第三話 ユージ、領主夫人と代官から仕事内容を聞く
「それにしても……すごかったですねゲガスさん」
「パパ、生き生きしてたわね!」
「ユージさん、お義父さんはああいう人ですから」
ホウジョウ村開拓地を出て二日目の午後遅く。
ユージたちは無事にプルミエの街にたどり着いていた。
その中にゲガスの姿はない。
プルミエの街とホウジョウ村開拓地を結ぶ道の途中、宿場予定地に置いてきたのだ。
置いてきた、というよりも今はそこがゲガスの家なのだが。
「あれだけ木が伐り倒されてたし、トマスさんを行かせてあげたほうがいいですかね? 素人じゃちゃんとした家は難しいでしょうし」
「ユージさん、お義父さんにはお義父さんの考えがあると思いますよ。言われない限りは放っておきましょう」
「はあ、そういうもんですか……」
「もうあれは病気ね、病気! でも……よかったわ。会頭を引退するって言い出した時はどうなるかと思ったんだけど」
かつて冒険者ギルドでユージに絡んだ大男と猿人族の男。
プルミエの街から派遣されてきた5人の犯罪奴隷。
更生中の7人の男たちを率いて楽しそうなゲガス。
そこにはユージにはわからない考えと絆があるようだ。
「さてユージさん、見えてきましたよ! ケビン商会です!」
「……あの。帰りを待つ人、増えてません?」
「ケビンおじさんのお店、大人気だね!」
プルミエの街の大通りに面したケビン商会。
そこには、ケビンの帰りを待ち構える女性たちがいた。
『開拓地に行ったら新しい服を仕入れて帰ってくる。しかも帰りに捕まえれば翌日の販売に向けて整理券がもらえる』。
ケビンとジゼルの過去の行動の結果である。
「ええ! アリスちゃんやユージさん、針子のみなさんのおかげでね!」
「うふふ、ほら、冬の間はほとんど売り出せなかったもの。その分、今回人が増えたみたいね! 嬉しい悲鳴だわ!」
ケビンとジゼルの商人夫妻は上機嫌。
ユージはちょっと引き気味である。だが、この奥様たちは衣料品の生産地であるホウジョウ村にとっても大切なお客様なのだ。
ユージもわかっているが、集団になった女性の迫力に引いているだけだろう。成長してきた、モンスターや盗賊と対峙してきた、強者と訓練しているといえ、その迫力は別モノなので。
「みんな! ケビンさんたち帰ってきたわよ!」
「やった、2台もいる!」
「待ちなさい、ぜんぶ服なわけないわ! ないわよね?」
「ジゼルさん! 今回も整理券配ってくれるんですよね!」
店舗の前で待ち構えていた女性たちがケビンと荷車の登場に気づいたようだ。
小走りでユージたちのもとへ向かってくる。
ユージ、担いでいた大楯を構えようと知らず身じろぎしていた。
ワフワフッと鳴くコタローに裾を引っ張られ、自分が何をしようとしているか気づいたようだ。
ちょっと恥ずかしそうに頬を掻いて手を下ろす。
何かに気づいたように慌てて横を見るユージ。
そこには、ニコニコと笑うアリスがいた。
ユージはホッと胸を撫で下ろす。
盾を構えようとした自身はともかく、アリスが攻撃態勢に入っていたらシャレにならないので。
ともあれ。
ユージたちは、無事にプルミエの街・ケビン商会にたどり着くのだった。
道中で最も危険を感じたのはケビン商会の店先だったようだが。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「またお待たせしてしまいましたわね、ケビンさん、ユージさん。アリスちゃんも。あら、そちらの方は?」
「オルガ様、紹介させてください。私の妻のジゼルです」
ユージたちがプルミエの街に到着した二日後。
ケビンとジゼル、ユージ、アリスは領主の館に来ていた。
前日はユージやアリスも衣料品の販売に駆り出されたためこの日になった、わけではない。
ケビンが連絡したところ、領主夫人と代官の都合で到着から二日後になっただけだ。
領主夫人と代官とは初対面となるジゼルを紹介するケビン。
夫である領主がゲガスと『拳を交わす』仲のため、領主夫人もゲガスの愛娘の話は聞いていたようだ。
