第四話 ユージの妹サクラと掲示板住人たち、第五回キャンプオフを開催する
4月12日、お昼過ぎ。
宇都宮の郊外にあるユージの家の跡地とその周辺は、すでに大騒ぎになっていた。
町内の住人たちを招いてのBBQ&お祭りである。
食材や飲み物は持ち込み可、持ち込み以外にかかる費用はすべて主催者の懐から。
張り切った婦人会は縁日風の出店を並べている。
ユージの家の跡地とその周辺を買い上げて作ったキャンプ場。
今日、プレオープンである。
「まあ! サクラちゃんこんなに大きくなって!」
「おばさん、大学生の時に会ってるでしょ? 身長は変わってないって!」
「あらあらそうだったかしら? サクラちゃん、この人が旦那さん? けっこうハンサムねえ」
「そうよ、ありがと! それでこの子が私たちの子供なの!」
「はあ、サクラちゃんが子供……年が経つのは早いわねえ。あらかわいい。ウチの子も外国人のお嫁さん見つけてくれないかしら」
「あはは、でもそれはそれで大変なんだよ? 習慣も違うし、笑いのツボだって……国のイメージを絡めたジョークとか意味不明だし……」
春休みは終わっているため、子供たちの数は少ない。
もちろんいまも実家で暮らす若い夫婦が少ないという理由もあるようだ。
幼稚園か保育園をサボったのか、数人の幼児がはしゃいでいる程度。
ついでに言えば、男性の数も少ない。
今日は平日。
兼業農家、あるいはただの勤め人の男たちは参加できなかったようだ。当然である。
わずかに残る専業農家の数人が、年寄りたちに交じってビールを飲んでいた。
子供よりもおっさんや年寄りよりも、このBBQとプチお祭りを楽しんでいるのはおばさま方であった。
出店の売り子としてはしゃぎ、バーベキューコンロの前に陣取って『ほら焼けたわよ』と肉を配ってまわり、イスに腰掛けては、うわさ話に花を咲かせている。
プレオープンで招待客は完全無料なだけあって、おばさまたちは思う存分楽しんでいるらしい。
ちなみにうわさ話の中心は、主催者のサクラといまや有名人となったユージの昔話である。
おばさまたちの話が盛り上がれば盛り上がるほど、当人のサクラの居心地が悪くなるシステムであった。
盛り上がっているのはおばさまたちだけではなかった。
小さなキャンプ場にあるプレハブ小屋の周辺では、すでに夕方のキャンプオフの準備がはじまっている。
ただ、こちらは静かに粛々と。
盛り上がっているのはキャンプ場なのになぜかスーツの一団であった。
郡司である。
そして、郡司だけではない。
「話は単純でしょう。ユージさんは日本にはいない。適用されるのは滞在している場所の法律だ」
「そうとは言い切れないのでは。そもそもユージさんが今いる場所は法治国家とも言いがたい」
「待て、ユージさんは出国手続きをしていないのではないか?」
「いやこの場合は……」
郡司が増殖していた。
いや、本人ではない。
郡司、コンビを組む国際派の弁護士、それに郡司の恩師。
ユージが異世界に行ったという話を聞きつけて、その三人、さらに面識がある法曹界の住人たちは定期的に集まっていたのだ。
異世界と行き来できる、あるいは繋がりができた場合、法的にはどう考えるか。
既存の法律をベースに意見を交換する勉強会である。
ファンタジー好きは郡司だけではなかったらしい。
『ふむ、興味深い。ただこの場合、日本だけの問題ではないのでは?』
『あなた、アメリカでも検討させておいたほうがいいんじゃないかしら?』
今日はこのグループの中に、来日したプロデューサーと脚本家の夫婦もいたようだ。
通訳付きで。
ユージ家跡地とその周辺に作られたキャンプ場。
夕方から始まるキャンプオフを取材したい場合、メディアが扱ってよいのはここのみという通達が出されていた。
その代わり。
ここに来れば、ユージの話を映画化するプロデューサー本人が囲み取材を受けると。
まだお昼過ぎだが、各種メディアは準備をはじめていた。
ユージ家のお隣さん・藤原さんが用意した駐車場はすでに満車である。
設置した自販機とあわせてそこそこの売上である。
集まったメディアに許されているのは、プロデューサーへの囲み取材のみ。
ただ一社、アメリカのテレビ局がキャンプオフの映像を撮影することを許されていた。独占である。
