第十五話 ユージ、エルフの里を観光する
辺境にある大森林、さらにその奥地。
人知れず存在するエルフの里。
いつもは静かなその場所に、はしゃいだ声が響いていた。
『おお、稀人さん。それがかめらってヤツか。おーい、みんな!』
『あ、あの、記念写真もいいんですけど、もっとこう自然な感じを……』
ユージである。
そして、名も知れぬエルフである。
エルフの里の長老会でカメラの存在を明かしたユージは、久しぶりの稀人ということも相まってすっかり人気者になっていた。
それはまるで、田舎にテレビクルーが来たかのように。
ダー○の旅に爺婆が嬉々として集まるかのように。
まあ実際、撮影されてキャッキャとはしゃぐのは似たようなものなのだが。
「うわあ! ユージ兄はにんきものだね!」
「アリス、それはちょっと違うと思うんだ」
「しょうがないよユージさん! あ、あとでボクの写真も撮ってね! 絵にしてもらわなくっちゃ!」
「紙とインクが問題なんですね。薄くて滑らかな紙と色付きの液体。それがなんとかなれば……いや、手間と原価を考えたら割に合わないか? しかし絵画より短時間でできるわけで」
「おいケビン、考えるのは後にしとけ。お役目を継いだからってしょっちゅうエルフの里に来られるわけじゃないんだぞ?」
『あ、待ってユージ兄! リーゼも一緒に映る!』
ユージと一緒に里を見てまわっているのはアリスとコタロー、案内役としてエルフのハル。
エルフと人間を繋ぐお役目を継いだケビンと、その義父ゲガス。
ユージが里の外で保護したエルフの少女、リーゼ。
6人と一匹の集団である。
『あ、あの、みなさん、そんなキメ顔つくっても……これ、動画なんですけど』
『おお、動くほうか! それをはやく言ってくれ稀人さん!』
『動くほう……ふむ、では私はここからあちらへ歩くことにしよう』
『ねえ、私、今日の髪型変じゃない? 整えてこようかしら、ああ、服も』
『動くほう。ではここは一つ、私の剣舞で』
『おい、ここで抜くな!』
カオスである。
歳を取るにつれ、人は丸くなる。
そんなものは幻想であるようだ。
まあ娯楽が少ないエルフの里ならではかもしれない。
いずれにせよエルフは楽しみ、ユージのカメラには写真と動画が増えるのだ。
Win-Winである。
掲示板住人はともかく、アメリカ組が求めているのはこういう写真と動画ではなさそうだが。
明らかにみんな意識しまくったキメ顔なので。
『ユージ兄、ここがエルフの里のお店よ! みんな、ここでいろいろ交換するの!』
「店というより物々交換の場って言ったほうがわかりやすいかもしれねえな」
「お、お義父さん、なんですかこれ……やたらいい品ばっかりなんですけど……」
「ふふ、言ったでしょケビン! エルフは長生きだから、みんなヒマつぶしにいろいろ凝るのさ!」
「これは木彫り、こっちは石の彫刻? 金属の細工物に絵画……あれは楽器かなあ。あ、服も置いてる」
「うわあ、うわあ! すごいねユージ兄! リーゼちゃん!」
エルフの里の中心部。
広場に敷物が敷かれ、その上にはさまざまな品物が乗っている。
農産物、干した肉や魚といった保存食、なめされた革、防寒具らしき毛皮。
衣料品、装飾品などのアクセサリー、ユージが目を留めた彫刻などの置き物、絵画。
リーゼが先導して訪れた場所で、人間たちは目を輝かせていた。
長命種であるエルフ。
数百年を生きるエルフは、めったに里から出ない。
つまり、長い時の大半を里の中とその周辺で暮らしているのだ。
手慰みはもはや手慰みのレベルを超えていた。
当然である。
人間が生活のすべてをつぎ込んで努力したところで、確保できる時間はせいぜい100年分とちょっとだろう。
位階が上がれば人間の寿命が150才あたりまで延びるこの世界においても、食事や睡眠は欠かせないので。
エルフは何もせずともその数倍、長ければ10倍を超えて生きるのだ。
手慰みといっても、100年200年単位で取りかかれる。
それだけの時間取り組んでいれば、才能や熱意がなくても、片手間でいっぱしのものにはなるだろう。
そして。
「え、なにこれ。いや、何かはわかる。木の彫刻。たぶん置き物。でもなんでクマにシャケ? これ絶対テッサさまのせいだろ……しかも躍動感すごいし」
「素晴らしい! これすごいですよハルさん!」
