第十四話 ユージ、エルフの里で撮影許可を得る
『それにしても……保存食、衣料品、養蚕、ユージ殿は博識じゃのう』
『そうね、稀人でもここまで知ってるのって久しぶりじゃないかしら?』
『テッサはねえ……失敗も多かったから』
『うむうむ。何しろユージ殿は儂らが保護する前からすでに安定しているほどじゃからのう』
口々にユージを褒める長老たち。
いやあ、それほどでも、とユージは満更でもなさそうだ。
ユージの功績ではない。
もしもネットが繋がっていなかった場合、家ごとこの世界に来ていたとしても、ユージがこれほどの物を実現するのは不可能だっただろう。
まあそれ以前にどこかのタイミングで死んでいただろうが。
ユージが元の世界と連絡が取れると知っているリーゼの祖母やケビンたちは微妙な表情である。
アリスは両手で口を塞いでいた。
コタローはイスに座ったアリスのヒザの上に立ってのしかかり、ペロペロと頬を舐めてごまかそうと試みていた。
『それにしてもユージ殿、なぜ最初の会合で交易を持ちかけなかったのじゃ?』
『うむうむ。久方ぶりの稀人じゃ、儂らがそれで気を悪くすることなどなかったのにのう』
『そうよ、それにあの時に物を見せてもらえれば……』
『ちょっと! これはユージさんとケビンさんがウチにってくれたんだからね!』
『お、お祖母さま……ねえお父さま、レディってなんなのかしら?』
『うん、あとでゆっくり話そうかリーゼ』
『えっと、忘れてました。いや違うんです、言ってきた領主様もあわよくばだからって、ムリならムリでいいからって』
『あはは! ユージさん、正直すぎるよ!』
『ふむ、ユージ殿はそういうお人か。そういえばテッサさまもこうじゃったのう』
『ユージ殿、テッサさまとユージ殿が育った国の民はみんなこうなのかのう?』
『いや、そんなことないと思いますけど……でもどうかなあ、俺、ずっと人と会ってなかったし』
どうかなあ、ではない。
いかに10年間引きニートで家族以外と対面していなかったとはいえ、そこは否定してほしいものである。
過去の稀人のテッサ、今のユージのせいで、エルフの中での日本のイメージは恐ろしいものになりつつあった。
すでにハーレム思考がハルに受け継がれている以上、いまさら無駄かもしれないが。
そもそも日本において重婚が禁じられていることすら知らないかもしれない。
『その、過去の稀人の方たちの荷物や手紙も返さないとですし、近いうちにエルフの里に来ますね! その時はまた服とか保存食とか持ってきますから!』
『うむ、では儂らもユージ殿が喜びそうな物を考えておかねばな』
『ユージさん、どう? 何か欲しい物はあったかしら?』
『絹はしばらくは無理じゃな。備蓄があるとはいえ、あれは緊急事態のためのものじゃからのう』
『そうですか、絹以外で欲しいもの……』
長老から投げかけられて考え込むユージ。
同時通訳を聞いていたアリスも、むむむーっと顎に手をやって考える素振りを見せている。
『うーん、アリスを連れてきて、リーゼと遊ばせてもらえればそれでいい気も……』
『あら、だったらユージさん、リーゼを娶って連れて帰る? でもそれにはけっこうな贈り物が必要だけど』
『……え?』
『お祖母さま!』
『母さん! 冗談でもシャレにならないから!』
『うふふ、わかってるわ、冗談よ冗談。エルフの成人は100才。リーゼが大人になるまでまだまだかかるものね。ユージさんはろりこんじゃないんでしょ? ……あれ? ひょっとして』
チラリとアリスに目を向けるリーゼの祖母。
誤解である。冤罪である。
『違いますから! 俺はロリコンじゃなくて巨乳派で! その、F以上がいいなって!』
どうでもいい。
それにしても、エルフの里では『ロリコン』という言葉が知られているようだ。
テッサのせいであろう。
