第五話 ユージ、エルフの里の秘密の一端に触れる
コタローがオオカミの群れを従えた翌朝。
ユージとアリス、コタロー、リーゼ、ハル、ケビン、ゲガス。
6人と一匹の姿は川原にあった。
身ぎれいにした15匹のオオカミの姿も。
「それでハルさん、この後はどうするんですか? 川にそって下流……だとプルミエの街に近づいちゃうか。上流ですかね?」
「いやユージさん、ここで待機だよ! ちょっと待っててね」
「え?」
いまだに教えてもらえないエルフの里の場所。
次はどっちに移動するか質問したユージにハルが返した答えは『待機』だった。
ここは開拓地から西の川原。
あらためてユージがあたりを見渡したところで、人の痕跡もない。
首を傾げるユージ。
その横では、アリスも一緒になって首を傾げている。
待機を告げたハルは、スタスタと川原に向かって歩き出す。
襟元に片手を突っ込んで、懐から小さな袋を取り出した。
「ハルさん、それはなんですか?」
「リーゼちゃんがなくしたもの……ですかね? ハルさんが拾っていたんですか?」
ユージ、そしてケビンが問いかける。
秋に保護した時、リーゼは『エルフの里の場所はわかるけど、大切な物をなくして帰れない』と言っていた。
まあ『里の場所はわかる』というのもリーゼの見栄だったのだが。
「ケビンさん、これは違うよ! これはボクので、お嬢様のじゃないんだ!」
そう言ってハルが取り出したのは、小さな棒状の何か。
長さは10センチほど、太さはハルの指ほど。
幾何学模様が刻まれ、ハルが握る手元は潰れた円形になっていた。
凹凸こそないがカギのようにも見える。
「えっと、ハルさん、それは?」
「エルフの里に入るのに必要なんだ! これをね、こうして……」
川に近づいたハルが、足を濡らしてそのまま浅瀬に入る。
と、棒状の何かを川底に突き刺して手を離した。
「これでよし!」
「ハルさん? よくわからないんですけど……」
「ふふ、すぐにわかるさ! ユージさん、このままお昼過ぎまでここで待機ね!」
「は、はあ……」
立ち上がり、川原に戻ってきたハルはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
リーゼもその横に並び、同じような笑みを浮かべている。
ユージとアリスはよくわからない、といった表情で首を傾げる。あとケビン。
「ふふ、みんな驚くだろうな!『ね、お嬢様!』」
『ええ! もうちょっとナイショにしておきましょ!』
エルフの二人は、イタズラを仕掛ける子供のようにニヤついていた。
リーゼ、レディぶっていてもしょせん12才の少女である。
ハルは300才ぐらいらしいが、男はいくつになっても心の内は少年なのだ。大切なことなのだ。キモくないのだ。
「うーん、ここで待機か……ん? どうしたコタロー?」
昼過ぎまで何もない川原で待機する。
そう聞いたユージは、何をしようか考えはじめていた。
10年間引きこもっていた頃、少なくとも5年前のユージには考えられなかったアクティブさである。
そんなユージの袖を甘噛みして、くいくいと引っぱるコタロー。
どうやら言いたいことがあるようだ。まあしゃべれないのだが。
ユージの袖を離し、ワンッ! と一吠え。
コタローの鳴き声を受けて、思い思いにのんびりしていた15匹のオオカミたちがさっと集結する。軍隊か。
コタローと子分たちは、川原と森の境目で立ち止まった。
「ああ、散歩かな? コタロー、俺もついていこうか?」
そんな行動から読み取ったのだろう、ユージが声をかける。
コタローは大きく首を振って、森へと入っていった。いいのよゆーじ、わたしたちだけで、と言わんばかりに。
「気をつけてなー。さて、俺たちは何するか……」
「ユージ兄、アリス、リーゼちゃんと遊ぶ!」
「そうだね、もうすぐエルフの里だし……よし、アリス、リーゼ、一緒に遊ぼうか!」
コタローと15匹のオオカミを見送ったユージは、川原で遊ぶことにしたようだ。
34才のおっさんと、12才と9才の少女たちが、三人で。
事案である。
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「うわあ! リーゼちゃんすごーい!」
『ふふん、リーゼはレディだもの! なんだってできるんだから!』
「おお、うまいうまい!」
『お嬢様……魔法、使ってますね?』
水辺に響く少女たちのはしゃいだ声。
見守っていた大人たちの声も聞こえる。
ユージ、少女たちに『水切り』を教えたようだ。
水辺に向かって石を投げ、跳ねさせるアレである。
川原にあった石の中で平たい物を選び、見本を見せたユージ。
最初は上がった身体能力を読み間違え、石のスピードが速すぎて一度跳ねただけで対岸へ届いてしまった。
おかげでアリスとリーゼは何の遊びだかよくわからなかったらしい。
何度か調整しながらユージが投げて、4回目でようやく7度、水面を跳ねる。
二人の少女は大喜びであった。
そこから、私も私もと少女たちの水切り遊びが始まったのだった。
「ふふ、ユージさんも知っていたんですね、この遊び」
「え? ってことはこっちの世界にもあったんですか?」
ここにいるのはユージが稀人だと知る人たちのみ。
ユージもケビンも誰はばかることなくそんな会話を交わしていた。
そんな平和な待ち時間に。
