閑話20-29 シャルルくん、夏休みの最後は探索をして過ごす
副題の「20-29」は、この閑話が第二十章 二十九話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
「最初の土壁、古い貴族街……あった、これだ。こっちの羊皮紙は王都のウチの屋敷。増築した場所が書いてないから、古い図で……じゃあたぶんこの印が」
「シャルル様、目当ての物は見つかりましたか?」
「うん、ドニ。たぶんコレだ。この家の初代はテッサ様の嫁。古い書物は王都の館じゃなくてこっちにあるって聞いてたけど……うん、予想以上の収穫だったよ」
「それはよかったです。明日は王都へ帰りますから、そろそろ支度を」
「うん。ふふ、ドニはフェルナンみたいになってきたね」
「護衛だけじゃついていける場所は決まってますから。執事のように振る舞えれば、ほとんどの場所についていけるとフェルナンさんが」
「そうだね、うん。ボクもそのほうが心強いよ」
ゴルティエ侯爵領にある領主の館。
薄暗い書庫の中で、シャルルは古の書き付けをゴソゴソと漁りまわっていた。
探し物は、初代や二代目が残した書き付け。
300年弱の、時に埋もれた記録である。
「シャルル様、それで羊皮紙にはいったいなんと?」
「ふふ、王都に戻ったら話すよ。お祖父さまとフェルナン、ドニには伝えておきたいから」
赤髪の少年はイタズラっぽく笑う。妹のアリスそっくりの笑顔で。
気を許したシャルルの笑顔に、狼人族のドニは目を細めていた。隻眼となった片方の目を。
「さて、じゃあお祖父さまにお別れの挨拶をしに行こう」
「リザードマンですか。旅をしていた頃、遠目で見かけたことはありましたが……まさか言葉を持つとは」
「意外だよね。でも意思疎通できるってわかったら、かわいいものだったよ」
「いつか俺も会ってみたいものです」
「ドニ、じゃあお祖父さまについていけばいいんじゃない?」
「俺の居場所は、シャルル様の前ですから」
「ドニ……ありがとう」
薄暗い書庫で見つめ合う二人。
距離も近づかないし、何もはじまらない。
単に忠誠心と感謝である。深い意味はない。決して。
ともあれ。
祖父であるバスチアンに挨拶をして、シャルルは王都への帰路につくのだった。
ユージに請われてホウジョウ村に行き、魔眼をユージの役に立てた。
一時、貴族という立場を忘れて、小さな村で祖父とアリスとのびのびと過ごした。
リザードマンとの出会いと、魔法の実戦訓練、位階上げ。
シャルルの夏休みは、充実したものになったようだ。
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「シャルル様、服が汚れます。俺がやりますから」
「いいんだドニ。ボクのほうが体が小さいから……これか!」
王都・リヴィエールに戻ってきたシャルルとドニ。
もちろん二人だけで王都まで戻ってきたわけではない。
使用人や護衛と馬車三台での帰路だった。
何ごともなく到着したシャルルは、荷解きもそこそこに祖父であるバスチアン侯爵の寝室にいた。
暖炉の中に上半身を突っ込んで、ガサゴソと何かを探っている。
と、ガタンと音がする。
「シャルル様?」
「よし! ドニ、松明を準備してきて。それと武器を」
「シャルル様?」
暖炉から上半身を抜いたシャルルが、その場を空けて無言でドニに示す。
暖炉の奥、左側に。
ぽっかりと空間が空いて、下へ向かう階段が現れていた。
「秘密の抜け道だ。お祖父さまから聞いていた隠し通路とも違う、ね」
古ぼけた羊皮紙を手に、自らの発見に目を輝かせるシャルル。
貴族としての勉強をはじめていようと、罪は罪として立場に関係なく罰することを望もうと。
少年は、冒険に胸を躍らせるものらしい。
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「屋敷にこんな場所が……」
「お祖父さまが帰ってきたら案内しないとね」
コツコツと靴音が響く。
暖炉の中の階段は狭く、急だった。
先頭を歩くのは狼人族のドニ。
松明をかざして、何かあれば肉壁になる腹づもりである。
後ろを行くのはシャルル。
