第十一話 ユージ、今年の夏もホウジョウ村にめずらしい客を迎える
「うわあ、すごーい! おなかおっきくなったね!」
「イヴォンヌさん、体調はどうですか? ケビンさんが移住してくれそうな医者を見つけたって言ってて、いまいろいろ調査してるそうです。もうちょっと待ってくださいね」
「ふふ、ありがとうユージさん。体は問題ないわね。みんなに作ってもらったべるともいい感じだし。それよりエンゾのほうをなんとかしてくれないかしら? いまからオロオロしちゃってもうね……」
「ユージさん! 身辺調査はまだ終わらねえのか! イヴォンヌちゃんになんかあったらどうするんだ!」
ユージとアリス、コタローがエルフの里から帰ってきてしばらく。
日本サイドは忙しい日々となっていたようだが、ホウジョウ村にはゆっくりと時間が流れていた。
NPOや会社が忙しかろうが、ユージにできることはメールやチャットでの会話程度。
報告を受ける、何となくの大まかな方針を示す、書面でのインタビューに答えるぐらいである。
恒例となった村の見まわりをするユージとアリス、コタローが見つけたのは、妊娠中のイヴォンヌだった。
元3級冒険者の斥候でいまは防衛団長のエンゾの妻・イヴォンヌは、針子としての仕事は『できる時に少しだけ』となっている。
その仕事自体も、自分の子供用に服を作るだけ。
いまは気分転換に散歩していたらしい。
夫のエンゾが金魚のフンのようについてくるため、気分転換できていたかは怪しいところだが。
「ねえねえ、ちょっとだけ触っていい?」
「ふふ、いいわよアリスちゃん。優しくね」
セクハラである。
違う、声をかけたのはアリスなのだ。
少女が妊婦のお腹に興味津々なのは当然だろう。
キラキラと目を輝かせたアリスが、だいぶ大きくなったイヴォンヌのお腹をそっと撫でる。
「すごいなあ、大きいなあ。アリス、もうすぐ村で一番下じゃなくなるんだね!」
「そうねアリスちゃん。血は繋がってないけど、アリスちゃんはお姉ちゃんになるわね」
「アリスが……お姉ちゃん……」
お腹を撫でる手を止めて、アリスが目を丸くしてイヴォンヌを見つめる。
ホウジョウ村で一番の年下としてかわいがられてきたアリス。
初めての年下の子、初めての『お姉ちゃん』である。
「アリスがお姉ちゃん! ユージ兄、アリスがんばらなきゃ!」
「はは、そうだねアリス。男の子か女の子かわからないけど、アリスはお姉ちゃんだね」
11才、日本で言うと小学校5年生にしてはアリスは幼い。
それはおそらく、ユージに保護されてから今までずっと、一番の年少として甘やかされてきたせいなのだろう。
グッと二つの拳を握って、アリスは成長を誓っていた。
そんなアリスに、コタローがパタパタと尻尾を振ってまとわりついている。がんばるのよ、ありす、とばかりに。
「ユージさん、このべるとはいいわね。腹帯は知ってたんだけど、それよりいいと思うわ」
「あ、そうですか。じゃあ今度ケビンさんに言っておきますね! 売れるかなあ」
妊娠七ヶ月のイヴォンヌは、ユージが知識を提供して針子が作った妊婦用のベルトを使っている。
もっとも、発案はユージではない。
ユージにそんな知識があるわけも、そこまで気がまわるわけもないのだ。
村人が妊娠したと聞いて、妹のサクラと掲示板住人がユージに教えたのである。
妊婦用のベルトだけではない。
イヴォンヌ自身の手によって、あるいは針子たちによって縫われるおくるみ、肌着、よだれかけ、布おむつ、抱っこ紐。
ベビーベッドとベビーカーは、木工職人と鍛冶師たちが張り切って作りはじめていた。
いずれもこの世界にも存在するらしいが、ベッドはともかく、職人たちは折り畳みできる現代風のベビーカーを作るべく挑戦していた。
折り畳む必要性は感じないが、知ったからには作ってみたいという職人の意地である。
一方で、哺乳瓶作りはひとまず諦められていた。
何しろガラスの製造技術はレベルが低く、シリコンは製造されていない。
ユージから知識の提供を受けたケビンが、素材探しからはじめているようだ。
そもそも粉ミルクも存在しないのだが。
イヴォンヌの妊娠を受けて、ホウジョウ村はひさしぶりの発明ラッシュとなっていた。
ケビン、ニッコニコである。
イヴォンヌの出産は秋ごろ。
いまや41人となったホウジョウ村だが、ユージも含めた全員が『移住してきた者』である。
これまでホウジョウ村は、移住者を受け入れて人口を増やしてきた。
この秋。
初めて『ホウジョウ村生まれ』の住人が誕生するようだ。
初めての第二世代である。
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「あれ? コタロー、どうしたの?」
「ユージさん、遠吠えだ。入り口にいるマルクのとこまで行ってくるわ。イヴォンヌちゃんは念のために家の中に!」
「もう、心配しすぎよエンゾ」
「エンゾさん、コタローが焦った様子がないから大丈夫だと思いますけど……どう、コタロー?」
ユージの問いかけに、コタローはワンッ! と吠えて動こうとしない。あぶなくないわ、らいきゃくよ、と言わんばかりにのんびりしている。
「エンゾさん、大丈夫そうですけど」
