第七話 ユージ、ワイバーン戦の後片付けをする
「ユージさん、こりゃもう外すんじゃなくて切ったほうが早いんじゃねえか?」
「そうですね、そうしましょうか。ちょっともったいない気がしますけど」
無事にワイバーンを倒したユージたちは、その亡骸を前に話し合っていた。
去年はアリスの魔法一発で倒したため、片付けはシンプルだった。
だが、今年は少々手間がかかるようだ。
何しろバリスタから放たれた特製の投網ボルトがワイバーンの体に絡んでいるので。
「エンゾさん、ブレーズさん。ひとまず槍を抜きましょう」
「あ、俺もやりますよ。ケビンさん、今年はゲガスさんを呼んでこなくていいんですか?」
そう言いながら、ワイバーンの体に突き立った投槍に手をかけるユージ。
上がった身体能力でぐいぐい引っ張ると、スポッと槍が抜ける。
ユージの腕力が上がっているのもあるが、そもそも投槍には返しをつけなかったのだ。
ワイバーンに傷さえつけば抜けてもいいと考えてのことである。
むしろ出血を強いるため、抜けたほうがいいかもとさえ考えていた。
「ユージさん、去年は特別でした。小さな傷一つでしたから、少しでも高く皮を売るためです。今回は……私と元冒険者のみなさんで充分でしょう」
ワイバーンの死体を検分しながら、ケビンが言う。
去年のような異常なハイテンションではなく平静である。
一年前のワイバーン戦は、アリスの遅発信管な爆裂魔法一発でワイバーンを仕留めた。
傷跡は火球が潜り込む際に開けた小さな穴一つ。
高級品であるワイバーンの皮、それもほぼ傷がない完全な形。
ケビンは価値を落とさないように、自身と『血塗れゲガス』だけで皮剝を担当していたのだ。
今回、ワイバーンの骸には相応の傷がついている。
元3級冒険者の弓士・セリーヌと狩人のニナの弓矢、6人の元冒険者たちが突き刺した投槍。
さらにトドメとして、ワイバーンは首を斬り落とされている。
去年とは比べ物にならないほど傷だらけだ。
「あ、なんかすみません……」
「いえいえ、いいんですよユージさん。これが普通です。それに、アリスちゃんやエルフの魔法なしで戦えるようにしておきたいというお気持ちもわかりますから」
事前に作戦を聞かされた際、ケビンは特に文句をつけなかった。
たまたま居合わせた1級冒険者でエルフのハルとアリスをワイバーン戦に駆り出せば、去年同様に傷が少ないワイバーンの皮を手に入れられたかもしれないのに。
「今回、私もバリスタを担当しましたが……来年からは必要ないでしょう。村にいる者たちだけで襲撃者を倒す。村の安全を確保するには大切なことです。ワイバーンはともかく、いつモンスターが襲ってくるかわからないわけですから」
「はあ、そういうものですか。あれ、でもアリスは村にいるから」
「ユージさん、アリスちゃんに頼ったら防衛団なんて必要なくなっちまう。俺たちで対処できるものは俺たちで対処しねえとな。まあ練習だったと思ってくれ」
「ひゅー、さすが団長、言うことが違うねえ」
「了解です、団長」
「ブレーズ! ユージさんまでやめてくれ!」
槍を抜き、絡まった網を切る作業をしながらイチャつくおっさんたち。
とりあえず仲は良いらしい。
ともあれ。
元冒険者たちとユージ、ケビンが手分けして。
ワイバーンは、解体されていくのだった。
人数が増えたこともあり、解体も戦場となったユージ家前の広場の片付けも、その日のうちにおわったようだ。
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「それで、ハルさんはどうしてホウジョウ村に来たんですか?」
「あ、もう落ち着いたかな?」
「はい、片付けも終わりましたから。アリスとこの子たちの護衛、ありがとうございました」
戦場の片付けを終えて翌日。
ユージとアリス、エルフのハルはコタローと一緒に庭に座り込んでいた。
のんびり横になる母狼の近くで。
座り込んだ三人と一匹には、五匹の小狼がまとわりついている。
「ああ、いいんだそれぐらい! それで用件は三つあって……まずはコレだね! はい、アリスちゃん。こっちはユージさんに」
「うわあ、リーゼちゃんからお手紙だ! ありがとうハルさん!」
ハルが鞄から出したのは2通の手紙。
アリスの親友で、一時この家で保護されていたエルフの少女・リーゼからの手紙である。
エルフの子供は里からは出てはならず、エルフの成人は100才。
ユージとアリスは時おりエルフの里に遊びに行くものの、そう頻繁に会えるわけではない。
アリスとリーゼは、文通で親交を温めていた。
ペンフレンドである。今は。
