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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 16

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閑話20-39 ユージの妹サクラ、秋のテストキャンプオフに参加することを決める

副題の「20-39」は、この閑話が第二十章 終了後という意味です。

ご注意ください。


『お兄ちゃんが事務仕事、ねえ……』


『サクラ、人は成長するものだよ。ほら、ボクたちのベイビーだって!』


 アメリカ、ロサンゼルスにある一軒の家。

 リビングで密着しているのはユージの妹のサクラ。

 その横ではサクラの夫のジョージが、つかまり立ちする子供に手を添えていた。

 転んでも支えられるように。


 季節は秋。

 二人の子供は一才すぎである。


『あらあら、もう立ち上がっちゃって。ちょっと早いのかしらね?』


『何しろボクたちのベイビーだからね! 天才なんだよ!』


『ふふ、もうジョージったら』


 親バカである。

 一才前後でのつかまり立ちは、むしろ標準ぐらいである。

 そのベイビーはぷっくりとした手でソファのフチを掴んで、だあだあ言っていた。

 まだ言葉は出ないようだ。

 パパが先かママが先か、ジョージとサクラは競い合うように教え込んでいた。

 間違っても『ユージ』ではないだろう。発音も難しいので。


『ふふ、あっという間に大きくなったわね』


『ああ、ウチの子たちが小さかった頃を思い出すな』


『あの頃は大変だったわあ。私もあなたも駆け出しで』


『二人して、子供を抱えながら家で仕事していたものだ。今となってはいい思い出か』


『ふふ、ほんとねえ』


 ジョージとサクラ、ベイビーを目を細めて見つめているのは、プロデューサーと脚本家の老夫婦。

 ユージの物語が映画になる。

 知り合った初老の夫婦と、サクラたちはすっかり仲良くなっていた。

 子供が小さいためサクラはまだ自由に動きまわれない。

 家で打ち合わせを繰り返すうち、こうして何もないときも遊びに来るようになったのだった。


『そういえばルイス、ケイトさんとはどうなんだ? やり取りしてるんだろう?』


『えっと、うん』


『あらあら、そうなの。まあ、顔が真っ赤よ! 若いわねえ』


 この場にいるのはあと一人。

 ジョージの友人でCGクリエイターのルイスである。

 結果的に独身貴族だったルイスは、稀人・キースの子孫でピッツバーグに暮らすケイトと出会った。

 日本への旅行を通じて、二人は親しくなったようだ。

 ルイス、春は近いのかもしれない。

 ユージと違って。


『ボクの仕事がやっと落ち着いたから、今度、どこか行こうって』


『あらあらあら! よかったわねえ』


『ルイス、どうするんだ? ピッツバーグまで行くのか?』


『いやそれが、また日本に行きませんかって誘われてて』


『すごいじゃないルイスくん! いきなり海外旅行かあ……ケイトはずいぶん積極的なのね』


『よし、ルイスくん。仕事のことはなんとかしよう。すぐ発つといい』


『あなた、ケイトさんの都合もありますから。でもルイスくん、このチャンスを逃しちゃダメよ!』


 ルイス、まわりの勢いにたじたじである。

 仕事の時はクリエイターらしい感性でガンガン主張するクセに。

 だが。


『いや、あの、またみんなでって話なんだけど』


