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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』

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第十一話 ユージ、今年の夏もホウジョウ村にめずらしい客を迎える


「うわあ、すごーい! おなかおっきくなったね!」


「イヴォンヌさん、体調はどうですか? ケビンさんが移住してくれそうな医者を見つけたって言ってて、いまいろいろ調査してるそうです。もうちょっと待ってくださいね」


「ふふ、ありがとうユージさん。体は問題ないわね。みんなに作ってもらった()()()もいい感じだし。それよりエンゾのほうをなんとかしてくれないかしら? いまからオロオロしちゃってもうね……」


「ユージさん! 身辺調査はまだ終わらねえのか! イヴォンヌちゃんになんかあったらどうするんだ!」


 ユージとアリス、コタローがエルフの里から帰ってきてしばらく。

 日本サイドは忙しい日々となっていたようだが、ホウジョウ村にはゆっくりと時間が流れていた。

 NPOや会社が忙しかろうが、ユージにできることはメールやチャットでの会話程度。

 報告を受ける、何となくの大まかな方針を示す、書面でのインタビューに答えるぐらいである。


 恒例となった村の見まわりをするユージとアリス、コタローが見つけたのは、妊娠中のイヴォンヌだった。

 元3級冒険者の斥候でいまは防衛団長のエンゾの妻・イヴォンヌは、針子としての仕事は『できる時に少しだけ』となっている。

 その仕事自体も、自分の子供用に服を作るだけ。

 いまは気分転換に散歩していたらしい。

 夫のエンゾが金魚のフンのようについてくるため、気分転換できていたかは怪しいところだが。


「ねえねえ、ちょっとだけ触っていい?」


「ふふ、いいわよアリスちゃん。優しくね」


 セクハラである。

 違う、声をかけたのはアリスなのだ。

 少女が妊婦のお腹に興味津々なのは当然だろう。

 キラキラと目を輝かせたアリスが、だいぶ大きくなったイヴォンヌのお腹をそっと撫でる。


「すごいなあ、大きいなあ。アリス、もうすぐ村で一番下じゃなくなるんだね!」


「そうねアリスちゃん。血は繋がってないけど、アリスちゃんはお姉ちゃんになるわね」


「アリスが……お姉ちゃん……」


 お腹を撫でる手を止めて、アリスが目を丸くしてイヴォンヌを見つめる。

 ホウジョウ村で一番の年下としてかわいがられてきたアリス。

 初めての年下の子、初めての『お姉ちゃん』である。


「アリスがお姉ちゃん! ユージ兄、アリスがんばらなきゃ!」


「はは、そうだねアリス。男の子か女の子かわからないけど、アリスはお姉ちゃんだね」


 11才、日本で言うと小学校5年生にしてはアリスは幼い。

 それはおそらく、ユージに保護されてから今までずっと、一番の年少として甘やかされてきたせいなのだろう。

 グッと二つの拳を握って、アリスは成長を誓っていた。

 そんなアリスに、コタローがパタパタと尻尾を振ってまとわりついている。がんばるのよ、ありす、とばかりに。


「ユージさん、この()()()はいいわね。腹帯は知ってたんだけど、それよりいいと思うわ」


「あ、そうですか。じゃあ今度ケビンさんに言っておきますね! 売れるかなあ」


 妊娠七ヶ月のイヴォンヌは、ユージが知識を提供して針子が作った妊婦用のベルトを使っている。

 もっとも、発案はユージではない。

 ユージにそんな知識があるわけも、そこまで気がまわるわけもないのだ。

 村人が妊娠したと聞いて、妹のサクラと掲示板住人がユージに教えたのである。


 妊婦用のベルトだけではない。

 イヴォンヌ自身の手によって、あるいは針子たちによって縫われるおくるみ、肌着、よだれかけ、布おむつ、抱っこ紐。

 ベビーベッドとベビーカーは、木工職人と鍛冶師たちが張り切って作りはじめていた。

 いずれもこの世界にも存在するらしいが、ベッドはともかく、職人たちは折り畳みできる現代風のベビーカーを作るべく挑戦していた。

 折り畳む必要性は感じないが、知ったからには作ってみたいという職人の意地である。


 一方で、哺乳瓶作りはひとまず諦められていた。

 何しろガラスの製造技術はレベルが低く、シリコンは製造されていない。

 ユージから知識の提供を受けたケビンが、素材探しからはじめているようだ。

 そもそも粉ミルクも存在しないのだが。


 イヴォンヌの妊娠を受けて、ホウジョウ村はひさしぶりの発明ラッシュとなっていた。

 ケビン、ニッコニコである。


 イヴォンヌの出産は秋ごろ。

 いまや41人となったホウジョウ村だが、ユージも含めた全員が『移住してきた者』である。

 これまでホウジョウ村は、移住者を受け入れて人口を増やしてきた。

 この秋。

 初めて『ホウジョウ村生まれ』の住人が誕生するようだ。

 初めての第二世代である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あれ? コタロー、どうしたの?」


「ユージさん、遠吠えだ。入り口にいるマルクのとこまで行ってくるわ。イヴォンヌちゃんは念のために家の中に!」


「もう、心配しすぎよエンゾ」


「エンゾさん、コタローが焦った様子がないから大丈夫だと思いますけど……どう、コタロー?」


 ユージの問いかけに、コタローはワンッ! と吠えて動こうとしない。あぶなくないわ、らいきゃくよ、と言わんばかりにのんびりしている。


