第二十話 ユージ、リーゼの祖母と一緒にビデオ通話をする
「……すげえなこりゃ」
「俺たちの地道な開拓が……」
「そんなこと言わないのブレーズ! 誰だってできることとできないことがあるんだから!」
「コツコツやるだけ」
「うわあ! うわあ! ユージ兄、もっと近くに行こうよ! アリス、魔法教えてもらわなきゃ!」
「お、おう」
秋、収穫前のホウジョウ村開拓地。
ユージとアリス、元3級冒険者パーティ『深緑の風』の4人は、魔法を使う一団を見守っていた。
10人のエルフたちである。
テンションが高いのはアリスとコタローだけ。
開拓民とトラブルにならないようにと護衛役を買って出た『深緑の風』の4人とユージは目を丸くしている。
『うむ。では儂が造った溝にそって水路を通すのじゃ。ユージ殿の計画書通りになっとるからの』
『了解です長老! さすが、やればできるエルフですね!』
『一言多いわ!』
『勾配は良し。ただこのままじゃ降水量次第で溢れる可能性があるな。おい、この水路はもう少し深くしておいてくれ。上水仕様で。こっちは……うん、いい感じだ』
『ユージ殿、テッサ譲りの土魔法を見せてやろう。ついてくるがよい』
『みんなはしゃぎすぎないでね! ニンゲンと問題を起こさないようにゲガスと冒険者が案内役についてるんだからちゃんと協力するように!』
まだ水は引かれていないが、川から続く用水路はエルフたちの魔法によりあっさりとホウジョウ村開拓地まで通された。
いまはホウジョウ村の各所と、さらに発展が見込まれる場所に上水と下水を張り巡らせているところである。
やりすぎか。
ユージと『深緑の風』の面々、さらに遠巻きにエルフを見ている開拓民たちは、そのスピードと規模に目を丸くするばかりであった。
「ほれユージさん、長老からご指名だ。せっかくだから見せてもらうといい。アリスの嬢ちゃんもな」
「え? ゲガスさん、何か知ってるんですか?」
「ユージさんは聞いたことねえのか? 王都・リヴィエールを魔法一発で囲んだ初代国王の父の土魔法を」
「あ、戦争になった時、テッサは王都のまわりに魔法で壁を造ったって」
「長老がやろうとしてるのはソレよ。まあテッサ様ほどの規模じゃないようだがな」
「ええっ!? すごーい! ユージ兄、一緒に見に行こ?」
「お、おう」
ユージ、ちょっと引き気味である。
元々ユージは掲示板住人たちと、ある程度の都市計画を造っていた。
都市というより農地を内包する広い村の予定だったが。
そもそもユージ宅のまわりを開拓するのは、食料を近場で作れるようにして何があってもユージが生き延びられるように、という意味もあったので。
だが「この際だからいろいろやってもらっちゃおうぜ!」と掲示板住人たちがノリノリでユージに伝えたのだ。
ミニマムは用水路のみ、マックスはこれができるなら、と。
ユージに相談されたリーゼの祖母と二人の長老は、マックスの計画にOKを出していた。
やっぱり稀人が考えることは面白い、などと言って。
開墾はあくまで自分たちでやるとして、外壁、上水・下水・農業&工業用水。
エルフが引き受けた工事の規模、そして目の前で進む工事のスピード。
ユージ、自分で頼んでおきながら引き気味である。
ユージが撮影している動画がアップされたら、提案してきた掲示板住人たちも驚くことだろう。
「じゃあアリスと一緒に壁造りを見に行ってきます。ブレーズさん、ゲガスさん、こっちは任せていいですか?」
「ああユージさん。って言ってもなあ……開拓民たち、魔法に驚いてエルフどころじゃなさそうだが」
「ああ、まあ仕方ないだろう。俺もここまでの魔法を見るのは初めてだ。ユージさん、いい機会だから見せてもらってきな。アリスちゃんもな」
「はーい!」
「ありがとうございます! じゃあ行ってきます!」
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『うむ。この魔法を使うのはひさしぶりじゃったが……こんな感じじゃな。どうじゃユージ殿? 問題なければ次はもっと長めでやってみるかのう』
『す、すげえ……』
「うわあ、うわあ! 『おじーちゃん、どうやるの?』」
ホウジョウ村開拓地、外周に設けられた木の柵と空堀のさらに外。
あたりはうっそうと木々が茂った、まだ開拓もはじまっていないエリア。
そこに突如として5mほどの長さの土の壁が出来上がっていた。
高さは2m、厚さも2mほど。
