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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十六章 エルフ護送隊長ユージは種族間交易の人間側責任者にランクアップした』

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第九話 ユージ、エルフの里の奥地でいろいろ見つける

「そういえば二人だけで散歩するのもひさしぶりだなー、コタロー」


 初夏の陽が射し込む木立の中の獣道。

 ユージはわずかに前を歩くコタローに話しかけていた。

 ブンブンと尻尾を振りながら、ワンッ! とコタローが返事を返す。そうね、ゆーじ、とでも言っているかのようだ。


 エルフの里、その奥地。

 『稀人が来たら連れていく』ことになっている場所。

 入れるのは稀人とエルフの守り人だけらしく、同行していたアリスやケビンたちは入り口で待機している。

 ユージはコタローを連れて獣道を進んでいくのだった。


「ほんと、公園を散歩してるみたいだ。それにしても……何があるのかなー」


 暢気なものである。

 ようやく稀人の情報がわかると先ほどまで意気込んでいたが、自然の空気にあてられたようだ。

 林を進むことしばし。

 獣道の先に開けた空間が見えてくる。


「広場? いや、建物もあるっぽいな。あ、コタロー!」


 ポツリと呟くユージをよそにコタローが駆け出す。

 コタローも気になっていたのだろう。

 慌てて追いかけるユージ。

 感慨に浸ることなく、あっさり広場にたどり着いた。


「えっと、コタローは……ああ、いたいた。コタロー、急に――」


 広場の入り口で首を振ってコタローを探していたユージ。

 すぐに見つけたようだが、コタローに向けて言いかけていた言葉が止まる。


 ユージに先行していたコタロー。

 コタローは、広場の片隅でおすわりしていた。

 ハッハッハッと息を吐きながら、その目は正面を見据えている。

 コタローの視線の先。


 そこにあったのは、二つの大きな石だった。


 ユージの言葉が止まったのも無理はあるまい。

 整えられた二つの石は、どう見てもそうとしか考えられなかったのだ。


「これ……お墓、だよな」


 リーゼの祖母から、稀人で初代国王の父・テッサはこのエルフの里で亡くなったと聞かされていた。

 あってしかるべきではある。

 ゴクリと唾を呑み込み、ユージが歩みを進める。

 コタローの正面にある、二つの墓標へ。




「名前、かな。この世界の文字と……英語? そうか、稀人だもんな」


 左の墓標の前に立つユージ。

 作られたのは昔だが、守り人が手入れしていたのだろう。

 風雨にも負けずに残った文字を見つめている。


「ケイス、キースかな。ファミリーネームは……なんだこれ。スクミド、スチミット、あ、この世界の文字を見れば読み方はわかるか。キース・シュミット。どこの国の人だろ」


 墓標に刻まれた文字を読もうと試みるユージ。

 だが、『Keith Schmidt』は読めなかったようだ。

 元いた世界の文字は読めず、この世界の文字で名前を把握するあたり、ユージもだいぶん染まってきている。


「1880〜1950。これ、西暦だよな。……うん? でもそうするとおかしい。70年ぐらいしか経ってないし、テッサさまの後になるのに知られてない……あ、保護されてひっそり暮らしてた可能性もあるのか」


 ブツブツ言いながら考え込むユージ。


「ああもうわからん!」


 大きな声で言い切るユージ。

 と、墓標の汚れを払い、手を合わせる。

 作法がわからないなりに先人の墓に祈っているようだ。

 目を開けると、背嚢から黒い箱を取り出す。

 お手製の衝撃吸収外装に包まれたカメラである。


「すいません、撮影させてください」


 ひと声かけてからユージはカメラを構えて撮影する。

 褒められることではないが、それでも重要な情報なのだ。

 というか、わからんと言い切ってから撮影するあたり、丸投げする気満々である。


 続けてユージは隣の墓標へと視線を移す。


「ってことは、こっちがテッサさまかな。日本語? やっぱりテッサさまは……あれ?」


 ユージの目に入ったのは、先ほど同様の現地の文字と数字。

 そして、元の世界の漢字だった。

 ユージ、そして掲示板の住人たちが推測した通り、テッサは日本人であったらしい。

 だが。


「こっちの言葉ではテッサ・タカハシになってる。でもなにこれ。いや漢字は読める、うん。高橋 土理威夢。……てっさじゃないだろうし。どりいむ? え、まさかそのまま読んでドリーム? ……ハ、ハーフかなあ」


