第三十話 ユージ、不在にしていたホウジョウ村を見てまわる
旅を終えて帰ってきたユージは、荷物を置いてすぐに村をうろついていた。
散歩である。違う、見まわりである。
ユージは村長で開拓団長で防衛団長なのだ。
「ブレーズさん、問題はありませんでしたか?」
「ああ、こっちは順調すぎるぐらい順調よ。ユージさんたちが旅に出る前に、アリスちゃんに土台を作ってもらってたしな」
「家の骨組みが増えましたもんねえ。あれ? あの一軒だけ、もう屋根ができてるみたいですけど?」
「ああ、あそこはローレンさんの家だ。研究者で書物やらを持ち込むんだろ? 貴重品の置き場はさっさと作っておきたいし、木工職人のトマスが特急料金をもらったみたいでな」
「あ、なるほど。本は高いですもんねえ」
「そういうこった。技術を学ぶとかで、街から応援も来てるしな」
ユージが木工職人のトマスに教えた、金物を使わずに家を建てる日本の伝統的な建築技術。
ようやく初歩を身につけたトマスは、親方や兄弟子に教えはじめたらしい。
といっても、いま建てている家には釘を使っている。
大工道具の精度、木の材質の把握。
実際に伝統構法で家を建てるには、まだまだ道半ばである。
それでも木工職人たちに提示された技術の数々は、彼らのやる気に火をつけていた。
「その、ローレンさんは何か言ってましたか? 後で聞きに行こうと思ってるんですけど」
「どうだろうなあ。イヴォンヌちゃんの妹がメシを持っていったり沐浴に追い立てたりしてくれてるんだがよ、日常生活を忘れるほどには苦戦してるみたいだぞ?」
「そうですか……」
「ユージさん、研究は一朝一夕で進むものではありませんよ。気長に待ちましょう」
「はい、ケビンさん」
「異世界と往還する方法。もし小さなものでも行き来できるようになれば……ふふ、ふふふ」
「はい? ケビンさん?」
1級冒険者でエルフのハルが王都から連れてきた研究者。
稀人であるユージの存在、ユージの家、家の中にあった物、謎バリアやライフライン。
異世界と行き来する方法を研究していたローレンにとって、ここは理想の地だった。
ホウジョウ村に移住して、寝食を忘れて研究に励んでいるようだ。
ローレンはまだなんの成果も出していないが、ケビンは不気味な笑いを浮かべていた。
ユージの家ほどのサイズでなくてもいい。人間が行き来できなくてもいい。
もし、手のひらほどのサイズでも自由に往還できるなら。
革命である。
ユージがいた元の世界も、こちらの世界も。
莫大な利益どころの話ではない。
いかにケビンや領主、アリスの祖父・バスチアン侯爵が抵抗しても、アメリカ組が手を尽くしても。
国を巻き込んだ大騒ぎになりかねないほどに。
「あー、ユージさん。その風呂なんだがよ、鍛冶師が相談したいって言ってたぞ。試作品ができたって」
「おお! さっそく行ってみます! ケビンさんはどうしますか?」
「もちろん行きますよ! 鉄道馬車のれえるもどんな状況か気になりますしね!」
ユージが不在の間も、ホウジョウ村に問題はおきなかった。
だが、開拓も開発も着々と進んでいるようだ。
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ガンガンと響く槌音、室内に籠もる熱気。
缶詰生産工場の鍛冶工房。
その隅にある打ち合わせスペースで、鍛冶師とユージが向かい合っていた。
かたわらにはケビンがいるが、コタローはいない。熱と音は苦手らしい。しょせん犬である。
「どうだユージさん。こういうことだろ?」
「あ、はい、こんな感じでいいと思います。たぶんですけど」
ユージの目の前のテーブルに置かれたのは、二つの金属製の部品。
一抱えはある円筒型の金属は、ただの外装であるらしい。
本体はその隣に置かれたもの。
金属製の管がぐるぐると渦巻き状に何層も繋がったほうが本体である。
「腐食に強く、熱を伝えやすい金属で、間に隙間を作りながら何重に。苦労したぜ」
「あの、これ試してみても?」
「ああ、やってみっか。おい!」
鍛冶師が助手に命じて、二人掛かりで装置を運び出す。
その後ろをついて歩くユージとケビン。
たどり着いたのは缶詰生産工場の裏手を流れる水路の横だった。
「これがうまくいきゃ水車なりなんなりで水を注ぐとして……おい、火を準備しろ。薪もな」
「うっす!」
「あとは蛇口も欲しいですよね。ひねるとすぐに出る感じで」
「そりゃ難しいかもなあ。出口を閉じたまま熱しっぱなしじゃ温度が上がって壊れちまう」
「はあ、そういうもんですか……」
「まあそのへんは工夫の余地ありだな」
「準備できました!」
「おう、じゃあ火を付けろ。おめえはこの瓶で上から水を注ぎ続けとけ」
「うっす!」
水が注がれてしばらくすると、渦巻き状のパイプを通って下から流れ落ちてくる。