夫を通じてゲガスから聞いたうわさ話を披露して、さっそく距離を縮めている。
ユージ、蚊帳の外である。
女性同士の会話に口を挟めるほどのコミュ力はないので。適切な判断である。
「さて、本題に入りましょうか。ユージさん、よく決断されましたね」
「はい。領主様から話をいただいて、みんなにも相談して……ホウジョウ村の担当ってことでいいんですよね?」
「ええ、そのつもりですわ。私たちは他の貴族の勧誘からユージさんを守り、ユージさんはいままで通りホウジョウ村を開拓、発展させていく。これはそれだけのお話ですもの」
「わかりました。よろしくお願いします、領主夫人様!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします、ユージさん」
「オルガ様」
「レイモン、うるさいことは言いっこなしよ」
「あの、どうしたんですか?」
「ああ、レイモンは呼び方を気にしているのよ。形式上は私たちの下で働く文官となるわけですから」
「え? 領主夫人様ってダメでしたか?」
「ふふ、そうね。レイモンも『オルガ様』と呼んでいるでしょう? 部下からはそう呼ばれているわ。あの人は側室を娶る気はないようですけれど、本来は『領主夫人』が何人かいてもおかしくない話ですからね」
「そっか、一夫多妻だから」
「それにレイモンが気にしているのはもう一つ。文官として部下になったわけですから、『ユージさん』ではなく『ユージ』と呼び捨てるべきだってことでしょうね」
「他の者に示しがつきませんから」
「あいかわらず固いわねレイモン。ユージさん、呼び捨ててもいいかしら? ユージ、って」
ムダに色っぽい微笑みをユージに向ける領主夫人。
ユージの答えはない。
ユージはただ頬を赤く染め、目を泳がせていた。呼び捨てされただけでコレである。純情か。35才のおっさんのくせに。
ユージのリアクションがおもしろかったのか、領主夫人はからかうように姿勢を変える。
今日も胸元が大きく開いたドレスの前で腕を組み、双丘を強調させて。
泳いでいたユージの目が止まる。
「どうしたのかしら、ユージ?」
唇の端を持ち上げて楽しそうに問いかける領主夫人。
完全に自分の魅力を理解している女の行動である。
ユージは頬だけではなく顔全体を赤くしていた。
「いてっ!」
ユージの脇腹と足に激痛が走る。
むうっと顔をしかめたアリスと、なにしてんのよこのおばか、とばかりに足に噛み付いたコタローの仕業である。
「うふふ、ずいぶん仲が良さそうね、ユージ」
「あ、す、すみません! オ、オルガ様! えっと、もちろん呼び捨てにしてもらって大丈夫ですはい!」
ユージ、なんとか正気を取り戻したようだ。
代官のレイモンの目線がふっと和らぐ。セーフらしい。まあからかわれただけなので。
「そう、じゃあよろしくね、ユージ」
「は、はい!」
領主夫人に手玉に取られて動揺しまくるユージを見て、代官のレイモンもケビンもジゼルも苦笑を浮かべるのだった。
「あの、それで仕事はどんな感じになるんでしょうか?」
「そうね、ユージに任せたいのは開拓地の徴税と治安維持ね。今はまだ開拓地の税の優遇は続いていて複雑だし、次の次の秋からやりながら覚えてもらおうと思ってるの」
「はい、領主様からだいたいのところは聞きました。来年からですね」
「領主様じゃなくてフェルナン様、ね。聞いているなら話は早いわ。まあ心配しなくても、次の秋の徴税の時にレイモンがいろいろ教えてくれるわよ」
「あ、はい、よろしくお願いします」
どうやらユージの教育係はプルミエの街の代官にしてホウジョウ村開拓地の徴税官も担当するレイモンらしい。
人妻で巨乳な領主夫人に手取り足取り教わるわけではないようだ。残念ながら。
「ユージ、教える前に事前に確認しておきたい。これは読めるか?」
領主夫人の横に控えた代官から差し出された数枚の紙を受け取って、じっくりと見つめるユージ。
