第二十七話 ユージ、ようやく周辺の地理や海の話を聞く
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「それにしても、この国には海もあったんですね!」
「ユージさん……いまさらですが、周辺の地理を説明しておきましょうか。辺境付きですけど……文官になるんですよね?」
「あっ! ……はい、お願いします」
「はは、それほど気にすることはありませんよ。平民では私たちのような商人や、学校に通えた者ぐらいしか知りませんからね。役人でも知らない者は知りませんし」
「あ、そんな感じなんですね。よかったあ」
「では簡単に説明しましょうか。まず、プルミエの街やホウジョウ村がある辺境は、この国の北の端です。ユージさんも見ていた通り、北側には山脈があって交通が分断されています。大森林がある辺境は、この国の北のどん詰まり、ですね」
「川は南に流れてましたもんね、ウチが北かあ」
「辺境より北には何もないと思われていましたが、エルフの里がありましたね。国の東と西にはそれぞれ別の国が存在しています。東の国の間とは山がありますが、人と物の往来はありますよ。東の国からはさらに別の国へ行けます。私はいくつかの国をまわったことがありますし、お義父さんは取引していましたね」
「はあ、東には山があってその先は別の国。わりと仲が良い」
「そうですね、そう理解していれば問題ないでしょう。さて、この国の西ですが……」
「その溜め、なんかイヤな予感がするんですけど……」
「ええ、その通りです。西とは大河で分断されているのですが……といいますか西にある国が、数百年前にこの地を治めていた国です」
「え、それって」
「そうです。人族至上主義の国。テッサ様がそれに反発して争った国です」
「じゃあいまも仲が悪かったり?」
「ここ数十年、大掛かりな戦争はありませんね。小競り合いは数知れませんが……」
「マジか。そんな国が西に」
「ええ。ただ、渡れる箇所が少ない大河です。各所には砦や城があって、騎士団や魔法兵が詰めています。先日話に出てきた六宗家の一家『獣神』の一族は、成人すると西に滞在するそうですよ。そこに戦いがあるから、と」
「……実は平和じゃないんですね」
「ユージさん、この程度は平和なうちに入ります。周辺諸国も含めて、安定しているほうですよ」
「はあ……」
ケビンはそう言うが、ユージが元いた世界の日本よりは平和ではないだろう。
何しろこの国は、国同士の小競り合いが日常で、国内であってもモンスターや賊が出るのだ。
「人族至上主義の西国。その西は、外海になっています。大型の水棲モンスターが棲息する魔境ですね。かつては海を渡った稀人もいたようですが、いまその海を渡る者はいません。『新大陸』は発見されていますし、交易を目指した者もいますが……漏れなく海の藻くずです」
「えっと、目の前のこの海とは違うんですか?」
白い砂浜の上で、青い海を目にケビンに問いかけるユージ。
とうぜんの質問である。
「この国の南側も、東西にある国の南側も海になっています。特にここ、ゴルティエ侯爵領の海は比較的安全で、製塩や漁業が盛んですね。西にある外海とは違って」
「比較的……やっぱり海は危ないんですね?」
「もちろんです。それに、私も話しか聞いたことありませんが……。この海を西に行くと、海峡があるそうです。その外を外海と呼んでいるのですが、そちらはもっと危険だそうですよ。先ほど話したように、『新大陸』と往復できたのは稀人ぐらいです。外海はそんな状態ですが、海峡が狭いために巨大なモンスターが入ってこられないようですね」
「え? その、この前のクラーケンはかなりでかかったですけど……」
「ええ、私も驚きました。あれ以上、なのでしょう」
王都・リヴィエールから南へ川を下った浜辺で。
ユージとケビンが会話を交わしていた。
暢気に話している二人だが、目の前には無数の焼死体が転がっている。
「うんうん、アリスちゃん、その調子だよ!」
「はーい! アリス、コツがわかってきた気がする!」