『おお、アリスちゃんはエルフの言葉が上手くなったのう。ではこの爺が教えてやろう』
『やったあ!』
『ア、アリス……?』
アリスが得意なのは火魔法だが、土魔法も使える。
エルフの里でもいろいろ教わっていたが、ここでも土魔法を教えてもらうつもりのようだ。
好奇心が強い少女である。
ユージに通訳させてアリスに魔法を教える長老。
土を創造するのではなく、壁の前にあたる地面から持ってくることで魔法の難易度を低めているらしい。
実際、魔法で作られた壁の前、開拓地の外側は地面がえぐれて空堀となっていた。
『そ、それにしたってすごすぎだろ。というか、テッサはこれで王都を囲ったのか。マジかよ……あれ? コタローはどこ行った?』
長老の解説を訳しながら、ユージは『都市を魔法一発で囲った稀人・テッサの土魔法』のスゴさを思い知ったようだ。さすが土理威夢、夢のような威力の土の魔法使いである。
開拓地の外に出るため散歩気分でついてきたオオカミたちは、ユージの足下や近くをうろちょろしている。
だが、ボスの姿が見当たらない。
と、ユージの耳にワンッとコタローの鳴き声が届く。
できたばかりの土の壁を見上げるユージ。
高さ2m、厚さ2mの土壁。その上にコタローが立っていた。四肢を踏みしめて。
『えっと、コタロー?』
コタローはユージの質問に応えない。しゃべれないので。
ただブンブンと尻尾を振って、キリッと遠くを見つめるのみ。
どうやら高い壁の上が気に入ったらしい。ここがあたらしいみまわりすぽっとね、なわばりもひろくなったわ、と言わんばかりに満足げである。
子分のオオカミたちは、そんなコタローをまぶしげに見上げていた。どうやらモンスターといえど、日光狼と土狼は足場なしでは登れないらしい。
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『ここがユージさんの家ね! リーゼからいろいろ聞いてるわよ?』
『そうですか。その、向こうじゃ普通の家だったんですけど。それでどうでしょうかリーゼのお祖母さん』
『ふふ、ユージさん、イザベルでいいわよ? そうね……特に違和感はないわ。でも正直、魔素が宿ってるかどうかは魔眼持ちじゃなきゃわからないわよ』
『そう、ですか。リーゼもシャルルくんも簡単には来られないからなあ……』
『大事なことなのよね? この距離で一時的なら……ちょっと長老会にかけてみるわね』
『お願いします。それがわからないと研究が進展しないみたいで』
ホウジョウ村開拓地、ユージの家。
その廊下を歩いているのはユージとアリス、コタローのほかに一人のエルフ。
リーゼの祖母でテッサの嫁だったエルフ・イザベルである。
ユージの通訳にアリスが反応する。
「ええっ? リーゼちゃん? リーゼちゃん来られるの!?」
『アリスちゃん、約束はできないわ。手紙のやり取りは引き受けられるんだけど……あんまり期待しないでね』
「そっかあ……わかった! アリスがまた行けばいいもんね!」
「アリスは偉いなあ。うーん、来られないとなったらほかに魔眼持ちってのを探すか……それとも何か外に持ち出して見てもらうか……」
ユージはブツブツと考え込んでいる。
ユージの気のない褒め言葉をフォローするかのように、アリスの足下にコタローがまとわりついていた。ききわけのいいこね、さすがよありす、と言いたいようだ。できる女である。犬だけど。
『ユージさん?』
『ああ、すみません。それよりこっちの話が先ですね。すいません、ほかのエルフのみなさんはもう休んでるのに』
『いいのよ、私も来たかったんだから! テッサのお母さまとお姉さま……どんな方なのかしら』
『あ、あの、小さな画面を通してですからね? 直接会えるわけじゃありませんからね?』
ユージの家の中に、リーゼの祖母以外のエルフはいない。
ニンゲンとは言葉が通じないし、何か問題があってもイヤだから、と他のエルフは開拓地の外で野営している。
まあほとんどのエルフがひさしぶりの里の外らしく、キャンプ気分で楽しんでいるようだが。
ユージがリーゼの祖母を家に招いたのには理由がある。
アメリカ組、そして日本サイドの働きにより、ビデオ通話の機会が設けられたのだ。
半信半疑から信じる方に傾きつつある元の世界のテッサの家族と、この世界のテッサの嫁が話し合うために。
ユージはただの通訳とパソコンの操作役である。
