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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 16

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閑話20-35 シャルルくん、夏休みが終わって学校に行く

副題の「20-35」は、この閑話が第二十章 三十五話終了ごろという意味です。

ご注意ください。


「甘いわシャルル! 儂を舐めるなよ!」


「くっ、これでも魔法が使えるなんて! あつっ!」


 王都・リヴィエールにあるバスチアンの屋敷、その訓練場。

 そこで、赤髪の二人が訓練を行なっていた。


 一人は袖を引きちぎったようなローブをまとって、指に紅い宝玉が光る指輪をはめている。左右の手には、わずかに青く光る二振りの小剣。

 もう一人は革鎧に円盾、小剣と、まるで冒険者のようなスタイル。

 バスチアンとシャルルである。


 夏休みの最終日。

 成長を見てやろうと言い出したバスチアンとシャルルの、魔法ありの模擬戦であった。


「そこまでにしましょう。シャルル様、傷を見せてください」


「まだお祖父さまには勝てないか……フェルナン、火傷にはなってないよ。大丈夫」


 武器あり、魔法ありの模擬戦。

 さらにここには二人の他に、それぞれが信頼する従者しかいない。

 シャルルは魔眼もありで戦っていた。


「うむ、やはり魔眼は強力じゃ。じゃがそれに頼り切ってはいかん。まだまだ訓練が必要じゃな」


「はい、お祖父さま」


 魔眼は魔素が見えるうえに、魔法を離れた場所で発動できる。

 しかもシャルルは夏の間のパワーレベリングの旅で、アリスの魔法を強化すること、逆にアリスの魔法を阻害することを覚えていた。

 発動した魔法の、魔素を散らす。

 『魔眼』の名にふさわしいそれで、シャルルはバスチアンに対抗しようとしていたのだ。

 実際、バスチアンが放った火魔法はことごとく無効化できた。

 だが。


「魔素が乱されるなら、もう一度魔素を操作すればよい。儂の身から離さぬ『炎の腕』と『炎の剣』には対抗できなかったようじゃな」


「さすが『赤熱卿』です。ありがとうございますお祖父さま、いい勉強になりました」


「うむうむ、そうじゃろうそうじゃろう!」


 孫に褒められてデレるバスチアン。爺バカである。


「シャルル、どんな魔法使いでもこれができるわけではない! 儂のような熟練の魔法使いだけじゃからな! 儂のような!」


「旦那さま、そろそろお時間です。支度に向かいませんと」


「む、もうそんな時間か。ではシャルル、鍛錬を怠らぬように! 明日は学校まで見送りに行くからの!」


 鼻を高くするバスチアンに、そっと退場を促す執事のフェルナン。

 長年仕えてきた男は、爺バカな男の扱い方も覚えてきたらしい。

 バスチアンは名残惜しそうに訓練場を去っていった。

 あとに残されたのは、一組の主従のみ。


「魔眼に頼り過ぎないように、か。ドニ、訓練に付き合ってくれるかな? ボクがいない間、ドニも鍛えてたんだろ?」


「はい、シャルル様。ではお相手します」


 隻眼の狼人族の男がすっと前に出る。

 アンフォレ村から少年とともに暮らしてきたドニ。

 右腕は傷つけられて、左手のいくつかの指と片目は失われた。

 それでもドニは、新たな武器を手に戦闘技術を磨いている。

 魔法なしの模擬戦であれば、いまだにシャルルは負け続けていた。

 なにしろ足は無傷で、狼人族最大の武器であるスピードは健在なので。

 シャルルが『獣神』の家系、獅子人族のダヴィドに模擬戦で対抗できたのはドニとの訓練の成果である。


 相手を変えて訓練を再開するシャルル。

 夏休みが終わり、明日からは全寮制の上級学校が再開する。

 シャルルは一夏の冒険を終えるのだった。

 ちなみに。

 夏休み最終日だが、すでに宿題は片付いている。

 優秀な少年であった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ジェラルド、ひさしぶり」


「ああ、ひさしぶり。シャルルは……問題なさそうだな」


「え?」


「だあああ、意味わかんねー! なんだよこれ!」


「ダヴィド? ジェラルド、どうしてダヴィドがここに?」


 貴族や優秀な平民が通う上級学校は全寮制となっている。

 夏休み明け初日で荷物があるため、シャルルは登校後、まず自分の部屋を訪れていた。

 寮は二名一組の相部屋。

 シャルルと同室なのは、学年トップの成績で入学した平民のジェラルド。

 だが今朝はもう一人、学生がいた。


 バリバリと豊かなたてがみを掻きむしってのけぞる男。

 よっぽど苦労しているのか、フーフーッと息は荒くしかめっ面。

 不機嫌を顔に張り付けた獅子である。

 ユージが見たら、息を潜めて隠れることだろう。漏らしはしない。たぶん。


「ああ、ダヴィドは宿題をやってなくてな。俺は昨日から寮に戻ってたんだけど……今朝早く、飛び込んできたんだ」


「おいジェラルド、シャルル! なんでこんなんわかるんだ!」


「なんでって……一学期の復習で、テストより簡単な内容だから普通にできると思うけど?」


「くっそ、シャルルは俺より入学試験悪かったんじゃねーのかよ! 裏切り者!」