「ああ、里でも有名人だからね! このクマと魚の木彫りしか作らないんだけど!」
才能あるエルフが惜しみなく時間を注ぎ、熱意を持って取り組めば。
それは一流を超える。
躍動感に満ちた木彫りのクマは、いままさに右腕ですくい上げ、浮いたシャケに食いつかんとしたところだった。
刹那の後に、その牙はシャケの身を食い破る姿すら思い描けるほどの躍動感と臨場感。
才能の無駄遣いである。
「ほんと何してんだテッサさま……」
現代日本において、テレビの上、あるいは玄関先に置かれる木彫りのクマ。
その進化形はエルフの里にあったようだ。
『あれ? そういえば、畑を見ませんでしたけど……さっきのお店では麦もイモも野菜も売ってたし、どこかで作ってるんですよね?』
『もちろんだよユージさん!』
『ユージ兄、畑が見たいの? リーゼ案内してあげようか?』
『あ、うん、せっかくだしお願いしようかな』
ユージの観光は続く。
エルフの里に入る際、手入れされた木立やシカは見かけたものの、農地は見なかった。
川で魚、木立の中で山菜や茸、狩猟すれば肉や皮がとれることはわかる。
だが、野菜も普通にあったのだ。
ユージは疑問を抱いたようだ。
いまさらである。
エルフは仙人ではないので。
「ユージ兄、開拓地とおんなじだね!」
「アリス、開拓地の農地はもっと狭いよ。それにほら、ここではいろいろ育ててるみたいだし」
「でもユージ兄、森が近いのはおんなじ!」
「うん、まあそれはそうか」
「普通、獣に荒らされないよう農地は森から離れた場所に作るか、余裕を持って森を拓くんですが……アリスちゃんが同じといったのは森までの距離感ですかね」
「ケビン、エルフはニンゲンと違って魔法の使い手が多いからね! 畑を荒らす獣は、なんて言ったっけ……そう、ボーナスだよ!」
「あ、狩る前提なんだ。けっこう肉食系な……」
エルフの里、建物から離れた場所。
長老会が行われた林や『稀人が来たら案内する場所』、里の入り口とはまた違う方角に進むと、そこには農地が広がっていた。
「あれ? ハルさん、水はどうしてるんですか? まさか……」
まがりなりにも開拓団長で村長のユージ。
農地の近くに水場がないことに気づいたようだ。
進歩である。知識も観察眼も。まあ初歩の初歩なのだが。
「ふふ、そうだよユージさん! 水魔法でちゃちゃっとね! ここはお嬢様みたいに、魔法の練習をしているエルフたちに使われるんだ。土魔法で耕して、水魔法で水を撒き、風魔法や土魔法で収穫する」
「おお、ついにファンタジーな農業が!」
ユージ、異世界生活5年目にしてようやくファンタジー農法を目撃したようだ。
まあアリスが切り株を処理した土魔法もその一端ではあるだろうが。
「はい! アリス見たい! それで、練習するの!」
「ハルさん、俺も見たいです! あ、でもそういうのが秘密だからこの場所に農地があるんですかね?」
「え? いや、なんか里をこの場所に移す時にテッサさまが、農地が見えたらエルフっぽくないって。ちょっと離れて不便だけど、魔法でなんとかなるだろ? ってさ」
「テッサさま……自由すぎだろ……」
頭を抱えるユージ。
ユージの足下では、コタローも呆れた様子でワフワフゥと力なく鳴いている。ほんと、にほんじんがごめんなさいね、と言いたいようだ。犬なのに。
『お嬢様、アリスちゃんが魔法を見たいって! 水まきお願いできますか?』
「『わかったわ!』。アリスちゃん、見てて!」
ふんす、とばかりに鼻息を荒く意気込むリーゼ。
レディらしからぬ振る舞いだが、リーゼにとってのレディの位置づけが揺れているのだろう。
立派なレディだと思っていたお祖母さまの真実を知ってしまったので。
アリス、新たな魔法を覚えようとしているようだ。得意な火魔法ではないので、どれだけモノにできるかは不明である。
リーゼは家族のもとに送り届けた。
同郷の稀人と思われるテッサと、ほかの稀人のことも知った。
目的を果たしたユージは、当時のことを知るエルフに稀人の話を聞きつつ、のんびりとエルフの里の観光を楽しむのだった。
カメラ片手に。
季節は春の終わりを過ぎて、初夏を迎える。
誰も帰りの日程を口に出さないが、誰もが気づいている。
そろそろだろう、と。
半年ちょっとという、長命なエルフにとっては瞬きするほどの短い間。
12才と9才、多感な時期にあっては充分に長い期間。
別れの時は近い。





