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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十章 代官(予定)ユージ、文官として働きはじめる』

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第二十二話 ユージ、リザードマンの里で歓迎の宴に招待される

《ユージ殿、もう間もなくだ》


《ニンゲンを里に迎えるなんてねえ……いつ以来なのかしら》


《あの、ホントによかったんですか?》


《うむ。100匹を超えるモンスターの素材、スライムの討伐。報酬を渡さねば申し訳が立たぬ》


《そうねえ。それに、ニンゲンが入ったことがないわけでもなし》


《え? あの、どういうことですか?》


《見えてきたぞ、あれが我らの里だ!》


 スライムの討伐を終えたユージたちは、リザードマンの案内でマレカージュ湿原を進んでいた。

 時に水場を迂回し、時にアリスの土魔法で道を造って。

 ユージたちはぐっちゅぐっちゅと湿った土に足を取られながら歩いていたが、リザードマンたちの歩みは軽快であった。

 二足歩行するトカゲは、水陸両用であるらしい。


 ユージ、アリス、コタロー。

 アリスの兄のシャルル、祖父で貴族のバスチアン。

 ケビン、1級冒険者でエルフのハル。

 小一時間ほど歩いて、6人と一匹は目的地にたどり着いたようだ。


「これがリザードマンの住処ですか……ふふ、きっとお義父さんも見たことないでしょうね!」


「うわあ! 木のお山がいっぱい!」


「ふむ、やはり水場と陸地、どちらもある場所に住居を築くのじゃな」


「ここまで来るのはボクも初めてだよ! 長老なんかは来たことあるらしいんだけどねー」


 リザードマンの里。

 そこは、小さな湖のほとりにあった。

 灌木の枝を重ねた小さな山がリザードマンの住居であるようだ。


《ニンゲンよ、宴までしばしの間、(われ)が里を案内しよう》


《あ、はい、ありがとうございます》


 すでにユージたちの話は伝わっていたのだろう。

 おそらく戦士だと思われるリザードマンたちは、木材で造ったソリに荷物を乗せて里に入り、ソリを空にして里を出て行く。

 ユージたちが倒したモンスターを運んでいるようだ。

 加工は里で行うのだろう。


《す、すごい見られてるんですけど……子供ですかね?》


《うむ、すまぬ。なにしろ子供たちはニンゲンを見たことがなくてな》


 ユージたち6人と一匹からやや離れて、一行をじっと見つめる小さなリザードマンたち。

 進行方向に合わせて十数体がちょこちょこついてくるあたり、ニンゲンに興味津々なのだろう。

 時おり立ち止まってクイッと頭を傾けるさまは、まるっきりトカゲである。


《ああーっ! おばば様! 私聞いたんだから! それがスライムを倒したニンゲンたちね!》


 叫び声とともに、ユージたちに向かって駆けてくる一匹のリザードマン。

 周囲の子供たちと同様に、その体は小さい。

 ほかのリザードマンの鱗は深い緑なのに、駆け寄るリザードマンだけは鮮やかなエメラルドグリーンであった。


《ニンゲン! 私の魔法でスライムを倒すはずだったのに!》


 ユージの前で立ち止まり、チロチロと舌を出して叫ぶリザードマン。

 小さな足でバタバタと地団駄を踏んでいる。迫力はない。


《あの、この子は……?》


《ユージ殿、申し訳ない。おばば様のほかに里で唯一魔法を使えるリザードマンなのだが、まだ子供でな》


《子供じゃないもん! おいニンゲン、私と魔法で勝負しろーっ!》


《これこれ、客人にそのような口を利くではない》


《だっておばば様ー!》


《あの、その前にスライムを魔法で倒したのは俺じゃないんだけど……》


《むっ! じゃああのシワくちゃな年寄り? なニンゲンか! それともあの太った? ニンゲンか! それかあの耳が長くて尖った……え? 耳が長くて尖った? あれ? エルフ?》


 ユージに問いかける小さなリザードマンが、ユージたちを次々と指さしていく。と、目を丸くしてフリーズした。

 エルフの存在はリザードマンに知られている。

 時おり湿原にやってきてモンスターをまとめて討伐する優秀な戦士として。

 しかもモンスターの素材を丸ごとくれる気前のいい存在として。

 どうやらこの子供も知っていたようだ。


《そうか! エルフならスライムぐらい倒して当然だな! エルフなら!》


 納得したようにうんうんと頷く小さなリザードマン。というかその仕草はリザードマンも同じなのか。

 ユージの足下にいたコタローは、小さく首を振っている。めんどくさそうなこね、でもやんちゃなかんじはきらいじゃないわ、とでも言いたげに。母性あふれる女である。犬だけど。