1級冒険者でエルフのハルの指揮の下、アリスが火魔法でモンスターを討伐していたのだ。
それにしてもアリス、これまでコツがわかっていなかったのか。あの火魔法の威力はなんなのか。
湿原で約三日、海辺では二日目。
パワーレベリングで位階が上がったアリスは、まだ威力が上がった魔法の感覚に慣れていないのかもしれない。
コタローは波打ち際を走りながらワンッ! と吠えていた。ありす、わたしもこつがわかってきたわ、とでも言うかのように。
少女と犬はどこへ向かうつもりなのか。保護者であるはずのユージは放置である。
《よーしっ! 私もモンスターを倒したぞーっ!》
《位階を上げるいい機会だが、無理はせぬように》
ユージたちのほか、白い砂浜には二体のリザードマンがいた。
大人のリザードマンは手斧を腰に括り付け、銛を手にしている。
海に棲むモンスターは陸上では動きが遅い種が多い。
さらにここには、1級冒険者のハルや火魔法が得意なアリスがいる。
大人のリザードマンは、この機会を利用してエメラルドグリーンの鱗を持つ子供リザードマンを鍛えていたようだ。
「よし、ユージさん、そろそろお昼休憩にしようか!」
「了解です!」
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「さあ、準備できましたよ!」
「うわあ、美味しそう! ケビンおじちゃん、すごーい!」
「やっぱりニンゲンがいると違うね! ボクらじゃめんどくさいことになるからなあ」
「今朝、コタローと一緒に散歩して、村を見つけましたからね! 自分たちで使う分のわずかな量ですが塩を格安で買えましたし、野菜や塩漬け、干物も入手できました」
この旅で料理を担当しているのはケビンであった。おっさんの手料理である。
今回作ったのはブイヤベースと魚の塩焼き。
小洒落た名前だが、簡単に言えば洋風寄せ鍋である。
「はあ、美味しい。そういえば魚の塩焼きってひさしぶりだもんなあ。このスープも美味しい」
「そうですねえ。プルミエの街で手に入るのは干物か塩漬けだけですから」
「ユージ兄、おいしいね! たまにはお魚もいいね!」
魚介の旨みを引き出したスープは、肉食系のアリスにさえ好評だった。たまにはなら。
「ボクらエルフは川魚なら食べてたけどね! 海のものと違って泥臭さを抜くのが大変だけど!」
「アリス、今度ホウジョウ村の近くで釣りでもしてみよっか。あれ? 船があるんですし、こうやって海に来たりしないんですか? ついでに漁に出たりとか……」
「たまにだね! ほら、海は波やうねりがあるからさ、この船じゃちょっと厳しいんだ」
エルフの船は、観光地によくある手こぎボートをふたまわり大きくした程度。
いかに海峡に遮られて穏やかな海でも、そうそう海に出られるものではない。
潜れるというエルフの船のメリットも、海ではそこまでの効力を発揮しないようだ。どちらかというとサイズのせいで。
「はあ、難しいもんですねえ」
ユージ、自分で聞いておきながらあっさり流す。
帆船に乗り込んで外海に出て大航海時代を過ごすつもりはないらしい。
過去の稀人は、『新大陸』を発見したというのに。
「おいしかったー。アリス、午後もがんばる!」
「そうだね、午後は俺も討伐にまわるかな! 位階を上げておかないとね」
腹が満たされたアリスが元気な声をあげる。
続けて、午前中はぼんやり過ごしていたユージも。
《午後も殺るぞーっ!》
言葉はわからないまでも触発されたのか、エメラルドグリーンの小さなリザードマンも張り切っていた。
子供たちはノリノリである。あとユージ。
それと、ワンワンワンッ! と吠えまわるコタローもモンスターの駆除に乗り気なようだ。
位階を上げて寿命を延ばして、エルフの少女・リーゼとまた遊べるように。
もちろん、位階を上げることで身体能力と魔法の威力が上がり、戦闘能力が上がる。
ユージもアリスも、それを狙っているのだろう。たぶん。
エルフのハルによるパワーレベリングの旅は、まだ続くらしい。
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