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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 16

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閑話20-40 二度目のテスト開催となった秋のキャンプオフ当日part2

副題の「20-40」は、この閑話が第二十章 終了後で「39」の話の後、という意味です。

ご注意ください。


 海の中道海浜公園内にあるホテル。

 そのラウンジで、二人が杯を傾けていた。


 目の前にはライトアップされたプールと芝生のガーデン。

 夜になると、ラウンジは雰囲気のあるバーになる。

 薄暗く色気のある空間に演出されているが、グラスを手にしているのは二人の男である。

 そこに色っぽさはない。


『キャンプ中なのに呼び出してすまないね』


『いえ。それより、ビジネス英語はできないのですが』


『ああ、かまわないよ。会話が通じればいいんだ』


 一人はユージの話を映画にするプロデューサー。

 今日、キャンプオフで映画のトレーラーを公開する指示を出した男である。

 反応は上々。

 何度も繰り返し流された映像は、参加者の目を独占していた。

 あと掲示板の話題も。

 一仕事終えた初老の男は、バーに一人の男を呼び出したのだった。


『それで、どうされたんですか? 何か用事でも?』


『ああ。君を見ていていくつか伝えたいことがあってね。なに、緊張することはない。歳上の人間からのおせっかいだと思ってくれ、カミヤくん』


『光栄です』


 プロデューサーと話をしているのは神谷忠司。

 テスト開催のキャンプオフを仕切ったクールなニートである。

 この男、ビジネスではない程度の英語であれば話せるようだ。

 なにしろいわゆる『旧帝』の大学出身で、東京にある外資系コンサル会社に勤めていた元エリートなのだ。

 それなりに英語はできるらしい。


 出店していた企業は営業を終えて、BBQも終わった。

 いまは海浜公園が今年からはじめた宿泊用のキャンプサイトで、参加者たちが静かに語らっているところである。

 対面で、ネット上で。

 問題があれば対処するが、今日のプログラムは終わっている。

 何かあれば連絡するように事務局メンバーに告げて、クールなニートはプロデューサーの誘いに応じたのだった。


 会話が途切れ、カランと氷の音が鳴る。

 やがて初老の男が口を開く。


『私の若い頃を見ているようでね。何事も自分がやらなければ落ち着かないし、自分がやったほうが速い。そうだろう?』


『……はい』


『最初はね、あるいは小さい仕事しかやらない時はそれでいい。だが、やがて限界が来る。カミヤくんも気づいているのでは?』


『ええ。俺は人に任せられなかった。今回のテストの結果を見ると、この前の春のキャンプオフも二箇所開催できたと思うんです』


『まあそれは結果論だろうがね。それに……サクラさんから聞いているよ。継続して支援を続けたいから、キャンプオフは参加費を取らずに企業の出店でまかなおうとしていると』


『はい、そのつもりです』


『今回の収支はどうだった? 私が見るに、かなりの赤字じゃないかな?』


『その通りです。さすがですね』


『国が変わればコストが違う。それでもアメリカと日本なら、そう大きくは変わらないよ。場所代や食材は日本のほうが高いかもしれない。そう考えれば推測はできる』


『今回は大きく赤字です。交通費を考えなくても』


『だろうね。だから話をしたいと思ったんだ』


『え?』


『カミヤくん。君が、ユージさんが大切にしているものはなんだい? 譲れないものは?』


『ひきこもりとニートを支援することです。彼らが負担に思わず気軽に参加できるように。それを継続できるように』


『うん、それはそれでいい。だが、今回と同じ規模は続けられないだろう? まあユージくんは映画の収入を提供するだろうし、それがあれば問題ないだろうが』


『ですがそれは……』


『そう、君は良しとしないと思ったよ。アメリカでは個人の寄付で成り立つ団体も少なくないのだがね』


『寄付に頼りたくないのが正直なところです。ユージや、いつかキャンプオフの参加者が社会に出た時に、というのも考えましたが……それではいつ途切れてもおかしくないですから』


『そうした日本人の考え方はサクラさんから聞かされたよ。それはそれとして、だ。譲れないものがあるんだろう? ユージくんにも君にも、君の仲間にも』


『はい』


『では、その譲れないものを第一に考えなさい。そして、譲れる箇所をコントロールしていきなさい』


 ぐっと身を乗り出し、目を合わせて語るプロデューサー。

 クールなニートもマジメな表情で話を聞いている。

 数十億円を動かす男の話である。

 意識高い系じゃなくても傾聴するだろう。


『今回のような赤字を続ければ継続できない。だが、続けることは譲れない。ならばどうするか。「ひきこもり」や「ニート」が気軽に参加できるという条件をクリアしたうえで、どうやってお金を集めるかだ』


『彼らが必要とする企業の出店は限界がありました。それに参加費は取りたくありません。あとは……』


『他にいくらでも方法はある。例えば、映画のプロデューサーとしての私に提案する。ここでトレーラーを流せば話題になりますよ、広告費を出しませんか』


 プロデューサーが手を開き、親指を内側に曲げる。


『例えば、費用を取って独占でメディアを入れる。まあこれはイヤだろうがね。例えば参加者の保護者からお金を取る、あるいは州……ではないのか。自治体に支援事業として話を持ちかける。キャンプ会場に話を持っていって広告としてのメリットを語り、コストを抑える。機材や食材を提供してくれる会社もあるかもしれない。大きな企業ほど「こんな社会貢献をしていますよ」と言いたがるものだ』