採用試験である。SP○的なアレである。違う、すでに採用は決まっているのだ。
「いくつかの単語はわかりませんけど、だいたいわかります。畑の広さとか植えてる作物、収穫できた量ですよね?」
「ほう、これはこれは。ではこの書類は?」
「あ、こっちは単語もぜんぶわかると思います……商会の売上ですよね? ケビンさんに見せてもらったことがあります。あれ、というかこれケビン商会の」
「ふふ、よく気づきましたねユージさん」
「ケビンさん、さすがにわかりますよ。何度も教えてもらいましたから」
「ほうほう。ではこちらは?」
「えっと、数字が並んでて……左の数字に二番目の数字を掛けてるのかな? 答えを一番右の数字とどっちが大きいか比べてる。売上、税率……人の税?」
「ほう、これは。ではユージ、その数字の計算でおかしいところはないか?」
「えっと、ちょっと待ってください。……あ、下から三番目の計算が間違ってますね」
「あら? あらあらあら?」
「ほうほう、これはこれは」
「え? なんかおかしかったですか? その、さすがに俺だって算数ぐらいは」
ユージは20才から10年間引きニートだった。
だが、中退となったが大学までは通っているのだ。
簡単な算数ぐらいは暗算でできる。さすがに。まあアリスにかけ算を教える際に間違っていた実績があるのだが。
「いいえユージ、思った以上で驚いているのよ。ねえレイモン?」
「ええ、計算も速い。わからない単語がいくつかというのも、徴税のための書類であれば当然。これは掘り出し物だ」
「あ、よかった」
この世界の識字率は低い。
ユージが村長を務めるホウジョウ村開拓地は、ユージの方針とケビンが提供した教本で開拓民のほとんどが簡単な読み書きをできるようになっている。
まあ動機の大半は恋文を書くためなのだが。
ユージとケビン、エルフたちの英才教育が施されているアリスの他にも、副村長のブレーズや針子のヴァレリーとユルシェル、木工職人のトマスあたりは四則演算も覚えている。
ほかの開拓民たちも、簡単な計算ならできるようになっていた。
だが、この世界には文字が読めない者も計算ができない者も多いのだ。
この国の王都であれば稀人のテッサが起源となった共通の学校で教わるが、辺境であるプルミエの街や近隣の農村では学校に通う子供は少ない。
領主夫人と代官は、教えるにあたってユージが最低クラスの能力だと想定していたようだ。
失礼である。失礼であるが、これまでの言動から『賢い』とは読み取れなかったので。
「あの、それよりこの書類に気になるところがあって」
「あら、何かしら?」
「これ、形式が決まってるんですか? この枠線と上の単語……ハンコ? いや、掲示板の人たちが言ってた木版印刷ってヤツかな?」
「まあ! そう、ユージは稀人だものね、そのあたりも知ってておかしくない。うふふふふ」
「オルガ様、これは本当に掘り出し物かもしれません。テッサ様と同じ出自の者とはいえ、ここまで知識があるか」
「あ、やっぱりテッサか」
ユージが稀人であることを知りながらその知識量や文官に必要な能力を疑っていた領主夫人と代官。
エルフの里をはじめ、ろくでもないことが目についたテッサの功績を知って再評価するユージ。
全員、失礼である。
まあテッサもユージも身から出た錆なので。
「ユージ、この国では書類の形式が決まっていることが多いわ。まあそのあたりはレイモンに教わってね」
「ふむ、ではユージ、今回はいずれユージが扱う各種書類と記入例を渡しておこう」
そう言って、傍らに置いていた木箱をずいっとユージに差し出す代官。
どうやら今日のために準備していたようだ。用意がいい男である。
ともあれ、ひとまず書類が理解できてユージは胸を撫で下ろすのだった。
初めての仕事の、具体的な内容の一部をぼんやりとでも知れたために。
「では次に治安維持に関してだ」
ユージの耳に代官の声が届く。
ユージ、安心するのはまだ早かったらしい。
領主夫人と代官との会談はまだ続くようだ。





