第二十章 エピローグ
ちょっと短めです
「ああっ! ユージ兄、ゆきふりむしだ!」
「おや、本当ですね。そろそろ雪が降りますか。ユージさん、では私は、明日プルミエの街に向けて発ちますね」
「了解です、ケビンさん。その、レイモン様はどうしますか?」
「私も帰ろう。ユージにはあらかた教えた。問題ないだろう」
晩秋のホウジョウ村。
家の前の小さな広場に集まっていたユージたちの目に、ふわふわと空中を漂う白い綿毛が見える。
ゆきふりむしである。
ゆきふりむしが飛んだら、2、3日後には初雪が降る。
ホウジョウ村、というかこの辺境の大森林の冬の風物詩である。
無数の小さな綿毛がふわふわと飛ぶ様子に、きゃっきゃとはしゃぐアリス。
11才になってもアリスの無邪気さは変わらないようだ。
コタローもアリスと一緒に、白い綿毛を捕まえようと跳ねまわっている。コタローはもう20才を超える老犬なのだが。位階が上がって寿命が延びているコタローは、いまも元気なようだ。アリス同様にはしゃぎっぷりである。いくつになっても、女子は女子なのだ。犬だけど。
この秋、ケビンはホウジョウ村にいることが多かった。
時おり街まで、一度は王都まで往復していたが、それでも村にいた時間のほうが長い。
本格稼働をはじめた缶詰生産工場と針子の工房の管理、それから冬に向けた生産準備のためである。
ホウジョウ村は、ケビン商会の生産拠点なのだ。
村に滞在していたのはケビンだけではない。
収穫祭直前にやってきた、プルミエの街の代官にしてホウジョウ村担当の徴税官・レイモンもそのまま滞在していた。
こちらは、春から正式にホウジョウ村担当の文官となるユージへのレクチャーのために。
ユージ、いよいよ文官として独り立ちである。
まあ冬はやることがなく、春から秋も村を出入りする人物の記録ぐらいである。何ごともなければ。
本番は、来年の秋に行う徴税額の算出。
ユージ、ひとまず今回で一通り教わったらしい。
「ハルさん、今回の冬はどうするんだ? 防衛団長として知っておきたくて!」
「んんー、今回は帰るよ! ユージさん、ブレーズさん、ローレンのことは任せちゃってもいいかな?」
「了解だ、ハルさん。ローレンにはちゃんとメシを食わせて、たまに風呂に入れてやるよ。俺がやるわけじゃねえけどな」
「……なんだろ、俺まで胸が痛い」
去年の冬はホウジョウ村に滞在した1級冒険者でエルフのハル。
今年は王都か、エルフの里に帰るらしい。
まあ潜水艇という反則じみた移動手段を持つハルのことだ。
帰ると言っておきながら、ふらりと遊びに来てもおかしくない。
なにしろホウジョウ村は、川の本流から水路で繋がっている。
雪が積もる冬だろうと、エルフの船は村のすぐそばまで来られるので。
ハルに問いかけたエンゾは、この秋からホウジョウ村防衛団の団長を務めている。
まあ防衛団と名乗っているが、その内情はただの村の自警団。
専属はおらず、村周辺の見まわり 兼 狩人のエンゾと犬人族のマルクがメインで訓練している組織である。
近い将来、ホウジョウ村の規模が拡大して、自警団が公的な衛兵隊となる予定である。
その時にエンゾは隊長になれるよう、マルクは隊員になりたいと立候補していた。
来るべき時に向けて、二人は本気で訓練に励んでいる。エンゾの場合は勉強も。
副村長のブレーズの立場はいまのところ変わらない。
この冬は。
冬が明けて春、ブレーズはユージから村長を引き継ぐことになっている。
ハルが王都から連れてきた、異世界と往還する方法を研究しているローレンもいまやホウジョウ村の村人。
ブレーズなりに面倒を見るつもりのようだ。
引きこもりがちなローレンへの言葉を聞いて、元引きニートのユージが被弾していたが。
研究は遅々として進んでいないが、ユージへのいい反面教師になるのかもしれない。
ユージがこの世界に来てから6年目。
ホウジョウ村の冬支度は順調に整っている。
春に第三次開拓団を迎えたホウジョウ村の住人は、合計で41名。あとコタローとオオカミたち、馬、鶏。まあ人数にはカウントしなくていいだろう。コタローは微妙なところだが。犬なのに。
ユージが元いた世界でも、41名もいれば『集落』と呼べる規模だろう。
この世界では『ちょっと小さな村』ぐらいの大きさである。
だが、その内情は他の村とは違う。
村で作った保存食と服飾品は、ケビン商会の商品としてプルミエの街で、それどころか王都でも人気を集めている。
特に安定して生産されるようになった缶詰のインパクトはでかい。
年単位で保存できて、しかも味がいい保存食などこの世界にはなかったので。
さらに、ユージとケビンはエルフの里と取引をしている。
規模こそ小さいものの、人間では初めてのこと。
もしユージが望むなら、小さな村の文官ではなくこの国でそれなりのポストを与えられることだろう。
ユージはそれを嫌って、領主直轄の文官となったのだった。
ユージの開拓生活は順調である。
いまやユージは、ネット以外のライフラインをほぼ使っていない。
明かりは自分の光魔法で、水は水路から引いた村の水場へ。急ぎの時はアリスの水魔法で。
料理は共同の炊事場で調理するか、村人と一緒に調理してもらっている。
風呂は二日に一回沸かす村の共同浴場へ。風呂に入らない日は、洗面器一杯のお湯で体を拭うだけ。
ユージ、すっかりこの世界の生活に溶け込んでいた。
住居と、ネット以外は。
今年、ユージは魔素が見える魔眼を持つアリスの兄・シャルルと、異世界との往還を研究してきた研究者を村に招いた。
結果、ユージは知ったのだ。
謎バリアは濃密な魔素でできていて、ライフラインもネットも家の修復機能も、その魔素を使っていると。
魔素がなくなればライフラインやネットは通じなくなり、謎バリア自体もなくなるだろうと。
普通に生活する分には百年以上持ちそうだが、掲示板住人のアドバイスもあって、ユージは節約できるところは節約するようになったのだった。
ほかにもユージは、アリスと一緒に位階上げに赴き、リザードマンという湿原に暮らす種族とも出会った。
村長、防衛団長を退いて文官になることと合わせて、ユージにとっては大きな変化があった一年かもしれない。
まあ初めて尽くしだった一年目の異世界生活には負けるだろうが。
そして。
ユージは暢気にこの世界の生活を送っているが、元の世界は嵐の前の静けさである。
間もなく、元の世界では二度目のテスト開催のキャンプオフが開かれる。
二箇所同時開催のテストであり、これだけユージの話が知られた中でどれだけ人が集まるか、準備はこれで足りるのかのテストである。
おそらくそこで、ティザー予告が公開されることになるだろう。
ユージの物語が映画になる。
公開は、来年度の予定である。
ちょっと短めですが、エピローグですので…
次話、明日18時投稿予定で、ひさしぶりの閑話です!
なにして遊ぼうかなー