 大きく目を見開くユージ。

 稀人のテッサは日本人じゃないかという推測、それを裏付ける漢字。

 現地の言葉ではテッサ・タカハシと書かれているが、なぜか漢字は土理威夢。おそらくドリームだろう。

 ユージ、混乱しているようだ。

 さらに。


「は? 1994〜2150? え?」


 墓標に刻まれた数字を見て、ユージが奇声をあげる。


「リーゼのお祖母さんはテッサさまは16才でこっちに来たって言ってたから、こっちに来たのは2010年。それはいい。いやよくないけど。2150? だって俺、はい?」


 奇声をあげるのも当然である。

 刻まれた西暦、テッサと思しき稀人の没年は、ユージや掲示板の住人たちにとって未来なのだ。

 ユージの混乱は深まるばかりである。


 ワンッ! と、大きな鳴き声が広場に響く。コタローである。ちょっとゆーじ、おちつきなさい、と言いたいようだ。

 ようやく我に返ったユージは、また手を合わせてから墓標を写真に収める。

 なんだこれ、といまだ呟きながら。




「うん。よくわからないことがわかったけど、とにかくこっちは撮った。次は……」


 ユージ、独り言である。いつものごとく。

 立ち上がったユージが振り返り、広場の反対側に目を向ける。


 そこには小さな建物があった。


 木造、土壁。

 屋根には茅葺きのごとく草が乗せられている。

 障子らしきもの、縁側らしきもの。

 明らかに日本の家を模した建物である。


「お墓だけで長時間になることはないだろうし……稀人が来たら帰ってくるまで時間がかかるって、あそこだよなあ。コタロー、人はいそう?」


 ユージ、大きな声で独り言である。

 いや、ユージの言葉に応える声があった。

 コタローである。

 ワンワンッ、と大きく二回。ひとのけはいはないわよ、と言いたいようだ。


「うーん、どうなんだろ。とにかく入ってみるか」


 コタローの意志はユージに伝わらなかったようだが。




「おじゃましまーす。誰かいませんかー?」


 入り口らしき場所にあった木製の引き戸に手をかけるユージ。

 ちなみに引き戸は手前に引いて開けるわけではない。横にスライドするタイプの扉を引き戸と呼ぶのだ。

 ガラリと音を立てて扉が開く。


「返事はなし。やっぱり誰もいないのかな。……ここで靴を脱ぐんだろうなあ」


 ユージの言葉に応える声はない。

 目の前にあるのは、いわゆる土間。

 向かって左、外から見て障子があった方向に上がり(かまち)が見える。


 靴を脱いで上がり込むユージ。

 背嚢から布を取り出し、コタローの足を拭く。

 一人と一匹が向き直り、ふすまを模した扉を開く。


「畳? なんか色が違うし、形も変だけど……」


 独り言が多い危ない男である。

 そんなユージを置いて、コタローが和室の中へ入っていく。

 中央の木製テーブル、その上に置かれた三つの木箱が気になったようだ。

 クンクンと木箱の匂いを嗅いで、ユージを見つめている。はやくあけてちょうだい、と言いたいようだ。


「ウチみたいに建物ごとってわけじゃないよなあ……マネしたって感じだから、こっちで作ったのかな」


 キョロキョロと室内を見ながら独り言である。

 急かすようにワン! と吠えるコタロー。


「ああうん、なんだろうねコレ。玉手箱かな? いや、小さいのが一つで大きいのが二つ。大きさが違うから舌切り雀の方かな? な、なんてね、ははは」


 軽口を叩くユージ。どうやら緊張しているようだ。

 木のテーブル、三つの木箱の前に正座して座り込む。

 ユージの手は震えている。

 というか、玉手箱や舌切り雀と言った自分の軽口によからぬ連想をしたようだ。


「だ、だいじょうぶ、そんな、開けたら煙が出て年寄りになるなんてありえないよなコタロー、魔法じゃあるまいし。大きい方を開けたら妖怪とか蛇とか虫とかわんさかなんて、なあ」


