第三十五話 ユージ、秋のホウジョウ村を見て収穫に備える
作中、二ヶ月ほど時間が飛んでいます。
ご注意ください
「もうすっかり涼しくなってきたなあ」
「はは、そりゃそうよユージさん。もうすぐ収穫だからな」
「あ、ブレーズさん。見分けられるようになってきたんですか?」
「ん? ああ、マルセルの受け売りだよ。村長候補として知っておかねえとな!」
ぶらぶらとホウジョウ村を散策するユージ。
陽の光を浴びて黄金色に輝く麦畑を見てぼんやり呟いた言葉は、ブレーズに聞かれていたようだ。
ホウジョウ村の麦は春蒔きで、収穫は秋。
ユージが元いた世界では、小麦は秋に蒔いて夏に収穫するのが基本。
寒さが厳しいせいでこうなったのか、あるいは元の世界とは品種が異なるのか。
気にする掲示板住人もいたが、彼らにとっての重要事は他にもある。
異世界の自然環境を研究するのは、ひとまずユージに写真を送らせるだけで後まわしにされていた。
なにしろ行ければその目で研究できるので。
「ユージ兄! 王都楽しかったね! また行こうね!」
「そうだねアリス。シャルルくんにもドニさんにも会えたし。バスチアン様からはけっこうなお金をもらっちゃったしなあ……」
夏にパワーレベリングの旅を終えて、しばらくしてから。
ユージとアリス、コタローは王都まで旅をしていた。
旅というか、ケビンが王都まで商品を卸しに行くのについていった格好だ。
王都に着いてから、ユージとアリスはケビン商会の人間と称してバスチアンの屋敷に出入りしていた。
その際、ユージはバスチアンからけっこうな額のお金をもらったようだ。
賄賂である。違う、やましいお金ではない。
リザードマンからの報酬をバスチアンが独占した分のお金。
それから、領地のリザードマンとのコミュニケーションに役立つ辞書を納めた謝礼として。
元引きニートだったユージだが、この世界ではかなり稼いでいた。
勝ち組である。恋人はいない。
「アリス、お船も好きだけど馬車も好き! 旅してるって感じがするから!」
「それはあるかもなあ。あ、あれができたらもっと快適な旅になるかもね!」
「鉄道馬車! アリス、土魔法でお手伝いしてるんだ!」
「ユージさん、まだ気がはええんじゃねえか?」
麦畑の横の道、その先をスッと指さしたユージ。
ホウジョウ村の南側、村の入り口。
そこからプルミエの街に向けて、すでに工事がはじまっていた。
レールの敷設である。
ケビンは三年計画で、ホウジョウ村とプルミエの街を結ぶ道にレールを敷くことに決めた。
継続してケビン商会からお金が出て行くことになるが、ケビンは問題にしていなかった。
エルフとの取引から生まれる利益を当てる、というのがケビンの腹づもりのようだ。
なにしろユージがエルフにもたらした養蚕の知識により、絹の生産量が増えて余剰分を取引してもらえるようになったので。
この三年は利益を設備投資にまわして、以降に稼ぐ計画であるようだ。
ホウジョウ村で生産される缶詰や保存食、服飾品は、プルミエの街や王都でも人気を集めている。
最初のうちは過去にない保存期間、これまでにないデザインを売りにして稼ぐ。
他の商会がマネするようになった頃には、圧倒的な生産量と輸送量を武器にする。
それがケビンの計画であった。
マニュファクチュアと輸送の強化である。エグい。
だがこれでもユージと掲示板住人たちは、この世界に元々あった技術の組み合わせしか使っていないのだ。
金属の加工技術も縫製技術もこの世界に存在しており、ユージが提供したのは発想だけである。
まあ成果がエグいことに違いはない。
「ユージさん、今日はこのあとどうするんだ?」
「共同浴場を見に行こうと思ってます。湯沸かし器が六台並んだんで、どんな感じか見てみようと」
「あれか。便利でいいんだが、薪の消費がなあ……」
「けっこう使うんですよねえ。やっぱりお風呂が二日に一回だと厳しいですか?」
「量は問題ねえんだ。俺も元5級の連中も伐採には慣れてきたからよ。乾燥させるのに時間がかかってな」
「そっか、濡れないようにして一年とか二年は置いとかなきゃいけないんでしたっけ」
元3級冒険者でいまは副村長のブレーズは、太さが一抱えある木でも一刀で斬り倒せる。
元5級冒険者たちはそこまでいかなくても、枝払いや運搬はお手の物。
この世界に重機は存在しないが、伐採のスピードは速い。
オオカミが進化したんだし、馬もいけんじゃね? という発想によって、森に出るモンスターを捕らえて馬に蹴り殺させてからは特に。
ホウジョウ村の二匹の馬は位階が上がって強化されたようだが、とりあえず足は四本のままである。今のところ。
伐採は問題なく、むしろ驚異的なスピードで開拓が進んでいるが、すぐに薪にできるわけではない。
建材も薪も、木は乾燥させて初めて問題なく使えるのだ。
「ねえねえユージ兄、アリス、火魔法使ってみる? 熱くして水をなくせばいいんだよね?」
「うーん、できるもんなのかなあ」
「ユージさん、家に使うのと違って煙が出なくなりゃいいんだ。とりあえずやってもらえばいいんじゃねえか?」
「そっか、そうですね。失敗してもたいしてダメージないし。うん、アリス、あとでやってみようか!」
「はーい!」
夏のパワーレベリングの旅を終えて、アリスは魔法の威力が上がっていた。
あいかわらず繊細なコントロールは苦戦しているようだが。