ちなみにプロデューサーのコネであり、取材費ももらうことになっていた。
残りのメディアはそこから映像を買うか、あとは後日、郡司を通してコテハン・カメラおっさんや検証スレの動画担当たちのチームが撮影した映像を買うかである。
事務局側が提供する映像や写真は、映り込んだ参加者のモザイク加工済み。
日本のメディアは歯がゆい思いをしているようだ。
アメリカがバックにいると強く出られないらしい。
すでに郡司が無断で写真を使用した週刊誌を二誌、ネットメディアを数社、容赦なく訴えていることも影響しているのだろう。
それにしても。
キャンプ場に、スーツ姿でブーツにリュックの集団。
場違いである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
同日同時刻、清水公園。
こちらにはすでに数十人の参加者が集まっていた。
キャンプオフのスタートより一足早く。
「よーし、全員登録終わったね! リストバンドは外さないように!」
「いまリストバンドになってんのか。俺が子供の頃はゼッケンだったのになあ」
「地元アピールすんなインフラ屋!」
ジャージにスニーカー、もさい髪型、やたら男が多い集団。
一足早く清水公園のフィールドアスレチックを楽しむために集まったアクティブなニートたちである。
いやまあ、実際はニート以外もいるのだが。
「うっせえ! そんなこと言ってっと案内しねえぞ!」
「もうスタート地点が見えてるしいいですぅー」
「あ? 絶対濡れるコース、難易度が高いコース、大人ならウォーミングアップレベルのコースがあるんだけどなあ。どうするつもりなのかなあ」
子供か。
おっさんたちのテンションは高い。いちおう若い男もいる。あと女性も。
「決まってるだろ! 参加者全員、全コース制覇だ! いくぞお前ら!」
コテハン・名無しのトニーが威勢のいい声をかけるが、返事はちらほらと。
アクティブなニートたちも集団行動は苦手らしい。
ともあれ。
二十人程度の集団は、フィールドアスレチックに繰り出すのだった。
まずは冒険コースである。
それにしても、今日が平日でほぼ貸し切り状態だったことは幸いである。
もさいおっさんが二十数人で、ゾロゾロとアスレチックなので。
いちおう若い男と女性もいたようだが。
「ちょ、ちょっと休憩しよう。な?」
「おい、まだ1コース終わっただけだぞ?」
「次のコースってひょっとして途中で見えてたアレやんの? けっこうキツくね?」
スタートから一時間ちょっと。
アクティブなニートたちは、全員全コース制覇をあっさり諦めていた。
1コース40アトラクションをクリアしたものの、すでに何人かへばっていたのだ。
アクティブであっても体力があるとは限らない。
清水公園のフィールドアスレチックはハードなのである。
「そりゃね。だって名前が『チャレンジ』コースだよ?」
「え、ターザンみたいなヤツで水上のイカダに着地するのとかあったよね? あれぜったいムリじゃね?」
「イケるイケる!」
「ユウ……あー、試される大地の民1、大丈夫か?」
「ふふ、もう本名でいいんじゃない? 大丈夫だよ試大2。最近は実家の手伝いもしてるから。そっちは?」
「俺も農作業手伝ってるからな。これぐらいはまだ平気だ」
もちろんへばってない者たちもいる。
特に遠路はるばるキャンプオフに参加しに来た二人はけろりとしていた。
普段から試されているだけのことはある。
二人の距離感に、怨嗟の目を向けられていたが。
冷やかしも言葉もない。
アクティブであっても、それほどコミュ力が高いとは限らないのだ。
「よーし、休憩終わり! 次はチャレンジコースな! メインイベントの水上コースは最後だから!」
コテハン・名無しのトニーもまだ元気なようだ。
いや、水上コースをメインイベントなどと言っている。
ひょっとしたら疲れているのかもしれない。
何しろメインイベントは、夕方から始まるキャンプオフなはずなので。
4月12日。
第五回キャンプオフは三箇所で行われている。
ユージが異世界に行ってから6年が経ち、7年目となる春。
ホウジョウ村でのんびり過ごすユージをしり目に、日本ではお祭りとなっているようだ。
半分しか入らなかったので、明日も4月12日のお話。
次話、明日18時更新予定です!





