第十五話 ユージ、エルフの里のプールでアリスとリーゼと遊ぶ
「うわあ、ユージ兄、お水が温かいよ!」
「え? あ、ほんとだ」
「ユージ兄、アリスちゃん! 川の水と温泉と二つ使ってるの!」
「それでちょっと温かいのか! そういえば日本にもそういうプールがあったような……」
「そうなんだ! エルフはすごいねえ!」
バシャバシャと水を跳ね上げながらご機嫌な様子のアリス。
腰まで水に浸かったユージもニコニコと笑っている。
一人の少女を見つめて。
二人に見つめられた少女も、明るい笑顔を浮かべていた。
金髪が太陽の光を反射し、肌は透けるように白い。
華奢な体にわずかな布をまとって、アリスに近づいていく。
リーゼである。
しばらく見ない間に、リーゼは現地の人間が使う言葉を勉強していたようだ。
ユージたちに言葉は教わっていたが、これまでよりもずいぶんスムーズになっている。
成長である。
胸に成長のあとは見られない。
夏。
リーゼの手紙に誘われて、ユージたちはエルフの里を訪れていた。
エルフの水着姿を見るために。
違う。
アリスとリーゼの友情と、開拓地付近の用水路を造る打ち合わせと、取引のために。
たぶん、そのはずだ。
プールサイドには三脚とカメラが設置され、動画モードで撮影されているようだが。
「うわあ! ユージ兄すごい! アリスにも教えて!」
「リーゼも負けないんだから!」
エルフの里の川べりに造られた温泉プールを平泳ぎで泳ぐユージ。
プールは小学校にあるような広さで、深さは1mほど。
まだ12才のリーゼと9才のアリスも足がつく安心の深さであった。
アリスの言葉に気づいていないのか、ユージは顔を出しっぱなしにした平泳ぎで泳ぎ続けている。
視線は進行方向……だけではなく、キョロキョロと左右に揺れ動いていた。
エルフの里、暑い夏の風物詩だというプール。
とうぜん、そこにいるのはユージとアリスとリーゼ、コタローだけではない。
涼を求めて、何人ものエルフがプールに遊びに来ている。
男たちは上半身裸でトランクスのような水着を履き、女性は男と同じトランクスで上はサラシを巻いただけ。
どうやらかつての稀人・テッサは、プールは広めたものの水着は作れなかったらしい。
いや。
温泉を混浴で定着させた男なのだ。
ひょっとしたら、わざとなのかもしれない。
生地によっては透けるので。
それにしてもユージ、おたがい全裸の混浴温泉は恥ずかしがるクセに水着だと問題ないのか。
泳ぎながらキョロキョロとまわりに視線を送っていた。アウトである。
そして。
「そんな……みんなほっそりタイプなんて……」
ボソリと呟き、頭を冷やすかのようにザブンと水中に顔を突っ込む。
巨乳至上主義者にとって、エルフの里のプールはガッカリものであるようだ。
とある掲示板住人がユージの発言を聞いたら、目から赤い汗を流すことだろう。
「ユージ兄! アリス、リーゼちゃんと一緒にもうちょっと泳いでくる!」
「いってらっしゃい。俺はここで休憩してるから」
「はーい! いこっ、リーゼちゃん!」
「行くわよ、アリスちゃん!」
プールサイドで用意してきた軽食を食べ終えて。
二人の少女は、手を繋いでふたたびプールに向かっていった。
子供の体力のすさまじさよ。
ユージはベンチに腰掛けてしばらく休憩するつもりのようだ。
プールサイドから二人の少女を見守るユージ。
やましい気持ちではなく、水場は危ないので。
時おり少女以外に目線が行っているが、水場は危ないので。
ライフセイバー的なアレである。
カメラは関係ない。
『ユージさん、ちょっといいかしら?」
『あ、リーゼのお祖母さん……お祖母さん?』
『ええそうよ。どうしたの?』
『い、いや、だってそんな格好で、しかもお祖母さんなのに若くて』
『あらありがと。でもエルフだもの、これぐらいはね』
『お祖母さん』と言いながら、見た目が30代にしか見えない。
ユージはちょっと混乱しているようだ。
ちなみにリーゼの祖母の胸も平らである。
『そうですか……その、リーゼのお祖母さんもプールに遊びに来たんですか?』
『ユージさんはずいぶん女性のあしらいが下手ね……まあいいわ。ええ、それもあるけど、水路のことを話しておきたくてね』
『あ、そっか、リーゼのお祖母さんは長老の一人でしたっけ』
『ええ。開拓地の近くに用水路を造る時期は、ユージさんの提案通りで問題ないわ』
『よかった。すみませんこちらの都合で』
『安全のためでしょ? しょうがないわよ。派遣するみんな、ニンゲンを撃退する程度の強さはあるけど……それはそれでめんどくさいことになるでしょ?』
『はい、たぶん』