二人とも普段着だが、武器は携帯している。
もっとも、火魔法が得意で魔眼持ちのシャルルに武器が必要かどうかは疑問だが。
「シャルル様、その羊皮紙には何が書いてあるんですか? なぜバスチアン様も知らない道をシャルル様が?」
「たぶんこの先ではっきりするから、ちょっと待ってて。ドニ、水音が聞こえたら教えてほしい」
「はあ、そりゃかまいませんが……水音? 隠し通路で?」
階段を降りきった先にあったのは、レンガ作りの通路。
横に二人は並べないほど狭く、先は暗闇が広がっている
引き続き、ドニが前に立って松明をかざす。
ピクピクと、頭の上の三角の耳を動かして。
「……シャルル様。たしかに、水音が聞こえます」
「やっぱり。ドニ、この先は王都の地下を流れる水路に繋がってるんだって」
「王都の地下に? 水路? なぜシャルル様がそれを?」
「エルフのハルさんに教えてもらったんだ。初代国王の父・テッサ様たちが王都を造った時に、地下水路も造ったんだって。いざという時の抜け道として。ほら、ゴルティエ侯爵家の初代はテッサ様の嫁だったから、ウチにもあるだろうと思って」
「……なるほど。それで領都の屋敷の書庫で古い書き付けを探してたんですか」
「うん。お祖父さまは知らない。じゃあどこかで情報が断絶したんだと思ってね。そう思って記録を見たら、発見するのは難しくなかったよ。知らなければなんのことかわからないだろうけど」
小さな声で会話しながらドニとシャルルが進んでいく。
冷静を装っていたが、ドニの尻尾はブンブン振られていた。
隻眼の狼人族も冒険に心躍らせているようだ。
「シャルル様。水音が大きくなってきました」
「うん。もうボクにも聞こえるよ」
ざあざあと水が流れる音。
やがて二人がたどり着いたのは、地下水路にせり出すように広がる小さなスペースだった。
「ここは……?」
「たぶんここから船に乗るんだ」
「船? シャルル様、この暗い場所で?」
「うん。ボクからは言わないけど、限られた人にしか使えない方法があるんだ。ドニ、ほかに道はないかな?」
「少々お待ちを。……シャルル様、水路の反対側に、わずかに歩ける場所があります」
「うーん、初代たちはどうするつもりだったのかなあ。魔法? でも火魔法しか使えなかったって話だし……」
「シャルル様、出直しましょう。ロープを持ってきたほうがいいと思います。俺が跳んでロープを渡して……。それに命綱がないと、この暗い水路に身を落としたら助からないでしょう」
「そうだね、焦ることはないか。お祖父さまが帰ってくるまでに、どこに出られるかは調べておきたいね。それと、この入り口から入れないようにしておかないと」
「……そうですね。仕掛けはこっちから開けられないようになってたとしても、壊されたら主人の寝所に一直線ですから」
「そうだね。今日は、入り口を見つけたのと水路に繋がってるってわかっただけでも収穫だし」
少年と狼の探索。
初日は、こうしてあっさり終わるのだった。
次の日も、その次の日も。
二人は地下水路の探索を続けることになる。
王都の地下深くを走る水路は、古い街並みの下を縦横無尽に張り巡らされていた。まるで迷路のように。
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「お祖父さま、領地のリザードマンたちとの交渉はどうでしたか?」
「うむ、まずは顔合わせのつもりじゃったからな。まあ上々じゃ」
「そうですか、それはよかった。その、後でお話を聞かせてほしいんですけど、ボクからもお話があります」
「うむ。儂の寝所で、ドニと二人、何かしていたと。シャルル、そのじゃな、儂は男色を否定せんが、女性もイケるようにせんと、のちのち……」
バスチアンが不在の間、連日のように寝室にこもるシャルルとドニ。
誰も近づかないようにと厳命されて、しばらく時間が経った後に汚れを拭うお湯を使う。
アウトである。
使用人から見れば、どう考えてもアウトである。
領地から戻ってきたバスチアンの耳に入るのもしょうがないことだろう。
それにしてもバスチアン、バイならありとは心が広い貴族である。
貴族は血を残すことが仕事の一部でもあるので、両刀ならOKらしい。
