閑話20-28 とあるリザードマン、ある夏に大冒険する
副題の「20-28」は、この閑話が第二十章 二十八話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
《え? スライムが倒された? アタシが練習してるのに、誰だーっ!》
宿場町・ヤギリニヨンと王都・リヴィエールの間にある広大な湿原。
人間からはマレカージュ湿原と呼ばれているが、この地に住まう者たちはただ湿原とだけ呼んでいた。
シュシューと、彼らの言葉で。
そのマレカージュ湿原に、ぷりぷりと憤る一人の少女がいた。
怒りに任せて、ビッタンビッタンと尻尾を地面に打ちつけている。
手には鈎爪、口から覗く鋭いキバ。
ギラリと光る目には縦長の瞳孔。
地肌はびっしりと隙間なく鱗におおわれている。
お尻から生えた太い尻尾。
リザードマンである。
ほかのリザードマンとは違うエメラルドグリーンの尻尾をきらめかせて、小さなリザードマンはずかずかと里を歩いていた。
リザードマンは戦士の部族。
魔法を使える者は少なく、いまはおばば様と彼女だけ。
物理攻撃が効きにくいスライムが大量発生したいま、彼女が魔法を鍛えることは急務となっていた。
里の仲間からの期待を一身に受けて、彼女は今日も魔法の特訓をしていたのだ。
そのスライムがあっさり倒されたと聞いて、悔しがっているようだ。仕事を取られたと感じたのだろう。
しょせん子供である。
《それもニンゲンなんて! みんな、危ないからニンゲンには近づくな! って言ってたのに、自分たちはいいのかーっ! もう! もう!》
好奇心をおさえて大人の言いつけを守っていた彼女。
だが、その大人たちがニンゲンと交渉して、スライムを倒してもらったのだという。
彼女の怒りもひとしおである。
だが。
ぷりぷりと怒った彼女は、あっさりニンゲンに懐いていた。
《あははははーっ! 食らえ、アタシのブレスーっ!》
赤い髪の小さなニンゲンが手のひらに出した炎に、口から風魔法を打ちつけて。
ドラゴンのブレスごっこは、彼女のツボにハマったようだ。
楽しそうで何よりである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
《ぐうっ、体が痛いっ! なんだコレーっ!》
《ガマンしろ。位階が上がる痛みだ》
《これがそうなのかっ! じゃあアタシは強くなるんだなーっ!》
《ああそうだ。我もひさしぶりに位階が上がるようだ》
浜辺に張られたテントの中で、二体のリザードマンがもぞもぞしていた。
他のリザードマンの部族と橋渡しをするため、ニンゲンに同行していた二体のリザードマン。
位階を上げるために海辺でモンスターを倒す彼らに便乗して、リザードマンたちもモンスターを駆除していた。
ニンゲンの、というかユージの言葉に甘えて。
あ、お二人? もよかったらどうですか? 危なくなったらフォローしますから、という。
ユージ、暢気な発言である。
というかフォローするのはユージではなくハルとアリス、コタローかケビンあたりである。
だが、それだけの過剰戦力であることは確かだ。
リーダー格のリザードマンは浜辺でモンスターを駆除するユージたちの実力を見てから、自分たちも戦いはじめていた。
自分で海に潜ってモンスターをプルして、二体がかりで浜辺で仕留める。
寄生しないあたり、ユージよりもよっぽどマジメである。
《明日は魔法勝負であのちっちゃいニンゲンに勝ってやるーっ!》
《無謀な。あの子は相当な使い手だ》
《アタシと同じぐらいちっちゃいんだ! 追いついてやるぞーっ!》
《……うむ》
ぐっとキバを食いしばって耐える小さなリザードマン。
魔法を使えるのは、同じ群れではおばば様以外にただ一人、自分だけ。
すごいすごいと褒められて育った彼女は、自分を特別だと思っていたのだろう。
