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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十章 代官(予定)ユージ、文官として働きはじめる』

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第二十話 ユージ、リザードマンと話をする


「は、はは……なんだこれ。俺、どうなってんだろ……」


《うぬ? やはり言葉がわからぬのか?》


《もう一回! もう一回さっきの言葉を!》


《待て待て落ち着け、見よ、怯えているではないか》


 宿場町・ヤギリニヨンと王都を結ぶ川の途中にあるマレカージュ湿原。

 ユージたちは、1級冒険者でエルフのハルに連れられてその地を訪れていた。

 ユージとアリスのパワーレベリングのために。

 三度に及ぶ雑魚狩りは、アリスとその兄・シャルルの火魔法であっさり成功する。

 100匹を超えるモンスターの死体の始末に頭を悩ませるユージの前に現れたのは、二足歩行するトカゲの群れであった。

 この世界のリザードマンであるらしい。


 ユージたちに近づいてきたのは、シューシューと独特の音を口から発する三体のリザードマン。

 接近してきたことでユージはようやく気づく。

 ()()()()()()と。


《あの……初めまして。ユージといいます》


《おお、気のせいではなかったか!》


《ユージ、ユージ殿だな! 言葉が話せるニンゲンとは!》


《落ち着けお主ら》


 リザードマンのもう一回コールに答えて自己紹介するユージ。二足歩行するトカゲにもう一回コールを受けたのは初めての人類だろう。いや、ひょっとすると元の世界のレプティリアンに受けた人間がいるかもしれないが。

 ともあれ、やはり言葉は通じているようだ。

 うれしさのあまりずいっとユージに近寄る二体のリザードマンを、もう一体が止めていた。

 なにしろ口から鋭い牙をのぞかせて、縦長の瞳孔を爛々と輝かせるトカゲ人間にユージがちょっと引き気味だったので。


《うぬ、すまぬ。初めてのことゆえ興奮してしまった》


《まったく恥ずかしい。ところでユージ殿、このモンスターの死体だが……》


《あ、すみません。みなさんはこの湿原に住んでるんですよね? 迷惑でしたか?》


《モンスターどもを退治してくれたことはありがたい。聞きたかったのは、いつものようにコレをもらっても良いのか、ということだ》


《これまで言葉が通じなかったからな。時おりエルフを見かけるのだが、我らもわからなかったのだ》


《目を合わせて手をこちらへ向ける。どうぞ、ということだと理解していたのだが》


「《ちょっと待っててくださいね》。ハルさん、これはいつも通りもらっていいのかって。というかこれまでも、もらっていいのか? って感じだったみたいですけど」


「ユージさん、おっけーだよ! これまでも贈り物のつもりだったんだ! ほら、船に大量に積み込むわけにもいかないしさ」


 リザードマンたちとの質問を通訳して、エルフのハルに問いかけるユージ。

 日本語、現地の言葉、エルフ語、リザードマン語。

 ユージ、クアドラリンガルであるらしい。

 いや。

 これまでの経緯を考えると、知らない言語も音にすれば理解できる、話せる可能性が高いのだ。

 マルチリンガルであるのだろう。文字通り。


《えっと、贈り物ですって。これまでもそのつもりだったらしいです》


《むう、エルフはずいぶん気前がよいのだな》


《正直助かる。雑魚とはいえ数が多いとうっとおしいのでな》


《冬に向けて保存食にするか。それにしてもこの数……魔法か?》


《あ、はい、魔法でやりました》


 リザードマンの質問に答えるユージ。

 足下では、コタローがユージの足を前脚でたしたしと叩いている。まほうでやりましたって、やったのはありすとしゃるるじゃない、とでも指摘するかのように。


《魔法か。我らも次代のシャーマンを育てなくてはならぬのだが……》


《おばば様ももう歳であるからな。それにしても強力な魔法の使い手よ》


《これであれば湿原のモンスターに後れをとらぬだろう。我らにもこれほどの使い手がおれば、ヤツらに好き勝手させぬものを》


《しかり。……どうだ? 頼んでみては?》


《おい、贈り物をいただいておいてそれはないだろう》


《だが言葉が通じるのだ。神の差配かもしれぬ》


《ううむ、だが……》


《あの、何か困ってるんですか? 俺たちは旅の途中なんで、力になれるかわかりませんけど……とりあえず聞きますよ? ほら、言うは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言いますし》


 リザードマンたちの会話に口を挟むユージ。

 ことわざを使うあたり、ユージも成長……意味が違う。

 そのことわざは、知らないことを聞くのは恥ずかしいけど、知らないまま過ごすよりいいだろう、積極的に質問して学ぶべし、という意味である。

 ユージの足下のコタローは、じっとリザードマンを見つめていた。ユージの過ちに気づかなかったらしい。ことわざは知らなかったようだ。コタローは賢い女だが、犬なので。しょせん棒に当たる生き物である。