「いや、ボクは体が弱くて、みんなより遅く勉強をはじめたから」


 上級学校の寮は成績順に割り振られる。

 一年次は入学試験の結果を見て、まず貴族を上から順に。次に平民を上から順に。

 つまり、貴族と平民が同室なシャルルは貴族の中でビリの成績だったのだ。

 いま宿題に苦戦している獅子人族のダヴィドが言う通り。


「ダヴィド……もう諦めろ。そろそろ時間だ」


「待て、待ってくれ! 宿題を出さなかったら居残りだって言われてんだ!」


「もう遅いよダヴィド。自業自得だね」


 勉強道具と宿題が入ったカバンを肩から提げて。

 二人の少年が獅子の腕を掴む。ふっさふさのたてがみが頬をくすぐる。

 観念したように連行されるダヴィド。

 ダヴィドの背嚢には勉強道具といくつかの終わった宿題が入っている。もちろん、終わっていない数々の宿題も。

 ダヴィドはへにゃんと尻尾を垂らして。

 それぞれの二学期がはじまるようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 夏休みが明けて初日、始業式を終えた放課後。

 教室には二つの人だかりができていた。


 一つは教壇前。

 宿題を終えられなかったダヴィドが、教師陣に取り囲まれていた。

 肩を落としてしょんぼりとした獅子人族の男は、そのまま職員室へ連行されていく。

 初めての長期休みだったということもあり、もう少しだけ提出を待ってもらえるらしい。

 ダヴィドは居残りで夏休みの宿題をやることになるようだ。

 職員室内で、監視付きで。


 もう一つは、シャルルの席だった。


「ちょっ、みんな近いって」


「何かしらこの服。初めて見たデザイン」

「私も初めて見ましたわ。ええ、なかなか良いですわね」

「シャルルくん、これどこの商会で売り出したの? ウワサも入ってきてないんだけど」

「手触りもいい。ついでに触っちゃお」

「一学期にはなかった。この夏に買ったってことね」


 同じクラスの女性たちである。

 見慣れない服を着てきたシャルルを取り囲んで品評している。

 近い。

 というか、ペタペタと触られている。生地を確かめるために。

 一人、ズボンを触るついでにタッチしていたが、生地を確かめるためである。ショタ好きではない。そもそも同年代だ。


「ジェラルド!」


「すまん、俺には助けられない。シャルル、先に帰ってる」


 8人ばかりの女子生徒に囲まれたシャルルを置いて、教室を出ていくジェラルド。

 仕方のないことである。

 ここに突っ込める男はいない。ましてや12、13才で。


「シャルルくん、それでどこの商会で買ったの? ううん、あの子が知らないんだもの、針子の工房に直接?」


「えっと、これはゲガス商会から。お祖父さまが前の会頭のゲガスと仲が良かったみたいで、遅れたけど入学祝いとして新作を……」


 シャルルが着ているのは、ホウジョウ村でケビン商会の針子たちが作った制服風ブレザーである。

 だが、シャルルがホウジョウ村に行ったことは秘密であり、ユージが提供した稀人の知識も秘密。

 ということで、公式にはシャルルが話した感じで行くようだ。

 ゲガス商会とバスチアンには連絡があり、すでに話は通っている。


「ゲガス商会! それじゃ情報がなくてもしょうがないわね。あそこ、いっつもどこかわからない場所から仕入れてくるんだもの」

「ちょっと、ゲガス商会じゃすぐ売り切れちゃうんじゃない? 物はいいけど品数が少ないのよね」

「シャルルくん、ちょっと脱いでくれない? 服、そうよ、服が見たいの」

「『血塗れゲガス』が引退しても健在かあ。ウチもがんばらなくちゃ!」


「えっと、もういいかな? あ、そうだ。男のだけじゃなくて、女性向けも開発したみたいだよ」


 シャルルの言葉を聞いて、バッと離れる女子生徒たち。

 無言でたがいに目配せをして、そそくさと足早に教室を出ていく。


 シャルルやジェラルド、ダヴィド同様に、女子生徒も全寮制である。

 貴族も通う学校であり、生徒たちの安全を確保するために自由には校外に出られない。

 実家への宿泊も買い物も事前申請をして許可を得てから。


 これまでにない新しいデザインの服を見て。

 女子生徒たちは、さっそく外出を申請するのだった。

 ある者など同時に実家に手紙を書いて、ゲガス商会を呼び出してほしいとお願いしている。

 いつの時代もどんな世界でも、女性は流行に敏感であるようだ。

 もしこの様子を見ていたら、ケビンはほくそ笑んでいたことだろう。

 封建制の社会において『侯爵の孫』という存在の宣伝効果は絶大らしい。


「はあ、初日から大変だった……隠し通路を探すのは、今日は無理かなあ」


 ポツリと呟くシャルル。

 王都の上級学校は、初代国王の父で稀人のテッサの発案である。

 とうぜん、シャルルが見つけ出した古い羊皮紙にも印があった。

 王都の地下を走る、水路への入り口の。


 ホウジョウ村から帰ってきてから、多くの時間を地下水路の探索に費やしたシャルル。

 少年の夏の冒険は、まだ終わらないようだ。



次話、明日18時投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 人当たりが良く魔法も使える侯爵家の御曹司 超優良物件ですなぁ…ニチャァ
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