「エンゾさん、大丈夫そうですけど」


「イヴォンヌちゃん、早く家の中に!」


「はいはい、心配性なんだから。でも……がんばってね、エンゾ」


 ユージの目の前でイチャつく二人。

 いってらっしゃいのキスまで交わしていた。

 エンゾは一瞬ぽーっとした後、猛ダッシュで入り口に向かっていった。単純な男である。


「さ、私は家で針仕事してるわね」


「あ、はい」


 動揺するユージをよそに、ゆっくり歩いて自宅へ向かうイヴォンヌ。余裕である。


 ぐいぐいとコタローに袖を引っ張られて。

 ユージはようやく我を取り戻し、村の入り口に向かうのだった。

 お父さんとお母さんみたいだった! 二人はよくちゅーしてたんだよ! とはしゃぐアリスを連れて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ホウジョウ村の南にあるただ一つの出入り口。

 アリスとコタローを連れてやってきたユージは、そこで頭を抱えるエンゾと犬人族のマルクを見つけた。

 モンスターではなく、来客なのに。


「エンゾさん、どうしました……って、え?」


「ああっ! シャルル兄だ! お祖父ちゃんもいる!」


「ユージさんができれば今年もって言ってたからね! またこっそり連れてきたんだ!」


「うむ、さすがに次の夏は厳しいじゃろうがの。アリス、お祖父ちゃんじゃぞー」


「アリス、大きくなったね。この夏もお邪魔することにしたよ」


「わあい! ありがとうハルさん! シャルル兄、アリスいっぱいお話があるんだよ!」


「アリス、お祖父ちゃん、お祖父ちゃんには?」


 来客は1級冒険者でエルフのハルと、アリスの祖父で貴族のバスチアン侯爵、アリスの兄で魔眼を持つシャルル。

 ユージもアリスも驚いていたが、問題はこの三人ではない。

 ユージは三人に割符を渡していた。

 ちゃんと事前に代官にも相談し、許可を得ている。

 領主夫妻と代官は、バスチアンとシャルルがアリスの血縁であることを知っている。

 村に来る際はお忍びであり、街も宿場町も通らない可能性があることを聞いて、専用の割符を用意していた。

 あわせて、エルフとの交易のキーパーソンでもあるハルにも。


 問題はこの三人ではない。

 問題は、フード付きローブに身を包み、いまはフードを外した二人である。


「ユージさん、この場合はどうすりゃいいんだ? 割符もねえんだが……ユージさん絡みだろ?」


「割符がないから捕らえる、わけにもいかないですもんね……」


「エンゾさん、マルクくん、ごめんなさい。でも俺も予想外で……ええっと、ホウジョウ村担当の文官として、この二人は割符なしで問題ないです。というか、割符をもらいようもないよなあ……街に行けないだろうし」


 エンゾはただ困っているだけだが、マルクは腰が引けている。

 それもしょうがないだろう。

 初めて見た時は、ユージも似たような感じだったので。


《おもしろいニンゲンとちっちゃいニンゲン! ひさしぶりだなーっ!》


《落ち着け。ふむ、ここがニンゲンたちの住処か。水が少ないな》


 縦長の瞳孔、鋭い牙。

 頭部にもびっしりと鱗が生えた、二足歩行するトカゲ。

 リザードマンである。


 一体はエメラルドグリーンの鱗で、もう一体よりも小さい。

 去年の夏、ユージと一緒に海に行った二体であるようだ。


「そうか……ユージさん、大丈夫なんだな? イヴォンヌちゃんは妊娠してるんだぞ?」


「大丈夫だと思います。ええっと、とりあえずみんなウチに連れていきますね。もし気になるようなら、イヴォンヌさんとか戦えないみなさんは、しばらくウチに近づかないでください」


「ああ、わかった。というか、ユージさんはホントに話ができるんだな……」


「シューシュー言ってるだけなのに……」


「はは、ホントなんなんでしょうね。《ええっと、とりあえず俺についてきてください。話は俺の家で聞きますから。あと、いちおうフードをお願いします》バスチアンさ……んと、シャルルくんもひとまずウチへ。ハルさんは……」


「ユージさん、ボクは自分の家に帰るよ! 研究者の様子も見たいしね! 大丈夫かな?」


「あ、はい。……大丈夫です」


 チラリとリザードマンたちに目を向けて、ハルに頷くユージ。

 去年の夏、ユージは浜辺で二体の戦闘力を目にしている。

 もし暴れられても問題ない、と判断したようだ。

 強者か。

 まあユージは5級冒険者であり、コタローも人間兵器のアリスもいるので。


「ユージ殿、世話になる」


「シャルル兄! こっちだよ!」


《ニンゲンはめんどくさいなーっ! このふくってヤツはまとわりついてきてジャマだぞーっ!》


《大人しく着ておけ。ニンゲンたちは皆服を着ていて、ここはニンゲンの里なのだ》


 先頭にユージ、続けてバスチアン、アリスと手を繋いだシャルル、コタロー。

 見張りにマルクを置いて、最後にエンゾがフードをかぶった二人を警戒しながらついていく。

 途中で別行動になるエルフのハルも、ふんふんと鼻歌まじりで同行していた。



 ユージがこの世界に来てから7年目、夏を迎えたホウジョウ村。

 今年は、いや、今年の夏も。

 ホウジョウ村は、めずらしい来客を迎えるのだった。



次話、明日18時投稿予定です!


※家に向かう話をした後から、エルフのハルの存在が抜けていたので修正しました

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