第五話 ユージ、会談した内容を開拓地の主要メンバーに報告する
「お迎えのつもりかな? はは、わかったよコタロー、おまえはすごいなあ」
ガラガラと音を立てる荷車を後ろに引き連れて森を歩くユージ。
道の先にオオカミたちの姿を見つけたユージは、ホウジョウ村開拓地に帰る自分たちを迎えに来たのだと気がついたようだ。
一行の先頭を歩くコタローが先ほどからチラチラと振り返っていたのは、かしこいこぶんたちでしょ、というアピールだったのだろう。
「ああっ、オオカミさんたちだ! コタローをお迎えに来たんだね!」
ユージの横を歩いていたアリスは、すごーい! などと言いながらコタローを撫でまわす。
異世界の少女は、優秀な子分を持つコタローがうらやましいのかもしれない。
アリスに称賛されたコタローは、ご機嫌でブンブン尻尾を振っていた。
「いやあ、これはすごい! やはり寝床を作って……オオカミの発情期は……いやそれ以前にコタローさん配下の群れには雌雄揃っているのか?」
撫でまわされて満足したのか、コタローは歩みを再開している。
その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ケビンはブツブツと考えにふけるのだった。
冬の移動手段の主役で、ホウジョウ村の早期警戒担当でかしこいオオカミたち。
ケビン、増やすことを検討しているようだ。
ちなみに今回、ケビンの妻のジゼルは同行していない。
ジゼルはいま、冬の間に作った衣料品を嬉々として売りさばいている。新婚の夫と一緒にいるより商売が楽しいのだろう。一時的なことを願うばかりである。
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「それでユージさん、どんな感じになりそうなんだ? ああ、ユージさまって呼ぼうか?」
「止めてくださいよブレーズさん! せっかくマルセルが奴隷じゃなくなって、ユージさまって呼ばれなくなったんですから!」
「ははっ、ふんぞり返って呼ばれてりゃいいのにな! なあマルセル?」
「ほんとですよブレーズさん。ユージさま、もう同じ平民なんだからってユージさまと呼ばせてくれなくて」
「マルセルさんまで、もう!」
もう、ではない。35才のおっさんが『もう!』とか言ってもかわいくないのだ。むしろキモい。
ユージたちがホウジョウ村開拓地に帰ってきた日の午後遅く。
ユージの家の前の広場には、何人かが集まっていた。
プルミエの街でユージが話してきたことの報告会である。
いつものごとく切り株を加工したイスに座るのは、現在、開拓団長で村長で防衛団長で、今後は文官となることを決めたユージ。
副村長のブレーズ、木工職人のトマス、鍛冶師やケビンのほか、今日は犬人族のマルセルの姿が見える。
自分の身分を買い取ったマルセルは、かねてから言っていた通りこのままホウジョウ村開拓地に住み続ける。
今日は開拓地の農業担当者としてこの場に参加しているようだ。
「ユージさん、こっちは特に異常なしだ。まあニナが機嫌よさそうなぐらいだな」
「すみませんブレーズさん。迷惑じゃなかったですか?」
「ん? まあ狩人のニナには特に決まった仕事もないしな。それに今回はしゃあねえだろ。マルセル、ちゃんと相手してやれよ?」
「もちろんですとも! いまはマルクも街に行っていて、家に二人っきりですからね!」
犬人族のマルセルはブンブンと尻尾を振る。
自分の身分を買い取って、マルセルはもうただの平民。
この国の奴隷は過酷なものではないとはいえ、それでも。
猫人族のニナは、夫が自由な平民に戻ったことがうれしいのだろう。当然である。
ところで、息子が不在で家に二人きりだからなんだと言うのか。まあ考えるまでもない。
「マルセル、家に二人だからってあんまりはしゃぎすぎるなよ? いやはしゃぐのはいいんだが……その、大きな声は出さないようにな」
目を逸らしてマルセルに警告するブレーズ。
実体験なのだろう。
『深緑の風』のパーティ内で結婚したブレーズとセリーヌも新婚で、二人の家がある。なぜ大きな声が出たのかは不明である。きっと喧嘩だろう。喧嘩して大声を出して周りに聞こえてしまったのだろう。きっと。
ブレーズやマルセルと同じく家持ちのエンゾは、さらに妻の妹と同じ家に暮らしている。どう考えても聞こえている。変態か。いや、喧嘩の時の大きな声なのだ。問題ない。
「さあさあ、報告をはじめますよ! ほらユージさん!」
「すみませんケビンさん、ありがとうございます。えっと、俺たちは領主夫人と代官に会ってきました。文官になるって決めたのでその報告に」
「それで何か言われたか?」
「何から話しましょうか……その、まず文官として働きはじめるのは、来年の秋からになりそうです。それまではいろいろ教わる期間で」
