第七話 ユージ、リーゼの祖母から稀人について話を聞く
『お祖母さま! ナイショはリーゼがしゃべりたかったのに!』
『こら、リーゼ』
『ごめんねリーゼ。でも、これは私の口から言いたかったの。だからユージさんを呼んだのよ』
『その、リーゼのお祖母さん。稀人のテッサさまはどこから来てどうなったんですか?』
「『落ち着けユージさん』ケビン、ユージさんの荷物からアレを出してやってくれ」
「……ああ、そうですねお義父さん。すみません、私も驚いて頭がうまく働かなかったようです」
別の世界から来た稀人にして、ユージが暮らす国の初代国王の父・テッサ。
その妻の一人だったというリーゼの祖母の発言に驚くユージたち。
しかも、紋章からしてアリスの先祖もテッサの妻だったのだという。
たしかにユージは王都に行った際、アリスの祖父の屋敷で、王にならなかった子供が初代だと伝えられていた。
それを考えれば必然ではあるのだが、思わぬところから確証がもたらされたようだ。
ゲガスに言われて荷物を漁るケビン。
取り出したのは一枚の紙だった。
「あ、ケビンさんありがとうございます。そういえば持ってきたんでしたね」
「ええ、長命なエルフなら知っている方もいるだろうと。まさかこんな身近だとは思いませんでしたが」
『リーゼのお祖母さん。その、この人で間違いないですか?』
ケビンから受け取ってユージが広げた一枚の紙。
そこには、一人の男の絵がプリントされていた。
アリスの祖父・バスチアンの屋敷にあった稀人・テッサの肖像画を撮影し、ユージの家でプリントアウトしたものである。
『まあ! ふふ、そうね、よく描けてると思うわ。これがテッサよ。懐かしい……』
リーゼの祖母が手を伸ばし、そっと絵に触れる。
『ユージ兄、しゃしんね! お祖母さま、リーゼ、ユージ兄とアリスちゃんとコタローと、それに開拓地のみんなと撮ったしゃしんをもらったの!』
『こらリーゼ、後にしなさい』
『そうよリーゼ、あとでゆっくり聞かせてね。それでユージさん、テッサがどこから来てどうなったか、だったわね』
『はい! 教えてください!』
『もちろんよ。といっても、どこから来たかはテッサもわからないみたい。学校に行く途中、自分の手元を見て歩いていたらしいの。それで、ふと気づいたら森の中にいたって』
『学校? 手元?』
『ええ。テッサが元いた世界には学校があったんですって。それを真似て、国に学校を創ったそうよ。手元を見てたっていうのは、私もどう説明したらいいかわからないんだけど……何か小さな物を持っていて、それを見ていたって』
『は、はあ。それで、どこの森だったんですか? この大森林ですか? それに、俺は家ごとだったんですけど……』
『テッサは着の身着のままだったようね。その時に身につけていた物、持っていた物だけ。森の場所は、いまの王都の近くだったらしいわ』
『俺とぜんぜん違う……』
『ユージさん。今日はこの後に案内する場所もあるから、どうなったかだけお伝えします』
『母さん。いいの?』
『ええ。私が悲しがって稀人に伝えられなかったら申し訳ないもの』
息子の問いかけを小さく首を振って否定するリーゼの祖母。
わずかに間を置いて、ふたたび口を開く。
『ユージさん。稀人のテッサは、この地で亡くなったわ。今からだいたい160年ほど前ね』
『え? この地? エルフの里で? そ、それに、テッサさまがいたのは300年ぐらい前って』
「ユージ兄?」
『ユージさん、落ち着いて!』
いつになく動揺しているユージに心配そうな目を向けるアリス。
横にいたコタローも、ワンッと吠えてユージに体をこすりつける。
『ユージさん、位階を上げればニンゲンでも長く生きられるというのは聞いてるかしら?』
『あ、そういえば。でもゲガスさんが、人間がどれだけ位階を上げても150がせいぜいだろって』
『ええ。テッサがこの世界に来たのは16才だったそうよ。最期は150はちょっと超えていたのかしらね』
あいかわらずエルフの時間感覚はアバウトである。
『そうですか……それで、ここで亡くなったって、その』
『寿命だったわ。私や存命だった他の妻、テッサの子供たち、孫たちで看取ったの。最期まで私たちのことを心配して、先に逝ってすまない、なんて言いながら……。私なんてこの子がお腹の中にいたから、何度も謝られたわ。パパの顔を見せられなくてごめんって』
細い指先で目尻を拭うリーゼの祖母。
160年。
長い時が経っても忘れられないようだ。
昔話をするのに、息子が心配するほどに。
『そうですか……あ、あの、こんなこと聞くのはアレかもしれないですけど……』
