第三話 ユージ、エルフの里で初めての夜を過ごす
ようやくたどり着いたエルフの里。
ユージはケビンやリーゼたちと別れ、用意された部屋で眠りにつこうとしていた。
エルフの里でユージに提供されたのは三部屋。
一部屋がリビングらしき部屋で、二部屋が寝室だった。
ここに泊まるのはユージとアリス、コタローの二人と一匹であった。
「ん? どうしたのアリス?」
「ユージ兄、アリス一緒のベッドで寝てもいーい?」
夜這いである。
違う。アリスはまだ9才の少女なのだ。
「うんいいよ。どうしたのアリス?」
「あのね、アリスね、一人で寝るのひさしぶりなの」
ユージとアリスがそれぞれの寝室に入ってから30分ほど。
ベッドに横になったユージの下に、枕を抱えたアリスがやってきていた。
旅の途中もユージ宅でも、アリスはリーゼと一緒に寝ていたのだ。
ひさしぶりの独り寝が寂しくなったらしい。
「ほら、おいで」
「ありがとうユージ兄!」
掛け布団の端を持ち上げてアリスを招くユージ。
まるで女性に慣れたイケメンのような振る舞いである。
ユージが空けた空間にのそのそと潜り込むアリス。
抱えていた枕をセットし、落ち着く場所を探してもぞもぞしている。
「そういえばアリスと一緒に寝るのもひさしぶりだなー」
ユージ、ゲスなイケメンのような言葉である。
「そうだねユージ兄!」
アリスは笑顔を浮かべてユージの顔を覗き込んでいた。
やがて落ち着くポジションを見つけたのか、アリスが動きを止める。
ユージの胸に、頭を密着させて。
「わっ、コタローだ!」
「お、コタローも一緒に寝るか。ほんとひさしぶりだなあ」
ベッドに潜り込んだアリスは、ユージの右腕を枕にしている。
と、ユージの左手側からコタローがベッドに上がってきた。
コタローは独り寝が寂しくなったわけではない。
アリスに気づいて、コタローも一緒に寝ることにしたようだ。優しい女である。犬だけど。
ユージ、アリス、コタロー。
アリスを保護してからしばらく同じベッドで寝ていた二人と一匹。
どうやら今夜は、ひさしぶりに一緒に眠るようだ。
ユージ、両手に花である。少女と犬だが。
「リーゼちゃん、よかったね、うれしそうだったね」
「そうだねアリス。リーゼはやっと家族と会えたみたいだから」
「……うん。ユージ兄、大丈夫かなあ。リーゼちゃん、アリスのこと忘れないかなあ」
「なんだ、そんなこと心配してたのか。大丈夫だよアリス、リーゼもちゃんと覚えてるって。ほら、二人とも写真を持ってるしね」
「そうだった! ありがとうユージ兄! アリス、ユージ兄からもらった写真、大切にする!」
「うんうん。それにほら、リーゼは里から出られないけど、俺たちはまた来ていいみたいだし」
「うん!」
エルフの里は稀人を歓迎する。
ケビンがゲガスのお役目を継いで絹を取引するようになる。
アリスも同行することができるよう、ハルとゲガスが取りはからうことになっていた。
明日の長老会次第だが、問題ないだろうという言葉をもらっていたのだ。
リーゼは100才になるまで里を出ることができないが、ユージもアリスもエルフの里を訪れる機会は作れそうだった。
「だから、リーゼが家族のもとに帰れたのを喜ぼうな」
「うん……」
ユージの言葉に、アリスはぎゅっと腕に力を入れてぐりぐりと頭を押し付ける。
寂しさを紛らわせているらしい。
タフなようでもアリスはまだ9才。
故郷の村を失い、両親と一人の兄と死に別れた女の子なのだ。
「今度、王都までアリスのお祖父ちゃんとお兄ちゃんに会いに行こうか」
「うん!」
ユージ、アリスが寂しがっていることに気づいたようだ。
10年間引きニートだったユージも、4年弱一緒にいるうちにアリスの気持ちはわかるようになってきたらしい。
大きな進歩である。
「それにほら、アリスには俺もいるしね」
「うん!」
ユージ、イケメンである。セリフだけは。
アリスはうれしそうにユージの顔を見上げ、またぎゅっと手に力を込めていた。
ユージの背後から、ワンッ! と声が聞こえる。どうやらコタローが、わたしもいるわよ、と伝えたかったらしい。できた女である。犬だけど。
「なにしろ俺はアリスのお義兄ちゃんだからね!」
そっとアリスの頭を撫でるユージ。
お義兄ちゃんというより父親のような振る舞いである。歳の差も。
エルフの里、初日の夜。
ユージとアリス、コタローは二人と一匹で固まって眠りにつくのだった。
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「あ、すみません、俺が最後でしたか。おはようございます!」
「みんなおはよー!」
アリスの手を引いて中庭に出たユージの目に、待っていた人たちの姿が入る。
ユージがここまで送り届けたエルフの少女・リーゼとその両親。
エルフと人間を繋ぐお役目を持ったゲガス、引き継ごうとしているケビン。
そして。
王都を拠点に1級冒険者として名を馳せているエルフのハル。
ハルはまた上半身裸であった。露出癖があるのか。
「おはようユージさん、アリスちゃん! ボクらは朝風呂に入ってきたからね!」
「朝から温泉に入れるんですね! 俺も行けばよかった!」
ユージ、別に裸が見たかったわけではない。
温泉宿の朝風呂は夜とはまた違う味わいがあるのだ。混浴に惹かれたわけではないのだ。たぶん。