アリスはいまや、兵器で重機である。
「よし、じゃあちょっと風呂のほうに行ってきます!」
「おう、俺は木を伐ってくるわ。またな、ユージさん、アリスちゃん!」
副村長のブレーズと別れて。
ユージとアリスは、暢気に歌いながらホウジョウ村の共同浴場に向かうのだった。
男女二人でお風呂に向かっているが、エロい意味はない。
なにしろアリスはまだ10才で、ユージはロリコンではなく巨乳好きなので。
ユージがこの世界に来てから6年目の秋。
ホウジョウ村の開拓は、順調に進んでいるようだ。
ちなみに。
木材を乾燥させようと試したアリスの火魔法は、うまくいかなかった。
炎で囲んで高温にすることで水分を抜こうとしたようだが、高温すぎて木材が発火した。
アリス、細かなコントロールは苦手らしい。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ユージ兄、何してるの? お勉強?」
今日も今日とてホウジョウ村を散策するユージ。
サボっているのではない。
村長のユージにとって、日々の見まわりは仕事なのだ。
「ああ、秋に代官さまが来て教えてもらうことになってるんだけど……予習しておこうと思ってね」
ユージが手にしているのは、木製のバインダーもどき。
インク壷をセットする場所も作られた特製である。
セットされているのは、文官の仕事を勉強するために領主夫妻や代官から渡されていた徴税用書類のフォーマットだ。
この秋、ユージはホウジョウ村の徴税官を兼務しているプルミエの街の代官から、書類仕事の手ほどきを受けることになっていた。手取り足取り。
村人の数、畑の広さ、作物、作付面積。
ユージは村内をうろつきながら、ユージなりに書類に書き込んでいるようだ。
予習である。
なにしろユージは20才の頃から10年ものの引きニートだった。書類仕事は人生初のことなので。
ユージの足下にいたコタローが、うれしそうにワフッ! と鳴く。そう、そのちょうしよゆーじ、やればできるじゃない、とでも言っているかのようだ。オカンか。
「ふわあ、ユージ兄すごい! アリスも一緒に数える!」
「はは、じゃあ手伝ってもらおうかなあ。これはもう終わったから、あとはケビン商会の帳簿が必要なんだけど……」
収穫前のため、作物についてはこれ以上の練習はできない。
通常の農村であればこれで終わり。
だが、ホウジョウ村にはケビン商会の支店がある。
常に開いているわけではない臨時の店舗とはいえ、村で店を構えて営業しているため、売上から税を計算する必要があるのだ。
「そっちが難しいんだよなあ」
「ふふ、ユージさん、お手柔らかに頼みますよ」
「あ、ケビンさん」
ぼやくユージに声をかけたのは、ケビン商会会頭のケビンである。
「心配はいりませんよユージさん。税は販売した店がある場所にかかるわけですから。プルミエの街や王都の計算は面倒でしょうが、ホウジョウ村ではたいした品目でも売上でもありません」
「ケビンさん、簡単に言いますけど……」
ニコニコと告げるケビンに、ユージは小さく頭を振る。
たしかにケビンの言う通り、街や王都と比べたらたいしたことはないだろう。
それでも、ユージにとっては難問である。
とうぜんユージに経理の経験などない。
「まあ慣れですよ慣れ。ユージさんは計算もできるわけですから、時間をかければ問題ありませんって」
「はあ……」
「ユージ兄、がんばって! アリスもお手伝いする?」
納税する側のケビンに励まされても、アリスに応援されてもユージの顔は晴れない。
教えるのが代官ではなく、領主夫人ならユージのやる気も違ったかもしれないが、それはそれで問題である。人妻なので。
「ああ、気が重い……」
「はは、ユージさん、文官だけでしたらまだ大丈夫でしょう。代官となれば治安維持も管轄ですからね! がんばってください!」
「うぐっ」
ユージはホウジョウ村担当の文官になる。
このホウジョウ村が発展していけば、そのままこの地の代官になる予定であった。
元引きニートの成り上がりである。
「はあ……でもうん、みんなの安全のために。がんばろう、うん」
成り上がって終わり、ではない。
立身出世すれば、とうぜん仕事の責任は増えるのだ。
社会人経験のないユージが気に病むのも当然である。
自らを鼓舞するように言い聞かせるユージ。危ない兆候である。
だが。
「ユージ兄、大丈夫?」
コテンと首を傾けてユージを心配するアリス。
おっぱい揉む? とは続かない。ないので。いやあるにはある。
ワフワフッとユージに近づいて、後脚で立ち上がるコタロー。前脚でユージに寄りかかっている。だいじょうぶ? おっぱいもむ? である。さすが母性あふれる雌犬。
「ありがとうアリス。コタローも心配してくれてるのかな? うん、大丈夫、がんばるよ」
わっしゃわっしゃとコタローを撫でまわして。
ユージは決意を新たにするのだった。
おっぱいは揉んでいない。コタローは優しい女だが、犬なので。そもそも言葉も通じていない。
ユージがこの世界に来てから6年目。
それは、ユージが引きニートを辞めてから6年目でもある。
間もなく、秋の収穫の時。
同時に、ユージが初めて書類仕事を教わる日々がはじまる。
元引きニートのユージは、異世界でお役人になるようだ。
次話、明日18時投稿予定です!