「ケビン、ハル、警戒しろ。森から何か来るぞ」
「ゲガス、大丈夫! これはたぶん……」
ゲガスの警告から間もなく、森の切れ目に姿を現したのは、ハルが気づいた通りコタローだった。
「あ、おかえりコタロー。散歩はどうだった? えっ?」
コタローに続くのは、元ボスの日光狼と土狼たち。
日光狼と体の大きな二匹の土狼、三匹がかりで何やら咥えて引きずっている。
「えっと、コタロー?」
ユージの質問に答えるように、コタローがワンッ! と胸を張って誇らしげに鳴く。こぶんたちはまあまあね、ほらみて、と言わんばかりに。
引きずりながら運ばれてきたのは、まだ若い小さな子鹿。
当たり前だがすでに息絶えている。
どうやらコタローたちは、散歩ではなく狩りに出ていたようだ。
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コタローたちが仕留めてきた子鹿はあっという間に捌かれた。
というか、そのために川原まで運んできたようだ。
「いやあ、ケビンさんもゲガスさんもすごいですね! 皮もこんなにキレイに!」
「そりゃ旅暮らしが長かったからな。慣れたもんよ」
「お義父さん、普通は保存食で旅するものです。旅先では狩りません」
子鹿の解体はゲガスとケビンの二人掛かりで行われた。
慣れた人間が二人もいたのだ。
そこには解体☆幼女アリスちゃんの出番も、素人に毛が生えた程度のユージの出番もない。髪はフサフサだが。
子鹿は血抜きされて皮を剥がれ、モツを抜かれて川に沈められている。
解体中、オオカミたちはじっとユージたちを見守っていた。口を挟むことなく。鹿肉を口で挟むことなく。
そのオオカミたちはいまも抜け駆けせずに堪えている。
まだ体の小さな数匹の土狼は、川に沈められた子鹿の近くではしゃいでいた。たがいにじゃれつきながら、チラチラと子鹿を見つめている。
抜かれたモツが入った鉄鍋の横では、日光狼と体の大きな二匹の土狼がおすわりしてまわりに睨みをきかせている。
コタローが率いる群れの規律は厳しいようだ。
そのコタローは、わたしはがまんできるおんななの、とばかりにユージの近くで澄ましている。
澄ましているが、口からはヨダレがだらだらと垂れていた。はしたない雌犬である。エロくはない。
「あ、もうすぐお昼か」
「ユージさん、このまま鹿肉を調理しましょう。内臓はともかく肉はもっと置いたほうが美味しいんですが、旅の途中ですし、それに……」
チラッとコタローに目を向けるケビン。
そう、けびんがそういうならしょうがないわね、とばかりにワンッと吠えるコタロー。澄まし顔だがバレバレである。
「そうですね、コイツらが狩ってきたわけですし、食べさせてあげましょう!」
「やったー、おにくだ! アリス、かんぞうも食べたいなあ」
「アリス、内臓はコタローたちにあげような? お肉も俺たちはちょっとだけだぞ?」
「はーい……」
どうやら、はしたないのはコタローだけではなかったようだ。
ユージ、アリス、リーゼ、ハル、ケビン、ゲガス。
6人が焼いた鹿肉を口にして、はじめてコタローは肉をかじる。
続いて日光狼、体の大きな二匹の土狼。
どうやら食事をするのは序列に従って、らしい。
ユージ、コタローの頭の中ではちゃんと上位に位置づけられていたようだ。朗報である。
ユージたちが食事を終えてのんびりと。
コタローとオオカミたちも食事を終え、ガジガジと骨をかじっていたその時。
川に目を向けていたリーゼが、小さな声で呟く。
『ハル、そろそろみたい』
『ふふ、お嬢様の魔眼は便利ですねえ』
『そうよ! お父さまにもお母さまにもリーゼはすごいって褒められてたんだから!』
『ほんとうらやましいですよ。さ、ユージさんたちを驚かせてやりましょうか!』
『ええ!』
顔を見合わせてニヤつくエルフの二人。
ゆっくりと川に向けて歩いていく。
「あれ? リーゼ? ハルさん? どうしたんですか?」
「ユージさん、アリスちゃん、コタロー、ケビン。お待たせ! これがエルフの秘密の一つです!」
川に背を向けてユージたちに向き直ったハルが、ガバッと両手を広げて宣言する。
が、何もおきない。
あれ? と首を傾げるハル、呆れたように首を振るリーゼ。
「あ、あの? なんでしょうか?」
何がしたかったんだコイツ、とばかりに問いかけるユージ。
追い打ちである。
『もう、ハルったら! 魔眼がなくてもわかるでしょ!』
『はは、すみませんお嬢様! どうも浮かれちゃったみたいです!』
頬を膨らませてぷりぷりと怒るリーゼ。
ハルは頭をかいているが、反省している様子はない。
ユージとアリス、ケビンの頭に疑問符が浮かぶ。足下にいたコタローにも。
そんなエルフの二人の後ろで。
とつぜん、川面が盛り上がる。
「え?」
「ユージ兄、あそこ! なにかなあ」
「こ、これは……」
『ほら、タイミングを逃しちゃったじゃない!』
『うーん、最初からやり直させてくれないかなあ……』
『ダメに決まってるわ! でもほら、ユージ兄もアリスちゃんも、ちゃんと驚いてる!』
「『いや、まだ間に合います!』ユージさん、アリスちゃん、コタロー、ケビンこれがエルフの秘密の一つです!」
もう一度、両手を広げて宣言するハルの後ろで。
盛り上がった水面が、割れた。
バシャバシャと音を立てて水が分かれ、現れたのは。
二艘の船だった。





