閑話20-41 マルクくん、いろいろ訓練する
副題の「20-41」は、この閑話が第二十章 終了後で「39」「40」の話の後ぐらい、という意味です。
正しくは前半はキャンプオフの前で、後半は後ですね。
ご注意ください。
「ユージさん、ボクは、この村の防衛団員になろうと思ってます。その、将来ここを守る部隊ができたら、そのままそこにいきたいと思って」
両親に、村長のユージに決意を認められた犬人族の少年・マルクは、以来訓練に励んでいた。
「マルク、まだ足音がするぞ。獣人ってのはそんなもんか?」
防衛団長、その後の組織では隊長に立候補した元3級冒険者の斥候・エンゾと一緒に。
木々が紅く色づく秋、収穫を前にエンゾとマルクは狩りに出かけているようだ。
獲物を狩って、収穫祭で振る舞うつもりなのだろう。
「マルク、焦らニャい。一歩一歩足を置く場所に気を遣うのが大事」
同行者は、マルクの母親で猫人族のニナ。
狩人の経験はエンゾよりも長く、ここ最近は二人に狩りの技術を仕込んでいた。
ホウジョウ村の外周にある土壁よりもさらに外の森。
同行者はニナだけではない。
コタローと、数匹のオオカミたちが三人の周りを歩きまわっている。
天然の狩人たちは、人間たちよりも自然に森に溶け込んでいた。
「エンゾ、マルク、休憩にする。二人とも集中力がニャくニャってる」
「くっ、情けねえ。モンスター相手とは違うもんだな」
「獣のほうが臆病だから。じゃニャいと獣はモンスターに殺られるだけ」
「じゃなきゃモンスターがウロウロする中で生きてけねえか」
この世界の自然環境は厳しい。
野生動物はモンスターと生活圏が重なっている。
ウサギやシカ、サル、イノシシ、クマやほかの獣たち。
森で暮らす獣は、モンスターの襲撃から逃れ、時に戦って生を勝ち取っているのだ。
ほとんどの種がモンスターより弱いため、警戒心の強さはモンスター以上。
元3級冒険者で斥候のエンゾも勝手が違って苦労しているようだ。
「ここで休憩。警戒は忘れニャいように」
チラッとコタローに目を向けるニナ。
コタローとオオカミたちがいるが、自分たちでも警戒するようにと言いたいようだ。
犬頼りでは一人前の狩人とは言えない。狩人のプライドである。同行するマルクは犬人族だが。
「アオーンッ! どうだコタロー?」
今度はイケただろうとばかりにコタローに目を向けるエンゾ。
コタローはふるふると首を振る。なにいってるかわからないわ、それじゃだめねえんぞ、とばかりに。
「ぜんぜんダメじゃニャいかニャ。エンゾ、こう。ニャオーンッ!」
続けてニナが吠えるが、明らかに違う。
ドヤ顔のニナに、コタローはワフッと呆れたように吠えるだけだった。ぜんぜんだめよ、にな、とでも言いたいようだ。
狩りの休憩中、人間たちは遠吠えの練習をしていた。
ホウジョウ村にはコタローと15匹のオオカミたちがいる。
少しでも意思疎通ができれば、早期警戒網が充実するだろうというエンゾの発案である。
「エンゾさんもお母さんも、ちょっと発音が違うと思う。アオーンッ! こんな感じじゃないかな」
マルクの遠吠えにピクリと耳を立てて反応するコタロー。
周囲に散ってじゃれ合っていたオオカミたちも動きを止めて、マルクに目を向ける。
コタローはマルクに近づいて、ガウッ! っと前脚でマルクの足にタッチしていた。
いまのはよかったわ、まるく、つうじたもの、とでも言わんばかりに。
「おお! マルク、やるじゃねえか! これは……練習すればイケるんじゃねえか?」
エンゾに褒められてブンブンと尻尾を振るマルク。
さすが犬人族である。感情がわかりやすい。
犬とオオカミと近い獣人は、発声器官が近いのだろう。いや、そんなわけがない。それではむしろ人間の言葉を話せない。
「マルク、聞きとるほうはどうだ? コタロー、敵が来たって警戒の遠吠えと、異常なしの遠吠えをやってみてくれ」
上機嫌なコタローに告げるエンゾ。
この男、コタローに言葉が通じることをみじんも疑っていない。いまさらである。
エンゾのお願いに応じるように、コタローが二度、大きく吠える。
「俺には違いがわからねえんだが……どうだマルク?」
「えっと、ぜんぜん違いますけど……お母さんは?」
「わからニャい」
「え? なんでだろ、お父さんならわかるのかな」
「今度試してみるか! だがこりゃでけえぞマルク! コタローとオオカミたちの警告がわかるってことだ!」
よくやった、とばかりにマルクの頭を撫でるエンゾ。
マルクは照れくさそうにはにかんでいる。たぶん。
マルクは二足歩行するゴールデンレトリバーであり、表情は読みづらい。
ブンブンと大きく振られる尻尾で、上機嫌なことは一目瞭然だが。
「午後の狩りは中止だ! コタローとオオカミたちに協力してもらって、決め事を作るぞ。でかしたマルク!」
オオカミたちの行動範囲は広い。
ユージが元いた世界のオオカミは、一日8時間は動き続けて、距離にして40km前後も行動するのが当たり前なのだ。
ましてコタロー配下のオオカミは、モンスターの日光狼と土狼。
走る速度は地球のオオカミよりも速く、行動範囲はさらに広い。
