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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十六章 エルフ護送隊長ユージは種族間交易の人間側責任者にランクアップした』

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第八話 ユージ、エルフの里の『稀人が来たら案内する場所』に行く

『ユージさん! すごいわこのパンツ! あ、その』


『なんだあの金属の箱は! この時期にユキウサギのりょ……すまん』


『ユージ殿! その、この服はもっと……あ。申し訳ない』


『はあ。もう、アナタたち。ちゃんと周りを見なさい。ごめんなさいねユージさん、アリスちゃん』


「『ああいえ、たぶん大丈夫です』アリス、もう大丈夫かな?」


「うん! へへー、ユージ兄!」


 一人にはしないと言われ、ユージとコタロー、リーゼに抱きしめられていたアリス。

 ユージに聞かれ、アリスは照れくさそうに微笑んで頭をぐりぐりとユージにこすりつけている。

 甘えたい気分だったようだ。


『それで、みなさんどうしたんですか?』


『あ、ああ、その突然すまない。ユージ殿の手土産、予想以上でな。女性陣の反応がスゴイのだ。男には見せてくれない物もあったのだが……』


『ほらユージ兄、リーゼ言ったでしょ? 開拓地にはエルフが欲しがる物もあるのよって!』


 ユージとケビンが用意した手土産の入った木箱を抱えて裏に引っ込んでいたリーゼの親戚たち。

 一通り検分して、興奮して部屋に戻ってきてしまったようだ。


『うん、ほんとリーゼはすごいなあ。ありがとう』


 アリスを抱えたまま片手を伸ばし、リーゼの頭をさらりと撫でるユージ。

 両手に花である。あと犬。


『あー、すまんがそれは後でもいいか? 役目を継ぐケビンも話したいだろうしな。ユージさんもそれでいいだろ?』


『そうよ、いまユージさんと大事な話をしてるんだから』


『はい、すみません』


 ゲガスとリーゼの祖母の取りなしで、すごすごと裏に戻るリーゼの親戚たち。

 予期せぬ乱入で話は止まってしまったが、欲しがる物があるというのは朗報である。

 なにしろユージは、エルフとの交易ができないか交渉して欲しい、と領主夫妻から依頼されていたのだ。


『ありがとうございますゲガスさん』


『ああ、まあ今じゃなくてもいい話だからな。それでユージさん、どうする?』


『もちろん行きます! リーゼのお祖母さん、案内してもらっていいですか?』


『ええ、最初からそのつもりだもの。ではユージさん、行きましょうか』


『お祖母さま! リーゼは? リーゼもついていっていい?』


『リーゼ、それからアリスちゃんもみなさんも。入り口まではついていってもいいけど、その先は稀人だけよ。それでもいいかしら?』


『わかったわ! リーゼ、入り口で待ってる!』


『そう、リーゼは立派なレディね。ユージさん、お連れの方はどうします? 中に入った稀人は、半日出てこなかった時もあるの』


「アリスもリーゼちゃんと一緒に待ってる!」


「ハルさん、場所はご存知ですか?」


「もちろん!」


「では、私はみなさんが待ちやすいよう、ターフやお茶の道具を用意してから行きましょう。ハルさん、申し訳ないですが……」


「気にしないでよケビン! いまのボクはユージさんやケビンの案内役だからさ!」


「まあアリスの嬢ちゃんへの通訳は俺もユージさんもいるしな。ケビン、軽食も用意してこい」


『話はついたかしら? では行きましょうか』


 そう言って席を立つリーゼの祖母。

 続けてユージたちも立ち上がる。

 ユージはここでケビンとハルと別れ、リーゼの祖母の後ろについてエルフの里を進んでいくのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『ユージさん、ひとつだけお願いがあるの』


