第十六話 ユージ、ケビンと一緒にエルフの里で取引する
『では、第32回エルフの里長老会をはじめる』
『あ、今日は少ないバージョンなんですね』
『ユージ殿、そこは『もういいわ!』などこうビシッと』
『爺の数字がイマイチわかりづらいせいじゃろ。仕方あるまい』
『さあユージさん! 例のブツを!』
『あらあら、ずいぶん余裕がないみたいじゃない? まあ私は持ってるからそんなに焦らなくてもいいんだけど?』
『お祖母さま……淑女は自慢しないでさりげなくって……』
エルフの里、その裏手にある林の中。
大きな楕円の木のテーブルのまわりには、老エルフたちとユージたちの姿があった。
歳を重ねた10人のエルフによる長老会。
エルフの里の長老会である。
10人の長老たちのほかに、参加しているのはユージとアリス、コタロー。
人とエルフを繋ぐ先代お役目のゲガス、引き継ぎ中のケビン。
里にいる間は離さないの、とばかりにアリスの手をしっかり握るエルフの少女・リーゼ。
木立の間から吹き抜ける風を受けながら、一枚板のテーブルを囲んで座っている。
コタローだけは足下に寝そべっていたが。
『今日、持ってきた物を出します』
エルフの言葉を勉強中のケビンが、ゆっくりと告げながら持ってきた木箱を開ける。
足下に置いた木箱から荷物を取り出し、一枚板のテーブルの上へ。
『まず、前回と同じコサージュをいくつか』
『枯れない花ね! 私もリーゼも持ってるわ』
『やった、コレは譲れないわよ! それにしても枯れない花っていい言葉。私たちみたいね!』
『婆、歳を考えるべきじゃろ』
『おい止めろ、血の雨が降るぞ。おぬしの』
『えっと、今回は違う形や色の物を持ってきてみました。開拓地のみんなの力作です』
『ユージさん、それを早く言いなさい! 私が持ってないヤツばっかりじゃない!』
『お祖母さま……リーゼ、お祖母さまの真似はほどほどにします』
今回ケビンが持ってきたのは王都で購入した布を使ったコサージュである。
ユージが夏にエルフの里に行くと聞いて、大急ぎで針子たちに発注した物だ。
それにしてもリーゼ、ついにお祖母さまを見限ったようだ。
レディのイメージとはほど遠いことにようやく気づいたのだろう。
「缶詰はすぐに生産できるわけではないので、こちらは少しだけです。それと、開拓地で作った服ですね。お義父さん」
「ああ、ちょっとキツいか。すまんな、まさかこんなすぐに来ると思わなかったからよ」
人とエルフを繋ぐお役目を継いだケビンだが、エルフの言葉はまだ勉強をはじめたばかり。
ゲガスの下で修業していた頃に挨拶を教わったものの、本格的に勉強しはじめたのはこの春である。
複雑な表現はまだ難しいようだ。
ケビンの意を汲んで、ゲガスが通訳を務めることにしたようだ。
『うむ、ではユキウサギのシチューは儂が』
『おぬし、酒のアテにする気じゃな? 抜け駆けは許さんぞ!』
『はあ、服もステキねえ……やっぱり稀人の考えが入ってるのかしら?』
『最後に。今日は特別な物を持ってきました』
盛り上がる長老たちを見ながらケビンが告げる。
そして。
テーブルの上に置かれたのは、開拓地で作られたドレスだった。
ケビンが妻のジゼルに贈った絹のドレスではない。
開拓民の新婚夫婦どもに評判だったため、既存の布であらためて試作してみたのだ。
もちろん絹ではないため、デザインも多少変更されている。
さらにもう一着。
こちらはシンプルだが、既存の布で作ったまた違うデザインのドレスである。
『こ、こんなの着たら体の線が丸見えじゃない……』
『すばらしい、すばらしいぞケビン! よし、ウチのにコレを』
『おぬし、まだ枯れておらんのか』
「よし、これも人気出そうですね、ケビンさん!」
「ええ、針子たちに無理してもらった甲斐がありました……給金を弾むか、今度街で何か買ってあげることにしましょう」
『あのね、アリスも手伝ったんだよ!』
「そうなの、すごいねアリスちゃん!」
長老たちの反応を見てガッツポーズするユージ。
ケビンは疲れた顔で遠くを見つめている。