「それともう一つ! ユージさん、これはボクと里のエルフから、文官就任のお祝いね! ユージさんやケビンさんがニンゲンの情報と物品を持ってきて、ユージさんは稀人の知識を教えてくれる。ボクらはボクらなりに感謝してるんだよ?」
「ありがとうございます、ハルさん。……コレは?」
ユージがハルから手渡されたのは、小さく折り畳まれた布。
濡れたように光る質感は、絹で作られたのだろう。
「ユージさんが教えてくれた養蚕技術で増えた絹で、すかあふを作ってみました! 染めもユージさんに教えてもらったヤツだって!」
「すごい、こんなに鮮やかに……」
「きれいだねユージ兄! よかったね!」
総シルクのスカーフ。
ユージが元いた世界でもそれなりにお高い品である。
「……何に使えばいいんだろ」
ユージ、もっともな疑問である。
元の世界にもメンズ用のスカーフは存在するが、とうぜんユージが購入したことはない。
なにしろ10年引きこもっていた元ニートである。
スカーフの使い方など知る由もない。
というか普通、ネクタイ代わりに結婚式で使うか? 程度しか知らないだろう。
きっと他にもオシャレな使い方はあるはずなのだが。たぶん。
「あはは、それこそ詳しい人に聞けばいいんじゃないかな? 染めを教えてくれた人とかね!」
エルフのハルも、ユージが元の世界と連絡が取れることは知っている。
この場には、ほかにユージとアリスしかいないからこその発言である。
コタローはいるが、しゃべれないので。
「それじゃユージさん、本題を。今回は、これを依頼しに来たんだ」
三度目にハルが鞄から取り出したのは、羊皮紙の束だった。
「ハルさん、これは?」
「前にちょっと話に出てた、エルフとリザードマンの言葉をまとめてほしいんだ! ニンゲンの文字とエルフの文字で同じ言葉を書いてあるから、これにリザードマンの文字を足してほしくてね!」
「あ、辞書ですね、了解です。勘違いで争ってほしくないですし、引き受けます」
「ユージさん、ちゃんと報酬はあるから! 今度、里に来た時に相談したいってさ!」
「わかりました。うーん、先にリザードマンのところに行って、文字を聞いてこないとだなあ」
ペラペラと羊皮紙の束をめくりながら答えるユージ。
三言語対応の辞書を作る依頼を、あっさり引き受けることにしていた。
文字はともかく、リザードマンとエルフと人間、すべての言葉が話せるユージにしかできない仕事である。
「ユージ兄、アリスも一緒に行く! それで、またモンスターを殺って位階を上げるの!」
「……湿原、モンスター増えてるかなあ」
去年の夏、リザードマンが住むマレカージュ湿原で、アリスとユージは水棲モンスターを討伐してきた。大量に。
生態系が回復しているか疑問である。
まあリザードマンが問題にしなかった以上、広い湿原からモンスターが流れてきているかもしれないが。
「ユージさん、急がないから好きにするといいよ! あ、行くんだったら船を出すから安心してね!」
「了解です、ハルさん。いつにするか、みんなとも相談しますね。エルフの里も行きたいし」
「そうだねユージ兄! アリス、リーゼちゃんにいっぱいお話があるんだ!」
ユージ、多少は計画的になったらしい。
進歩である。
「村のほうはブレーズさんもいるし、割符はエンゾさんに任せればいいし……問題は日本とアメリカのほうだよなあ」
「ユージ兄?」
ホウジョウ村は順調に発展している。
鉄道馬車のレールこそ現在進行形で敷設にかかっているが、それ以外は軌道に乗っているのだ。
村長も防衛団長もいる。
文官の仕事は、秋にちょっと忙しくなる程度。
秋の収穫時期の前後を除けば、ユージがいつ旅に出ても問題はない。
問題は、ネットで繋がっている元の世界のほうであった。
なにしろ、ユージの話の映画が秋に公開予定なのだ。
メディア対応は妹のサクラや郡司に任せているが、ユージの許可や判断が必要なこともある。
最近のユージは、メールでの取材に答えることさえあるのだ。
ユージがこの世界に来てから7年目。
春の風物詩、あるいは春のボーナス源となっているワイバーンは退けた。
ホウジョウ村担当の文官としての仕事ははじまっているが、拍子抜けするほど仕事量がない。
ユージや掲示板住人たちにとっては緩やかに、この世界の人間たちにとっては、ホウジョウ村は急激に発展している。
それでもユージは、元の世界の一般的なサラリーマンより遥かにヒマらしい。ホウジョウ村の仕事は。
一方で。
ユージの仕事量は、増加の一途を辿っていた。
半年後の、映画の公開を控えて。
次話、明日18時更新予定です!





