第九話 ユージ、プルミエの街のケビン商会にたどり着く
「おう、じゃあしっかりやれよ」
「ゲガスさん、あざっした!」
「あざっした!」
「な、なんかすっかり馴染んでるんですけど……」
「ああ、気にしないでくださいユージさん。お義父さんはああいう人ですから」
「もう、パパったら!」
ホウジョウ村開拓地を出てから二日目の早朝。
道造りの役務を終えた木こりと猿、そして5人の犯罪奴隷が開拓中の宿場予定地を出発するユージたち。
この場に残る7人の男たちはなにやらゲガスと通じ合っている。
旗印の意味が『お前の首が金になる』だと誤解されるほど武闘派なゲガス商会の元会頭は、更生中のならず者たちに慕われたようだった。
「マルクくん、気にしないように。お義父さんとみなさんはちょっと特殊だからね」
「マルクくんは真っ当に生きるのよ! パパのことは気にしちゃダメ!」
「あ、はい」
ゲガスの娘のジゼル、その夫でゲガスの下で修業してきたケビン、ひどい言いようである。
犬人族の少年・マルクはただ頷くだけであった。
「おじちゃんたち、またね!」
一方で、アリスは上機嫌で手を振っている。
そういえばこの少女、ゲガスに剣を教えてもらうのだと息巻いていた。
真っ当に育つことを祈るばかりである。
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「ユージさん、この調子でいけば閉門までに間に合いそうですよ」
「そうですか! やっぱり便利になりましたねえ」
「ええ。それで、その、そろそろ……」
早朝に宿場予定地を出たユージたちは、いつもよりじゃっかん速いペースで歩を進めていた。
アリスは余裕そうだが、マルクはちょっとお疲れ気味のようだ。
開拓地で毎日力仕事をしているとはいえ、周囲を警戒しながら森を進むのはまた違うのだろう。
「あ、そっか、そうですね! おーいコタロー」
ケビンの発言を受けて、ユージがコタローに声をかける。
「コタロー、もうすぐ街が見えてくるから……その、みんなは帰ってもらっていいかな? 全員連れて街には入れないから」
開拓地を出て二日目だが、コタローのまわりにはいまだに15匹のオオカミたちがいた。
近づいてきたコタローの前でしゃがみこみ、目線を合わせてユージが言う。
この男、コタローに言葉が通じることをもはやみじんも疑っていない。
もっとも。
ユージの言葉を理解したのか、ワンッ! とコタローが鳴く。それはそうよね、わかったわゆーじ、と言うかのごとく。
元ボスの日光狼とワンワンガウガウと何やら言い交わすコタロー。と。15匹のオオカミたちは、開拓地方面に向けて走り出すのだった。
「人間は襲わないようになー! 気をつけるんだぞー!」
去っていく日光狼と土狼に向けて声をかけるユージ。
暢気な男である。
「あはは! もう、ほんとユージさんのまわりは面白い!」
「あんなに子分がいるなんて、すごいなあ……」
ユージとコタロー、モンスターなはずの日光狼と土狼のやり取りを見て爆笑するハル。
犬人族のマルクは、群れを率いるコタローを尊敬の眼差しで見つめていた。犬なのに。犬ゆえに。
「日光狼と土狼は思ったより賢いのかもしれませんね……いや、コタローさんがいるからなのか?」
「どうなのかしらね……でもほら、いまは先を急ぎましょ! モタモタしてたら門が閉まっちゃうわ!」
「ケビンおじちゃーん! 置いてっちゃうよー?」
ジゼル、ケビンの疑問を丸投げすることにしたようだ。
まあコタローの飼い主のユージは、疑うこともなくすでに歩きはじめていたのだが。
大物である。ある意味で。
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「間に合ってよかった! 歩きで二日はけっこうギリギリですね」
「うーん、慣れれば余裕はありそうですが……あとは人の往来が増えて歩きやすくなるのを期待しましょうか」
「土を固める方法かあ。踏み固めるのは大変だから、ローラーみたいなヤツ? うーん」
ブツブツと独り言を呟きながら考え込むユージ。
いつもの光景である。
アリスもケビンもほかの同行者も、ユージの独り言はスルーであった。
「ユージさん、見えてきましたよ! 今回も私のお店に泊まっていってください!」
「ありがとうございますケビンさん! ……あれ? 夕方だからもうすぐ閉店ですよね? なんか人だかりが……」
日が落ちて閉門する前にプルミエの街に入ったユージたち。
大通りを歩くユージの視線の先には、ケビン商会の店舗があった。
ユージが元いた世界とは違って、日が落ちれば外は暗い。
この世界では宿屋や酒場、歓楽街など一部の店舗を除いて夜はさっさと閉まるのが当たり前である。
だが、夕陽に照らされた閉店直前のケビン商会の前には、何人かの女性が集まっていた。
「ええ、ありがたいことに毎日閉店前に確認にいらっしゃるんですよ」
「え? 確認? 何をですか?」
「ケビン商会で扱っている新しい服とコサージュ、明日は入荷するのか、その確認です」
「……はい? え、毎日ですか?」
「ユージさん、新商品にかける女性の情熱を舐めちゃダメ!」
「あ、ジゼル! そんなに大きな声を出したら」
夕暮れ、人通りも少なくなったプルミエの街の大通り。
ケビンの妻のジゼルの声は、店舗の前でたむろする女性たちに届いたようだ。
ジゼルに視線が向かい、続けてケビンに気づく。