「大丈夫だよユージさん、ここは一日中入れるからね! 帰ってきたら入ればいいさ!」
「そうですね! まずは長老会ってヤツですか……」
「ユージさん、ほんとそんな緊張しなくて大丈夫だって。あの人たち、普段は長老会だー! って言ってお茶飲んでるだけだから」
パチリとユージにウィンクするハル。
上半身裸の300才のおっさん? から34才のおっさんへのウィンクである。ちなみに二人ともノンケである。
「はあ……まあ行ってみるしかないですよね。ハルさん、案内お願いします」
「よし、じゃあ行こうか!」
「はーい!」
「え? あの、ハルさん? 上、裸のまま行くんですか?」
スタスタと歩き出したハル、後を追うアリスとコタロー。
湯上がりで上半身裸のまま歩き出したハルに驚くユージ。
リーゼとその両親は小さく首を振っている。
いかに混浴が当たり前のエルフといえど、上半身裸のまま里の中を歩きまわるのは特異なことらしい。
残念ながら。
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「あそこだよユージさん!」
「え? はい? ハルさん、長老会って言うからにはもっとこう、なんか立派な建物とか部屋とか……」
「あはは、ないない! いつもあそこでやってるから!」
「は、はあ……」
エルフの里の長老会。
ここまでユージたちを案内してきたハルが指し示したのは、木立の中の開けた一角。
手入れされているのだろう、下草は刈り込まれ、大きな木のテーブルと切り株を加工したイスが並んでいる。
陽が射し込むその場所にはすでに10名のエルフが腰掛け、たがいに会話しながら何やら飲み物を飲んでいた。
集まったエルフの顔には皺が刻まれている。長老会の名の通り、エルフの中でも歳を重ねた者たちなのだろう。
長老会というより、公園でひなたぼっこする爺婆であった。長く尖った耳を除いては。
『おお、来おったか。お客人、こちらへ』
一行に気づいた一人の老エルフが、空いたイスを指さす。
ハルのイタズラではなく、本当にここで長老会が行われるらしい。
『あ、はい。ありがとうございます』
『ハルも同席せよ。きちんと儂らの言葉を伝えるのじゃぞ』
堅苦しくなさそうだ、そう思ったユージは少し肩の力が抜けたのだろう。軽い会釈を返してイスに座る。
アリスとケビンはまだエルフの言葉を勉強中。そのためハルも通訳としてこの場に残るようだ。
ユージ、アリス、リーゼと両親、ケビン、ゲガス、ハル。8人が席に着く。
コタローはユージに抱きかかえられ、木のテーブルに両前脚をかけていた。参加しているつもりらしい。
『あらためて、ようこそ稀人よ。古き約定により、我々は稀人を歓迎しよう』
『ありがとうございます』
『ユージ殿、個人的にお礼を。リーゼを救っていただいてありがとうございました』
『お祖母さま!』
『リーゼ、あとでユージ殿に時間を作ってもらって頂戴ね。ゆっくりお話ししたいから』
『あー、そのあたりは後にしてほしいのだが』
『せっかく格好つけたのにのう』
『ね? ユージさん、緊張したってしょうがないでしょ?』
『は、はあ……なんかこう、思ってたエルフの長老会のイメージと違う……』
最初こそもったいつけた話し振りだったものの、すぐに崩れた爺婆エルフたち。
もはや田舎の寄り合いのようなカオスっぷりである。
緊張は解けたのだろう、ハルの言葉に同意してポツリと呟くユージ。
と、思い思いにしゃべっていたエルフたちの言葉が止まる。
『ユージ殿、いや、稀人よ。いまエルフの長老会のイメージと違う、とおっしゃったか?』
『え、あ、はい。すみません、その、失礼かもしれませんけど……』
怒られると思ったのか、身を小さくして答えるユージ。
だが。
『ほらやっぱりおかしいって言ったじゃない』
『くそっ、テッサめ、また儂らを騙しておったか!』
『あらあらあら。でも楽しいからこれでいいわよ』
『せっかく古くさい言い回しを身につけたのに……無駄だとは……』
『うむ、どう考えてもニンゲンのお偉方が外で会議するわけないからの』
『ハル、なぜ教えてくれなかった! なんのためにニンゲンの街にいるのだ!』
『あははは!』
『ユージ殿、その、洞窟を抜けてからの景色はどうじゃったかのう? エルフの里っぽかったか?』
『え? は、はい。すごくキレイで、自然もたくさんで、エルフっぽいなと』
『よし! 手入れした甲斐があった!』
カオスである。
というか『エルフっぽい』とはなんなのか。
どうやら洞窟を抜けて小川の脇に広がっていた『人の手が入った自然』は、エルフっぽさをアピールするための景色だったらしい。
来客は稀少なはずなのだが。
長き時を生きたエルフが集う長老会。
ハルの言葉通り、緊張するようなものではなかったらしい。
「いつもハルさんの言葉は軽かったけど……なんかハルさんが言ってたより長老会が軽い……」
目の前の状況を見て、ユージは肩の荷を下ろしたようだ。
どう見ても緊張するだけ無駄である。
ユージのヒザの上にいたコタローが、ワフワフッと呆れたような鳴き声を上げて首を振る。えるふ、ちょっとじゆうすぎよ、とでも言いたいようだ。上から目線の女である。犬なのに。
長老会、こんなはずでは……