いま、同じぐらいの身長の女の子は、自分よりも強力な魔法を使っている。
種族が違うとはいえ、その事実に自尊心をくすぐられたらしい。
彼女の目標は、アリスであるようだ。
無謀な挑戦である。
《おいエルフッ! アタシに風魔法を教えろーっ!》
「ユージさん、この子、なんて言ってるの?」
「ハルさん、魔法を教えてほしいみたいです。この子が使えるのは風魔法みたいで」
小さなリザードマンの位階が上がった翌日。
起きてすぐにアリスに魔法勝負を挑んだ彼女は、あっさり敗北した。
小さなリザードマンの風魔法は海辺の岩の表面を削ったが、アリスの火魔法は岩を爆散した。
惨敗である。
ひとしきり地団駄を踏んだ後、小さなリザードマンはハルに話しかけていた。
言葉は通じないのに。
1級冒険者でエルフのハルが風魔法を使いこなしているのを見て、教えを乞うことにしたようだ。
自分ひとりで努力しても、このままではアリスに勝てないと悟ったのだろう。
賢い子供である。
賢い子供ではあるが、彼女の目標はアリスである。
無謀な挑戦なことに変わりはない。
《よし! これがアタシの風魔法だーっ! ていっ!》
《石槍を……投げた? おお、サハギンを一発で》
ハルから新たな魔法を習った小さなリザードマン。
教わったのは、武器に風魔法をまとわせて威力を上げるものだった。
コタローが爪にまとわせて、敵を深く斬り裂くのと同じような風魔法である。たぶん。コタローは自己流なので。
風魔法をまとわせた石槍は、浜辺に上陸したモンスターを貫いて大穴を開け、一発で屠った。
《どうだーっ、ちっちゃいニンゲン!》
ご機嫌に尻尾を揺らして振り返った彼女が見たのは。
一発でサハギンの群れを掃討するアリスの火魔法だった。
ポカンと大口を開ける小さなリザードマン。
聞くまでもなく負けである。
《くそーっ! いまのはアタシの負けってことにしといてやる!》
《どう見ても負けだ。一日でどうにかなるものではないだろう》
《むむーっ! いいからほら、はやく次を殺るぞーっ!》
《うむ。まあ真面目に鍛えているのだ。良しとしよう》
熱くなった砂浜で寝っころがって日光浴するのは気持ちいい。
そんな誘惑にも負けず、小さなリザードマンは鍛錬を続ける。
モンスターを殺して位階を上げて、ユージの通訳を通してハルに魔法を教わって。
海辺で過ごしたのはわずかな期間。
それでも、彼女には貴重な時間であった。
初めてのニンゲンとの交流で、初めて同年代で自分以上の魔法の使い手がいて、初めて自分と同じ系統の魔法使いがいたので。
あと通訳のユージも。
同行していたリザードマンは、これまで訓練をサボりがちだった彼女の変化にうれしそうに目を細めて笑うのだった。
それを見たユージはちょっと引いていた。凶悪な面相だったようだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
《ニンゲン、エルフ、またなーっ! 魔法を鍛えて、今度は負けないからなーっ!》
《ユージ殿、我らはここでお別れだ。困ったら、あるいは問題が起こったら連絡しよう》
海辺でのパワーレベリングを終えて帰路についたユージたち。
帰路の途中で、二体のリザードマンはユージたちに別れを告げる。
ここからは別行動である。
ユージたちはこのままホウジョウ村へ。
二体のリザードマンは、この地の領主であるバスチアン侯爵と同行者と一緒に、海辺のリザードマンの群れとの交流に向かうことになっていた。
《初めての他の群れ! 楽しみだなーっ!》
《頼むから問題は起こしてくれるなよ。我はニンゲンとリザール部族との交渉で忙しいのだから》
《わかってるってーっ! 大人しく魔法を使ってる!》
《それが余計なのだ。乞われるまで使わなくてよい》
《ええーっ!?》