長い時を生きてきたエルフは位階が上がっており、鍛錬も充分に積んでいる。
開拓地近くの工事に参加して襲われたところで、問題なく撃退できるらしい。
だが、リーゼの祖母が言うように面倒くさいことになるのは事実である。
誰が襲ったのか、開拓民かそれ以外か、裏はあるのか、他にいないか、など付随して調べるべきことが発生する。
『だから襲撃の可能性を減らすのはいいと思うの。それより開拓地の近くの水路をどうしようか考えててねえ』
『はあ。その、排水のことですか?』
『ええ、それもあるわ。でもそれより、どれぐらいの規模にしようかと思って』
『はい?』
『開拓地はどうせ広がるでしょ? だったらもうある程度、分けて造っておいたほうがいいと思うのよねえ。水路、上水、下水、貯水池も必要かしら? 外周は空堀のままにするのか水を入れるかでも違うし……そうだ、船が行く水路は地下っていうのも楽しそうね!』
『あのー、リーゼのお祖母さん?』
『そうよ、土魔法の使い手が行くんだし、いっそ外壁も造っちゃって……』
『リーゼのお祖母さん? イザベルさん?』
『あ、あら、ごめんなさいねユージさん。ついつい考え込んじゃって』
『えっと、やってもらっておいてなんですけど、簡単なものでいいですよ?』
『ええっ!? それじゃヒマつぶしにならな……おっと。それじゃ『稀人を保護する』っていうエルフの心意気が伝わらないわ!』
『そ、そうですか……その、やる前に相談してくれれば』
『ありがとうユージさん!』
ユージ、ちょっと諦めたようだ。
なにしろ用水路のはずが、二人のエルフの魔法によりすでに川のレベルになっている。
とりあえず事前連絡をもらうことがせめてもの抵抗だった。
『そうだ、ちょうど二人っきりなんで話したいことがあったんですけど』
『……ユージさん? いくらテッサがいないからって、私はあの人の妻なのよ?』
『いやいや、そういうんじゃありませんから!』
『あらそう? まだイケてると思うんだけど』
そう言って自分の体に目を落とすリーゼの祖母。言いまわしが微妙なのはテッサのせいか。
『その……キース・シュミットさんの手紙、なんて書いてあるかわかったんです』
『……まあ』
『それでその、たぶんあの場所にいた守り人さんのことだと思うんですけど、その人へのメッセージもあって』
『そう、それは……』
『ただ、忘れる薬を飲んだそうなので、伝えるかどうか迷ってるんです。それで相談したくって』
『ありがとうユージさん。そうね、私があの子に聞いてみるわ』
『え?』
『忘れたかったことを思い出してしまうかもしれない。それでも、薬を使う前のあなたに伝えようと遺された言葉がある。聞きたいかどうか、あの子に選ばせるわ』
『……わかりました。その、内容は聞かなくていいんですか』
『ええ、あの子に宛てた言葉なんでしょう? 二人の間のことにしてあげたいもの』
わずかに微笑むリーゼの祖母。大人な発言である。
だが。
『あっ』
『ふふ、ユージさんはしょうがないわよ。ユージさんがいないとなんて書いてあるかわからなかったんだもの』
『そ、そうですよね、うん、訳すのに必要だったからしょうがなくて、うん』
二人の間のことにしてあげたい。
そう聞いたユージは、自分の所業を思い出したようだ。
妹のサクラとその伝手で探してもらった翻訳者はともかく、掲示板にアップしたことを。
アウトである。
「ユージ兄、アリスにひらおよぎ教えて!」
『あっ、お祖母さまだ! お祖母さまも一緒に泳ぎましょ!』
はしゃぎまくりの少女たちは、長時間の休憩は許さないらしい。
いまのユージにとっては助け舟である。
『はいはいリーゼ。でも魔法は禁止よ? ちょっと体を浮かせてるでしょ?』
『アリスちゃんもユージ兄もコタローも気づかなかったのに! さすがお祖母さまね!』
孫に手を引かれ、リーゼの祖母は温水プールに入っていった。
「ユージ兄もはやくー!」
ユージを呼ぶアリスの声と、ワンッ! というコタローの声が響く。
「うん、誰か訳せるかもしれなかったし、しょうがないよな、うん」
ブツブツと呟くユージ。言い訳である。
「よし! いま行くよアリス!」
プールサイドのベンチから立ち上がり、ユージは温水プールにザバッと飛び込むのだった。現実逃避である。
ちなみに足からであった。浅いので。
夏、ユージたちはエルフの里を訪れていた。
プールで遊ぶユージとアリス、コタロー。
だが、里に来たのは二人と一匹だけではない。
前のお役目のゲガス、引き継ぎ中のケビン。
開拓地で作った商品を持って、二人もまたエルフの里に来ているのだった。





