第二十一章 プロローグ
短めです
「ほらアリス、あんまり近づいちゃダメだよ。お母さんに任せないと」
「はーい! アリス、ほかのオオカミたちをキレイにする!」
「そうだね、俺も手伝おうかな。コタロー、ここは任せていい?」
ユージの質問にウォンッ! と答えるコタロー。ええ、もちろんよ、わたしのむれのこどもだもの、とでも言わんばかりに。母性あふれる女である。犬だけど。
ユージがこの世界に来てから間もなく7年目になる春。
森は日陰に雪が残る程度。
道はぬかるんでいるため、まだ街との行き来は回復していない。
ユージが元いた世界の暦では4月になっていた。
日本ではキャンプオフの準備で忙しいらしいが、ホウジョウ村はどこか浮ついた雰囲気であった。
新たなアイドルが誕生したので。
ユージの家の前に張られた小さなテントの中にいる、生後一ヶ月弱の小さなオオカミたち。
まだ母親から離さず、ストレスを与えないように、世話を許された数名以外は布の隙間から静かにこっそり覗くだけ。
それでも小さなオオカミたちの愛らしさに、村人たちは身悶えしていた。
犬派誕生の瞬間である。
犬ではなくオオカミだが。
「あ、ユージさん。乾いた毛布を持ってきました」
「マルクくん、じゃあ任せてもいいかな? 俺やアリスより、マルクくんに気を許してるみたいなんだよね」
「はい!」
小さなテントに入ることを許されているのは、ユージとアリス、犬人族のマルク、医者代わりのゲガスだけ。
あとはコタローと、群れの仲間であるオオカミたち。
母狼と小狼は、人間の中ではマルクを一番信頼しているらしい。
人間というかマルクは獣人で犬人族、見た目は二足歩行のゴールデンレトリバーなのだが。
毛布の交換をマルクとコタローに任せて、ユージとアリスはテントの外へ。
ユージの家の前の小さな広場には、マルクと一緒にいる五匹のオオカミたちが並んでいた。
残るオオカミたちは周囲の見まわりに出ているらしい。
「みんな、今日も体を洗うよ! 清潔にしなきゃ赤ちゃんが大変なんだから!」
オオカミたちの前で、アリスが元気よく宣言する。
人間も動物も、産まれたばかりの生物が弱いのは変わらない。
『清潔にしないと赤ちゃんに近づいちゃいけない』とユージに言われたアリスは、小狼に近づく存在すべてに、キレイにすることを義務づけていた。
ユージもコタローもマルクも、海賊顔の『血塗れゲガス』も、オオカミたちも。
「アリス、たらいはこれでね。水は入れてきたから」
「じゃあアリス、しゃふつして、オオカミたちを洗います!」
「洗うのは俺がやるから、アリスは乾かしてくれるかな?」
「はーい!」
得意の火魔法で水を沸騰させるアリス。
最初はそのまま熱湯をオオカミたちにかけて、危うく火傷させるところだった。
まあオオカミといっても、日光狼と土狼はオオカミ型のモンスターである。
多少熱いぐらいは大丈夫なようだが、煮えたぎる熱湯はさすがにダメージを負うらしい。
コタローの薫陶か、大人しくユージに洗われて、アリスのドライヤー代わりの魔法で乾かされるオオカミたち。
気持ちよさそうに目を細めている。
キレイになったオオカミから、代わる代わるテントの中を出入りして、子供の様子を見に行く。
母親との時間を邪魔しないよう、さっと帰ってくるあたり賢いオオカミである。
「よーし、みんなキレイになった!」
「アリス、お疲れさま。じゃあ今日は俺と村を見てまわろうか」
「うん、ユージ兄! そろそろ春だから、アリス土魔法で畑造りだね!」
「そんな季節かあ。もうすぐケビンさんも来るかな」
そう言ってユージは缶詰生産工場、続いて針子の作業所に目を向ける。
冬の間、どちらもほぼフル稼働であった。
それぞれの倉庫スペースには、かなりの量の缶詰と衣料品が積まれている。
特に缶詰は貴族向けの高級品、ユキウサギ料理の缶詰だらけである。
ホウジョウ村の主要製品である缶詰と衣料品。
針子、鍛冶師、工員、調理要員まで増えた人員は、冬の間もしっかり働いていたようだ。
41人の村人と一匹のコタロー、二十匹となったオオカミたち。
厳しい冬に死者を出すどころかオオカミを増やして、ホウジョウ村は今年も冬を乗り越えたようだ。
間もなく春。
間もなく、ユージがこの世界に来てから7年目である。
ユージにとって、7年目は節目の年になるだろう。
なにしろかつて10年間引きニートだったユージが、文官として正式に働きはじめる年なので。
いわば公務員である。
しかもこのまま順調にホウジョウ村が発展すれば、ユージは代官となることが確約されている。
いわば町長、あるいは市長である。正気か。
予定されている大きな出来事はそれだけではない。
ユージが元いた世界では、すでにトレイラー映像が公開された。
映画は最終調整を残してほぼ完成して、あとは公開を待つだけ。
公開は、今年の秋が予定されているのだ。
ユージの話が映画になる。
それも、ハリウッドで。
ユージがこの世界に来てからほぼ6年が経過して。
7年目は、節目の年になるようだ。
短めですが、プロローグですので…
次話、明日18時投稿予定です!