そして、ユージたち7人が背負っていた荷物に。
「ケビンさん! みんな、ケビンさんが帰ってきたわよ!」
「あらあらあら、何を背負ってるのかしら? ケビンさん、開拓地に行ってきたのよね?」
「1、2、3……7人! 子供が二人いると言っても……期待していいのかしら?」
捕食者の目である。
思わずヒッと声をあげ、アリスを背中に隠して後ずさるユージ。
「落ち着いてくださいみなさん! ええ、新しい服もコサージュもあります! 明日から販売しますから」
「あ、ダメよケビン、それじゃ」
「ちょっと! せっかくこうして待ってたのに明日からってどういうこと!」
「ケビンさん、ね? ちょっと荷物を下ろして、開けてくれるだけでいいんですから。ちょっとだけ、痛くしないから、ね?」
「明日……ダメよ、それじゃ出遅れちゃう!」
「ほらやっぱり。あー、みなさん。待っていてくださったようですし、整理券をお渡ししますから。大丈夫、明日来ていただければ購入できます」
「あら、アナタわかってるじゃない!」
「ケビンさんのお嫁さんね! そう、いい子をもらったわね」
「よし! よし! 待ってた甲斐があったわ!」
懐からペンと紙を取り出して、サラサラと書き付けるジゼル。
閉店直前まで粘っていた女性陣に整理券を渡していく。
受け取った女性たちは、満足げな笑顔を浮かべてさっさと散っていった。
ジゼル、手慣れたものである。
「な、なんかすごかったですね……いつもこうなんですか?」
「私がいない時は、専属護衛の二人と店員が開拓地まで往復するんですが……ええ、行ったことが知られると、こうして帰りを待たれるようです」
「そんなに……」
「そうよユージさん、ケビン商会の服とコサージュは人気の品なんだから! 数は少ないんだけど、そんなに高くないのもあってね!」
「え? でも人気なら高くしてもいいんじゃ?」
「おお、ユージさんがそれらしいことを言うなんて!」
ケビン、何気に失礼な発言である。
その通りだが。
「すみません、失礼でしたね、ちょっと驚いてしまいました。ですがユージさん、これでも材料費や人件費など諸々に加えて、利益もきちんと乗せた価格設定なんです。欲しがる人がいるからといって、過剰に高くはしません」
「はあ……」
「一時はそれでいいかもしれないけど、衣料品はいつか真似されるわ。他所の店が安く作れるようになったら……ケビン商会が次の新商品を高値で売り出しても、誰も買わなくなるかもしれないでしょう?」
「あ、そっか、待ってればそのうちどこかで安く売り出されるから」
「そうです。もちろん高いお金を出しても早く欲しい! という方はいるでしょうが……」
「そうだケビン。それはゲガス商会のやり方じゃねえ。珍しい物、誰も見たことがない物。誰も値段なんてわからねえ。でもよ、仕入れにかかった金に運ぶのにかかった金を足して、ちょっとの利益をもらって……それで、買ったお客の嬉しそうな顔が見られりゃそれで充分だ」
「はあ……」
「ユージさん、難しく考えないでいいですよ。用意した品物を適正な値段で。暴利を貪らずに着実に、ということです」
「あ、それならなんとなくわかります」
34才のユージ、なんとなくわかったようだ。
開拓団長で村長なのだが。
犬人族のマルクは、ふんふんと興味深そうに話を聞いていた。
農村で育ち、開拓地に移住したマルクにとっては、街で見るもの聞くものすべてが面白いようだ。
「ふふ、まあそのあたりは任せておいてください。とにかく、ユージさんに協力してもらって開拓地で作る服もコサージュも人気だってことです! オートミールと缶詰も堅実に売れていますよ」
「そうですか! よかった!」
「さあ、立ち話もなんですし、中に入りましょう。荷解きと、明日からの予定を立てないとですからね!」
「はい! 行こうかアリス、コタロー」
「はーい! ケビンおじちゃんのお店、ひさしぶりだなあ」
「あ、ケビンさん、ユージさん。ボクはちょっと別に宿を取るね! 明日の朝にはここに来るから!」
「ハル……ほどほどにな?」
「やだなあゲガス、わかってるよ! ほら、この前はお嬢様の護衛であんまりウロつけなかったからさ! じゃあみんな、明日の朝!」
「ウロつく……? もうすぐ夜なのに?」
「えっと……ボクはケビンさんのお店に泊まっていいんですよね?」
「もちろんよマルクくん! というかあっちについてっちゃダメ! さあみんな、入って入って!」
「気にすんなユージさん。あ、ユージさんはあっちがよかったか?」
大騒ぎである。
スタスタと去っていったハルの背中を見つめるユージ。
ゲガスがニヤついた笑みを浮かべながらユージを小突いている。
何が気に入らなかったのか、アリスは眉をしかめて頬を膨らませ、むーっとユージの腕を抱え込んでいた。
足下にいたコタローが、ワンワンッと呆れたような鳴き声をあげて店舗の中に入っていく。ほらほら、ばかなこといってないでいくわよ、と言わんばかりに。オトナな女である。犬だけど。
ホウジョウ村開拓地を出て、プルミエの街へ。
道が整備されたことで、ちょっとがんばれば歩いて二日で行けるようになった。
中間地点では宿場造りも取りかかっている。
開拓地で造られている衣料品は、順調以上な売れ行き。
ユージが率いる開拓地は、発展に向けて動き出しているようだ。
ユージが率いているかどうかは別として。