『そ、そう、ユージさんはテッサとは違うのね。ええ大丈夫よ、みんなちがって、みんないい、ですものね。人の好みなんてさまざまよね』
リーゼの祖母、ちょっと引き気味である。
口では人のさまざまな趣味嗜好を認めているようではあったが。
『もう! お祖母さまったら! もう! もう!』
『はは、リーゼ。レディがそんな風に怒っちゃいけないよ。母さんは参考にしちゃダメだ』
リーゼはぷくっと頬を膨らませてご立腹である。
12才の少女だが、その仕草は幼い。
『ふうむ、ユージ殿は巨乳派であるか』
『難儀なことよなあ。……いまの儂、思慮深そうじゃろ? 難儀なことよなあ』
『黙れ爺。おぬし、エルフの女性に巨乳が少ないから難しいと思っただけではないか。何が思慮深いじゃ』
『あ、やっぱり少ないんですね』
『うむ。テッサさまは、エルフは華奢じゃと言っておったな。長身すれんだあもアリだよね、じゃったか』
『そういえば、衣服の知識がないことを嘆いておったなあ。長身すれんだあにみにすかにーそ、いやロングブーツも捨てがたい、じゃったな』
『あらみんな、よく覚えてるわね。あの頃ユージさんがいたら……テッサの願いも叶えてあげられたかもしれないわねえ』
遠い目をして昔を懐かしむテッサの嫁の一人、リーゼの祖母。
時代が違って幸いだったかもしれない。
ハーレムを作ったテッサ、ネットが使えるユージが揃ったら、恐ろしいことになっていたことだろう。文化破壊である。kawaiiによる異世界侵略である。アウトブレイク……それはマズい。
『あ! そうだ、ユージさん! テッサの似姿を見せてあげてくれないかしら? 長老たちも仲が良かったから』
「『あ、はい』。ケビンさん、いま持ってますか? テッサさまの絵をプリントアウトした紙なんですけど」
「ええユージさん、持ってきてますよ」
後ろに置いた荷の中から一枚の紙を取り出すケビン。
リーゼの祖母にも見せたもの。
テッサの絵を撮影し、ユージ宅で印刷した紙である。
『おお、これは! けっこう似ておるな』
『まだ若いテッサか。美しい絵じゃのう』
『お祖母さま! あのね、リーゼもアリスちゃんとユージ兄と開拓地のみんなとしゃしん撮ったのよ!』
木のテーブルに広げられたテッサの似姿を見てワイワイ盛り上がる長老たち。
そして。
リーゼが爆弾を投入する。
『これね、ユージ兄からもらったリーゼの宝物なの! ね、アリスちゃん!』
ニコニコとアリスに笑いかけ、自慢げにテーブルに一つの荷を置くリーゼ。
それは、一枚の紙が納められた額だった。
手を繋いで笑顔を見せる二人の少女、その背後に立ってそれぞれの肩に手をおく一人のおっさん。三人の前には、一匹の犬がおすわりしている。
リーゼが手にしているのは、いくつか贈られた写真と額縁のうち、アリスとリーゼ、ユージ、コタローが写った写真のようだ。
『な、なんじゃこれは……』
『なんという精緻な絵よ』
『あらあら。リーゼとアリスちゃんとユージさん。それにコタローね』
『誰が描いたのじゃ……絵を極めんとがんばっておるアイツに見せたら心折れるぞ』
『ああ、300年ばかり飽きもせず描き続けておるヤツがおったな。絵を見て感嘆したものじゃが……確かにのう』
『爺たちの目は節穴ね! この透明な板もすごいわよ!』
『あ、それ絵じゃなくって……そっか、ここならみんな稀人だって知ってるのか』
『ユージ兄? みんなに教えるの? しゃしんのこと』
『うん、俺が稀人だって知られてるし、良くしてくれるみたいだしね』
決意を秘めて頷くユージ。
『みなさん、それは絵じゃないんです。写真といって、このカメラで撮影したものです』
『む?』
『その黒い箱で? どういうことじゃ?』
『えっと……見てもらったほうが早いかな。みなさん、こっちを向いてちょっと動かないでくださいね』
