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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十五章 エルフ護送隊長ユージ、エルフの里に向かう』

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第九話 ユージ、エルフの船で潜水を体験する

『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞いて其を動かせ。水流操作コントロール・ウォーター


 開拓地の西を流れる川、その上流。

 エルフの船に乗ったユージたちは、川を遡って滝壺にたどり着いていた。

 船首の近くに立ち、両手を頭上に向けたリーゼが朗々と詠唱する。

 ユージとアリス、コタローは何が起こるのかと目を輝かせてその様子を見守っていた。

 もちろん、ユージの手には動画で撮影中のカメラも。


 リーゼが伸ばした手の先には、落差10m、幅5mほどの滝がある。


「リ、リーゼ、ひょっとして……いやさすがにそれは無理なんじゃ」


 ユージ、リーゼがやろうとしたことに気づいたようだ。

 水の魔眼を持ち、離れた場所でも魔法の起点にできる。

 そのリーゼが滝に向かって手をかざしているのだ。何をしようとしているのかユージも気づいたらしい。


 だが、ユージの心配をよそに。

 轟々と流れ落ちる滝が、左右に割れていく。


「す、すげえ……」


「うわあ! うわあ! リーゼちゃんすごい、すごいよ!」


 ユージ、アリス、足下にいたコタローはおおはしゃぎである。

 いや、もう一艘の船に乗ったケビンも目を丸くして、口をポカンと開けていた。

 当然である。


『ははは、やっぱりお嬢様の水の魔眼はスゴイ! ここまでやらなくてもよかったんだけどね!』


『ハル、あの、そのね』


『はいはいお嬢様、いいところを見せたかったんでしょう? 充分だと思いますよ。ま、潜水は船頭に任せましょうか』


 そう言って微笑むハル。

 滝を割るのは想定外だったようだが、ハルにとっては許容範囲らしい。


『さて、次はボクががんばりますかね! 万物に宿りし魔素よ。我が命を聞け。風となりて此の場を包め。空気の泡(エア・バブル)


 ハルが魔法を唱え、続けてそれぞれの船に乗り込んだ船頭も魔法を唱える。

 が、特に変化は見られない。

 リーゼが滝を割ったものの、船は船のまま川面に浮いている。


「えっと、ハルさん?」


「ははは、まあ見た目じゃわからないかな。こっちの船はボクが、そっちは船頭が空気の膜を張ったのさ。さあ進もうか!」


「え? 空気の膜? というかハルさん、潜るって、え? ホントにこのまま? その、重りとかは?」


「ユージさん、稀人なんでしょ? 魔法には相性があるし、レベルが低くて魔素が足りなければ使えない。でもそれだけだ。イメージさえできれば可能性は無限だよ、ってね!」


「は、はあ、でもそんな、え?」


 ゆっくりと、船の舳先が下を向いていく。

 だが。

 水面が船の縁を越えても、水はそのままだった。

 まるで透明な壁があるかのように。


「う、うわ、マジか」


「うわあ! すごいよリーゼちゃん! 不思議!」


 ユージ、アリス、コタロー、隣の船のケビンのテンションは振り切れている。

 ユージが手に持つカメラがブレまくるほどに。


 空気の膜、あるいは水の壁。

 水を遮る方法はともかくとして、重りがなければ沈まないんじゃないか。

 めずらしくマトモなユージの言葉をあっさり否定したハル。

 イメージさえできれば可能性は無限だよ、と。


 その言葉を裏付けるように、船はゆっくりと下を向いて沈んでいく。

 船は沈み、いま、水面は船に座るユージの目線の高さ。

 ありえない光景に、ユージの目はこぼれ落ちんばかりに見開かれていた。


「ユージさん、あとは船頭とお嬢様に任せてね! 水中じゃ声はまともに届かないから!」


 船が沈みきる前、ハルはユージに声をかける。

 どうやら水に潜ったら、隣り合う船に声は届かないらしい。

 やがて。

 船首から船尾へ、頭上にあるフレームまで水に沈む。

 遮られた水は、フレームとフレームを結んだ面で止まっていた。


「す、すげえ……なんだコレ……」


 ユージ、アリス、驚きっぱなしである。

 コタローもハイテンションが続く。が、うれションはしない。淑女なので。


 キョロキョロと周囲を見渡すユージ。

 上部に二本のフレームしかなく、何も遮るものがない船が水に潜っている。

 ありえない光景にユージの興奮も醒めやらない。


『ユージ兄、明かりの魔法を使ってくれる? ちょっと暗くなるから、あれば便利だと思うの』


『あ、うん、わかった。光よ光、この地を明るく照らし給え。宙に浮かぶ光(ライト)