 一つ、また一つと指が内側に折り曲げられていく。

 クールなニートは、黙って話を聞いていた。


『「お金を出したから」と口を出されるのを嫌ったのだろう? これまでののんびりしたBBQとキャンプではなくなると』


『はい。それに、参加者から金儲けのためだと誤解される恐れもありました』


『気持ちはわかる。実際、BBQもキャンプファイヤーもいい雰囲気だったよ。騒がしくはなかったが、それもまた彼らの楽しみ方なのだろう。ジョージくんに見せてもらったネットは盛り上がっていたしね』


『ありがとうございます』


『だからこそ、だ。譲れないことを明確にして、譲れる部分を君がコントロールするんだ。継続していきたいんだろう?』


 プロデューサーの問いかけに、クールなニートの答えはない。

 答えに詰まっているわけではない。

 クールなニートは、ひたすら思考を巡らせていたのだ。

 譲れないこと、譲れること、どうやってお金を引っ張ってくるか。


『ゆっくり考えたまえ。次回、春のキャンプオフ。それから来年の秋は、映画という大きな武器もあるのだから。何かあれば質問してくるといい』


『なぜそこまで?』


『簡単なことだよ。とりあえず来年の秋。このキャンプオフを開催してくれないか? 映画は秋に公開する予定でね、キャンプオフで先行上映したいんだ』


『え?』


『世界最速で公開されるのは、ユージくんの力になった掲示板住人たちの前で。話題になりそうだろう? なに、開催費用は心配しなくていい。広告宣伝費としてこちらで持とう。スクリーンも音響設備も必要だからね』


『来年の秋……』


『そう、来年の秋。私が言い出してもうまくいかないだろうから、そこはカミヤくんに任せたい。開催費はこちらで持つし、秋のキャンプオフ以外の相談にも乗ろう。こう見えて、なかなかのプロデューサーなんだよ?』


『ありがとうございます。それと、なかなかではなく一流だと思いますが』


 おどけて言うプロデューサーのジョークに乗ることなく返すクールなニート。

 冷たい男である。


『ありがとう。なぜそこまで、と言っていたね。理由はもう一つ。私もユージくんに影響されたのだろう』


『影響、ですか?』


『ああ。ユージくんを見ていてね……応援したくなったんだ。ユージくんも、君たちも』


『それは……あるかもしれませんね。俺たちがやってるキャンプオフもNPOも、元はそういう気持ちがきっかけですから』


『不思議なものだ。ユージくんはヒーローでもマッチョでもないのにな』


『はは、アメリカ人からしたらそうかもしれませんね』


 グラスを手に笑い合う二人。

 語り合ったことで距離が縮まったのかもしれない。

 一方はエリート街道からの脱落者で、一方はハリウッドでも名うてのプロデューサーなのだが。


『カミヤくん、仲間に譲れないことを示して、実務はどんどん仲間に任せたまえ。指針を示して決断する。それがリーダーの仕事だよ』


『わかってはいるんですけどね。実は一度、それで潰れてるんです。全部自分でやって、どれも手を抜かないで』


『ああ、私も若い頃はそうだった。いまがいい機会だろう。春のキャンプはともかく……秋、私たちと一緒にやるキャンプは、一人で仕切るのは不可能だ』


『……そんな規模ですか?』


『そんな規模だ』


 はっきりと頷くプロデューサーに、クールなニートの顔が引きつる。

 それも当然である。

 ユージの話の映画。

 アメリカでも日本でも話題になりつつあるその映画を、秋にキャンプオフを開いて先行上映する。

 しかも、ハリウッドのプロデューサーが『一人ではまわせない』というほどの規模で。

 クールなニートは、仕事量を想像してしまったようだ。


『がんばりたまえ、カミヤくん。ユージくんだってあれほどの成長を見せたんだ。君たちはもっと成長できるだろう?』


『そう、ですね。ユージに負けるわけにはいきません』


 それを言われたら、掲示板住人たちはそう答えるしかない。

 10年間引きニートだったユージは、いまや外に出て普通に活動をしてモンスターを倒し、村の開発の指揮をとり、文官として働いている。

 成長である。

 「あのユージでさえできるんだ」は、掲示板住人たちの共通の思いだろう。古参であればあるほど。



 二回目となったテスト開催のキャンプオフ。

 宇都宮と福岡、二箇所同時開催は問題なく終了した。

 次回の春も、場所は未定だが複数箇所で開催されるようだ。


 そして。

 事務局は、さっそく春のキャンプオフと、三回目となる秋のキャンプオフ開催に向けて動き出すのだった。

 来年の秋。

 ユージの映画が公開される。

 最速は、秋のキャンプオフで。

 サクラが社長でユージの肖像権などを管理する会社も、NPOも、これからさらに忙しくなっていくようだ。


 ユージ本人は、冬はヒマだなーなどと異世界でのんびりしていたが。

 どうやら一番暢気なのはユージ本人であるらしい。



ということでキャンプオフ当日の出来事ですが、

いつもとちょっと違うテイストでした。

キャンプオフ自体は前回とほぼ同じ内容なので……


次話は明日18時投稿予定で、今回の閑話シリーズのラスト。

異世界サイドです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] クールなニートは超優秀なのにそれを鼻にかけたり偉ぶらないのが好感持てる [一言] ここにきておじいちゃん敏腕Pが先達としてクールなニートを気にかけるのは個人的に盛り上がる うまーく歯車が…
[良い点] いい話で泣いた
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