第一話 ユージ、キャンプオフの状況を聞きつつホウジョウ村にケビンを迎える
ユージが暢気に春の訪れを待っている頃。
日本は修羅場になっていた。
「ミート、海の中道の準備状況はどうだ?」
「こっちは問題なし。出店する人たちも秋で経験あるし、今年はホテルに食材の用意をお願いしたからね。しかもホテル側がバースペース作って、有料でドリンク出すってさ。あ、出店料は案内したから」
「さすが本職はプロデュース業な企業、抜け目ないな。ミート、飲み過ぎに注意するよう対策を。緊張をほぐすにはいいが、飲み慣れてないだろうからな」
「任しといて! その辺はわりと慣れてるからねー。それで、そっちはどうなの?」
「清水公園は問題ない。みんな経験済みで準備は順調。問題は、もう一つの会場が予測できないところだ」
「ああ、あそこね。たしかになあ……」
宇都宮市内にあるNPO法人。
その事務所の一角で、一人の男がテレビ電話でやり取りしていた。
宇都宮にいるのはクールなニート。
通話相手は九州にいる名無しのミートである。
4月。
ユージがいる世界は雪解けを迎えてそろそろ動き出すところだが、日本はすでに激しく動いている。
4月12日のキャンプオフに向けて。
「それにしても、三箇所同時開催って思い切ったねー」
「まあな。みんな慣れてきたし問題ないだろう」
今回、春のキャンプオフは初めてだらけになる予定だ。
秋に二箇所同時開催のキャンプを終えて、この春は二箇所同時開催だと思われていた。
だが。
クールなニートたち事務局は、初の三箇所同時開催に踏み切ったのだった。
一箇所は千葉の西の端、野田の清水公園。
一年半前、秋のテストキャンプオフを開催した場所である。
200人以上で参加できるBBQ&キャンプ場、出店者が一度経験していること、首都圏からのアクセス、混雑する大都会を迂回するルートがある立地。
過去に参加したニートたちからの評判もよかった。
中でもアクティブなニートたちが動画配信した併設のアスレチックは、今回も希望者が楽しもうとしているらしい。
一応キャンプオフの公式プログラムには入っていない。アクティブなニートは少数派なので。
もう一箇所、九州は福岡、海の中道海浜公園。
こちらは半年前、秋のテストキャンプオフで二箇所同時開催の会場となった場所である。
今度は関西でという声も多かったが、二箇所目はけっきょくここになっていた。
やはり『一度やったことがある』というのは、準備する上で大きなアドバンテージなのだ。
飛行機、新幹線、在来線、高速バス、フェリー。
関西からも四国・中国地方・九州からもアクセス方法が充実しているのも理由である。
九州南部から大阪は何気に遠いのだ。
そして、最後の一箇所、初めての会場。
こちらは他の二箇所と違って、小規模のBBQ&キャンプになる予定だ。
というか敷地が狭く、参加者をそれほど集められない。
なにしろトイレと水場、管理棟となるプレハブがあるだけの、できたばかりの小さなキャンプ場なので。
「それで、あそこはどう?」
「郡司先生が張り切っている。サクラさんもこっちに入って、近所に挨拶まわりしてくれている。正直、だいぶ助かってるな」
「地元の理解は大事だもんねー」
「ああ。夕方からは通常のキャンプオフになるが、昼間は……」
「ははっ、まあしょうがないよ。あ、電話かかってきたから切るわ」
「わかった。また進捗報告を」
「了解!」
通話を終えて、クールなニートがふうっと一つ大きく息を吐く。
九州出身の名無しのミートはうまくやっているらしい。
自分が仕切らない大きな仕事がまわっているのを見て、クールなニートは誇らしいような寂しいような複雑な心境になっていた。
「ただいまー!」
「サクラさん、ジョージさん。お帰りなさい。近所の人はどうでした?」
「えっと、それがみんなずいぶん乗り気で……昼間のBBQなんだけど、屋台とか並んじゃってもいいかな? プロじゃなくて、出し物みたいなものなんだけど……なんか町内会のお祭りみたくなってきてて」
「そうですね、保健所などの許可を得られれば問題ないです。ただ夕方以降はキャンプオフになるので撤去が」
「あ、うん、それは大丈夫なの! 自分たちでテントはって机とイスを並べてちょっとやるぐらいだから!」
サクラは夫のジョージとベイビーを連れて、キャンプ開催地の周辺に挨拶巡りに行っていた。
なにしろ元のご近所さんなので。
そう。
三箇所目のキャンプオフ開催地。
そこは、周辺の土地を買い取って造成した『ユージ家跡地を内包するキャンプ場』であった。
まだ狭く、トイレと水場とプレハブしかないが、すでに営業許可は下りている。
このキャンプオフに合わせてオープンする予定となっていた。
サクラはご近所のよしみを活かして、挨拶にまわっていたのだ。