そう言い残し、スタスタと歩いて距離を取るユージ。
よくわからないといった様子の長老たちだが、ユージが言う通りその場を動かない。
アリスとリーゼはおたがいに髪が乱れてないかチェックし合い、コタローは急いで毛繕いしている。
カメラが何か知っている女性陣は忙しそうだ。コタローは犬だが。
『じゃあ撮りまーす。はいチーズ!』
カメラを両手で構えたユージがのたまう。
当然、アリスとリーゼとコタロー以外はなんのことだかわからない。
リーゼのために開拓地で撮影した際、ケビンとゲガス、ハルも撮られた経験はあるのだが、掛け声の意味はよくわかっていないようだ。
『よし。えっと、ちょっと画面が小さいんですけど……あ! あと、ぜったい丁寧に扱ってくださいね! いや、渡さない方がいいか。すみません、俺の横から覗き込んでください。触れないように!』
ユージ、すっかりプロキャメラマン気取りである。素人くさいのはチーズとか言い出す撮影の瞬間だけのようだ。
両手でカメラを抱えたまま、背面ディスプレイに撮影したばかりの写真を表示させるユージ。
そこには、木立の中でテーブルを囲む面々が映っていた。
『な、なんじゃこれは!』
『儂らではないか! 魔法かの?』
『な、なにこれ……』
『うーん、ちょっと引きすぎてわかりづらいかなあ』
集合写真を小さなディスプレイで見ているため、いまいちわかりづらい。
そう思ったユージがカメラを操作する。
と、背面ディスプレイの写真がアップになり、一人の長老の顔が表示される。
『こ、これは……』
『儂がおる! うむ、なかなかカッコ良いのう』
『ちょ、ちょっとユージさん! 私、私は?』
『うふふ、落ち着いてお祖母さま!』
「ユージ兄、アリス、アリスも見たい!」
カオスである。
『ユージ殿、これ、リーゼのもののように紙にはできんかの?』
『えっと、ちょっとはできますけど、ただその……』
『む、なんじゃ?』
『ガラスで密閉しても、エルフのみなさんが望むほど長持ちしないと思います。リーゼにプレゼントしたのも、里には絵がうまい人がいるらしいので、写してもらおうと思って』
プリントアウトした写真はあっという間に色あせる。
思い出的なアレではなく、物理的に。
空気による酸化、日光による劣化。紙、インクともに長持ちするものではないのだ。
もともとリーゼやアリスにプレゼントしたものも、上手い絵描きを見つけて絵に描き直してもらおうとユージは考えていたのだ。
まあ掲示板住人のアドバイスがあったからだが。
掲示板住人に言われたユージは、ケビンにこの世界に油絵が存在することを確認済みである。
『お祖母さま! だから、絵をがんばってる人をリーゼに紹介してほしいの!』
『ええ、わかったわリーゼ。でもユージさん、紙はここではできないのかしら? 私の絵も欲しいんだけど……』
『ずるいぞイザベル! ユージ殿、儂も頼む!』
『む、爺のしわくちゃな顔なぞ誰が喜ぶのじゃ! ユージ殿、里でも美しいと有名な女性がおってな、それをこう、その道具でアレして、絵にしてのう、儂の』
『このエロ爺! まだ枯れてないの!』
どこの世界でもどの種族でも、男が考えることは同じようだ。
だが。
カミングアウトしたユージ。
カメラのことを明かした結果、長老たちはノリノリであった。
長い時間を絵につぎ込んできたエルフもいるようだ。
こうしてユージは、大手を振ってエルフの里で撮影しまくってもいい許可を得るのだった。
しかも、プリントアウトした写真より保存期間がはるかに長い、油絵の描き手も見つけて。
まあ写実主義までたどり着いているのかどうかは不明だが。
いや、そもそもありのままに描いたところで空想画と呼ばれそうだが。
ともあれ。
ユージ、掲示板住人やアメリカ組が涙を流して喜びそうなファインプレーである。