『はい、なんですか?』


 リーゼの祖母の案内で『稀人が来たら連れていく場所』に向かうユージ。

 エルフの里を奥へ奥へと進み、もはや建物もまばらになっていた。

 進行方向には木立が見える。

 長老会をしていた木立の中の開けた空間とは違うようだが、案内される場所は森の中のようだ。


『これから連れていく場所にはエルフの守り人がいるんだけど……その子にはあまり突っ込んだ話をしないでほしいの』


『は、はあ……その、なんででしょうか?』


『彼女は静かで穏やかな生活を望んでいるから』


 ついてくるユージを振り返り、困ったように微笑むリーゼの祖母。

 だが心配はあるまい。

 エルフの女性である以上、実年齢はともかく見た目は美しいはずだ。ユージが美人でオトナなエルフの女性にテンション高く話しかけられるわけがない。

 リーゼの祖母は知らないが、心配は無用である。


「アリス、これから会う人に話しかける時は静かにねだって」


「はーい!」


 アリス、元気な返事である。

 ワフワフッと心配そうな鳴き声を上げるコタロー。ありす、いまはげんきじゃなくていいわよ、と言いたいようだ。


『でもその、どうしてなんですか?』


『話しておいたほうがいいかもしれないわね。ユージさん、ハルかリーゼから、エルフの薬の話は聞いたことあるかしら? 忘れさせる薬なんだけど』


『あ、はい。王都へ行く時にいろいろありまして……何をどれだけ忘れるかわからないけど、そんな薬があるって聞きました』


『そう。旅の途中にもいろいろあったのね』


『お祖母さま! 後でリーゼの大冒険を話してあげるね!』


『ふふ、ありがとうリーゼ。彼女はね、その薬を使ったの』


『……え?』


『よく効いたみたい。彼女が覚えていたのは、名前と言葉だけ。薬を使ったエルフの中でも、一番覚えていることが少なかったかもしれないわ』


『そ、それはまた……』


『自分あてに残していた手紙で、守り人になることを決めたの。以来、里にもあまり近づかずに暮らしているわ』


『えっと、その、なんて言ったらいいか』


『ユージさんは優しいのね。でも気にしないで、これがあの子の選んだ道だから』


『そうですか……』


『ああ、見えてきたわね』


 先頭を歩くリーゼの祖母の先。

 木立の中に続く道の先には、小さな小屋があった。

 石造りではなく木造の小さなログハウスである。


『その、あそこが目的地ですか?』


『いいえ、あそこは守り人が暮らす家よ。私たちはここで待つことになるけど、ユージさんが向かうのはあそこから先ね』


 リーゼの祖母の言葉に合わせたかのように、ログハウスから一人の女性が出てくる。

 腰まである長い金髪、他のエルフ同様に華奢な体つき。

 美人だがどこか儚げな表情。

 ペコリとユージたちに頭を下げる。


「ユージ兄?」


「あ、うん、なんでもないよアリス。いよいよだなーと思ってさ」


「ユージ兄、アリス、いい子で待ってるからね」


 繋いでいた手にぎゅっと力を込めるアリス。

 一人にしないというユージの言葉に納得していたようだが、それでも不安は隠せない。


「うんアリスはいい子だなあ。コタローとリーゼとゲガスさんと、後からケビンさんとハルさんも来るし、みんなで待っててね」


 アリスの手を握り返すユージ。

 が、ガウガウッ! と不機嫌そうな声に遮られる。

 コタローである。ゆーじ、わたしはいっしょにいくわよ、と言いたいようだ。


「あ。そっか、コタローも元の世界にいたんだもんな。『リーゼのお祖母さん、コタローは連れていってもいいですか?』」


『稀人とともにこちらの世界に来たのよね? 問題ないと思うわ』


「よかったなコタロー! 俺と一緒に行っていいって!」


 うれしそうにコタローに手を伸ばすユージ。

 ふいっと避けるコタロー。ちがうわ、ゆーじがわたしといっしょにいっていいのよ、と言わんばかりだ。尻尾はブンブンと振られて上機嫌を隠せない様子だが。ツンデレか。



『これより先は、守り人である私と稀人しか入れません。準備はよろしいですか?』


『は、はい。大丈夫かなコタロー』


 エルフの里の奥地、木立に囲まれたログハウスの前。

 守り人の説明らしきものを受けるユージとコタロー。

 すぐ後ろにはここまで案内してくれたリーゼの祖母とリーゼ、アリス、ゲガスの姿が見える。

 準備はいいかと聞かれてコタローに確認するユージ。当然答えはない。

 ユージ、緊張しているのだろう。コタローに話しかけるほどに。いや、いつものことであった。


「ユージ兄……」


「アリスちゃん、いっしょに、待ってよう」


 ここから先に入れるのは稀人だけ。

 守り人も管理や清掃のために入る程度らしい。

 獣道は、手入れされた森の中に向かっている。


 『稀人が来たら案内する場所』に何が待っているかはわからない。

 長老たちの話によれば、向かった稀人は長い時間を一人で過ごす者が多かったらしい。

 やがて。

 意を決したのだろう。ユージが動き出す。


『行こうか、コタロー』


 木立の中の獣道に向けて、ユージは足を踏み出す。


 この世界に来てから四年と少しの間。

 いや。

 初めて出会ってから、もう19年もの間。


 ユージの傍らで寄り添っていた、コタローとともに。



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