「イヴォンヌちゃん、早く家の中に!」
「はいはい、心配性なんだから。でも……がんばってね、エンゾ」
ユージの目の前でイチャつく二人。
いってらっしゃいのキスまで交わしていた。
エンゾは一瞬ぽーっとした後、猛ダッシュで入り口に向かっていった。単純な男である。
「さ、私は家で針仕事してるわね」
「あ、はい」
動揺するユージをよそに、ゆっくり歩いて自宅へ向かうイヴォンヌ。余裕である。
ぐいぐいとコタローに袖を引っ張られて。
ユージはようやく我を取り戻し、村の入り口に向かうのだった。
お父さんとお母さんみたいだった! 二人はよくちゅーしてたんだよ! とはしゃぐアリスを連れて。
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ホウジョウ村の南にあるただ一つの出入り口。
アリスとコタローを連れてやってきたユージは、そこで頭を抱えるエンゾと犬人族のマルクを見つけた。
モンスターではなく、来客なのに。
「エンゾさん、どうしました……って、え?」
「ああっ! シャルル兄だ! お祖父ちゃんもいる!」
「ユージさんができれば今年もって言ってたからね! またこっそり連れてきたんだ!」
「うむ、さすがに次の夏は厳しいじゃろうがの。アリス、お祖父ちゃんじゃぞー」
「アリス、大きくなったね。この夏もお邪魔することにしたよ」
「わあい! ありがとうハルさん! シャルル兄、アリスいっぱいお話があるんだよ!」
「アリス、お祖父ちゃん、お祖父ちゃんには?」
来客は1級冒険者でエルフのハルと、アリスの祖父で貴族のバスチアン侯爵、アリスの兄で魔眼を持つシャルル。
ユージもアリスも驚いていたが、問題はこの三人ではない。
ユージは三人に割符を渡していた。
ちゃんと事前に代官にも相談し、許可を得ている。
領主夫妻と代官は、バスチアンとシャルルがアリスの血縁であることを知っている。
村に来る際はお忍びであり、街も宿場町も通らない可能性があることを聞いて、専用の割符を用意していた。
あわせて、エルフとの交易のキーパーソンでもあるハルにも。
問題はこの三人ではない。
問題は、フード付きローブに身を包み、いまはフードを外した二人である。
「ユージさん、この場合はどうすりゃいいんだ? 割符もねえんだが……ユージさん絡みだろ?」
「割符がないから捕らえる、わけにもいかないですもんね……」
「エンゾさん、マルクくん、ごめんなさい。でも俺も予想外で……ええっと、ホウジョウ村担当の文官として、この二人は割符なしで問題ないです。というか、割符をもらいようもないよなあ……街に行けないだろうし」
エンゾはただ困っているだけだが、マルクは腰が引けている。
それもしょうがないだろう。
初めて見た時は、ユージも似たような感じだったので。
《おもしろいニンゲンとちっちゃいニンゲン! ひさしぶりだなーっ!》
《落ち着け。ふむ、ここがニンゲンたちの住処か。水が少ないな》
縦長の瞳孔、鋭い牙。
頭部にもびっしりと鱗が生えた、二足歩行するトカゲ。
リザードマンである。
一体はエメラルドグリーンの鱗で、もう一体よりも小さい。
去年の夏、ユージと一緒に海に行った二体であるようだ。
「そうか……ユージさん、大丈夫なんだな? イヴォンヌちゃんは妊娠してるんだぞ?」
「大丈夫だと思います。ええっと、とりあえずみんなウチに連れていきますね。もし気になるようなら、イヴォンヌさんとか戦えないみなさんは、しばらくウチに近づかないでください」
「ああ、わかった。というか、ユージさんはホントに話ができるんだな……」
「シューシュー言ってるだけなのに……」
「はは、ホントなんなんでしょうね。《ええっと、とりあえず俺についてきてください。話は俺の家で聞きますから。あと、いちおうフードをお願いします》バスチアンさ……んと、シャルルくんもひとまずウチへ。ハルさんは……」
「ユージさん、ボクは自分の家に帰るよ! 研究者の様子も見たいしね! 大丈夫かな?」
「あ、はい。……大丈夫です」
チラリとリザードマンたちに目を向けて、ハルに頷くユージ。
去年の夏、ユージは浜辺で二体の戦闘力を目にしている。
もし暴れられても問題ない、と判断したようだ。
強者か。
まあユージは5級冒険者であり、コタローも人間兵器のアリスもいるので。
「ユージ殿、世話になる」
「シャルル兄! こっちだよ!」
《ニンゲンはめんどくさいなーっ! このふくってヤツはまとわりついてきてジャマだぞーっ!》
《大人しく着ておけ。ニンゲンたちは皆服を着ていて、ここはニンゲンの里なのだ》
先頭にユージ、続けてバスチアン、アリスと手を繋いだシャルル、コタロー。
見張りにマルクを置いて、最後にエンゾがフードをかぶった二人を警戒しながらついていく。
途中で別行動になるエルフのハルも、ふんふんと鼻歌まじりで同行していた。
ユージがこの世界に来てから7年目、夏を迎えたホウジョウ村。
今年は、いや、今年の夏も。
ホウジョウ村は、めずらしい来客を迎えるのだった。
次話、明日18時投稿予定です!
※家に向かう話をした後から、エルフのハルの存在が抜けていたので修正しました