『ええ、説明を受けたもの。ああ、ちょっと緊張してきちゃった』
『そうですね、俺もですよ。ホントどうなるんだろ。でもいなくなって心配してた家族に消息が伝えられるんだ。幸せに生きて寿命だったって、正しく伝われば良いことなんだ、うん。時間の流れを理解してもらえるかが問題だけど……』
行方不明になった少年は異世界に行って、すでに寿命で亡くなっている。しかもたくさんの嫁をもらい、子供を作って。
こちらの世界にいるユージや最初から話を追いかけてきた掲示板住人たちはともかく、日本に残されたテッサの家族からしたら荒唐無稽な話である。
弁護士である郡司が出張ってきても、証拠だと言い張る制服や生徒手帳の写真を見てもそうそう信じられるものではない。
むしろすぐに信じるほうがどうかしていると言えるほどだ。
顎に手を当て、めずらしく難しい顔をして考え込むユージ。それでも足は止めず、2階へと続く階段を登る。
後にはアリス、コタローと続き、最後にキョロキョロと物珍しげに視線を飛ばすリーゼの祖母・イザベルが続く。
『ここです。その、狭い部屋ですけど、どうぞ』
そう言ってユージが自室の扉を開く。
ユージ、気づいていないがはじめて幼女と少女以外の女性を部屋に招いた瞬間である。
見た目は30代、美しい未亡人というニッチな層には受ける属性の。
まあ実年齢はアレなのだが。
『はい、おじゃまするわね。……あれがぱそこんかしら?』
部屋を見渡したリーゼの祖母が一点に目をとめる。
どうやらテッサから聞いていたようだ。
ちなみに女性を部屋に招くにあたり、ユージはキレイに片付けている。いろいろ片付けている。
目に入っても困るようなものはない。見える場所には。
「『えっと、じゃあ繋ぎますね。このイスに座ってください』アリスはちょっと待っててね!」
「はーい!」
元気よく答えたアリスは、コタローと一緒にユージのベッドの上に座り込む。
何世代も経っているが、アリスはテッサの子孫でもある。
信じてもらえるかどうかはわからないが、ユージはいちおうアリスを部屋に連れてきたようだ。
リーゼの祖母・イザベルをデスクの前のイスに座らせて、ユージがパソコンを起動する。
立ち上げるのはいつものSkyp○。
いつものごとく、ビデオ通話とチャット機能の併用である。
しばらく間があいた後。
日本サイドの映像がモニターに映る。
『まあ……ふふ、テッサの面影があるわ。こちらがお母さまで、こちらがお姉さまね』
モニターに映った二人の女性。
その姿を見て、リーゼの祖母・イザベルは静かに涙を流していた。
160年ほど前に亡くした伴侶。
もう二度と会えないその人の面影を二人の女性に見たようだ。
「『たぶんそうだと思います』えっと、あっちに郡司さんたちがいるのかな。『ちょっと待っててくださいね』」
イスに座ったイザベルの前からキーボードをずらし、ユージがカタカタと文字を打ち込む。
と、画面の端にメガネをかけたスーツ姿の男が映り込んだ。郡司である。相変わらずスーツである。
ユージと郡司が言葉を交わす。
続けて、テッサの母と姉の質問をイザベルが答えていく。
親しくなければ知らないはずのクセや幼い頃の思い出話。
行方不明の家族を捜す、すがるような問いかけ。
ユージを通して何度も応答がなされ、そして。
『ユージさん、伝えてちょうだい。日付はそちらの世界でいう4月12日よ。その日はテッサとお母さまとお姉さまにとって特別な日付だったから覚えてるって。こっちに来る何年も前に、家族に暴力を振るう父親を追い出した日だって』
『そんな……』
目を見開くユージ。
テッサの家族の過去に驚いた、だけではない。
その日は。
『俺は、4月12日の夜で……あ、13日かもしれないのか。と、とにかく伝えますね』
ユージが家ごとこの世界に転移したらしき日でもあるのだ。
ともあれ。
ユージ、そして時おり郡司が補足しながら。
テッサの家族とリーゼの祖母・イザベルは長い時間、言葉を交わしていった。
いかにテッサの嫁だったといえど、エルフのイザベルには知らないこともある。
あまりに荒唐無稽な話で、母も姉も、騙されているんじゃないかと不安に思うこともあっただろう。
まして捜していた家族が、異世界の地で亡くなっているというのだ。
それでも。
長い時間、言葉を重ねて。
日本に残されたテッサの母と姉は、この話を信じる気になったようだ。
最後は母と姉が抱き合い、ただ涙を流していた。