『……そっか』


『その、すまんルイス』


『ま、まあほら、みんなで行こうってことはルイスくんも含めてのことじゃない! だからほら、ね?』


 何が『ね?』なのか。

 脚本家の婦人の言葉にルイスは薄笑いを浮かべる。

 モテない男の切なさよ。

 間違いなくルイスはユージとわかり合えることだろう。


『その、仕事の状況はどうなんですか? ルイスくんは落ち着いたって言ってましたけど』


『サクラさん、ルイスくんの仕事は調整できるだろう。撮影は終わって、おおよその編集も終わった。まだ加工や調整、細かな修正は残っているが、完成が見えたところだよ』


『うわあ、はやく見たい!』


『はは、間もなく第一弾のティザーが上がるから、その時に見せよう』


『落ち着いて、サクラ。ほら、ベイビーが驚いてるじゃないか。ねー』


 サクラの大声に、ジョージの足の間にいたベイビーがビクッと固まる。

 なんでもないよー、とばかりにベイビーをあやすジョージ。

 すっかり手慣れたものである。


『ルイスくん、このタイミングなら行けるんじゃないかしら? 日本でだって作業はできるんだもの。ほら、もう宇都宮に家を買ったんでしょう?』


『あ、はい。もうパソコンも入ってて、セッティングも終わってます。ボクがいない時の家の管理は、サクラさんの会社にお願いしたんです』


『昨今は飛行機の中でもWi-Fiが繋がるからな。ルイスくん、向こうでも作業できるようならいつ発っても問題ない。そうか、日本か……』


『うーん、じゃあ行こうかな』


『あ! ねえジョージ、私たちも一緒に行かない? ほら、秋のキャンプオフがあるじゃない!』


『サクラ……ルイス、どうなんだ? 二人きりでと誘わないのか?』


『その、みんな一緒にって言われたし、できれば一緒に行ってくれると……』


 ルイス、目が死んでいる。

 とはいえ、デートもしないうちから二人で海外旅行はさすがにハードルが高すぎるだろう。

 いかに宇都宮に自分の別宅があって、頼れる友人がいるとしても。

 普通はOKしない。ケイトはビッチではないのだ。たぶん。


『あなた? 何を考えてるの?』


『こちらのプロモーションが順調だからな。アメリカを部下に任せて、私は日本へプロモーションに行こうかと思っている』


『ふうん? それだけじゃないでしょう? 何か企んでる顔よ?』


『うむ。テストのための開催ということだが、ここ2年は秋にキャンプオフを行なっているだろう? となれば、来年秋にやってもおかしくない』


『そうですね、けっきょく今年の春は二箇所開催は断念して、この秋にテスト開催だそうです。来年秋にまた何かやってもおかしくないと思いますよ』


 春に開催された第四回キャンプオフ。

 去年の秋にテストした通り、キャンプオフには企業の出店もあった。

 服屋としてユニク○、美容師チーム、靴屋が清水公園のキャンプ場に並び、今年もけっこうな売上を記録していた。

 なにしろ参加者が二百人を超えていたので。


 膨らんでいった参加者数、企業からの出店料も取る。

 失敗が許されない状況で、クールなニートは一箇所での開催に変更を決めていた。

 ノウハウも運営側の人も足りないという判断である。

 そのため、この秋に二箇所同時開催のテストをすることになっていたのだ。 


『サクラさんもそう思うか。映画の公開をいつにするか、実はまだ最終決定をしていなくてね。7月か8月、サマーバケーションに合わせるかと思っていたのだが……キャンプオフが来年秋にもできるなら』


