第二話 ユージ、ケビンに冬の間の成果を見せる
「モンスターもこうして見ると愛くるしいですねえ。行商している時にはオオカミたちに狙われたものですが……」
「ケビンさん? あの、ちなみにそのオオカミたちは?」
「諦めて去っていく賢いオオカミたちもいましたよ」
ユージの家の前の広場に張られた小さなテント。
隙間から中を覗き込んだケビンは、機嫌よさそうに目を細めていた。不穏な言葉はさて置いて。
生後一ヶ月の五匹のオオカミたちは、母親の土狼にじゃれついている。
あとユージたちを置いてさっさと中に入っていったコタローにも。怖いもの知らずである。今のところ、群れの中の序列は教え込まれてないらしい。今のところ。
「あの、諦めなかったオオカミたちは……そうですよね、襲われたらしょうがないですよね」
「そういうことですユージさん。いやあ、本当にこの村のオオカミたちは賢い。ボスが優秀だからですかね」
テントから出てきたコタローを見て呟くケビン。
褒められたコタローは、ツンとお澄まし顔である。尻尾は千切れんばかりにブンブンである。チョロい。
「そうだよケビンさん! コタローはすごいんだから!」
「はは、そう言うアリスちゃんもすごいですよ。魔法で開拓を手伝って、モンスターも撃退するんですから」
「えへへ……アリス、もう11才だからね!」
せっかく『ケビンさん』と大人ぶって呼んだアリスだが、褒められてすぐに子供に戻っていた。チョロい少女である。コタローと合わせてチョロい女たちである。
「それにしても……そうですか、オオカミが増えましたか」
「あ、ケビンさん、マルクくんには会いましたか? すごいんですよ、オオカミたちの遠吠えがなんとなくわかるって」
「ああ、それでマルクくんが村の入り口まで迎えに来ていたんですね。ほうほう、なるほどなるほど。ではこのホウジョウ村に、モンスターや敵が近づいてきたら?」
「オオカミたちが見つけたら遠吠えで知らせてくれます。マルクくんがそれを聞いて、村に警告してくれることになってます。マルクくんが外で見まわりしている場合は、急いで帰ってくる感じですね」
「そうですか……お義父さんがいる宿場予定地といい、索敵が充実していますね」
「エンゾさんとマルクくんががんばってますからね! あ、そうだ、ケビンさん、割符のチェックは受けましたか?」
「ええ、ユージさん。宿場予定地でお義父さんに、村の入り口でエンゾさんとマルクくんに。ふふ、顔見知りでも許してくれませんでしたよ。ちゃんとね」
秋に代官が来た際に、ホウジョウ村の全員に告げられたこと。
村人の知人や親戚がここに来る際も、村人本人が街に行く際も。
ホウジョウ村への行き来には、許可が必要だという通達がなされていた。
面倒かもしれないが、この地の安全のためであり、理解してほしいと。
村人たちにはおおむね理解されたようだ。
旅人や商人を装った危険な人間もいること、ホウジョウ村には秘密が多いことを理解しているようだ。
ユージが提案して領主に認められた割符制度は、この春からはじまっていた。
通常、街から外に出る時には目的地を告げる。
もしこの制度を知らない者がホウジョウ村に行こうと思っても、門で止められて審査される。
一手間かかるが、正直にホウジョウ村に行くと告げれば問題ない。
許可を得て問題なく行くか、許可を得られず行けないだけなので。
黙って行こうとした場合、あるいは無許可で向かった場合。
割符がなければ宿場予定地でアウトである。
抵抗すれば『血塗れゲガス』が返り血に塗れるだけである。
代官からは、なるべく生かして捕らえるように、とは言われていたが。
割符の運用は、この春から。
第一号は、予想通りケビンだったようだ。
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「これはすばらしい! みなさんお疲れさまでした!」
「そうでしょケビンさん! みんながんばったのよ! ほら、新作の見本だってこんなに!」
「ユルシェル、落ち着いて。見本はまた後でゆっくり見せればいいんだから」
「ええ、ええ、すばらしいですよユルシェル。ユキウサギの缶詰も予想以上の量ですし、これはみなさんに一時金を出さないといけませんね!」
缶詰生産工場、続いて針子の作業所を訪れたケビン。
冬の間にどれぐらい生産されたかのチェックである。
缶詰も衣服もケビン商会の商品であり、針子や工員たちはケビン商会と契約している従業員なのだ。
雇い主のケビンの『一時金』発言に、見守っていた針子たちがワッと盛り上がる。
ボーナスである。