 コタローの答えはない。あと魔法はある。妖怪は不明だがモンスターもいる。


「稀人へ、か。三つとも同じ文字が刻んである。よし、じゃあ小さいヤツから」


 ユージ、そんなわけはないと思っていても想像してしまったのだろう。

 舌切り雀で言うところの正解、小さい木箱に手を伸ばしてフタを開ける。


「羊皮紙? こっちの言葉でギッシリ文字が……」


 稀人の情報、あるいは次に来る稀人に向けて書かれたものなのだろう。

 厚さにして20センチ近い羊皮紙の束には、一枚一枚にぎっしりと文字が書かれていた。

 さっそく読もうとしたユージだが、コタローに袖口を引っ張られる。ほかのなかみをたしかめてからにしましょ、と言いたいようだ。


「ああうん、そうだね、読むのはちょっと後にして開けるだけ開けちゃおうか」


 ユージ、飼い犬の指示に従うようだ。

 二つの大きな木箱のうち、左にあった方のフタを開ける。


「えっと……服? と、なんだろコレ」


 中に入っていたのは、古ぼけた衣服と羊皮紙の束だった。


「こっちの世界の羊皮紙? だよな。でも、書いてあるのは……英語? ドイツ語かな?」


 パラパラと羊皮紙をめくって読もうとしたユージだが、読めなかったようだ。

 あるいはこちらの世界の言語と同じように、正しい発音で読み上げれば理解できるかもしれないのだが。


「たぶんキース・シュミットって人が書いた何かか。ってことは、最後の箱は」


 ユージ、ひとまず先送りにしたようだ。

 続けて三つ目の木箱に手を伸ばし、フタを開ける。


「やっぱり。高校の制服? こっちも羊皮紙の束と……スマホ?」


 ざっと中身を見て目を見開くユージ。


「やっぱり、高橋って人は日本人か。でもそうすると時間が……スマホはつかないか。そりゃそうだよな」


 触ってみたものの、スマホに反応はない。まあユージも薄々わかっていたようだが。

 続けてユージは羊皮紙の束を取り出す。


「……日本語で書かれてる」


 パラパラと羊皮紙をめくるユージ。

 次第にページをめくる手が遅くなる。

 気づかぬうちに、ユージは読むことに没頭していた。

 コタローは座ったユージのヒザに乗り、両腕の間から頭を出して羊皮紙を覗き込んでいる。ユージと一緒に読んでいるつもりなのだろう。賢い犬である。文字は読めないが。読めないはずだが。



 そして。

 羊皮紙の束を読み終えたユージは、涙を流していた。

 クゥーンと心配そうな声を出してユージの頬を舐めるコタロー。優しい女である。


「ありがとうなコタロー」


 温もりを確かめるかのようにぎゅっとコタローを抱きしめるユージ。

 一人と一匹が寄り添い、やがてユージが口を開く。



「コタロー。俺さ、やっぱり還れないんだって」



 ユージの声は震えていた。

 涙を舐めるのをやめてじっとユージを見つめるコタロー。


「そりゃ俺だってどうしても還りたいってことはないし、こっちにはアリスもみんなもいるし、ネットでサクラともみんなとも繋がってるし、だいたい家はこっちにあるんだし」


 ユージの言葉を遮るように、コタローがワンッと吠える。つよがらなくていいのよ、と言わんばかりに。


「コタロー、ありがとうな」


 ギュッとコタローを抱きしめるユージ。

 ユージの目から、ふたたび涙がこぼれ落ちる。



 一人と一匹が抱き合ったまま、ゆっくりと時間が過ぎていく。

 『その場所を訪れた稀人は、長時間たたずむ』。

 そんな長老の言葉通り、一人と一匹が立ち上がるまで、長い時間が必要なようだった。



※長期保存のため「紙」から「羊皮紙」に変更しました。

 紙で数百年はキツいよね……

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[気になる点] ど、どりいむ…
[気になる点] パルプ紙は保ちませんが和紙は千年保ちます。墨と和紙最強。
[一言] つらい…
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