『ユージさん、気にしないでね。こっちはあとでゆっくりユージさんがいた世界のことを聞かせてもらおうと思ってるんだもの。テッサと同じ世界から来たのかしらって』
そう言って微笑むリーゼの祖母。
美しい笑顔にユージの視線がさまよう。
足下にいたコタローが、カプリとユージの足を甘噛みする。ゆーじ、それどころじゃないでしょ、と言いたいようだ。できる女である。犬だけど。
『その……テッサさまは、還る方法は見つけられなかったんですか?』
『ごめんなさいユージさん。それは私もわからないの。テッサが調べていたことは知ってるわ。でも……』
『イザベルさん、ボクが話すよ』
『え? ハルさん?』
『ユージさん、ボクが何才か知ってるでしょ?』
『あ、はい。だいたい300才ぐらいだって……あ!』
『うん、ボクもテッサと知り合いなんだ。いろんな話も聞いたし、魔法も教わった。まあそのせいでエルフなのに好奇心が強くなったんだけど!』
『ハルさん、もっとはやく教えてくださいよ……』
『ユージさん、ナイショだったのは理由があるんだけど……まあでもその通りだね! ごめんごめん!』
あいかわらず軽い男である。
リーゼの祖母・イザベルもリーゼの両親もリーゼも頭を抱えている。
『テッサは還る方法を調べていたよ。でもさ、奥さんや子供たちからしたら……どう思う?』
『あ。で、でも、還るかどうかは別の話ですし、その、方法によっては一緒にってことも』
『うん。だから調べるのはやめなかった。でも奥さんや子供たちにはいちいち話さなかったみたいだね。調べるってことは言って、でも一方通行だったら還らないって』
『そっか……それで、どうなったんですか?』
『見つからなかった、んだと思う。ひょっとしたら隠していたのかもしれないけど。でも奥さんや子供たち、ボクらには見つからなかったって言ってたよ』
『そんな……』
『ユージさん。テッサは書き物をしていたわ。亡くなるその日まで』
『そ、それ! どこにあるんですか!?』
『案内するわね。ううん、ユージさん、元々行く予定だった『稀人が来たら連れていく場所』にあるのよ』
『お願いします、連れていってください!』
ガバッと立ち上がるユージ。
ユージは気づいていなかった。
10年間引きこもっていた男なのだ。
コミュニケーション能力、観察眼、空気を読む力。
それらを求めるのは酷な話なのかもしれない。
待望の稀人の情報、しかも思いがけない情報に、平静でいられなかったせいもあるだろう。
ユージの横。
少女はうつむいて、小さな拳をぎゅっと握りしめていた。
「ユージ兄、も、アリスを置いて、いなく、なっちゃうの?」
「アリス?」
「ユージ兄は、おウチにかえる方法が、わかったら、アリス、ひとりになっちゃうの?」
ポタポタと、水滴が落ちた音だけが響く。
リーゼも、リーゼの両親も、リーゼの祖母も。
ケビン、ゲガス、ハルも。
ただ何も言わずアリスとユージを見つめていた。
故郷の村を失い、両親と一人の兄を失い。
せっかく見つかった祖父と一人の兄と別れ。
そして、エルフの友達と離ればなれになる少女。
誰もアリスに声をかけず、ユージを見つめるだけ。
いまアリスに何かを言えるのはユージしかいない。
立ち尽くすユージの足をぐいっと頭で押すコタロー。面倒見のいい女だが、いまはコタローも言葉を持たない。そもそもしゃべれない。
ユージはしゃがみこみ、片手でアリスを抱きしめ、片手でぐしぐしと頭を撫でる。
「アリス、ごめん、心配させちゃったな。俺、アリスのお兄ちゃんになるって言ったろ?」
「うん」
「それから、バスチアン様とシャルルくんに、アリスを必ず幸せにするって言った」
「うん」
「俺、アリスを一人にするつもりはないよ」
「うん」
「だから大丈夫、アリスを置いていかないから」
「うん!」
「アリス、一緒にいような」
「うん! ユージ兄!」
ようやく安心したのか、拳をほどいてぎゅっとユージにしがみつくアリス。
抱き合う二人に寄り添う、というか寄りかかるように前脚をかけるコタロー。
二人の会話を見守っていたが、抑えきれなくなったのだろう。
テーブルの向かいにいたリーゼが、まわりこんで二人と一匹のかたまりに突っ込む。
ユージ、モテモテである。少女と犬に。
長命種のエルフの里にある『稀人が来たら連れていく場所』。
そこで何がユージを待っているかはまだわからない。
だが、ユージはアリスを残して突然いなくなるつもりはないようだ。
それにしても。
ユージ、プロポーズのような言葉であった。
ユージ34才、アリス9才。立派なおっさんと、学年で言うと小学校四年生の少女。
事案である。
まあユージにそのつもりはなかったようだが。