とりあえず、この後臨時オープンするケビン商会ホウジョウ村支店に吸い取られないよう注意すべきである。
「シャルルくんに作った服とその女性向けの服が30セットでしょ、それにアリスちゃんのブラウスの型違いが布別にたくさん、あとはほら、ケビンさんから依頼があった通り、エルフの布でも何着か」
「質、量ともにすばらしいですよユルシェル。プルミエの街だけじゃなく、王都でも売りさばきましょう。ジゼルが張り切ってますから」
完成した商品を見てケビンはほくほく顔である。
去年の夏、アリスの兄・シャルルに制服風ブレザーをプレゼントしたことをきっかけに、ケビン商会は王都のゲガス商会に衣料品を卸しはじめていた。
とりあえず、夏休み明けすぐに、用意していた制服風ブレザーは男女とも完売したらしい。
男が10着分、女性用にいたっては納品待ちの状態である。
稀人のテッサのアドバイスで創られたこの世界の学校は、稀人のユージと掲示板住人によって、制服風衣装に席巻されるらしい。
まあ女性用のスカートはプリーツミニではないようだが。
「それにほら! 見てちょうだいコレ! 前の型から改良したのよ!」
誇らしげに布の塊を手に取ってケビンとユージに見せつける針子のユルシェル。
ちょっ、それは! と慌てるヴァレリーや、キャー! と色めき立つ針子たちは無視である。
ユルシェルが手にした物。
それは、ブラジャーであった。
これまでの乳バンドに毛が生えたような作りから進歩した、ブラジャーであった。
サイズはイヴォンヌちゃん仕様である。
「形が崩れないようここに細い金属を入れてね、細かなパーツを組み合わせて作ったの。ユージさんに見せてもらった完成品にだいぶ近づいたと思うわ!」
形はそれっぽくなっている。
一部にはレースや装飾がほどこされて、見た目も。
ユージもケビンもゴクリと唾を飲み込んだが、意味合いは違うだろう。
ケビンはエロ目線ではなく商売人としてなはずだ。
ケビンには妻のジゼルがいるが、着ているところを想像したわけではあるまい。たぶん。
盛り上がる針子たち、ブラジャーを手に取って検分するケビンとユージ。
その横で。
アリスが、自分の胸を両手で押さえていた。
わずかに膨らみはじめたらしい、胸を。
コタローがイヴォンヌの袖を甘噛みしてクイッと引っ張り、そんなアリスに気づかせる。
かつて夜の蝶だったイヴォンヌはアリスに気づいて、コタローの意図を察したのだろう。
コタローに向けて、パチリとウィンクするのだった。任せておいて、とばかりに。できる女である。だてに欲望渦巻く女の園で働いてきたわけではないらしい。
「すばらしい……相当な進歩ですよユルシェル! いやあ、売りに出すのが楽しみだ! 荷車が通れるようになるのが待ち遠しいですね!」
「そっか、ぬかるみが……ケビンさんは馬と歩きで来たから」
「そうなんですよユージさん。今回の収益で街までのレール敷設を加速しましょう!」
ケビン、新商品と冬の間に出来上がった量にハイテンションである。
決して実用レベル以上になったブラジャーを見たせいでテンションが上がったわけではない。
ケビンはエロいおっさんではないのだ。商売人なのだ。エンゾと違って。
「宿場予定地まであと半分ぐらいでしたっけ? あ、でも冬の間に使えなさそうなところもできたって言ってましたね」
「ええ、ユージさん! 行きに見てきましたが……そのあたりの対策も考える必要がありますね! はあ、忙しい忙しい」
忙しい、と言いながらケビンはニッコニコの上機嫌である。
なにしろ忙しければその分収入に繋がるのだ。残業代も出ないブラック企業ではないのである。
「今年もまた忙しくなりそうですね!」
「ユージ兄、ケビンさん! アリス、またお手伝いします!」
はいっ! と勢いよく手をあげるアリス。
健気な少女である。
アリスは今年から、ケビン商会のために魔法を使った場合はいくばくかの報酬をもらうことになっていた。
有償の手伝いなのだ。
ノリノリで立候補するのも当然である。
アリス11才、稼げる少女であるようだ。
それにしても。
ユージ、『今年もまた忙しい』とはなんなのか。
去年は村のことを副村長だったブレーズに任せて、ふらふらと出歩いていたくせに。
忙しかったのはブレーズであり、ユージはのんびり遊んでいた。まあいつものことである。
だが。
ユージは、この世界に来てから7年目を迎える今年こそ忙しくなるのだった。
なにしろホウジョウ村の開拓だけではなく、元いた世界も転機を迎えるので。
間もなく、ユージが元いた世界の暦で4月12日。
間もなく、今年のキャンプオフ開催日である。
次話、明日18時投稿予定です!