その意思が多少なりと遠吠えで聞き取れるなら、エンゾの思惑通り早期警戒網はさらに充実するだろう。
こうして。
いまはホウジョウ村の自警組織である防衛団は、コタロー率いるオオカミたちとさらなる協力体制を築くのだった。
犬人族のマルクの存在は、思ったよりも大きくなるようだ。
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「おらおら、どうしたマルク! そんなんじゃ村人を守れねえぞ!」
ホウジョウ村の訓練場。
と言っても、そこは木も建物もなく、ならされた土の地面が広がるだけの場所である。
そこで、エンゾとマルクが戦闘訓練をしていた。
防衛組織の専属になると宣言したエンゾとマルクの日々の訓練は、これまでよりも激しいものになっていた。
少なくとも村人から「頼れる」と思われなければ話にならない。
マルク、努力の日々である。
木でできた盾と木剣をカンカンとぶつけ合う二人。
いまは一対一の戦闘訓練を行なっているが、日課はそれだけではない。
ニナと元3級冒険者の弓士の指導を受けて、弓矢の訓練。
元冒険者たちに協力してもらって、二対多数で防衛に専念して時間を稼ぐ訓練。
エンゾの嫁のイヴォンヌに読みあげてもらって、集団戦の教本の内容を理解すべく頭を働かせる。
マルクはさらに、コタローとオオカミたちに交じって遠吠えによるコミュニケーションの練習も行なっている。
元3級冒険者たちのリーダー・ブレーズが立候補した村長と違って、村が発展してから創られる警備隊に所属するには領主の許可が必要となる。
隊長を希望するエンゾには、個人の戦闘力だけではなく、統率力や事務能力も。
もちろん隊員になりたいマルクにも、戦闘力や事務能力は必須だ。
二人は来るべき時に向けて、訓練や勉強に励んでいるのだった。
「うっし、今日の訓練はここまでにするか。マルク、だいぶ腕を上げてきたな」
「ありがとうございます! エンゾさんが訓練に付き合ってくれるし、弓はお母さんが教えてくれるし、それに……」
チラッと広場の端に目を向けるマルク。
そこには、一匹の日光狼と四匹の土狼が並んでいた。
元ボスでも番を見つけた日光狼でもない、もう一匹の日光狼がリーダーらしい五匹のオオカミたち。
最近マルクは、この五匹と行動を共にすることが多かった。
コタローの指示である。
マルクと五匹で一つのチームのつもりらしい。
マルク、いつの間にかコタローの配下扱いである。
「はは、すっかり懐かれちまったな。まあいいんじゃねえか? それでマルク、どうだ、みんなからもらった胸当ては」
「はい、軽くて頑丈で動きやすくて、すごくいいです!」
「そいつは良かった。成人の祝いだからな、何にするか迷ったんだがよ」
手で胸当ての感触を確かめて、マルクは口元を綻ばせる。
ユージ指示のもと、掲示板住人や元の世界の知識を利用して鍛冶師たちが腕を振るったマルクの胸当て。
プレゼントされて以降、マルクはほとんどの時間、その胸当てを着込んでいた。気に入っているらしい。
「その出来なら俺も欲しいんだがなあ」
「あ、じゃあユージさんに言ってみたらどうですか?」
「そのつもりなんだがよ……最近、ユージさんがまたちょっとおかしくてな」
「え? ああ、あれじゃないですか。収穫祭が終わって、代官さまから教えられることが多いから」
「そんな感じでもねえんだよなあ。むしろなんか嬉しそうでな。時々一人でニヤニヤしてんだよ」
「はあ……」
それいつものことじゃね? と思ったマルクだが、口には出さない。
マルクはもう大人なのだ。
「とれいらあ? ってヤツを見たらしいんだがな。それが何かはさっぱりだ。まあもう二、三日続くようなら、俺かブレーズかケビンさんが正気に戻すさ」
「大変ですねえ……」
エンゾ、だいぶ失礼な言いようである。まあ仕方あるまい。事実なので。
秋の終わり、どうやらユージはテスト開催のキャンプオフで公開された、映画のトレーラー映像を見たらしい。
完成度の高さか、あるいは自分の話が映画化した喜びか、ようやく実感がわいてきたのか。
ユージ、外で思わずニヤつくほど喜んでいるらしい。
「おいおいマルク、他人事じゃねえぞ? ユージさんが文官になって、俺たちが警備隊に入れたらユージさんと一緒に仕事することが増えるんだからな?」
「が、がんばりま、うわっぷ!」
怯みつつも意気込むマルクに、訓練を見つめていた五匹のオオカミがじゃれつく。
おわったの? ねえねえ、くんれんおわったの? じゃああそぼ? そとにいく? さけぶれんしゅう? とばかりに。
モテモテである。オオカミたちに。
まあマルクはすでにホウジョウ村の針子の一人に狙われているのだが。
秋の収穫祭で、ホウジョウ村の村人として初めて成人を迎えたマルク。
いまは防衛団の一員として、狩人として。
ゆくゆくは警備隊の一員になるために。
訓練の日々は続く。
ひとまず、オオカミたちとは良好な関係を築けているようだ。
いつの間にかコタロー配下に組み込まれ、早期警戒網を担う中心人物として。
ええっと、予定の半分しか入らなかったので明日も閑話です。
次話、明日18時投稿予定!