《ううむ……だが、お客人に頼むようなことでは……》


《何を言っている、困ってるのは事実ではないか》


《うむ。ユージ殿、本来は我らで対処すべき話なのだが……》


《あ、はい、言ってみてください。大丈夫ですよ、別に恥ずかしいとか思いませんし》


 ためらうリザードマンに、『そんなこともできないのか、恥ずかしい!』なんて思うことはないから、と先を促すユージ。

 当然である。

 それを言い出したら、そもそもユージの目の前にいるリザードマンたちはハダカなのだ。

 武具を持って、羽飾りやモンスターの爪や牙、革を加工したらしきアクセサリーを身につけているが、カラダはむき出しである。

 人間の観点で言えば、紛うことなき全裸なのだ。

 さらに言うなら、自分で対処できないなんて恥ずかしい、などとユージが言うはずもない。

 なにしろユージは10年間引きニートだったので。

 何ができないにせよ、そんなことを言えば鋭いブーメランとなって自分に突き刺さるだろう。


《うむ、それでは恥を忍んで》


《実はこのところ、あるモンスターの大発生で悩まされておるのだ》


《魔法で対処できるのだが、我らは魔法が得意な者が少なくてな。おばば様はもう歳で、もう一人は……》


《モンスター? 魔法なら倒せるんですか? えっと、俺が光魔法をいくつか、あとは火魔法と風魔法ならかなり強いみたいですけど》


 チラリとパーティメンバーを振り返るユージ。

 ユージの明かりと目つぶしの光魔法はともかく、火魔法と風魔法は『かなり強い』どころの話ではない。

 長命種であるエルフは魔法が得意な者が多い。そのエルフの中でもトップクラスの風魔法の使い手・ハル。

 王都に暮らす貴族で『赤熱卿』の二つ名を持つバスチアン。

 火魔法はアリスもシャルルも、すでにかなりの使い手である。

 今回のユージのパーティは、むしろ魔法過多であった。


《もし良ければモンスターの討伐に協力していただけないだろうか》


《報酬はいかようにも、と言いたいところなのだが……》


《我らではニンゲンが望む物はわからぬのが問題であるな》


《あ、まあその辺は別にいいですよ。そもそも俺たち、モンスターを倒しにきたんです。位階を上げるために》


《む、だがそれでは申し訳が立たぬ》


《ユージ殿、では我らの里にお招きしよう》


《おお、それはいい。望む物を選んでもらえばいいのだな》


《じゃあそうしましょう。それで、そのモンスターがいるのはここから近いんですか? っていうかどんなヤツらなんですか? あんまり危ないようなら……》


《ここからそう遠くはない。それに、魔法が使えるなら》


《うむ、まったく危険はない。何かあっても我らが盾になろう》


《魔法が使えなければ難物なのだがな。敵は粘液状の生物で、動きは遅い。触れた生き物を溶かして自らの養分にするのだ。魔法が使えなければちびちびと削って消滅させていくしかないのだが……》


《今回、発見が遅れてな。すでにかなりの数に増殖しておる》


《粘液状のモンスターで、物理が効きにくい……あの、俺、すごく心当たりがあるんですけど……こっちにもいたんだ。しかも強いバージョン》


《おお、ユージ殿もご存じであるか》


《それは心強い。おばば様も得意なのは水魔法でな。いまいち効きが悪いのよ》


《そうだユージ殿。敵は……()()()()だ》


 とあるRPGでは序盤に出てくる雑魚、とあるゲームでは厄介な相手。

 どうやらこの世界のスライムは、厄介なタイプであるらしい。


 ユージがハルやケビンに相談したところ、あっさり『近いなら倒しておこう』という話になった。

 アリスは、これでまた位階が上がると敵の出現を喜んでいる。

 バスチアンにいたっては、水運の邪魔にもなりかねんからのう、とむしろ積極的に狩りたいようだ。

 血気盛んなパーティである。

 というか、そもそもこの湿原にはモンスターを倒しにきたのだ。アリスが言うように。


《じゃあ案内をお願いします》


《うむ、では我らが案内……ああいや》


《我が案内しよう。お主らはこの場の片付けの指揮と、里への報告を頼む。なに、ユージ殿、半刻も歩けばすぐよ》


「《あ、はい、よろしくお願いします》。みんな、彼? 彼女? が案内してくれるって!」


 ユージ、いまさらながらリザードマンの性別がわからないことに気づいたようだ。

 まあ気づいたところでどうしようもないのだが。

 二足歩行する全裸のトカゲの雌雄など、人間にはどうでもいいことだろう。

 見た目の好き嫌いはともかく、性的に興奮する人間などいないはずだ。たぶん。


「了解! アリスちゃん、シャルルくん、スライムの群生地だって! 運がいいね!」


「うむ、儂も若い頃はよく駆り出されたものよ。ヤツらには火魔法がよく効くからのう」


「へへー、アリス、次はどの魔法使おうかなあ」


 リザードマンたちの遠慮をよそに、ユージの旅の仲間はスライムの殲滅にノリノリであった。

 アリスにいたっては、もっと殺れるんだと喜んでいる有様である。

 物騒な少女である。

 まあアリスは殺戮に魅せられたわけではなく、位階が上がって寿命が延びて、親友のエルフの少女・リーゼと遊べるようになることを喜んでいるのだろう。



 案内役のリザードマンを先頭に、コタロー、ユージたちが続けて湿原を歩いていく。

 水辺の行動も苦にしないリザードマンはともかく、ユージたちは時おりアリスの土魔法で足場を作りながら。

 ユージがこの世界に来てから6年目。

 ユージがちょっとワクワクした様子なのは、顔があるタイプの雑魚スライムを想像しているのだろう。

 先ほど、この世界のスライムは厄介なほうのバージョンだと聞いたばかりなのだが。

 ともあれ。

 ユージ、初めてのスライム退治である。



次話、明日18時投稿予定です!


…なんでいまさらリザードマンかって?

くりっとした瞳、愛らしい仕草、独特の進化。

好きです、爬虫類。いえ、性的な意味ではなく。

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