時投稿予定です!


ここまで踏み込む気はなかったのに……

保存食はともかく服飾に手を出すからこんなことに……


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