コサージュだけではなく、この二着のドレスも針子のユルシェルやヴァレリーに無理を言って仕上げてもらったのだ。
いかに針子の人数が増えたといえど、そこはまだ見習いたち。
二着のドレスはユルシェルとヴァレリー、針子夫婦のココロとカラダを削って作った品であった。
ユージは『必ず、必ずエルフが着た姿を残してちょうだい』と血走った目の二人に撮影を頼まれていた。
がんばった分、その成果を見たかったようだ。
『ふむ、やはり稀人のユージ殿が関わった品は好評じゃな』
『うむうむ、儂も長老になった甲斐があったわい』
『いやいやいや、儂らで独占したら里の者に刺されるからな? 物々交換が大変だから儂らが代行してるだけじゃからな?』
エルフの里には貨幣が流通していない。
基本的には物々交換と貸し借りで成り立ち、貴重な物は共有だったりする。
コミューン的なアレである。
まあユージが元いた世界のコミューンと違って、魔法がある分、だいぶ内実は異なるようだが。
長寿なことと物欲が薄いというエルフの気質も、コミューン的なアレなのにうまくまわっている理由なのかもしれない。
労働は魔法で軽減して、余剰生産が可能。
物は『まあいつか手に入るだろ』と、あっさりしているので。
ただ、貨幣がないために問題となったのだ。
ユージとケビンが持ち込んだ衣料品と保存食は、里で評判となった。
取引は認めたものの、里のエルフは相場がわからない。
欲しい品に対して適当な品を持っているかもわからない。
それどころか工芸品にはまったエルフなどは、どの品であってもユージが持ち込んだすべてと交換しても払いすぎになる。
ユージとアリス、リーゼ、コタローがプールで遊んでいる間に、ケビンはその事実に気づいて長老会を持ちかけたのである。
結果、長老会が代表してユージたちと取引し、あとはエルフ同士で物々交換することになったのだった。
その手配のために、ケビンはエルフたちが水と戯れる姿を見られなかったようだ。
まあ妻帯者なのでいいだろう。
『ではユージ殿、ケビン。今回は装飾品がいいとのことじゃったので、いくつか持ってきておる。このあたりから選ぶといいじゃろう』
そう言っていくつもの品を並べる長老。
だが。
「やっぱりわかってませんね……」
「諦めろケビン。ハルがいりゃ話は早かったんだがな」
「そうか、それでお義父さんがエルフの里に行く時はハルさんといつも一緒だったって話なんですね」
「そういうことだ。『あー、すまねえがもっと拙い品はないか? これだけよくできた物だと、ニンゲンの街じゃ相当な価値になる。ユージさんとケビンが今回持ち込んだ品じゃ釣り合わねえ』」
『うん? 儂らは別にかまわんぞ』
『そうじゃ。どれか一つ好きなのを選ぶといい。というか全部でもいいのじゃぞ?』
『そうよゲガス。遠慮しちゃダメよ?』
「『いや、頼むから誘惑しないでくれ。適正な値段でってのが俺とケビンの信条だからよ』あー、どうするケビン? 装飾品は諦めるか?」
「いえ、きっと張り切って名人の品を持ってきたはずです。趣味でやってる方のなら、あるいは……」
「ああ、その手があるか。よし、じゃあ任せとけ」
エルフは長命種である。
病気や怪我さえなければ千年を超えてもまだ生きるのだという。
長い時間を潰すために、さまざまな趣味を持つエルフも多い。
趣味ではなく、一つの分野に没頭する者も。
長い時間を一つのことに注ぎ込んだエルフが作る装飾品や工芸品。
それは、位階を上げても150年程度しか生きられない人間が作る品質を凌駕する。
もちろん人間とて一部の『天才』は負けていないが。
「俺が見てもいい物だってわかりますよ。それにしても、美形で長生きで強くて手先も器用って……すげえなエルフ」
ケビンとゲガスのやり取りを口を挟まず見守っていたユージ。
ポツリと呟いたのは本音なのだろう。できすぎて嫉妬心すら持たないようだ。
「あ、そうだ。俺が元いた国の養蚕技術をまとめてきたんですよ。それで釣り合いませんかね?」
「そうか、それがあるって言ってましたねユージさん! いけるかもしれません! まあ長い目で見ることになるでしょうが……」