 ふよふよと浮かぶ光の球がユージの手の先に生まれる。

 とりあえず先頭かな、水中でどうなるかわからないし、と呟くユージ。

 生み出された光の球は、頼りなげにふよふよと飛んで、空気に囲まれた船の舳先に着地した。


『ユージ兄、想像するのよ! 水の中でも明かりは消えないって!』


『お、おう、じゃあ試してみるよ』


 リーゼの言葉に従って、ユージは思い描く。

 水中でも消えない光を。

 ユージが思い描いたのは、水中でも使える懐中電灯だったらしい。

 ユージは気づかなかったが、ダイビングに使ういわゆる水中ライトである。


「あ、できた」


 そんなあっさりしたユージの言葉とともに、光が水中を、船が進む先を照らす。


「ユージ兄もすごーい! アリス、火魔法だからお水の中はちょっと無理だなあ」


 リーゼ、ハル、エルフの船頭、ユージの魔法を見たアリス。

 いつもは魔法で活躍しているアリスが、自分は役に立たないと肩を落としている。

 落ち込むアリスに寄り添うコタロー。どうやら慰めているつもりらしい。

 だが。


「あっ! お魚だ! すごいよユージ兄、リーゼちゃん! お魚と一緒に泳いでる!」


 アリスはあっさり立ち直っていた。

 タフな少女である。

 まあ水族館でもなければ、すぐ横を泳ぐ魚など見られるものではない。無垢な少女が興奮するのも仕方あるまい。


 ユージが作った魔法の明かりに照らされた滝壺。

 その奥、滝の裏側の水中には、洞窟がポッカリと口を開けていた。


「こ、これは……」


『ユージ兄、これがエルフの里に行く秘密の道よ! ね? リーゼ、川の上流にエルフの里があるってわかってても、帰れなかったの』


『そうだね、さすがにこれは無理だろうなあ……』


 水中に繋がる洞窟。

 現代日本であれば、いくらでも打つ手はある。

 まあケーブダイビングなど危険だらけであり、素人のユージが挑戦しても悲惨な未来しか見えないが。

 それでも、いちおう器具は存在するのだ。現代日本であったなら。


『あれ? リーゼ、あの洞窟の中、なんか明るくない?』


『ふふふ、ユージ兄。あれはね、光石っていうの! でもちょっと暗いから、やっぱりユージ兄の魔法が役に立ってるわ!』


 次第に近づく洞窟を観察するユージ。

 どうやら解説役は船頭を務める大人のエルフではなく、リーゼがしてくれるらしい。

 ふんふんと頷きながら話を聞き、アリスに向けて現地の言葉に訳すユージ。

 あいかわらずその手にはカメラがある。


 そして。

 ついに、ユージたちを乗せた船は洞窟の中に進入した。


『な、なんかすごい整ってるような……リーゼ、これ、自然の洞窟じゃないの?』


『ふふふ、ユージ兄! それもまだナイショなの! 里に着いたらわかるわ!』


 リーゼ、秘密が多い女であるようだ。さすがレディである。

 まあその秘密も、隠すまでもなく間もなくわかるのだが。



 薄明かりが輝き、さらにユージの光魔法で明るく照らされた洞窟。

 30分ほど進むと進行方向に光が見えてきた。

 頼りない光石の明かりでもなく、魔法の光でもない。

 太陽の光である。


「お、やっと出口かな?」


「もうすぐエルフの里かな? ユージ兄、どんなところだろうね!」


 普通の船で水の中を進む。

 あり得ない体験に当初こそ興奮していたユージとアリスだが、洞窟の中を10分も進むと次第に大人しくなっていた。

 飽きっぽい少女とおっさんである。

 まあほぼ同じ景色の洞窟をただ進んでいくだけだったのだ。飽きるのも仕方のないことだろう。


『うふふ、ユージ兄! 洞窟の出口は、上のほうを見ていてね!』


『え? リーゼ、何かあるのかな?』


 リーゼのアドバイスにカメラを構え直すユージ。カメラだけではなく、自分の目も洞窟の先に向けている。

 ユージの通訳を聞いて、アリスも船の舳先に近づいてじっと洞窟の先を見る。


「あ! ユージ兄、リーゼちゃん! あそこ、たくさん絵があるよ!」


 ユージよりも先に、アリスが何かを見つけたようだ。

 小さな手を懸命に伸ばして、洞窟の先を示している。


「どれどれ? あ、ほんとだ! アリスは目がいいなあ」


 そっと後ろに近づいて、肩先に頭を近づけてアリスの指の先に視線を送るユージ。

 近い。

 ユージ、9才の少女には自然と近づけるようだ。


「なんだろうアレ……紋章、かな?」


 次第に近づいてくる出口。

 その上に、リーゼが見せたかったものがあるようだ。

 それは、いくつもの紋章だった。


『えっと、紋章? が中央に一つと、左右にたくさん。リーゼ、これはなんだろう?』


『ユージ兄、もうすぐエルフの里なの! だから、里に着いてからね!』


 リーゼ、これもナイショらしい。


『気になるけど……まあいいか、もうすぐ着くしね! いやあ、どんなところなんだろう、楽しみだ! それに稀人の情報も……』


 ニコニコと笑顔を見せるユージの顔がふっと陰る。


『そうよユージ兄、もうすぐなんだから! 潜るのも終わりで、浮上するわよ!』


 ユージの背後にいたリーゼは、その表情に気づかなかったようだ。


 いくつもの紋章が刻まれた出口を抜け、船に光が射し込む。

 川を通して射し込む光は、ゆらゆらと揺らめいていた。

 潜水していた船がゆっくりと浮上していく。


 そして。

 ザバッと水をかき分け、船が浮上した。

 続けてもう一艘、ハルとケビン、ゲガスが乗る船も。

 ユージはすぐに前方に目を向ける。



 浮上した場所は、泉のようになっていた。

 泉の先にはゆるやかな流れの小川が続いている。どうやらこの小川から泉に水が流れてきているらしい。

 泉、そして小川の周囲は光を浴びる木々。

 ユージたちが暮らす大森林と違い、木々の間隔は広い。どうやらここには人の手が入っているようだ。

 そして、小川の上流。

 はるか先に、うっすらと門らしきものが見える。


「あれがエルフの里かな……」


 ポツリと呟くユージ。

 ユージの言葉が届いたのか、あるいはタイミングを計っていたのか。

 隣の船に乗っていたハルが舳先に立ち、一行を見渡して手を広げる。


「ユージさん、アリスちゃん、コタロー、それからケビンさん。ここからはもうエルフの領域だよ。だから……ようこそ、エルフの里へ!」



 ユージがリーゼを保護してから、およそ半年。

 エルフの少女の『お話のような大冒険』は、間もなく終わりを迎えるようだ。



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[一言] 映画にするにしてもナンバリングで続いてほしいレベル
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