バスチアンの領地にいるリザードマンの部族は、別の川の河口にある湿原に住んでいる。
海と川、どちらもその活動範囲。
これまでマレカージュ湿原に暮らすリザードマンが彼らに会うときは、一度海に出て海岸ぞいに進んでいた。
だがいまはニンゲンがいる。
ユージが作った辞書で言葉を指し示しながら、リーダー格のリザードマンがバスチアンとコミュニケーションを取って。
二体のリザードマンは、客人扱いで馬車に乗り込むのだった。
小さなリザードマンは、初めての馬車に目をキラキラと輝かせて、キョロキョロと首を振りながら。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
《アイツら、みんなより鱗が黒かったなーっ! 魔法使いもたいしたことなかったぞ!》
《うむ、そうだな。それより話がうまくまとまってよかった。これもユージ殿のおかげだ》
《あのおもしろいニンゲンか!》
《うむ。文字がわかるようになったのは大きい。もっと報酬を用意したいが……》
《ちっちゃいニンゲンとまた来るって言ってたからな! アタシはそれまでに特訓するぞーっ!》
バスチアンとこの地に住むリザードマンの交渉は上々に終わった。
交渉と言ってもただの顔合わせで、文字を見ながら簡単なことを決めただけ。
たがいに不可侵で、たがいを見つけても攻撃しない。
それだけ決めて、今回の交渉は終わっていた。
これまでも大きなトラブルはなかったのだ。
今回はただの顔合わせである。
それともう一つ。
バスチアンは、ユージが作った辞書の写本をこの地のリザードマンの群れに渡していた。
彼らも文字は使えるらしい。
というかマレカージュ湿原に住む群れが文字を教えたのだが。
それにしても。
バスチアンがユージたちと別れて、リザードマンと再合流するまでのわずかな期間。
領地の街との行き来を含めればさらにわずかな間で、バスチアンは一冊丸ごとの写本を用意していた。
作るのに使えたのは一日か二日だろう。
バスチアンにはジェバンニという名前の部下がいるのかもしれない。
《うむ。これからは真面目にな。目標ができたのはいいことなのかもしれん》
《魔法のコツがわかってきたからな! 狩りにも連れていってくれーっ!》
《はは、では我が口を利いておこう》
《ホントだな? 絶対だぞ? 約束したぞ?》
《位階上げ、別の群れとの交流。よくがんばっていたからな》
《やったーっ! これでアタシも大人だなっ!》
激しく身をくねらせて喜ぶ小さなリザードマン。
その影響でスピードが上がる。
エルフのハルがいないいま、船はない。
二体のリザードマンは、川を遡って里に帰る途中であった。
人里の近くは潜りながら泳ぎ、王都の付近ではハルに教わった迂回路を利用して。
リザードマンは水辺も水中も自由に活動できる種族なのだ。
潜水は可能とはいえ、潜りっぱなしではいられないのだが。
《里に帰ったらみんなに自慢するんだーっ! おばば様に新しい魔法も見せなきゃな!》
《ああ、そうだな。みな驚くだろう》
水面からわずかに顔を出して泳いでいくリザードマンたち。
マレカージュ湿原まではあとわずか。
リーダー格は、ユージたちへの報酬代わりの顔つなぎがうまくいったことにほっと胸を撫で下ろし、小さなリザードマンはいくつもの思い出を胸に抱えて。
仲間が暮らすマレカージュ湿原への帰路を急ぐのだった。
二体を迎えた群れのリザードマンたちは、驚きに目を丸くするのだった。
短期間ではありえないぐらい位階が上がっていたので。
そして。
これまで自由きままだった小さなリザードマンが、真剣に魔法の訓練に取り組むようになっていたので。
一夏の経験は、少女を大人にしたようだ。
少女というか、リザードマンだが。
あとエロい意味はない。
次話、明日18時投稿予定です!