《いや、エルフのハルさんじゃなくて、倒したのはアリスの魔法だよ。この子の火魔法》


 隣にいたアリスの頭をそっと撫でるユージ。

 アリスにとっては突然のことだが、へへーっと満足そうに笑っている。

 ユージのいきなりの謎行動はいまにはじまったことではない。

 アリスも慣れたものである。


《こ、こんなちっちゃいニンゲンがっ! アタシと変わらないぐらいじゃないかっ!》


《自分でも小さいと思っているのではないか》


《うるさーいっ!》


《すごい魔法であったぞ。あのような魔法は初めて見た》


《私が得意なのは水魔法だからねえ。まあ火魔法が使えても、あんな魔法を使える気はしないねえ》


《お、おばば様も……おい、ちっちゃいニンゲン! 私と魔法で勝負だーっ! あ、おい、やめろー! 私はニンゲンと勝負するんだー!》


《すまぬユージ殿》


《ああいえ、元気があっていいじゃないですか》


 小さなリザードマンは、遅れて駆け寄ってきたリザードマンに抱えられて強制連行されていった。

 親か保護者なのだろう。

 指さして勝負を挑まれたアリスだったが、理解できずに首を傾げている。

 なにしろリザードマンの言葉はユージしかわからないので。

 幸いである。

 小さなリザードマンがどんな魔法を使うにせよ、アリスと魔法で勝負して無事で済むとは思えない。

 まあ戦闘形式ではなく、なんらかの方法で比べるのであれば別だが。


《あの子ももうちょっと落ち着きがあるといいんだけどねえ……》


《さあ、さっきのことは忘れて! 間もなく歓迎の宴であるからな!》


 ここまで案内してきたリーダー格のリザードマンが、ごまかすように大きな声を出す。

 聞き取れるのはユージだけで、ほかの5人にはあいかわらずシューシュー言ってるだけなのだが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「宴会は人間もエルフもリザードマンも変わらないですねえ」


「そうですねユージさん。食べ物とお酒、それから音楽。もちろん中身は違うわけですけれども」


 日が傾いて夕方。

 リザードマンの里では、ユージたちを歓迎する宴会がはじまっていた。


 もてなしの食べ物は湿地帯で獲れた魚や、食べられるモンスターの肉。

 味付けは薄いが、食べられないほどではない。

 特にコタローは歯ごたえが気に入ったのか、何度も肉をおかわりしている。なんの肉かは不明である。

 ユージ、ケビン、バスチアン、ハルの大人組にはアルコールも提供されていた。

 BGMの音楽は、エルフの里で主流だった弦楽器とは違って太鼓などの打楽器が中心であるようだ。

 リザードマンたちはリズムに合わせて尻尾を揺らしていた。


《楽しんでいるかなユージ殿、お客人?》


《あ、はい。ありがとうございます》


 ユージたちは持ち込んだ布を地面に広げて、その上に座っている。

 宴会が始まる前にケビンが数体のリザードマンを引き連れて、船に積み込んでいた荷物を取りに行っていたのだ。

 リザードマンたちはそのままペタリと地面に直座り。料理は手づかみである。

 客人としてもてなされているユージたちがいるのは、リザードマンたちの中央。

 近づいてきたのは、ユージを里まで案内してきたリーダー格と、おばば様と呼ばれるリザードマンだった。


《それにしても……言葉を話せるニンゲンと会えるなんてねえ》


《そうだ、それが聞きたかったんですよ! 俺みたいな人が過去にもいたんですか?》


《ああ、口伝しか残っておらぬがな。我らの先祖と言葉を交わし、文字を創ることを提案したのだという》


《え?》


《それまで、私たちには文字がなかったのよ。ニンゲンの言葉とは違うから自分たちで考えなさいと言われた、そう伝えられているねえ。ニンゲンの文字を覚えても、私たちには発音できないでしょうって》


《あ、なんかイヤな予感がしてきた。ちなみにどれぐらい前のことですかね?》


《わからぬ。何しろ我らリザードマンは、ニンゲンやエルフと比べて短命なのだ。ニンゲンは100まで生きるのだろう? 里で一番長生きのおばば様でごじゅうよん》


《歳のことは言うでない!》


 おばば様の尻尾が動き、年齢を口にしかけたリザードマンの胸を叩く。

 種族が違っても、女性に歳を聞くのは禁物であるようだ。


《いたた……そうさなあ、200回は季節が巡っているのではないか?》


《我らがこの地に移り住んだ時だと聞く。そのぐらいかもうちょっと前だろうねえ》


「《時代は合ってる……》。あの、ケビンさん、バスチアンさん、ハルさん。ちょっと質問があるんですけど……」


「どうしましたユージさん?」


「聞きたいような聞きたくないような。テッサのお嫁さんって……人間やエルフ以外もいましたか? 獣人とか、その……」


 チラリとリザードマンに目を向けるユージ。

 言葉が通じるニンゲンの存在、リザードマンが過去に出会ったタイミング。

 どう考えても、答えはテッサを指し示している。


「ユージさん、そこまでの詳細は市井には伝わっていません。バスチアン様のゴルティエ家をはじめ、人間の嫁と子供が興した六宗家の存在は知られていますが……」


「ケビン殿、わずかに誤りがある。六宗家は嫁と子供だけが興したのではない。王家と二つの公爵家はテッサ様の子供が、三つの侯爵家はテッサ様の嫁と子供が興したのは間違いないがな」