それを確認して、鍛冶師は円筒型の外装をかぶせた。
本来は調理用なのだろう、煮炊きできる野外のかまど。
かまどには火が入れられて、徐々に火力が上がってきている。
かまどの上に乗せられているのは、ユージのアドバイスで鍛冶師が試作した物体。
横幅は1メートル、高さは1メートル半といったところか。
円筒型の外装は、熱を逃がさないためのもののようだ。
鍛冶師の助手が容器の上から水を注ぐ。
円筒の下からは、ジャバジャバと水が出てきていた。
「ここまでは問題ねえな。さて……」
頷く鍛冶師をよそに、徐々にかまどの火は強くなっていく。
そして。
「ああ、こんなもんで熱くなるのか。ユージさん、こりゃいいかもな」
「どれどれ……あっつ! なんでそんな平気な顔してるんですか!」
「はは、ユージさん、鍛冶師が耐えられる温度と私たちが耐えられる温度は違いますよ。どれ……ええ、ちゃんと熱湯になっていますね。これはいい」
「よし! あとはこれで共同浴場を適温にするのにどれだけ薪を使うかですね!」
ユージが鍛冶師と話して試作してもらったもの。
それは、給湯器であるようだ。
熱を伝える金属で作られ、容器内をぐるぐると回る管は、少しでも効率的に水を熱するための工夫である。
ホウジョウ村の名物・共同浴場。
ユージの家からお湯を供給することを止めたため、そこは水路の水を取り込んで沐浴場となっていた。
ユージ、ライフラインを使わずに効率よくお湯を沸かす手段を模索していたようだ。
日本人の風呂にかける情熱たるや。
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「いま設置させてるからよ、とりあえず明日試せるだろ」
「わかりました。あーっと、水はどうします? 汲んで注いでってけっこう大変ですよね?」
「ブレーズさんに頼んどくわ。元冒険者なら問題ねえだろ」
ふたたび鍛冶工房の一角、打ち合わせスペースに戻ってきたユージたち。
給湯器のテストの結果は上々。
明日は共同浴場で試してみるようで、人員の確保の相談をしていた。
おそらく元5級冒険者の男たちの中から人員が派遣されることだろう。
何しろいまは夏。
独身男たちはしきりに自分の臭いを気にしていた。水浴びではすっきりしないらしい。慣れとは恐ろしいものである。
「それで、れえるのほうはいかがですか?」
「ケビンさん。ああ、あっちは順調だ。いくつか配合を変えて試作してる。ちょっと走らせるぐらいはできるだろうよ。これがそれぞれの見積もりだな」
「ふむ……」
「トマスも枕木はできてるってよ」
「そうですか。ではこちらも試してみましょう。明日設置することにして……明後日でしょうか」
「ああ、そうしてくれると助かる。明日は缶詰と風呂でみっちりだろうからな」
「鉄道馬車……いよいよですね!」
「ユージさん、まだ試作品ですよ。うまくいったとしても、運用まではまだまだかかりますし」
缶詰の生産工場が完成して、針子の作業所も規模を拡大した。
ケビン商会は、プルミエの街から素材を、ホウジョウ村から完成品を運ぶために頻繁に荷車で往復している。
ホウジョウ村は自給自足もできていないため、食料や調味料を運ぶのもこの便だ。
夏や秋、晴れが続いた日は問題ない。
だが、雪解け直後や雨が降った場合。
土の道はぬかるみ、所によっては水たまりができて通行を妨げていた。
ケビンから解決方法の相談を受けたユージと掲示板住人が提示したのは鉄道馬車。
石畳やコンクリート舗装も提案されたが、素材の観点から諦めたようだ。
とうぜんローマン・コンクリートも。千年単位の耐久力を誇るローマン・コンクリートもボツとなっていた。ロマンは理解されなかったようだ。……駄洒落ではなく。
「それでもやっぱりワクワクしますよ! 鉄道馬車……レールがあるんだから、いつか蒸気機関車も……あ、ダメだ、それは危ないから止めとけって言われてるんだった」
ブツブツと呟くユージに突っ込む者は誰もいない。
いつもの奇行なので。
旅を終えて、ホウジョウ村に帰ってきたユージたち。
ユージはさっそく、不在の間に問題がなかったか、開拓と開発の進捗を確認していた。
村長で開拓団長で防衛団長なので。
明日と明後日の予定を決めて、缶詰生産工場を出たユージとケビン。
二人が次に向かうのは、針子の作業所。
女だらけの職場であるが、二人にやましいことはない。
社長が市長を案内している感じなので。
女性がガールズトークに花を咲かせて女性の服や下着を作っている空間だが、ユージとケビンにやましいことはない。むしろユージは腰が引けるタイプである。
35才の独身男に、まだ春は来ないようだ。
次話、明日18時投稿予定です!
一話じゃおさまらなかったので次も村の様子。
掲示板回はその後ですね。





