第二十五話 ユージ、シャルルとバスチアンを見送る
「シャルルくん、バスチアン様、もうすぐ目的地だよ! そろそろ準備しておいてね!」
「うむ。もう領地内であるか。本当に速いのう」
「お祖父さま、速度よりも経路のほうがすごいと思います……」
「すごかったねシャルル兄! アリス、洞窟みたいで楽しかった!」
宿場町・ヤギリニヨンと王都の間にあるマレカージュ湿原を出たユージたちは、その日のうちに王都を越えて下流に出ていた。
エルフのハルが操作する潜水艇は、二体のリザードマンの推進力を得てさらにスピードアップしていたようだ。
《あははっ! ニンゲンはいろいろ作ってるんだなーっ!》
《リザール部族に会いに行く際は少数で潜みながら。それが我らの方法であったが、うむ……》
「なんだアレ。いや考えなくてもわかる。どうせまたテッサだろ……」
すでに王都の下流に出られた理由は速度だけではない。
湿原から川に出たタイミングで、ハルは船を潜らせた。
そして王都の手前で川の中にあった横穴に船を突っ込ませたのだ。
ユージたちが呆気にとられているうちに、エルフの潜水艇は整えられた地下水路に入っていた。
王都・リヴィエールの地下には誰も知らない水路があったようだ。
ハルの操船で地下水路を抜けてふたたび川の本流に出ると、そこはもう王都の下流。
ユージたちは人目につくことなく王都をショートカットしたのだった。
「ユージさん、正解! ほら、テッサとお嫁さんたちはエルフの里で暮らしてたでしょ? でもずっと里だけじゃ飽きちゃうわけで、こうやってコッソリ移動してたんだ! ちなみに船を下りて王都の中に出られる場所もあるよ?」
「はは、もうほんと自由すぎだろテッサ……」
「ハルさん、ボクらが知ってしまってよかったんですか?」
「シャルルくんはマジメだね! ほら、潜水艇がなくちゃ使えない道だから! 通り抜けるんじゃなくて王都に出入りするだけなら道があるらしいんだけど……それぐらいできたって問題ないでしょ?」
「その、手続きせずに出入りするのは問題があるように思うんですけど……」
「シャルルや、誰も知らず、誰も使ってないのであれば問題ないわい。緊急事態の時は、王族もそうした手段を持っているじゃろうからな」
「ほらね! まあ大丈夫だよ、ボクはいつもちゃんと外から入ってるし、たまにこの道も点検してるから! 使ってるヤツがいたらそのまま行方不明にしとくよ!」
ハル、明るい物言いで物騒な内容である。
軽薄なくせに締めるところは締める男であった。
まあそうでなければ、エルフがただ一人、人間の街で生活し続けるなど不可能だろう。
「うむ。ハル殿、それでよいじゃろう。ところでハル殿、よかったのか、その?」
チラリと後ろに目を向けるバスチアン。
そこにいるのは、船に乗らずに縁に手をかけて、水中を泳ぐ二体のリザードマンである。
「ユージさん、彼らにニンゲンには教えないよう口止めしといてね!」
「あ、はい、わかりました。でもいいんですか? 船が潜れるってこととか、あの地下水路とか」
『ニンゲンにさえ知られなきゃ問題ないよ! 彼らが地下水路を使うのも別にいいと思うし。ただ川を遡って、エルフの里まで来るようなら……』
『来るようなら?』
『みんないなくなってもらうから! ニンゲンと違って数が少ないからねえ』
『ヒエッ……』
突然エルフの言葉に切り替えて説明するハル。
完璧に通じたのはユージだけである。
エルフの言葉を勉強しているケビンもアリスも、あえて早口で言ったハルの言葉は聞き取れなかったようだ。幸いなことに。
『く、口止めしておきますね。ニンゲンに漏らしたり、あんまり探るとヤバいぞって。その、わざとじゃなければ大丈夫ですよね?』
『まあね! うーん、じゃああとでユージさんに、こないだ作ったヤツのエルフ分もお願いしておこうかなあ。ちゃんと報酬は出させるよ! 長老たちにね!』
『任せてください! せっかく知り合ったリザードマンが皆殺しになるとかぜったいイヤですから!』
ユージとケビンが作った、リザードマンと人間の言葉の簡易辞書。
三百程度の単語が載っているそれは、エルフの言葉も入れた三言語対応バージョンが作られるようだ。
不幸な事故から起こる虐殺を避けるために。
この世界に来てから6年目のユージ。
実は、これが最も大きな仕事なのかもしれない。
本人は気づいてないようだが。
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「じゃあユージさん、アリスちゃん、ケビンさん、ちょっと待っててね! リザードマンたちも!」
「ユージ殿、お招きに感謝を。楽しい時間じゃった。役に立ったのであればよいのじゃが」
「バスチアン様、ありがとうございました。シャルルくんもありがとう。おかげでいろいろわかったよ」
「ユージさん……ボクのほうこそありがとうございます。アリスと、お祖父さまともゆっくり過ごすことができました。普通の家族みたいに……」