「ほう、そんなものがあったのか。ちょっとその線で話してみるわ」
エルフの里で生産されている絹の布。
蚕そのものかはユージも教えてもらっていないが、虫から作られるのは同じらしい。
ユージはネットと掲示板を駆使して、この世界の紙に、この世界の人間の文字で技術をまとめてきたのだった。
ちなみに掲示板住民への見返りはエルフたちの画像である。
昨日のプール画像で間に合うことだろう。
いや、間に合いすぎて狂喜乱舞することだろう。
ともあれ。
ユージとケビンは価値を上積みして、なんとか物々交換を果たすのだった。
先が思いやられる苦戦っぷりである。
まあ缶詰の量産体制が整えば、多少は軽減されることだろう。
いつの時代もどこの世界でも、『保存食』は大事なものなので。
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長老会からの帰り道。
先頭をコタローが歩き、その後ろを手を繋いだリーゼとアリスが歩く。
ゲガスとケビンは、今後持ち込む商品とその量について話し合いながら続いている。
最後尾を、ユージとリーゼの祖母が並んで歩いていた。
『リーゼのお祖母さん、その、守り人の方はなんて言ってましたか?』
『ユージさん……稀人のキースからの手紙、知りたいそうよ』
『そう、ですか。その、こっちの言葉で書き直してはあるんですけど、エルフの文字はわからなくって、ハルさんがいればよかったんですけど』
『ユージさん、じゃあ私が訳すわ。ニンゲンの文字はひさしぶりだから、わからないところがあったらユージさんかゲガスに聞くわね』
『え? リーゼのお祖母さんが?』
『ふふ、ユージさん、私はテッサの妻だったのよ? あの頃はいろんな子がいたし、みんなそれぞれ教え合ってたんだから』
目を細めて微笑むリーゼの祖母。
ハーレム状態だったテッサのことを思い出しているのだろう。
『それにねユージさん。やっぱり、あんまり他の人に読んでほしくないもの。あの子がニンゲンの文字を読めればよかったんだけど……』
『わかりました。じゃあお任せします。これが訳した手紙です』
『はい、たしかに受け取ったわ。ユージさん、それでテッサの家族のほうはどうなのかしら?』
『それがその、見つかりはしたんですけど……』
『まあ! ユージさん、それを早く言ってちょうだい!』
『あ、いえ、でもまだ信じてくれてないみたいなんです。その、俺がいた世界からこっちに来るのって、なかなかないことで』
なかなか、どころではない。
多少は成長したとはいえ、ユージの抜けっぷりは相変わらずである。
『……そうなの。じゃあまだテッサの言葉も』
『はい、しっかりは伝わってません。でも半信半疑って感じで、こっちの話を聞いてはくれてるそうです。だから、いつかリーゼのお祖母さんから親しい人しか知らない情報を聞くかもしれません』
『そう、わかったわ。いつでも言ってちょうだい』
『あ、でもリーゼのお祖母さんは俺が連絡取れるって知ってるから……直接話してもらうのもありかも……いやでも音が』
ユージ、独り言である。
リーゼの祖母も慣れてきたのか、そんなユージに何も言わなかった。
『どっちにしろまた来ます。こうして見てると、やっぱりアリスをリーゼに会わせてあげたいですしね』
『そうね、いつでも歓迎するわ。ふふ、リーゼも楽しそうだもの』
夕陽が差し込む木立を、二人の少女が手を繋いで歩いている。
大人たちはその姿を見て、微笑みを浮かべるのだった。あと時々振り返るコタローも。
夏、エルフの里。
ユージは開拓地周辺の用水路造りの時期を決め、ケビンとともに初の取引もなんとか成功させた。
この地で最期を迎えた稀人のメッセージも、一人のエルフには届けられそうだ。
ひさしぶりに会ったアリスとリーゼは、離れていた時間を取り戻すかのようにイチャイチャしている。百合ではない。
場所がわかってみれば、エルフの里まで往復で二日。
ユージは頻繁に来ようと心に誓うのだった。
二人の少女のために。
そう、プールでも混浴温泉でもなく、二人の少女のために。