「ユージさん、それまでユージさんはどうすんだ? ここにいられるのか?」
「あ、はい。それまでもその後も、フツーに開拓地にいていいそうです」
「おう、そりゃよかった。いろいろやりかけだからなあ」
「そうですね。それに、ここに俺の家がありますから。あとは……文官としての仕事は、開拓地の治安維持に関することと徴税を担当することになるみたいです」
「ユージさん、大事なことを話し忘れてますよ」
「え? あ、そっか。それで、来年の秋に仕事をはじめるまでに、村長と防衛団長は誰かに任せたほうがいいんじゃないかって」
「ユージさま、そのままユージさまがやるのはダメなのですか?」
コテンと首を傾けてユージに問いかけるマルセル。おっさんではあるが犬人族で、二足歩行するゴールデンレトリバーである。かわいい。
「マルセル、もう『さま』はつけなくていいんだって! 防衛団長はともかく、徴税する側になるわけですから、納める側のトップの村長とは別なほうがいいだろうって。みんなが納得するなら続けてもいいらしいんですけど、気持ち的に微妙だろうからって」
ユージ、ストレートすぎである。
その理由は領主夫人と代官がユージにアドバイスとして言っただけで、普通、村人たちに言うべきことではない。
まあ聞いた開拓民もケビンも、苦笑しているだけだったが。
ユージの扱いにも慣れたものである。
「はは、まあそりゃそうだな」
「そうですね、ユージさまじゃなきゃ私もちょっと……どこの農村でもそうでしょうね。ユージさまなら、このままでもいい気もしますけど」
「まあそのまんま言っちゃうぐらいっすからね! 俺も親方に怒られまくって直したんすけど!」
「ユージさん。みなさんの言うことももっともですが、私は最初から分けておいたほうがいいと思いますよ。この地の文官と、村長と、防衛団長を」
「ケビンさん?」
「ユージさん、いまこのホウジョウ村は上手くまわっています。いろいろな村に行商に行っていた私から見ても。ただ、ユージさんもみなさんも忘れないでください。ここは開拓地で、今後、移住者は増えていくでしょう。それに、いつかは世代交代もあるのです」
どこか暢気な開拓民たちを前に、ケビンが真剣な表情で話をはじめる。
それは、辺境の村々をまわる行商人だったケビンの経験を活かしたアドバイスであった。
「ですから、最初から分けるべきです。領主夫人は希望すれば防衛団の、ゆくゆくは衛兵たちの隊長を派遣できると言っていましたが……これも、最初は開拓民のみなさんの誰かがやるべきです」
「は、はあ」
「ユージさんじゃなくなっても、あるいはみなさんじゃなくなっても。ホウジョウ村として上手くまわるようにしておかなければ。いい雰囲気の今だからこそ大事なことです」
そこまで言い切って、ケビンはふうっと大きく一つ息を吐く。
語られた内容に、開拓民たちはパチパチと拍手を送っていた。暢気か。
いや、順調で余裕があって暢気でいられるからこそケビンが言ったわけなのだが。
「と、ということで俺の後任の村長と防衛団長を募集します! えっと、秋の収穫の前には決めておきたいです!」
拍手が収まったところでユージが宣言する。
さすが村長、仕切っているつもりのようだ。
後任を決めるタイミングで、ようやく。
だが、この場で立候補する者はいなかった。
ユージはこれまで成り行きのままに長を引き受けてきたが、本来はこれが当然なのだ。
なにしろ仕事と責任が増えるので。
集まった人々は『組織の長』に怯んでいるのだろう。
普通、即決はできない。
「え、えっと……?」
「ユージさん、さすがにすぐ決めるってのはムリだ。副村長ったって、俺も嫁がいるしな。相談しないことにはよ」
「あ、そりゃそうですよね、自分ひとりのことじゃないですもんね。奥さんがいれば……」
ブレーズの言葉に頷きながら、集まった面々を見まわしたユージはショックを受けていた。
ブレーズもマルセルもケビンも妻がいたので。
独身なのはむさい鍛冶師のおっさんと、まだ若い木工職人のトマスとユージだけである。
「ユージさん……一緒にがんばるっす! それでその、もうちょっと独身の女性を……」
「トマスさん……」
ユージとトマスが肩を組む。
ユージ、木工職人のトマス、ここにはいないが元5級冒険者の男5人。
独身同盟の誕生である。
ちなみに移住してきた鍛冶師たちのうち2人も独身である。
ホウジョウ村開拓地は、いつの間にか男の比率が高まっていたようだ。
ともあれ。
村長と防衛団長の立候補を待ちつつ、ユージの報告は終わるのだった。
誰も言わなかったが、どちらかはブレーズが担当することになるだろう。
なにしろブレーズが『すぐ決めるのはムリ』と言った段階で、ケビンと開拓民たちは目配せを交わしていたぐらいなので。
知らぬは本人ばかりである。
あとユージ。
まあいつものことである。