「お祖父さま! そんなんじゃありませんから!」
「む? そうなのか? シャルルや、珍しいことではないのじゃ。その歳では恥ずかしいかもしれぬが、貴族の中には堂々と男を囲っている者もおる。そうならそうと言ってくれたほうが――」
「違います!」
バスチアンの心が広いのではなく、特に珍しいことではなかったらしい。
まあ実際ユージが元いた世界でも、時代や場所によっては珍しくはなかった。逆もまた然りだが。
ともあれ、この国はずいぶんと性におおらかなようだ。
みんなちがって、みんないい。
だいたいテッサのせいである。
本人は一夫多妻で男に性的な興味はなかったらしい。今のところ、伝えられている限りでは。
「お祖父さま、お祖父さまの寝室に隠し通路がありました。ボクはドニと、それを調べていたのです」
「……ほう」
「初代がこの屋敷を造った時のもののようです。ハルさんが教えてくれた『あの道』に続いています」
「そういうことじゃったか、安心したわい」
「お祖父さま、もしよければ実物を見てみませんか? ボクとドニでざっとまとめた地図もあります」
「実物……儂の寝室でか? シャルルや、口実じゃなかろうな? 儂はそういう趣味は」
「お祖父さま! 違いますって!」
「うむ、わかっておるとも。冗談じゃよ」
シャルル、バスチアンにからかわれたようだ。たぶん。
ニヤッと笑ったバスチアンが立ち上がって、一同は寝室に場所を移す。
向かったのはバスチアンと執事のフェルナン、シャルルとドニ。
たがいに信を置いた部下のみである。
男四人のツーペアであるが、そこに意味はない。
暖炉の横に置かれたソファに座って、シャルルが古い羊皮紙と、自分で調査結果を書いた紙を広げる。
「ほう……ここまで広がっておるのか」
「はい。屋敷の出口は確かめていませんが、公共の場所にも出口がいくつか隠されていました。歩ける道が繋がっていない箇所も、一方通行の場所もあります」
「ふむ……船での脱出限定の入り口もあると。まあこちらまでたどれるようなら今度は脱出より防衛が問題になるからのう。その辺りは考えられておるか」
「ええ。それでお祖父さま、この道が……」
「王都のはるか外まで繋がっておるか。ふむ、なるほど。まあ以前も言うたように、それは問題ではあるまいよ。それよりも……シャルル、ここは?」
「こちらからはたどれない仕掛けがありましたから、これ以上の調査はしていません。ですがおそらく……」
「この道の用途、そして方向から考えてもそうじゃろうなあ」
「はい。その、お祖父さまにお任せしてもいいですか?」
「うむ、もちろんじゃ。機を見て王に確認しよう」
「よかった、さすがにどうしようかと思ってました」
「シャルル、水路の探索時に誰にも遭遇しておらぬな?」
「はい。ハルさんにも会いませんでした。誰もいませんし、ボクとドニが見る限り人の痕跡もありませんでした。その、ずっといたわけじゃないですし、水量が増すと通路にも水が流れるのではっきりとは言えませんけど」
「ふむ……安心するのはまだ早いか。大丈夫であろうが……」
初代国王の父・テッサがお忍びで街を出入りするために造った地下通路。
ゴルティエ家の屋敷と同じように、テッサの嫁や子供がいた家には歩ける道が伸びていた。
いつでも遊びに行けるように、危機のときは船で脱出できるように。
そして。
道は王宮にも繋がっているようだ。
シャルルとドニのほかに出入りした形跡がないと言っても、王と側近に知らせないわけにはいかない。
船、あるいは徒歩でも魔法を使うか、訓練した者であれば侵入できるのだから。
領地へ向かう馬車を抜け出して、ユージの家に向かうところからはじまったシャルルの夏休み。
ホウジョウ村への旅行と滞在、湿原での遭遇と位階上げ、そして、王都の地下の探索。
シャルルは充実した夏休みを過ごすのだった。
どの冒険潭も人には話せないのだが。
ちなみに。
合間合間に、シャルルは夏休みの宿題を進めてすでに課題を終えている。
夏休み最終日に徹夜することもない。
冒険に目を輝かせることもあるが、シャルルは基本的に真面目な少年なのだ。
次話、明日18時投稿予定です!
予定の半分も要素を入れられなかった……