「それは知りませんでした」


「あ、そうなんですか。あれ? じゃあ最後の一つは?」


「『獣神』と呼ばれる獅子人族の男は、テッサ様の友人でパーティメンバーであったという。その方が興した侯爵家が一つ。合わせて六宗家じゃ」


「お祖父さま、ボクはてっきりテッサ様はダヴィドみたいな獅子人族ともその、子づくりしたのかと……」


「はは、すまぬシャルル。『獣神』の血族が同級生におるのじゃったな。説明しておらんかったか」


「おお! 俺もてっきりぜんぶ嫁にしてるのかと思ってましたよ! じゃあアレですね、リザードマンたちと知り合いだからって、嫁がいたわけじゃ!」


「ユージさん、さすがにないと思うよ! ボクらエルフも聞いたことないなあ。テッサがリザードマンと話をしてて、この地を提供したのは確かだけどね!」


「あ、知ってたんですねハルさん!」


 みんなちがって、みんないい。

 テッサの言葉は残っているが、獣人族は必ずしも手当たり次第ではなかったらしい。

 ユージがほっと胸を撫で下ろす。

 そこまで業が深くないよなテッサ、いや土理威夢(どりいむ)くん、と安心したようだ。

 過去に王都で、バスチアンの執事に『さまざまな種族の獣人族の奥様もいたようだ』と聞いたことは忘れているのだろう。

 獅子人族とリザードマンの嫁はいなかったが、ほかの獣人族の嫁の存在を否定しているわけではない。

 知らぬが仏である。

 日本人の業の深さよ。


《どうかされたかユージ殿?》


《ああいえ、こちらの話です。そうですか、言葉が通じるニンゲンがみなさんにこの地を提供して、言葉を創るように言ったと》


 それにしても。

 文字があるのはテッサのファインプレーだが、何もニンゲンと違う言葉を使わせずとも良かっただろう。

 発音できないかもしれないが、そうすれば意思疎通はできたはずなのに。

 テッサとて完璧ではない。というか穴だらけである。どうでもいいことは数多く残しているようだが。

 あるいは、隠れ住みたいとでもリザードマンたちが希望したのかもしれない。


《うむ。言葉だけではない。その者は、我らとエルフを引き合わせたと口伝に残っている》


《エルフは船でこの地に来る。敵対しないようにとおたがいに言い聞かせてねえ。ニンゲンが通った時は隠れるようにとも言ってたそうだねえ》


《湿原に深く入り込むか、攻撃してきたらニンゲンを攻撃してもよいとな。一人ひとりは弱いかもしれないが、ニンゲンに害をなすと総攻撃を受けるぞ、と警告されたそうだ》


《ああ、それはそうかもしれませんね》


《ニンゲンは弱いが、時々強い。あの川を通る船を見ていると実感するわねえ》


《うむ、おばば様。モンスターにいいようにやられる船があるかと思えば、魔法で撃退する船もある》


《その、助けたりはしないんですか?》


《我らは異形であるのだろう? 過去には助けようとしたこともあったようだが……》


《むしろ私たちが攻撃されちゃってね。モンスターじゃないんだけどねえ》


《あ……》


 言葉は通じない。

 二足歩行といえど、人間ともほかの獣人とも大きく形が違う。

 テッサの子供と嫁たちが興した国にはさまざまな獣人族がいるが、いずれも哺乳類がベースなのだ。

 リザードマンがモンスターと見られてもおかしくはないだろう。

 リーダー格のリザードマンとおばば様は、目を伏せて悲しそうな様子を見せていた。たぶん悲しいというボディランゲージである。



 スライムを倒し、リザードマンの里に招かれたユージたち。

 予定外の宴会は続く。

 百体を超える、トカゲ人間に囲まれながら。

 言葉が通じるユージはともかく、ケビンもバスチアンもアリスとシャルルの兄妹も、タフなハートの持ち主である。

 ハルだけは、この場の全員が敵になったとしても切り抜ける算段があるのだろうが。

 現役の1級冒険者は、人外の戦闘力の持ち主なので。



次話、明日18時投稿予定です!


リザードマンのくだり、全二話の予定でした……ついつい!

おばば様の口調が安定しないのも、こんなにしゃべる予定はなかったからですw

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