「シャルルにい! また来てくれるよね? また会えるよね?」
「そうだね、アリス。これでお別れじゃない、また会えるよ」
王都を越えてさらに南へ。
とある川辺にユージたちの姿があった。
かなり下ってきたのか川幅は広く、20メートルは超えているだろう。
この地はアリスとシャルルの祖父、バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵の領地に入っているらしい。
がっしりと抱きつくアリスの頭をそっと撫でるシャルル。
シャルルはいま王都の上級学校に通う学生である。
夏休み、周囲には領地に帰ると言い張って王都を発ち、途中でバスチアンとともに抜け出した。
夏休みが終わりに近づいてきたいま、シャルルとバスチアンはいったん領地の屋敷へと帰るようだ。
シャルルはそこから王都に戻る手筈となっている。
ひさしぶりに会えた兄。
それも貴族になることを決めた兄が、お忍びのため平民として接していたのだ。
寝泊まりする場所こそ違えど、以前のような生活。
別れの時、アリスの寂しさが爆発したようだ。
「やくそく、やくそくだからね!」
「もちろんだよアリス。また会おう」
「アリス、お祖父ちゃんとも約束じゃ!」
アリスの肩に手を置いて、そっと体を離すシャルル。
アリスはぐしぐしと目をこすって涙を拭いていた。
「二人とも、ありがとうございました。今度は俺たちが王都に行きますよ」
「そうじゃな、それがいいじゃろう。シャルルの魔眼を頼りたいのであれば別じゃがな」
「そうですね、またお願いすることになると思います」
ユージがシャルルをホウジョウ村開拓地に招いたのは、家の魔素がどうなっているかを調べるため。
だいたいのところは見てもらったが、継続的な変化を計ることも重要だろう。
これが今生の別れではない。
「さあ行こうか。二人とも、街まではボクが護衛するから! 大船に乗ったつもりでね!」
シャルルとバスチアンを連れてきてほしいというユージの依頼を受けたハルは、帰路の安全も確保するつもりのようだ。
極秘に抜け出すため行きこそ二人で行動させたが、依頼を受けた以上はできる限り自らの手で守るつもりなのだろう。これでもいちおう現役の1級冒険者なので。
「さようならアリス。また会おう」
「さらばじゃアリス。ユージ殿たちも達者でな!」
「シャルル兄、お祖父ちゃん! ばいばい! アリス、次はアリスが会いに行くからね!」
最後に二人と抱き合って。
アリスは、見えなくなるまでブンブンと手を振っていた。
「行っちゃったね、ユージ兄」
「そうだねアリス。今度は俺たちが王都に会いに行こう」
陽が暮れて、ユージたちは川辺で野営をしていた。
シャルルとバスチアンを送りに行ったハルの帰りを待っているのだ。
パチパチと薪が爆ぜる。
「そうですよユージさん。これからは王都のゲガス商会に定期的に衣料品を卸しますからね。季節ごとに一便は出すことになるでしょう。いつでも言ってください」
「そうか、シャルルくんにプレゼントしたブレザー、王都で売ることになったから」
「ぶれざあ? かどうかはわかりませんが、あの服です。ホウジョウ村からプルミエの街へ、プルミエの街から王都へ。これからはケビン商会の馬車が定期的に走りますよ」
「はい、はーい! アリス、護衛する!」
「はは、そうですね、アリスちゃんが護衛についてくれたら心強い。ええ、それはもう本当に」
お手伝いする! とばかりに宣言する10才の少女。
ケビンはニコニコと笑顔で頷いていた。少女のかわいい提案に乗ったお世辞、ではない。いまやアリスは兵器なほどの戦力なので。
アリスはあぐらをかいたユージの足の間に腰を下ろして、コタローを抱えている。
寂しさを感じたのか、ひさしぶりにユージに甘えていた。
ユージもコタローもされるがまま。妹分に甘い一人と一匹である。
ハルの帰りを待つユージ、アリス、コタロー、ケビン。
だが、ここにいるのは三人と一匹だけではない。
《ニンゲンはいろいろ大変なんだなーっ! 私たちはいつも一緒なのに!》
《ふむ、群れと住処がいくつもあるのか。陸で生活するのは難儀だな》
マレカージュ湿原で出会った、リーダー格のリザードマンとエメラルドグリーンの鱗の子供リザードマン。
二体は腹這いになってたき火にあたっている。
ここはすでにバスチアンの領地の中だが、この地にあるリザードマンの里はまだ先らしい。
バスチアンはいったん領地の屋敷に帰ってシャルルを送る手配をして、現地で合流する手筈となっていた。
ハルが帰ってきたら、ユージたちはまた下流へ出発する。
シャルルとバスチアンを送るという旅の一つの目的は果たした。
次はさらに下流で、二番目のパワーレベリングスポットへ。
位階を上げて寿命を延ばし、エルフの少女・リーゼが里を出られるようになった時にまた遊べるように。
アリス念願のパワーレベリングの旅は、まだ続くようだ。
次話、明日18時投稿予定です!