オープン初日の昼間は、ご近所のみなさんに無料でBBQを楽しんでもらいますから、という案内のビラを持って。
『日本のお祭りに参加するのは初めてだ! やっぱりキモノを用意しようかな!』
『ジョージ、ベイビーと一緒にちょっと待っててね。いま仕事の話しちゃうから』
クールなニートの胸中など関係なくハイテンションなサクラとジョージ。
腕に抱かれたベイビーも、だあだあ! と上機嫌である。
「サクラさん、消防団も巻き込みましょう。それと地元の政治家も。私のほうでアプローチします」
「あ、はい、お願いします郡司さん」
「…………好きにしてください」
クールなニートは匙を投げたのではない。
豊田の田舎に住んでいたクールなニートも、ご近所へのアプローチの重要性を理解していたのだ。
消防団やら地元の政治家を抑える重要性も。
田舎の人間関係とはかくも面倒なものなのである。
北条家周辺は、さすがに隣組はない。制度としては。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「おーい、ユージさーん!」
「あ、ケビンさんの声だ。もう道が通れるようになったのか。ちょっと待ってくださーい!」
自室の窓をガラリと開けて、門の前にいたケビンに答えるユージ。
遊びに誘う小学生のようなやり取りである。
二人とも立派なおっさんなのに。
ユージは掲示板に書き込みつつ、Skyp○のチャット機能でキャンプオフの準備状況の報告を受けていた。
まあ報告されたところで『よきにはからえ』的なことしか言うことはないのだが。
引きこもりやニートが社会復帰する手助けになってほしい。
そこさえ守られれば、ユージに言うことはないのである。
予算オーバーしたところで、ユージには両親が残した遺産も映画化による収入もある。ユージはお金持ちなのだ。
「じゃあ続きは夜に、っと。よし」
「ユージにいー! ケビンさん来てるよー!」
「はーい!」
家のリビングから聞こえるアリスの声と、ワンッ! と吠えるコタローの声。
ますます夏休みの小学生のような呼び出しである。
アリスはおかんではない。
コタローは……犬である。母性あふれていようが犬である。
パソコンデスクから離れてドタドタと階段を下り、アリスとコタローと共に玄関から出るユージ。
門の前で待つケビンにダッシュで駆け寄る。
ユージの手には虫かごも釣り竿もない。夏休みの小学生ではないので。
「ケビンさん、今年は早かったですね!」
「ええ、前の春に針子も工員も増やしましたし、冬の間にどれほどできたか気になりましてね。荷車なしで、馬だけ連れて見に来たんですよ」
「あ、それで! 土の道のぬかるみも、人と馬ぐらいならなんとかなりますもんね」
「はい。荷車が通れるようになるにはもう少しかかりそうです」
「早いとこレールが敷き終わるといいんですけどねー」
「はは、ユージさん、それは気長に待ちましょう。冬の間にどれぐらい枕木とレールができているかによりますし」
「ですよねえ。あ、トマスさんと鍛冶師さんが、雪が融けたらレールの状況をチェックしようって言ってました」
「そうですね、一部は土台の土が崩れてましたから。まだまだ運用までには時間がかかりそうです」
「難しいもんですねえ……」
「何しろ初めてのことですから。それよりユージさん、アリスちゃんも、広場に行きませんか? 馬と私が背負える荷だけですから量はありませんが、ケビン商会ホウジョウ村支店を開きますよ」
「やったー! ユージ兄、アリス行きたい!」
「そうだね、見に行こうかアリス! あ、ケビンさん、その前にオオカミの赤ちゃんを見ます? ちょっと覗くぐらいならできますよ?」
「おお、ぜひ!」
ユージがケビンに会うのは、それほど久しぶりではない。
なにしろホウジョウ村には犬ゾリ、ではなく狼ソリがあって、ユージとマルクは雪が積もっている森でもかなり自由に行動できる。
ユージは冬の間もちょくちょくプルミエの街を訪れていたのだ。
だが、ケビンがホウジョウ村に来るのは秋の終わり以来のこと。
とうぜん生後一ヶ月の小さなオオカミたちにも会っていない。
ユージとアリスとコタローは、数ヶ月ぶりにケビンに村の様子を案内するようだ。
その後は、臨時オープンするケビン商会に村人たちが集まることだろう。
ユージがこの世界に来てから間もなく7年目。
余裕を持ってのんびりと冬を越したホウジョウ村は、春の訪れを迎えて忙しなくなるのだった。
まあ忙しないといっても、ユージが元いた世界の現在ほどではない。
ユージ、いまだに映画化騒動の実感が湧かないようだ。
日本もアメリカも、いまや自分の話題で持ち切りなのに。
まさに別世界の出来事である。
次話、明日18時投稿予定です!