『あらあら。ほらあなた、後でゆっくり考えなさい。今日は仕事じゃないんだから』


『ああうむ、すまない』


『いえ、気にしないでください。秋公開、それに合わせてキャンプオフ。それができたら、お兄ちゃんも掲示板でお兄ちゃんがお世話になった人たちも、喜ぶと思います!』


『ふむ、日本のメディアにも乗りやすい、か……』


 アゴに手を当てて考え込むプロデューサー。

 撮影とCG製作はやや遅れたものの、宣伝は順調。

 アメリカではすでに買い手がついて、日本でも数社が名乗りを上げている。

 ユージの話を検証するドキュメント番組は、すでに四回が放送された。

 アメリカでも日本でも反響は大きい。

 放っておいても映画の買い手はつくだろう。


『あとはプロモーションか。ルイスくん、私たちも日本に行こう。おまえも、ひさしぶりにいいだろう?』


『あらあら。じゃあご一緒しようかしら。大丈夫ルイスくん、邪魔しないから、ね?』


 脚本家のウィンクに顔を引きつらせるルイス。

 どう考えても『あとは若いお二人で』などとやられるコースである。世話焼きおばさんである。ウザい。

 ウザいが、ルイスのように奥手な人間にはありがたいことだろう。ホウジョウ村にはいない。ユージ。


『ジョージはどう?』


『ボクらも行こうか! サクラの友達にボクたちのベイビーをまた自慢しなきゃね! それに……親友の恋を応援したいじゃないか』


『ふふ、そうね。じゃあルイスくん、みんな行くからケイトを誘っておいてね!』


『うっ。サ、サクラさんにお願いしても……』


『ダメよ! 自分で誘わなくちゃ!』


『ダメよ! もう、最近の若い子ったら、もう!』


 女性陣の同時ダメ出しである。ウザい。ウザいが、必要なアドバイスである。ホウジョウ村にはいない。まだ若い開拓地、ほとんどが若者である。ユージ。


『よし、わかりました!』


『ルイスくん、パソコンは忘れないようにな。作業は発生するだろうから』


『もちろんです。日本のボクの家はもうネットも繋がりますし、必要ならSkyp○使いながらやり取りしますよ!』


 最終調整は、時に話し合いながら修正を行うこともある。

 だが、現代ではネット回線さえ繋がれば、テレビ電話しながらイジることも可能だ。

 そう、iPhon○ならね。

 違う、さすがに不可能だ。

 同じリンゴの会社でも、移動中に使うのはなんちゃらブックのほうである。プロのほうである。


『ルイスくん、でも仕事にかかりっきりでケイトを放っておかないようにね!』


『うっ……はーい』


 ルイス、たじたじである。

 ハリウッドで活躍する一流のCGクリエイターであっても、恋人をクリエイトするのは難しいらしい。三次元では。3Dなら余裕である。


『よし、じゃあみんなで日本ツアーね! あ、そういえば、映画ってどこまでのお話をやるんですか? お兄ちゃん、この間も小旅行してたし』


『そうねえ、ナイショにしたいところだけど。いまほぼ終わってるってことは秘密にするまでもないわね』


『あ、じゃあリザードマンは出ないのね……かわいかったのに』


 脚本家の言葉にちょっと残念そうなサクラ。この女、どうやら爬虫類もイケるタイプのようだ。


『そうだねサクラ。それに国の話や「六宗家」みたいな気になる単語も出てきたのに、それもナシか』


『なに言ってるのサクラさん、ジョージ! ここはアメリカ、ハリウッドだよ?』


『え?』


『どうしたルイス? それはわかってるが』


『つまり……売れたら続編を作るに決まってるじゃないか! 三部作もありだよね!』


『え? ルイスくん?』


『そうか、ルイス、それがあったか。はは、何度もポスターを作ってきたのに思いつかないなんて』


『うふふ、あるかもしれないわね。お話のネタはたくさんもらったもの。ねえあなた?』


『うむ。予想では作れるだろうが、こればかりはなんともな』


『きっと作れるよ! だって、まだ……』


『まだ? ルイスくん、どうしたの?』


『……まだゾンビが出てきてないじゃないか!』


 バッと立ち上がって主張するルイス。

 サクラはポカンと口を開けている。あとベイビーも。

 大丈夫かしらこの人、とかわいそうなものを見るような目でルイスを見つめるサクラ。

 ふと気づいて、目線を動かす。

 ジョージも、プロデューサーと脚本家の夫婦も。

 うんうん、とばかりに頷いていた。


『はあ、もう、アメリカ人って…………走るタイプは邪道よ?』


 サクラ、すっかりアメリカ人であるようだ。

 ゾンビに興味がないのは、二人の子供だけである。

 いまのところ。



 アメリカ、ロサンゼルス郊外の一軒の家。

 この後ものんびりゾンビ談義を続けながら、サクラたちやルイス、初老の夫婦、稀人・キースの子孫のケイトの日本行きが決まるのだった。

 せっかくだから、ということでテスト開催のキャンプオフの参加も。

 慣れない事務仕事に悪戦苦闘するユージも、暢気に日本行きを決めるアメリカ組も。

 どちらの世界も、この秋は平和であるようだ。


次話、明日18時投稿予定です!

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[一言] ゾンビは出てきません、永遠に。たぶん。 www
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